表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/181

114 少年と少女たち

 あれから一週間が経っても、俺は魔力の操作を会得できていない。

 普通のニンゲンが魔力の操作を会得するには、半年から一年掛かるともされている。

 多分俺も、それくらいかかるんじゃないだろうか。或いは、それだけかけても使えないかもしれない。

 

 他にやることも無いから、それなりに力を入れて練習している。

 だというのに全くものにならない時点で、そんな考えが浮かぶのも当たり前。

 漠然とした不安が、徐々に諦めを齎してくる。


「……」


 今日も成果が得られず、俺は下を向きながらトボトボと歩いていた。日課になりつつある庭での戦闘訓練が終了し、昼食の為に部屋に戻っている最中である。


「ルベド、元気出して! ごはんの時間だよ!」


 廊下を歩いていると、後ろからニグレドが飛び掛かって抱きしめてくる。衝撃とあの怪力によって締め付けられ、俺は目を見開いた。


「うっ!? ゲホッ……や、やめっ……」


 どんな馬鹿力か、万力で締め上げるかのようにミシミシと全身から異音が響く。

 身体が……絞まるっ!


「は……はなっ……せ」


「元気出して! 元気出して元気出して! ふふ、すっごいふかふか! ワタシ、大きな犬飼いたかったんだよね!」


 おっきい犬と連呼しながら、俺の服に顔を潜り込ませ、背中に埋めて抱き締めるニグレド。どれだけ身を捩っても、巨大なハンマーを棒のように振り回すニグレドの膂力から、魔力さえ満足に使えない俺が逃れられるワケもない。

 

「……っ」


 それを思い起こしてしまった瞬間、逃れようとする意志が消えてしまう。

 どうせ何をやっても無駄――そんな、どうしようもない諦めが毒のように齎された。


「コラ、放しなさいニグレド。貴方の力はゴリラ以上なんですから」


 そんな風にしたらルベドがボッキリいってしまいます。そう言われたニグレドは、顔を出してアルベドの方を向き、ぷっくりと頬を不満げに膨らませた。


「女の子にそんな言い方、しないでもいいじゃん」


「なら、まずはルベドを離してあげてください。馬鹿げた腕力があっても、良くない使い方さえしなければ、ゴリラなどと誹られる事もありませんよ」


 言い返すニグレドだが、アルベドに簡単にいなされてしまう。そのやり取りの間も、俺はニグレドに締め上げているワケだから堪らない。


「もう!」


 不満げに俺を離したニグレドは、アルベドに向けて舌を出す。


「うっ……けほっ」


 圧力から解放された俺は、軽く咳き込んだ後フラリと倒れそうになる。……そんな俺を、アルベドが優しく受け止めた。


「大丈夫ですか、ルベド」


 アルベドは俺を見下ろすと、優しく助け起こし、頭をポンポンを軽く撫でてくる。

 ……。


「……余計な、お世話だ」


 どうにか自分で歩けるまで回復した俺は、そうとだけ言うと弱々しくアルベドを突き放した。

 俺がそんな風にアルベドを拒絶しても、彼は一瞬僅かに驚いた後、優しく微笑むのみ。


 ……気に食わない。

 助けた相手が、気にかけた相手がこうして不躾な態度をとっても、コイツは嫌な顔をしない。

 ニグレドの場合は怒るが、それでも懲りずに関わってくる。

 …………本当に、気に食わない。――きっと、素直になれない自分にも。


「あ、もうごはんが並んでる!」


 アルベドにいいように扱われ、少し不満げだったニグレドだが、すぐにキラキラした表情に変わった。

 視線の先、食堂に食事が用意されていたからだ。

 食堂まで少し距離があるのだが、この身体は便利なモノで、ここからでも匂いを嗅ぎ分けられる。


「……」


 ……認めたくはないが、食事は確かに楽しみだ。

 元の世界じゃ、満足な食事を摂れたのは生まれてからすぐの、僅かな時間のみ。

 俺の記憶のほとんどは、乏しい量の不味い飯を、餓死を遠ざける為に我慢して詰め込んだ、苦い経験ばかりだ。


 だから、ここの食事は……美味しい。美味しいから……少しだけ、楽しみだ。


「ふふ、昼食が楽しみですね、ルベド」


 そんなことを考えていると、横でアルベドが俺に優しく笑った。


「何で、俺に……」


 わざわざ名指しした事を怪訝に感じた俺は、アルベドに小さく聞いた。

 どういうワケか、俺が尋ねるとアルベドは笑いを堪えるように口に手を当てる。


「ふふ……これ、言っていいんですか?」


「なんだよ……キモいから言えよ」


 俺が急かすと、アルベドは口を開き――だが何も言わずにクスクスと笑う。


「だって……言ったら、ルベド、きっと怒ったり、拗ねたりするから」


「っ……マジでキショいから早く言えって!」


 隠される事ほどウザい事はない。

 俺が怒鳴ると、アルベドはこちらを窘めるように両手を軽く上げた。


「ふふ、分かりました。怒らないで下さいね?」


「……とにかく、早く教えろって」


 だいぶイラついていた俺は、アルベドを鋭く睨んでそう言い放つ。

 アルベドは咳払いをした後、こういった。


「食事前、ルベドって、決まって尻尾を振ってるんですよ。ふふ……犬みたいに」


 アルベドがクスクスと笑いながら告げた真実。俺はそれが呑み込めず、暫し口を開けて放心していたが、すぐにどういう意味か気が付いた。


「……なっ!?」


 俺は大口を開け呻く。……すぐに自分でも分かる程、顔が熱くなっていくのが理解できる。


「っ……」


 微笑んでいるような、あからさまに笑っているような、曖昧なアルベドの顔を見上げ続ける事が出来ず、俺は俯いて歯を食いしばった。

 

「し、尻尾……」


 なんだよこの身体、ふざけやがって!

 なら、なら俺……飯の時間の前、いっつも、バカな犬みたいに尻尾振って、アホみたいにちょこちょこと食堂に行ってたって……コトなのか?

 ………。


「……」


 俺は無言で尻尾を自分の前に振ると、それを捕まえるように抱きしめた。自分とはいえ、捕まえられるという慣れぬ感覚に、フカフカとしたモノが僅かに動き逃れようとする。


「ふふっ……そんな、気にする事ないですって」


 尚もアルベドはクスクスと笑ってから、俺の頭に優しく手を乗せ、撫でて来た。


「誰だって、食事は楽しみなモノです。僕だって楽しみですし、ほら、ニグレドなんてあの様子です」


 そういったアルベドは、視線だけで廊下の先、食堂にいるニグレドを見た。俺も引かれるようにして、その先へ視線を飛ばす。


「ねえねぇ! なーにやってるの!? 早くしてよ、全員揃わないと食べられないでしょー!」


 食堂から廊下側にひょいっと顔を出したニグレドが、如何にも浮ついていると分かる、ウキウキとした所作を交えつつそう叫んでいた。

 

「生きていれば、お腹が減るモノです。どんな働き者でも、怠惰でゴロゴロとしているモノも。共通の機能なんですよ、恥ずかしがることじゃないです」


 アルベドはそう優しく述べると、その声と同じくらい俺の頭を儚く撫でた。


 ……死にたいと、もう嫌だと思いながらも、俺は空腹に従って飯を食っているし、夜になって眠くなればベッドに潜り込んでいる。毎日シャワーを浴びて、この世界の事を勉強し、戦う為の訓練を積んでいる。


 ――全部、生きる為の行為だ。死を願う者の行為じゃない。

 心とからだ、或いは本能との乖離、矛盾――無意識に感じていた、俺自身の「歪」、ここで明確に自覚してしまった。

 

 ……俺は、本当に、死にたいのか?


「もう! 早くしてよ! 冷めちゃうでしょ!」


 ……思考の坩堝に陥っていると、痺れを切らしたニグレドが、食堂からドカドカと走って俺とアルベドの前に躍り出た。


「ほら、行くよ!」


 キレ気味のニグレドが、俺とアルベドの手を引っ手繰る。


「わっ!」


「なんだよ!」


 手を掴まれた俺とアルベドは驚愕するが、そんな事お構いなしにニグレドは引っ張って走り出す。


「ごはん! ごはんごはん! やっとお昼ごはん!」


 ニグレドはやたらと「ごはん」と連呼して俺とアルベド二人の手を引っ張り、あのアホらしい程の身体能力を以って廊下を駆ける。

 

「おい! 引っ張るな!」


「アッハハ、まったくニグレドはせっかちですね」


 引っ張られて怒鳴る俺と、愉快そうに笑うアルベド。やがてすぐに俺達はニグレドの手により食堂に連れられ、急かされるように着席させられた。

 

「もう、ごはんの前はキビキビしないと。……あれ、ルベド、尻尾なんて抱えてどーしたの?」


 椅子に座った俺が、再びの醜態を晒さないように尻尾を抱えていると、それを怪訝に感じたニグレドが質問してくる。

 

「……」


 ……当然、俺はそんな質問には答えない。だって、その……恥ずいし。

 

「ああ、それはですねニグレド」


 俺が黙ってやり過ごそうとしていると、アルベドがそれに答えようとしやがった。


「なっ!?」


 俺は慌てて立ち上がり、アルベドを止めようとするが……遅かった。


「――尻尾、食事前にいっつも振ってるのが恥ずかしかったみたいです」


「っ……」


 言われてしまったら、止めようがない。俺は無力感と共にゆっくりと椅子に座り直し、尻尾を抱えて俯いた。


「えーっ!? もしかしてアルベド言っちゃったのー!? それじゃルベドがごはん前に尻尾振ってるトコ、見れないじゃん!」


 ニグレドの返事は予想外で……ていうか、コイツも知っていたのかよ。

 知らなかったの、俺だけ……?

 

「もう、アルベドのバカ!」


「アハハ、でも、聞かれたら答えないワケには、ねぇ?」


「テキトーにはぐらかしておけばいいじゃん! ……ルベド、気にすることないよ! 尻尾振ってるのはカワイイし、これからも気にしないでブンブンすればいいんだよ!」


 愕然としていると、ニグレドが慰めるような声音で、全然慰めにならないふざけた事を抜かしてくる。

 

「……っ」


 顔面が爆発しそうなほど熱い。思い切り歯を食いしばらないと、何かが零れてしまいそうだ。

 

「……お前らなんか、大っ嫌いだ」


 だから俺には、涙目になりながら捨て台詞を吐くのが精一杯だった。

 

「ふふっ……申し訳……ふふふ」


「もう! アルベドのせいでルベドが拗ねちゃった! いっつもワタシに怒るくせに、自分の時は棚に上げるんだもん!」


「ホントに、申し訳っ……ふふふ」


「もー、バカバカ!」


 ニグレドとアルベドのやり取りを眺めて、更に羞恥が深まるのを感じた俺は、出来るだけ忘れるようにさっさと食事を始める事にした。


「あっ、もう食べてる! ワタシも負けないんだからね!」


 何故か俺に張り合ってくるニグレドは、急いだ様子で食事に手を付け始める。


「コラ、二人共いただきますって言って――ハァ、まあいいですけど」


 何かを言いたげにしていたアルベドが、しかし溜息してから「いただきます」と律儀に言った後、遅れて食事に手を付け始めた。


 認めるのは何となく癪だが、飯はやっぱり美味い。異世界ファンタジーの飯が美味いなんて、有り得ないと思うかもしれないが、それ以下の食事をしていたという過去――つまり贔屓目を抜いても、かなり上等だ。

 ……やっぱり、俺達はそれなりの地位を持つ組織に管理されている、ってコトになるのだろう。


 物思いに耽りながらも俺は黒パンを噛み千切り、モグモグと食す。ほんのりとした酸味や、白いパンよりもしっとり、そして少し固い食感は癖があるが、慣れれば美味である。

 

「アルベド、ソーセージの皮とってよー」


「自分でやりなさい。僕はバター塗るのに忙しいんです」


「ケチ! いいもん、なら皮ごと食べちゃうから」


「皮は取ってください。……ああもう、仕方ないですね」


 パンにバターと肉のペーストを塗っていたアルベドが、ニグレドに迫られ少しイラつきながら、白いソーセージの皮を取るのを横目に、俺は根菜のスープを啜る。

 ……うん、美味い。

 

「ルベドを見習いなさい。一人でも粛々と食べていますよ」


「ルベドは陰気なだけだもん」


「何てこと言うんですか貴方は」


 何故か俺に言葉を刺してくるニグレドと、それを窘めるアルベド。

 悪かったな陰キャで!

 ……そんな風に、暫く騒がしい環境で食事をしていると、ガチャリと扉が開いて誰かが入ってくる。


「みんな、もう食べ始めてたのね」


 そんな声と共に現れたのは、俺達の住まうこの場所の管理や、食事など生活管理をしている、研究者の一人だ。

 イルシアが俺達の担当だが、あの女はどうやら「こういった事」はトコトン不得手らしく、この女性が生活管理担当である。


「うん! 今日も美味しいよ!」


「そう、それは良かったわ。……今日はね、デザートもあるの」


 元気に返事をするニグレドに嬉しそうに目を細めた女性は、奥に消えたと思うと、手にトレーを持ってすぐに現れた。


「ほら、カスタードプディングよ。帝国の――東の方で食べられている菓子なの。これも召し上がれ」


 トレーに載っていたのは、プディング……プリンだ。トレーの動きに連動するように僅かに震える、黄色い菓子。黒いカラメルとサクランボでデコレーションされたそれは、甘く匂い立つ。

 女性はプディングを一人一つ配膳し、ニコリと微笑むと部屋から去った。

 

「プリン! うわあ、かわいい!」


「デザートがつくなんて珍しいですね、とても美味しそうです」


 プディングを出されたニグレドとアルベドは、それぞれの反応を見せた。ニグレドなんかはすぐに食べようとして――まだ喰い終わってないと、アルベドに止められている。


「……」


 ……俺はプディングを見つめると、少し早く食事を再開した。

 

「やった、一番乗り! プリン食べちゃおう! いただきまーす!」


 暫く食事をしていると、いつの間にか喰い終わっていたニグレドが、スプーンを握ってプディングを掬い、口へ運ぶ。


「あまーい!」


 甘いだの美味いだのと叫ぶニグレド。その表情はいつもよりも豊かで……きっと、さぞ美味い菓子なのだろうと想像させる。


「……」


 俺はプディングを見つめると、ゴクリと喉を鳴らした。

 残ったパンをさっさと詰め込むと、俺はスプーンを握って、恐る恐るプディングを掬った。

 ……思ったより、固い。スプーンに乗ったプディングを口に運んだ。

 

「……美味い」


 卵の香りに、強く、されどくどくは無い甘さ。仄かに感じるのはスパイス……バニラってヤツだろうか? 口当たりの良い、滑らかな食感がそれらの味わいを鮮明に与えてくる。

 思わず口に出してしまうくらいには、美味い。


「おぉ、これは中々……」


 一番遅れてアルベドが食事を終え、プディングに手を付け唸っていた。

 そんなアルベドを横目に、ニグレドは暫くモゴモゴと口を動かし――やがて満面の笑みを浮かべて舌を出した。

 

「えへ、見て見て、サクランボのヘタ、結べちゃった!」


 ニグレドの舌には、見事に結ばれたサクランボのヘタが載っている。……意外と器用なヤツだ。

 少し興味が湧いた俺は、サクランボを口に放り込んで食べ、種を出した後ヘタを舌で結んでみる。

 

「……」


 暫く舌でヘタを動かしてみるものの……どうやれば出来るのか、全く見当がつかない。


「……ふん」


 やがて無理だと悟った俺は、ヘタをぷっと吐き出した。

 その様子を見ていたニグレドは、ニヤリとムカつく笑みを浮かべて俺を見つめてくる。


「えへへ、ルベド出来ないんだー」


「……こんなの、別に出来てもどうもしないし」


「負け惜しみだ! ホントはちょっと悔しいでしょ」


「ふん、勝手に思ってろ」


 実はちょっと悔しかったのを言い当てられ、俺は顔を背ける。


「ニグレドがヘタ結べるのは、意外ですね」


 無心でプディングを食べていたアルベドが、横からそう言った。

 

「まあね! アルベドはどう?」


「僕はそもそも口に入れないです。モゴモゴして青臭いですし」


「……」


 予想外――というか問題外の返答に、ニグレドは黙り込んでアルベドを見つめた。……気持ちは、ちょっと分かる。

 暫く沈黙が続いたかと思った瞬間、ニグレドは舌をべーっっと出した。


「はしたないですよ」


 ……そんなやり取りをしながら、昼食の時間は過ぎて行った。

 自分がこの中でも落ちこぼれで、今日も何の成果も無かった事など忘れて、俺は当たり前のように生活していた。

 いつしか、頭の中にあるのは夕食の事と、バカなニグレドをどう言い負かすかだけで――死という言の葉は消え去っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ