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121 魔人の目覚め

 連れてこられた先は、『アポカリプス・ドライヴ』なる装置の隣にある部屋。真っ白な部屋に、中央――電気椅子めいた機械だらけの椅子が、ポツンと置かれている。

 

「ここは……?」


「アポカリプス・ドライヴ……その接続を行う装置だ。中途段階の接続実験と言う事で、急遽装置を用意した」


 急遽用意された装置――その言葉の不穏さに俺は僅かに不安を出しかけ――それを抑止する。

 

「そこに座ってくれ。ホーエンハイム、準備を」


 イルシアは既にやる気満々らしく、研究者らしい冷酷ささえ滲むほど真剣な顔で、俺達に指示を出す。

 

「分かった」


「了解しました、機材の最終チェックを行います」


 テキパキと動き出した研究者達を尻目に、俺はゆったりと椅子に座った。

 ……硬いし、冷たい。まさに処刑用の電気椅子といった様相だ。


「……」


 カチャカチャと、機材を弄ったりチェックする音が白い室内に響いていく。イルシアは座る俺の手足に、椅子についている枷をゆっくりと嵌めていく。

 ……冷たい金属が手首足首を僅かに戒める。


「よし、これで準備完了だ」


 満足げに呟いたイルシアが、最後に金属のヘッドギアみたいなモノを俺に被せた。


「……っ」


 重く、冷たい。重々しい金属のヘッドギアが目隠しになって、視界が暗く染まる。視覚という五感の一つが封じられ、錯覚か他の感覚が鋭く引き立てられる。

 カチャリと金属が擦れる音。冷たい金属の感触、重さ……或いはそれらが、俺の神経を嫌悪的に刺激する。

 

 覚悟していたつもりでも、これより苦しみが襲い来ると分かっていれば、封じ込めたハズの恐怖が少しずつ湧き出てくる。

 痛みには慣れている。けれど『慣れている』と『感じない』は別だ。


 どれくらい苦しいのだろうか、どんな風に痛むのだろうか。

 ……いいや、考えるな。

 これは通るべき関門。避け得ない未来なのだ。いずれにせよ、この程度にさえ屈するようでは、敵全てを撃滅するなど不可能。


 だから――


「――さて、始めるよ」


 思考のノイズを断ち切るように、イルシアの声が明瞭に響いた。


「ああ、いつでも」


 ヘッドギアが邪魔なので、頷きで返さず言葉でしっかりと伝えると、俺の肩にイルシアの手が置かれた。


「よろしい……」

 

 そういったイルシアは、続けて冷徹な声音をもって宣告する。


「これより、アポカリプス・ドライヴ、完全接続実験を開始する」


 イルシアの言葉に従うようにホーエンハイムが次いで、


「了解――抽出術式、起動開始」


 専門用語だらけの文言と共に、ガチャリと機材を弄る音が聞こえた。

 ヴォンと、機械が奇妙な唸りを上げて魔力が静かに軋み始める。


「抽出率、規定値を突破。魔力炉起動、錬成開始」


「――うむ、一先ず起動は問題なさそうだ」


 イルシアの声は先ほどより少しだけ穏やかだ。察するに、調整とやらは上手く行っているらしい。


「リアクター出力、70%を突破。規定値へと到達」


「よし、魔力接続開始、被験者へと供給せよ」


 その言の葉が聞こえた瞬間、俺の身体に強烈な魔力が叩き込まれた。


「――ッ!?」


 強烈過ぎて驚愕の声すら出ない。

 自分のモノではない魔力が体内に入るという感覚は、酷く気分が悪かった。腹が一杯なのに飯を詰め込まれている気分だ。


「バイタル正常、接続を続行する」


 吐き出しそうな気分の悪さを堪えていると、更に身体に奔る魔力が増加する。

 

「ぅあ……があぁぁ!!」


 雷光のように蠢く強力な魔力が、俺の身体を灼き始めた。血液が沸騰し、激痛で神経が荒れ狂うのが分かる。


「ッ……がはっ」


 灼熱した血液が酷い痛みと共にせり上がってくる。口から零れた血液は酷く熱く沸騰していて、僅かに自分の身体に触れたそれは、まるで熱湯のようだった。


 前世と今世の経験全てを合わせても、到底届かない痛みと苦しみ。

 ヒトは本当に苦しい思いをすると、何かを考える暇さえないらしい。やめてくれ、だとか、嫌だ、だとか、そんなモノは過る暇さえなかった。

 

「があぁああぁ!!」


 思考は既に真っ白で、痛みを追い出そうと絶叫する事しか出来ない。

 一瞬が一生に、刹那が久遠に、有限が無限へと引き延ばされていく感覚。

 永遠にも続くとも感じた苦しみは、唐突に消えた。


「がぁぁぁ――あ?」


 痛みが、ない。

 神経全てが爛れ焼き切れてしまったのだろうか? もう俺には生物としての基本原理さえ無いのだろうか。

 ……いや、違う。自分でその考えを否定する。


「素晴らしい、完全接続の魔力供給を全て受け切っている! 自己魔力波長への変性機構も全て正常……パラケルスス! これは素晴らしいですよ!」


「ああ……ホーエンハイム、これは――凄い」


 ――聴覚に異常が生じているのだろう、遠い場所から話しているように聞こえるイルシアとホーエンハイムの声。

 それを知覚した瞬間、ガチャンと俺の拘束が全て外れる。今や熱く重苦しいヘッドギアは、役目を終えたようにポロリと落ちて床に転がった。


「……」


 目を開いた瞬間、眩し過ぎて何も見えず、ズンと眼球の奥に響くような痛みを覚えた。それを慣らすように暫くパチクリとしていると、ようやくモノが見えるようになってきた。


 いや、『見える』というのには語弊がある。視界全て血に染まったように紅く、辛うじて部屋の形や、目の前にいるイルシアとホーエンハイムの輪郭を捉えられる程度しかない。


 まるで安っぽいホラーゲームの演出みたいだ。そんな事を感じながら目を瞬かせていると、涙のようなモノが零れた。……見れば、それは血のようだ。

 

「……あつ、い」


 喉が焼けたのだろうか、錆び付いた弦楽器のような声しか出ない。

 全身が焼け爛れたような痛みが、未だ神経を刺激する。火傷特有の張り付くような感覚が、酷く煩わしい。

 何もかもが嫌になる。


「大丈夫かっ、ルベド」


 慌てたようなイルシアが俺に近づいてくる。俺を助け起こそうと触れ――ジュっと焼け付いたような音がした。


「ッ……」


「……やけど、する。よして、おけ」


 血液が沸騰したような感覚は恐らく比喩ではない。実際に沸騰していて、故に俺の身体はまるで灼熱……ホムンクルス、いや魔人兵とは頑丈なモノだ。普通の人間なら、疾うに茹って死んでいる。


「……」


 イルシアが無言で後ろへ引いたのを確認し、俺は身体に力を込めて立ち上がった。

 一歩、立ち上がって進もうとして――筋肉と神経が悲鳴を上げた。椅子から転げ落ちそうなり、どうにか踏ん張る。

 

 魔力が流れたことによる裂傷か、血液が全身から滴り落ちる。熱い血液が零れ、湯気を立てる。

 一歩進み、血だまりがパシャリと跳ねた。更に一歩進むと、俺の裸足が床に触れ、ジューっと、焼けた鍋に水を入れたような音が響く。


「……ふーっ」


 燃えるように熱い息を吐き出し、俺はこの身に漲る魔力を意識した。


 先ほどまで俺を焼いていた魔力の奔流は未だ流れているが、害意を持つことは無く、全てが俺の支配下にある。

 いつものように魔法を使おうと意識すれば、普段とは比べ物にならない程強力な魔力が渦巻き、蜷局を巻く。まるで振るわれるのを、望んでいるように。


「……」


 俺の様子を黙ってみているイルシアとホーエンハイム。彼らの視線によって、自分の身体が酷く見苦しい状態なのを思い出す。

 そうだ、まずはこれをどうにかしよう。


「……治れ」


 覚えた魔法の中から、俺は「錬金術」を選択し、一言命じた。

 身体に魔物の血が入っている影響で、俺達『魔人兵』には『神聖魔法』という分かりやすい回復魔法は使えない。

 だから変わりに他の魔法で何とかする。例えば錬金術の、物体を変化、再構築させる性質を利用して。


「おおっ……」


 赤い雷光のようにひりつく魔力が渦巻き、俺の身体から迸る光景を見てイルシアは感嘆する。横に立つホーエンハイムも、目を見開いている。

 

 ――赤い雷光奔らせる魔力が輝いたかと思えば、俺の身体が凄まじい速度で修復されていく。


 強烈な魔力が奔って焼き切れた神経は修復され完全に結び直され、沸騰した血液により千切れた皮膚や血管は急速に癒え、熱でダメージを負った内臓や眼球、骨格から筋肉に至るまで――すべて完治。

 

 再び目を瞬かせると、今度は視界が明瞭としていた。驚愕するイルシアとホーエンハイムの姿が、よく捉えられる。


「なんと……」


「これは……予想以上だ」


 研究者二人が驚愕する中、すっかりと完治した身体を確かめる俺。

 うん、問題無し。

 あれだけのダメージを『直す』には、以前の俺の魔力量じゃ足りなかっただろう。それを一瞬で行えた時点で、この『接続』とやらの恩恵が理解できる。

 

 だが……足りない。

 力が足りないのではない。力を確かめる『機会』が足りない。

 酷い疼き、或いは渇きを感じる。

 振るってみたい。胸が浮き立つような感覚が支配する。


「……なあ、イルシア、ホーエンハイム」


 だから俺は、提案した。

 俺に呼びかけられ、二人は一斉にこちらを見た。


「確かめたいんだ、俺がどれだけ強いのか」


 そういって、俺は自分の拳を握る。力を込めると、溢れるように魔力が雷光となり、実験室の壁に打ち付けられた。

 ズサン、と雷が降り落ち砕くように壁が破砕される。ただ零れた魔力だけで、この有り様だ。

 ――全力を振るったら、いったいどうなるのだろう?

 

「ッ……」


 壁が破壊され巻き上がる爆風から身を守る様に、二人は腕で顔を庇う。

 

「確かめたいだろ、二人も。俺の全力――本気ってヤツを」


 まるで悪魔がヒトを誑かすように囁き、牙を剝き出して微笑んで見せると、二人の視線の中に異なる色の光が宿った。

 研究者としての欲求。未知を見たいという、どうしようもない欲望の光を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ダグラス少将の言葉が無ければ、魔法局の我が儘になど付き合いませんよ」


 ……気が付けば、視界の先には大きな砦があった。

 

「無論、結果は出す。それも閣下が想定すら出来ないほどの、素晴らしい結果を」


 イルシアの声がする。

 ……アレ、何で俺、こんな所にいるんだっけ。

 周りは荒野で、あるのは大きな砦。

 どうして、俺は――


「それで、魔法局肝入りの新兵器とやらが、その少年ですか。……何だか気が漫ろですね、本当に使えるんですか?」


 無粋な声を飛ばしてくるのは、軍服を着た女だ。

 彼女を見た時に思い出す。

 そうだ、俺は俺自身の力を確かめるべく、こうして実地試験に来ているんだった。


 魔力を大量に浴びたせいか、或いは筆舌に尽くしがたい経験をしたせいか、頭がぼうっとしている。心地よく、蕩けるように。

 所謂、ハイってヤツだろうか。ここに来るまでの記憶も曖昧だ。

 

「……アレは、壊してもいいのか?」


 そういって、俺は砦を指さした。

 

「ふん、壊せるモノなら壊してほしいですね。アレは革命軍なる、テロリストが拠点として使っている砦。ぶっ壊れてしまえば、国内で憂慮すべき事がいくらか減るというモノです」


 子供に何が出来るとでも言いたげにそう口にする女軍人。

 まあ、この女は別に重要じゃない。重要なのはこの女が口にした事。

 アレは、壊してもいいモノ。つまり、この力を振るって良いモノ。


「ふふ……ははは」


 力を振るってもいいと確認出来て、俺は感じた喜悦を堪え切れずに笑ってしまう。

 それを横から見ていた女軍人が引き攣った表情をしていたが、気にする余裕はなかった。


「イルシア、アレ、アレにやっていいんだよな?」


「ああ、君が修得した中でも最大の魔法を、ぶつけてやれ」


 イルシアがそう口にした瞬間、意識がカチリと切り替わる。

 砦との距離はおよそ一キロくらいだろうか。この距離なら巻き込まれる事もないだろう。

 

「よし、見ていろ」


 そういって、俺は魔力を練り上げる。あの時、歌劇場事件より会得した魔力操作は、訓練を経て既に熟練の域に到達していた。

 アポカリプス・ドライヴなる機構より、常時莫大な魔力を得ている俺は、容易く強力な術式を展開――魔法が行使されようとしていた。


「――故に此方へ来たるべし、滅私滅却の劫火よ――」


 イルシアが開発したとする極大魔法が、ここに結実した。


「――消し飛べ、〈核熱炎ニュークリア・ブレイズ〉」


 魔法名を口上した瞬間、眩い閃光が砦より奔った。

 

 ――ドォォンと、骨身まで響くような振動の後、衝撃と閃光が迸る。


「ッ!?」


「これは――」


 見物していたイルシアとホーエンハイムは反射的に腕で顔を庇い、同道していた女軍人は驚愕する言葉を紡ぎきれずに目を閉じる。


 ――ドォォンと、今度は強烈な爆炎を吹き上げて響き渡る。

 余りにも巨大な炎だ。まるで西に落ちる太陽の様に、眩く、偉大で、そして悍ましい。

 衝撃の音は離れていても耳を劈くようで、砦が瓦解していく轟音は爆音に呑まれていっそ無音だった。


 凄まじい炎と爆発に呑まれ、消えて行く砦を飾る様に、異常な形で黒煙が膨らんでいく。

 その光景は、かつていた世界を衰退に追いやった、人類の悪意にそっくりだった。

 違うとするならば、これは、俺の意志によって用いられる、俺の武器。

 この蹂躙の威光は、俺のモノなのだ。

 

「……なんと」


「素晴らしい――」


「なっ、あっ、ああっ……!?」


 ホーエンハイムとイルシアはその光景を見て「実験は成功だ」と言わんばかりに静かに喜び、女軍人はただ驚愕して間抜けに喘ぎ続けていた。

 

 破壊の力だ。

 これだけあれば、全て殺せる。

 これだけあれば、彼らの分まで殺せる。

 何も悼むことは無い、ニグレド、アルベド――お前達が殺す分まで、俺が平らげる。


 ――ああ、素晴らしい。

 異様な黒煙を見て心の底から感じる。

 ついに俺は奪われる側から奪う側へと回ったのだ。

 被食者から捕食者へ、被害者から加害者へ。

 

「はは、あはは、アハハハハ!」


 口から自然と、堪え切れない哄笑が零れた。

 俺はこの世界に産まれてから何度目かの、感謝を抱いた。

 初めはニグレドとアルベドに。

 次はこの力をくれたイルシアに。


「ありがとう、イルシア。俺に武器を、牙をくれて」


 だから自然と、感謝が零れた。

 その言葉を聞いたイルシアは目を丸くして俺を見つめる。


「お前こそ、この世界最高の錬金術師だよ」


 胸に沸いた最大の賛辞を口にすると、イルシアは驚愕の後、ぎこちなく、されど美しく心の底から微笑んで見せてくれた。

 

「ああ、ありがとう――ルベド」


 殺戮の徒花が咲き誇るすぐ横で、微笑む俺を創りし創造主。

 或いはその感謝こそが、原初の恋情だったのかもしれない。

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