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113 予感

「ヤな女だなァ、今見返すと」


 ルベドのぶっきらぼうな声音に、俺は正直同意せざるを得なかった。

 ……確かに俺はイルシアに惚れている。彼女以外どうでもいいと思えるほど。

 とはいえ、客観的思考を行えないほどバカじゃない。感情を抜きにして、今見たイルシアへの印象は確かに「嫌」だったのかもしれない。

 

「第一印象、サイアク。よくそこから、ここまで惚れられたよ、あんなんに」


 愉快そうな声音でそう口にしたルベドは、牙を剥き出して皮肉気に微笑んだ。

 意外と表情豊かなヤツだ。

 ……そういえば、いつだがイルシアが言っていた。俺を設計した時、表情が豊かになるようにしたにも拘らず、いつも鉄面皮だと。

 きっとそれは、俺の元になったコイツがそうだったからで……結局俺は。


「……続けよう。俺も、先が視たくなった」


 今行うべき事に目を向け、俺は思考を逸らして蓋をした。

 直視すれば、きっと考えたくない事を考えそうで……それが、怖かったのかもしれない。

 そんな俺を横から見つめるルベドは、何かを察するように儚く微笑み、そして何も言の葉を紡ぐ事無く――記憶の旅を再開させた。








 ◇◇◇








「どっせぇぇぇい!!」


 見た目には似合わない、中々に雄々しい咆哮と共に、黒髪の美少女――ニグレド・アルス=マグナが、携えた大岩の如き戦槌を振り下ろした。

 ドッカァン、とアホみたいな爆音が響き、標的となった案山子を、刺さった地面ごと消し飛ばす。


「……すっげぇ」


 パラパラと、吹き飛んだ地面の欠片が降ってくる中、俺は大口を開けて呆然と呟いた。


「うっははは! すっごいすっごいすっごーい! ワタシ、結構強いかも!」


 ニグレドは戦槌を振り回しながら、超人的に跳躍したりして嬉しそうに叫ぶ。バカげた身体能力だ。


「……」


 俺の横では、アルベドが集中した様子で拳銃を構えていた。変な形をした銃だ。握る所が丸っこく、箒じみているし、銃身の下、引き金の前に重そうに板(弾倉)がついている。


 アルベドは慣れた手つきで撃鉄を起こし、コッキングを引いて、弾が剥き出しになった変なマガジンを銃身上部に差し込み、カチャンと小気味よい音と共に給弾する。


「……」


 アルベドは片手で銃を構えると、案山子に狙いを付け、左から右へ順番に射撃する。

 バン、バンと乾いた銃声が連続で響き、アルベドは寸分違わず次々に命中させる。弾を打ち切ったのか、カチっと自動的にボルトが引かれた。


「……すげぇ」


 子供の手には不釣り合い過ぎる、大型の拳銃を片手で容易く取り回す姿に、俺はやはり呆然と呟いた。先ほどなんかは、跳弾を利用して、陰にあった案山子に弾を当てたりもしていた。

 計算してやっているらしい。化け物か?


「ふぅ、慣れて来たとはいえ、やっぱり手が痛いですね」


 等と言いながら、アルベドは微笑みながら肩を回す。そんな事を言っている割には、全く堪えた様子はない。

 ニグレドはインパクトある化け物だけど、アルベドはリアルな感じがしてやだな。


「……」


 ニグレドとアルベド二人の様子を眺めていた俺は、少し肩身の狭い思いを感じていた。

 俺はニグレドやアルベドのように……上手く、戦えない。


「流石だよ、ニグレド。アルベドも素晴らしいじゃないか」


 ニグレドらの様子を見ていたイルシアが、パチパチと拍手をしながら称賛した。満足げに微笑み、眼鏡の奥から興味の光を輝かせている。

 

 ……俺達は、外にある庭で戦闘訓練を行っていた。兵器たるべく造られた俺達は、創造主の意志に従い戦いに駆り出される前の調整をしているのだ。


 殺し合いなんて御免だ。やりたくない。そんな俺の考えのせいか、他の二人とは違い、この身にあるハズの能力を引き出せていなかった。


「さあ、ルベドも――」


 横に立ったイルシアが、俺を見下ろして微笑んだ。

 

「……」


 イルシアの表情から無言の圧力を感じた――そう感じてしまい、俺は歯噛みしつつ、手の震えを抑えるように、左手で右手首を掴み、正面にある案山子に向けて掌を翳した。

 

「ふーっ……」


 深く息を吐きだし、目を閉じて意識を集中させる。イルシアに言われた通りに、身体の奥底に意識を集中させ、心臓から全身へ血が巡るのをイメージする。

 

「……っ!」


 巡る血液が掌に集中し、そこから放出されるイメージを強く念じ、俺は目を見開いた。

 だが――


「……また、失敗だ」


 何の変化も起こらず、予感した通りの結果に終わって俺は肩を落とした。虚しく風が吹いてきて、案山子の藁を僅かに揺らす。


「ふーむ……おかしいねぇ、確かに接続は働いているし、ルベド自身にも魔力はあるハズなんだか……」


 俺の失敗を眺めていたイルシアは、興味深そうに目を輝かせて、顎に手を当てて考え込む。

 ……ニグレドやアルベドが、戦闘訓練を始めて順調に力を付けているのに対し、俺は一切進歩が無かった。


 何でも、魔力とやらを使えないと話にならないらしい。他二人は数十分練習するだけでその「魔力」とやらの操作法を会得したが、俺は四日経っても、魔力のまの字の気配すらない。


「魔力回路も正常……アポカリプス・ドライヴにも支障なし。となると彼本人によるところが大きいか……」


 専門用語らしき単語が混じる、イルシアの独り言が聞こえてくる。それを理解するのは難しいが、原因が俺にある事くらいは察せられる。

 

「……ふん」


 地球とかいう、異能もファンタジーもない世界からひっ捕らえられてきた俺に、この女は何を期待していたのだろうか。魔法だの何だのが、俺に使えるハズがないだろう。


 ……そう皮肉気に胸中で毒づいてみるが、他二人が同じ条件にあるにも関わらず、立派にファンタジーしている事で、更に落胆する。

 他のヤツに出来て、俺に出来ない、単純な差が、劣等感を抱かせる。


 ……肩を落として歯噛みする俺の横に、ニヤニヤとしているニグレドがやってきた。


「やーいやーい、ルベドの落ちこぼれー」


 真横でニグレドが俺の顔を覗き込んで、癇に障る声でそう馬鹿にしてくる。

 ニグレドの言葉に俺はビクりと肩を震わせてしまう。

 普段の俺なら睨み返したり言い返したりしただろう。だが今の俺にそんな気力は無い。

 寧ろ、「落ちこぼれ」という言葉が深く突き刺さり、胸の奥が重く締め付けられる気分だった。


「ニ・グ・レ・ド!」


 俺を小馬鹿にするニグレドの背後から、アルベドが青筋を立てながら両拳で彼女のこめかみをグリグリと押して制裁を加えた。


「いた、痛い痛い! ごめ、ごめんって! だ、大丈夫! 大丈夫! さっきのは嘘だよルベド! ルベドならきっと出来る! 頑張れ!!」


 アルベドに攻撃されたニグレドは、涙目になりながら俺に空々しい励ましを飛ばしてくる。今更そんな事されても、落ちこぼれと呼ばれた事実は消えないし、そもそも今の俺に、ニグレド達の狂態を気にする余裕はなかった。


 ……落ちこぼれ、その言葉が、グルグルと円を描くように脳裏に木霊する。


「ごめんって! もうやめてよアルベド~。謝ったじゃん!」


「僕にではなく、ルベドに謝りなさい」


「うぅ~。……ごめんってルベド! ル・ベ・ド~! ごめんなさい!」


「全く。――ニグレドは、ちょっと配慮とかデリカシーが足りてませんね。酷すぎですよさっきのは」


「うぅ、ちょっと自慢したかっただけだよぉ」


「ハァ……大丈夫、気にすることありませんよルベド。すぐに出来るようになります。……出来なくても、寧ろ戦わなくていいと考えれば、ね?」


 アルベドは俺の肩を軽く叩き、優しい声音で励ますように囁く。そんなアルベドの言葉に、ニグレドが首を傾げた。


「たたかう……?」


「僕達が何の為に、こうしているか分からないんですか?」


「え、運動の時間じゃないの?」


「……まったく」


 ニグレドは本当にバカですね、と言いながらやれやれと肩を竦めるアルベドを横に、俺は更に暗澹とした気持ちと思考に支配されていた。


 アルベドは戦えなくても、寧ろ戦場に出ない分いいかもしれない、なんて事を言ったが……。

 イルシアも言っていた通り、俺達は兵器として造られた。戦えない兵器の末路など、考えなくても分かる。

 ……いや、寧ろいいかもしれない。無能な兵器として処分されれば、望んだように死ねるのだ。

 

 そう……死ねる。死ねるんだ……。

 望んだ結末が近くにあるハズなのに。

 どうして、それを考えると……嫌な気分になるのだろうか?

 問いに答えてほしくて空を見上げても、この心とは裏腹に、ただ全天に澄み渡る青が広がるのみだった。

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