110 すべてのはじまり
今回から五章です。
光歴1004年、惑星ライデル、ガイア大陸西方。
世界を分かつ「人魔大戦」より千年以上、人類は未だ、その余波に苦しんでいた。
世界が新たな暦「光歴」を用いるようになった切欠、古の大戦争によって興った大国、「神聖グランルシア大帝国」は、西方の大地の覇権を握っていた。
千年前の戦争を奇貨とし、利益を得、国を興したかの大帝国は、未だ戦乱が渦巻くガイア大陸の渦中にあっても、高い国力を維持していた。
戦乱と魔物による災害によって、食糧や物資の類は貴重極まりなく、自国の処置を優先していた大帝国は、輸出等を厳しく引き締めていた。
結果、外交摩擦が生じる。周辺諸国からすれば、大量の食糧などを大帝国が占領しているように見えるのだ。
グランルシアが行ってきた、植民地政策による侵略による敵愾心もあり、周辺国家との対立は強まった。
そのような状態を、周辺諸国が座視するハズもなく、必然的に大帝国対西方諸国の構図が出来上がっていた。
大帝国は狼だ。それも大狼である。国力は強大で、千年前より併呑した国々も、長年の統治により強固な主従関係が刻まれている。また、このような状況で大帝国の庇護を去るという事は愚考であり、故に各州も受け入れていた。
大帝国を頭に置く、狼の群。それが神聖グランルシアである。
だが、そのような国でも、周辺諸国全てが敵に回れば危うくなる。必然、対グランルシアの包囲網が造られた。
あらゆる国家の仮想敵国たるグランルシアは、当然の如く追い詰められていく。
だからこそ、彼らはより力を求めた。そして力への欣求は大帝国の征服欲を目覚めさせる。
もはや戦乱は止まらない。それこそが、時代の終焉――光歴の終わり。
今はまだ、誰も知らない。この国が、この大陸が、如何にして滅亡し、そして新生するか。
そう――まだ、誰も知らなかったのだ。
◇◇◇
俺は、死んだ。
地球と呼ばれる世界で生まれた、平凡な少年だった俺。
年齢が十に届かないくらいまでは、平凡な幸せを歩んでいた。
だが、状況が変じた。
第三次世界大戦。
急激に冷え切っていた西と東の関係によって、核と戦争による冬がやってきた。
戦いは捨てただのと嘯いていた日本も、参戦せざるを得なくなり、国内は一気に荒み、ニンゲンは皆、まるで文明を喪ったかのように荒れていた。
俺の親も、そのせいで変わった。
優しかった父は酒に酔って粗雑になり、日常的に暴力を振るう。馬鹿みたいに酒を飲むせいで、当たり前のようにアルコール中毒を引き起こしていた。
母親はそんな家庭に耐えられなくなって、俺を見捨てて蒸発した。血も涙もない女だ。
……ある時、俺は父を殺した。
母親が蒸発して消え、暴力の矛先は全て俺に向く。世界の状況が悪くなるのに比例してか、日に日にクソ父の暴力が激しくなった。
ある時、頭を瓶でぶん殴られた。安酒の瓶だったお陰か、死にはしなかったが、そこで俺は明確に命の危機を覚えた。
殺される、殺される――なら、殺すしかない。
俺は酔い潰れた父の胸に、包丁を突き刺して殺した。――酒で鈍っていたせいか、少し身じろぎした後、絶命した。
復讐を果たした快悦などなく、虚無感だけが心を蝕む。
――どうして俺は生まれたんだ、父さん。
死体に何を言っても答えが返ってくるハズなど無い。俺は、かつての親だったものを捨てて逃げた。
ついに国内が行くところまで来て、日々の食にも困るようになる。配給はどんどんか細くなっていって、俺は何をしても生きていかないといけないと悟る。
ガキに出来ることなんてない。スリもやった。盗みもやった。時には同性の、何歳も年が離れたクズ相手に春を売ったことさえある。
今になって思えば、どうしてそこまで頑張って生き長らえようとしていたのだろうか。
死んでしまえば、楽になれたのに。
周りはそんなヤツらばかりだった。何も特別な事じゃなかった。俺は、そんなありふれた風景の一つとして、退廃の連続をいなすように生きていた。
でもまあ、そんな日々は長く続かない。ある日、ふらふらと歩いていると、軍用車に跳ね飛ばされた。
薄汚いクソガキになど、興味を抱いてもらえず、俺は薄れゆく意識の中考えた。
この世界はカスだ。
ニンゲンはクズだ。
何もかも、価値はない。
ゴミクズだ。
でも俺は、ようやくそんな肥溜めから解放される。
死という最期の慈悲を以て、俺はどうしようもない世界から一抜けた。
――ハズ、だったのに。
「……バイタル正常、問題無し」
――水を揺蕩うような感覚と、同じく水中から声を聞いているような、くぐもって響く言語。
「魂の定着を確認――成功です!」
誰かが、喜ぶ声がする。
「アポカリプス・ドライヴとの魔力接続、正常に完了。いつでもバックアップを受けられます」
「よし、本体の様子はどうだ?」
「意識を強制覚醒中です。魔力回路、魔力量共に規定値以上。素晴らしい、平均値を遥かに超えています」
「ニグレド・アルス=マグナの覚醒を確認。培養液の排出を行います」
「二番機、アルベド・アルス=マグナの覚醒を確認! 排出を行います」
「後は、最後の作品だけだね」
「はい、局長。すぐに目覚めるかと」
……酷い騒々しさだ。
天国か、はたまた地獄か。生前の行いを考えれば、後者の気がしてならないが、それにしたって死者の安息を妨げるのはどうなんだ。
いや、これが地獄流の罰なのかもしれない。ならば納得だが、心の方は追い付いてこない。
文句の一つでも言ってやらないと――そう思って、俺は目を開いた。
「――三番機、ルベド・アルス=マグナの覚醒を確認!!」
またも無粋な大声を掛けられて、俺は腫れぼったい目をパチパチと慣らす。
霞んでいた視界が慣れて、目の前の光景を映し出す。
……そこは水中だった。
青く輝く水の中に俺は浮かんでいた。水槽か何かの中にいるのか、ガラス越しに周囲の光景を見る事が出来る。
周囲の様子を表現するならば、陰惨な研究室というのが正しいだろう。
薄暗い室内に、頼りない明かり。乱雑に置かれた書類や実験道具の数々。そして、一斉にこちらを窺う研究員らしきヤツら。まるで、SFモノかホラーゲームで化け物を培養している場所だ。
その考えに至った時、俺は気が付いた。
ここは死後の世界のハズだろう? なのにどうして、こんな光景を見ているんだ?
夢だろうか。もしかしたら俺はまだ死の間際にいて、その間隙に覗いた幻覚なのだろうか。
いいや、違う。俺はそれを否定する。
明瞭な感覚、覚醒した意識。そして本能か何かか告げる。これは現実だ、と。
なら俺は、なんで生きているんだ。どうして死ななかったんだ。
何故、何故、何故、何故ッ!
「……何で、死ねないんだ」
辛うじて言の葉を紡いだのを最後に、俺は再び意識を闇へと落とした。




