111 アルス=マグナたち
惑星ライデル、中央大陸ガイア、神聖グランルシア大帝国。21世紀を生きていた俺には、どれも馴染みのない単語だ。
それもそのハズ、ここは異なる世界。死んで、異なる世界に転生を果たしたのだ。――ふざけた事に。
「えへへ、アハハ! 広い広い!」
キャハキャハと甲高い声を上げる少女は、室内で走り回りながらクルクルと回転する。長く艶めく、漆黒の髪の毛と、吸い込まれるような黒目を持つ美少女。余りに白く、透き通る肌は人間離れしている印象さえある。
ニグレド・アルス=マグナ。魔人兵計画とやらによって創られた、アルス=マグナシリーズ・ファーストタイプのホムンクルス――さっぱり意味が分からない。
「ニグレド、部屋の中で走り回ってはいけませんよ」
ニグレドなる小うるさい少女を、優し気な微笑みと共に宥めるのは白銀色が印象的な少年だ。白銀の髪の毛に、同じく白銀色の瞳。白く透き通る肌と、尖った耳。やはりどうにも人間離れしている。
アルベド・アルス=マグナ。アルス=マグナシリーズ・セカンドタイプのホムンクルス――らしい。ニグレドに比べればうるさくない。いつも本ばっかり読んでいる。今も本を読みながら、ニグレドに注意を飛ばしていた。
「……」
そして俺は、窓際に膝を抱えて座りながらその光景を眺めていた。
……ふと、すぐ横の窓に俺自身が映り込んだ。紅い毛並み、紅い瞳を持つ、幼い狼の姿をした獣人。この中で一番、人間離れした容姿が俺だった。
――ホムンクルス。それが俺が生まれ変わったモノの正体だ。ファンタジー漫画やゲームの中でしか聞いた事の無いモノ――人造生命体。
この世界――惑星ライデルは、俺が元居た地球ではない――ファンタジーな現象や存在が当たり前のようにある、バカげた妄想の如き異世界だ。
俺はあの時、車に撥ねられて死んだハズなのに、目覚めたらここにホムンクルスとして、存在していた。
ようやく死ねたと、ああして安堵したのに……俺はもう一度、現実という名の地獄を過ごさねばならない。
「ッ……」
本当に――どうして。
「……」
悪態を吐きそうになっていると、白銀の少年――アルベドがこちらを見る。
「ルベド、たまには皆で、外の庭か何かで遊びませんか?」
アルベドは読んでいた本をパタンと閉じて、俺を見上げてそう語り掛けてくる。
……余計なお世話だ。コイツらも、同じくホムンクルスらしく、イルシアとかいう女は「家族みたいなモノ」だとか抜かしていたが――
「……話しかけるな」
本当に、余計なお世話だ。
家族なんて幻想に期待できる程、俺は馬鹿じゃない。愛だとかいう曖昧なモノが、どれほど脆く、無意味であることを嫌と教えられた。
異世界で、ニンゲンじゃないモノに変えられて……その上で家族ごっこをしろなんて、御免だ。
実験なり何なりに饗して、さっさと殺してくれ。
「もー、ルベドってノリ悪いよぉ!」
プンプンと全身で怒りを示し、甲高い声で俺に叫ぶのはニグレドだ。俺が一番嫌いな、煩いヤツ……。
「うるさい……」
「もう! そうやってスカして! いーじゃん! いっしょにあそぼーよ!」
ニグレドは俺の近くまで来て、鬱陶しい声でそれ以上に面倒臭く叫ぶ。ワーワーと足元でちょこまかと動きまり、俺を苛立たせる。
我慢して無視してみても、ニグレドの精神的攻撃は止まらない。ついぞ俺は我慢できなくなって、鋭くニグレドを睨みつける。
「ッ……! 黙れッ! 俺に話しかけるなって言ってるだろうが!」
ニグレドに向けて思い切り叫ぶと、彼女は一瞬ぎょっとして停止するものの、すぐに動き出し、今度は俺が座っている窓際に登ってくる。
「ルベドがしゃべってくれた! えへ、ねえねぇ、お庭であそぼーよ!」
窓際で座っていた俺に纏わりつき、ごく至近距離で甲高く叫ぶニグレド。
「ッ……やめろっ……」
「ねぇねぇ! いいじゃん!」
「……こら、ニグレド。そろそろ、その辺に――」
……どうして、俺に構うんだ。
やめろ、やめろ……やめろっ!
「やめ……ろっ」
虚しさとやるせなさが沸き上がり、小さな声しか出なかった。ニグレドを払うだけの気力もない。
何で俺はまだ生きているんだ……。
無意味だ。
何もかも……無意味だ。
「わっ!?」
近くでニグレドが驚く声がした後、俺の頭を優しく撫でて来た。自分の耳がパタリと倒れて、くすぐったい慰めの愛撫が通っていく。
それもまた……鬱陶しくて、嫌だった。
「ごめんって、ルベド。だから泣かないでよ……」
「泣いてっ……なんか……」
「ニグレド、ルベドは三番目、弟なんですよ。姉の貴方が泣かせるなんてとんでもない」
「えー、ワタシのせいじゃないもん! ルベドが泣き虫なのが悪い!」
「言い訳しない。……ほら、大丈夫ですよルベド。本でも、読み聞かせましょうか?」
――不本意ながら、泣いた俺を慰めるニグレドとアルベド。
一人にしてほしいのに、この世界に再び生まれてから、ずっと三人だ。一人になる事は出来ない。
……考えてみれば、それが良かったのかもしれない。
知らぬ世界で、知らない身体。傷ついた心……。裏切られたばっかりで、他人を受け入れられなくても、「拒絶」という「他者との関係」を築いていた。
或いは、その時の俺にとって、それこそが縁だったのかもしれない。
「おはよう、私達の最高傑作――アルス=マグナたち」
――ニグレドとアルベドが鬱陶しく俺に構ってくる。最近の日常をこなしていると、部屋の扉が開いて、あの女が入ってきた。
長い銀髪に碧眼、眼鏡を掛け、白衣を靡かせる美女。その女は、俺達がいた窓際の数歩前で止まると、軽く手招きした。
「あ、センセイ!」
そんな所作を見て、一番に飛び出したのはニグレドだ。窓際から勢いよく飛び降りると、トタトタと走って女の胸の辺りにダイブした。
「おおっと! 今日も元気一杯だね、ニグレド」
「うん! センセイも元気?」
女――イルシア・ヴァン・パラケルススは、胸に飛び込んできたニグレドを、優しく抱き留めた。
「マスター、おはようございます」
続いて、アルベドも窓際から降りてイルシアに軽く挨拶をする。
「うん、アルベドも元気そうだね」
イルシアはアルベドの頭を軽く撫でた後、俺の方を見た。
「ルベド、君も元気かい?」
イルシアは俺に優しく微笑んで話しかけてくる。
……この女こそ、俺達を造った張本人。神聖グランルシア大帝国、魔導開発部の主席開発長……らしい。
「……」
なればこそ俺は、イルシアの問いかけに無視して顔を抱えた膝に埋める。
あの時、ようやく死ねたのに、この女のせいで転生などする羽目になった。しかも異世界で、化け物になったおまけつきで。
更には、俺達は兵器として造られた。……直接言われたワケじゃないが、バカじゃなければ察せられる。
そんなヤツ、どう信用しろというのか。
「……相変わらず、ツンツンしているね」
「ルベドはいつもこんな感じだよー」
それを分かっていないのか知らないのか、ニグレドは呑気にイルシアと会話する。
「ルベド、ほらおいで。バイタルチェックの時間だよ」
怖くないよ、などと言いながらイルシアはコチラに手招きをする。
「バイタルチェック! 終わったら、朝ごはん!?」
「うん、朝ごはんだよ」
朝ごはんという単語に、ニグレドは目を輝かせた。彼女は俺の方をブンと勢いよく向くと、急速に接近し肩を掴んできた。
「っ!? なんだよ!」
「早く行くよ! 朝ごはんが待ってる!」
「勝手に……しろ! 俺は……言う事なんて聞かないからな!」
俺の肩を凄まじい力で掴み、グワングワンと揺らしてくるニグレド。
ヤバイ、気持ち悪い。頭がグルグルと揺れ、周りの景色が高速で動いていく。まるで特級に危険なジェットコースターにシートベルトなしに乗っている気分だ。
ゲロ吐きそう……!
「不味い……ニグレド! ルベドの顔が酷い事になってます! それ以上は――」
アルベドが俺とニグレドの間に割り込み、どうにか引っぺがしてくれる。普段はお節介で嫌いだが、この時ばかりは感謝せざるを得なかった。
「うっ……ハァ、ハァ……」
「ふふ、仲がいいんだね。じゃれ合うのが終わったら、バイタルチェックを受けに隣まで来るんだよ」
「ど、どこが……うう」
酒にでも悪酔いした気分――酒飲んだことないけど――で、天地がグルグルと揺れて俺は崩れ落ちた。
「ほら、早く行くよ!」
「やめっ……尻尾を引っ張るな……」
結局俺は、ニグレドの怪力で引っ張られて連行されてしまった。耳を引っ掴まれたり、尻尾を紐のように鷲掴みされたりで、隣の部屋まで辿り着く頃には、俺の身体と精神は限界だった。
「うっ……ぐすっ……」
「ニ・グ・レ・ド!」
「……もうー。ルベドが泣き虫なせいで、アルベドに怒られたー」
「言い訳しない! 全く、君ってヒトは! ……大丈夫ですか、ルベド」
「ぐすっ……うるさいっ……俺に、かまうなっ……」
ニグレドに引っ手繰られるように連れてこられた先で、俺は悔しさと虚しさと痛みで泣いていた。
何で俺がこんな目に……。身体中あちこち痛いし、ニグレドに良い様にされた悔しさと情けなさで、ポロポロと涙が零れる。堪えようとしても、この忌々しい身体は一切泣き止んでくれない。
これじゃ俺が……泣き虫みたいだ。
「ふふ、またニグレドに泣かされたんだね、ルベド」
イルシアはクスクスと笑い、その後俺の頭をワシワシと撫でた。温かい手が細やかに俺を撫で、不思議な事に悔しさや虚しさが消えて、涙が引っ込んだ。
……これは、もしかして、俺……
「やめろ……俺は、子供じゃない」
「そんな事を言っている内は、子供だよ」
最後にイルシアはポンポンと俺の頭を優しく叩く。ポンポンと優しく叩かれる度に、胸の奥がキュウと窄まるような感じがして、耳がピクピクと震え、尻尾が左右に自然と揺れた。
「素直じゃないのに、尻尾とか耳がスゴク素直だよね、ルベドって!」
「ッ……!? お、俺は、別にっ……」
「ニグレド、もう揶揄わない」
また揶揄ってくるニグレドに牙を剥き出して反論するも、彼女はベーっと舌を出して馬鹿にしてくる。
本当にムカつくやつだ。引っ掻いてやろうか。
胸中でそんな事を考えていると、横からアルベドがニグレドを小突いて窘めた。
そんな俺達の様子を眺めていたイルシアはクスリと笑う。
「さて、バイタルチェックをしたら朝ごはん、終わったら今日の授業だよ」
イルシアのにこやかな宣言で、今日も一日が始まった。この世界に転生してから数週間、毎日続けて来たルーティンだ。
嫌だ、死にたい、そう考えない日は無いのに、俺は自然とその毎日を受け入れ始めていた。




