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109 斯くして――

 俺――ルベド・アルス=マグナの眼下にあるのは、壊れかけた機材に囲まれたフラスコ。その中に揺蕩う、機械のケーブルだらけになった、枯れ木の如き老人。

 コイツが、ホーエンハイム……その、本体なのだろうか。


「……」


 イルシアは無言でフラスコに繋がれた機材に近づくと、手早く操作し、ボタンを強めに押した。操作を受け付けた機械は、稼働音を急速に小さく減衰させ、やがて停止した。


 機械の停止と同時に、辺りに地上に広がっていた魔法の気配が次々に消えて行く。カルネアス実験区を覆う結界や、俺を仕留めようとしていた次元転移の魔法も、何もかもが初めから無かったように。


「実際に魔法行使の機能を保有していたのは、ここか」


 沈黙した機械達を撫でて、イルシアは老人が揺蕩うフラスコに近づく。そしてフラスコの近くにある、制御装置と思われる機械に触れ、手早く操作した。

 ピッっという、小気味よい機械音が響き、すぐガチャリと音を立ててフラスコが動き始めた。


「……」


 内側からは、何度も見た事があるフラスコが開く光景。ザバリと粘着質な魔力液が零れ、糸を引きながらフラスコの辺りに水溜りを作る。

 

「――ゴホッ……ひゅ~、ひゅ~」


 フラスコから解放された老人は、外気を求めるように肋骨が浮き出た、醜い胸を上下させ荒く呼吸する。直視に耐えない光景であるが、それ以上に哀れさを感じさせる。

 疾うに人間らしい善性を失っている俺でさえ、そう思うのだ。聖人が見れば、憐憫のあまりに落涙しかねないだろう。


「……ホーエンハイム」


 かつて、肩を並べて錬金術の研鑽に励んでいた者の無様な姿に何を感じたのか、イルシアは細い声でその老人を呼んだ。


「………これが、げんじつ、ですよ」


 名を呼ばれた老人は、その外見に釣り合うだけの枯れた声音と、回らない呂律でそう呟いた。


「しかけを、うしなえば、このとおり、です」


「……それがお前の言う、不完全な完全か」


 チカチカと明滅する魔力灯によってレンズが輝き、その奥からイルシアは老人へ視線を投げる。


「……ふふ。ヒトであることを、やめた、あなたにも、ようやくりかい、できたようですね」


 不完全な完全――ホーエンハイムが紡ぐその理念は、彼自身の惨状が何よりも、その重みを裏打ちしていた。


「あなたの、かち、ですよ。わたしは……じき、しぬ。さいごに……すこし、はなさせてください」


 老人は喘鳴を交えながら、イルシアに痙攣じみた微笑みを投げた。イルシアは僅かに考え込んだ後、一歩下がる。


「ホムンクルスのクローンで延命し、自分の魂さえデータとして機械に保存する。……それだけ錬金術の薫陶を受けながら、尚も古き躰を捨て去れなかったのは……」


 そこまで言葉にして、だがイルシアは口を噤んだ。


 憎んでいた男だが、同じだけの時を生きている数少ない存在だ。そのような者が惨状を晒し、そして自分と相克する思想を、或いは思想の結果を見せている。他者を図るのが苦手な俺には、イルシアがそれをどう感じているのかは分からなかった。


「……これが、げんじつ、ですよ。われわれ、ひしょうな、せいぶつでは、あがいても、このていどが、げんかい……」


「私は――お前とは――」


「ちがう、とでも?」


 イルシアの呟きを、今にも死にそうなハズの老人が切った。


「わたしほど、みにくくはないでしょうが、しょせんあなたも、ふかんぜんなかんぜん」


 その後、老人は俺を――そう、俺を視線だけで見つめた。


「かれ……そこの、さくひんですら、そうですよ。だって、そうでしょう? あなたの、まえのものも、しんだじゃないですか」


 枯れた声音で、それでも先ほども覗かせていた邪悪さを見せて笑う老人。

 まえのもの――前のモノ、者、物――?


「モノ……」


 疑問が、当然の如く喉を衝いた。

 今まで我慢して、聞き流してきていた疑問が――口から紡がれた。


「――そう、もの」


 俺の言葉を鸚鵡返しに、老人が笑いながら応答する。


「ものですよ、もの……。あなたも、ごひゃくねんまえの、アルス=マグナしりーずとおなじ……」


 アルス=マグナシリーズ……先ほどもホーエンハイムが口にしていた名前――兵器のナンバリングじみた、だが馴染みのあるネーミング。

 

「五百年前……」


 自分がモノである事など、今更疑う余地は無いし、それこそが本懐だと思っている。

 だが…………俺に、俺の他に………イルシアに、この名前を、アルス=マグナという名前を与えられたモノがいたのか?

 ……いや、先ほどだって、この老人は「アルス=マグナシリーズ」と、口にしていた。

 聞き間違えなんかじゃない。

 

 

 ――俺以外に、この、名前を、貰ったヤツが……?


 

 明確に意識した瞬間、疑問と不安が込み上げてくる。

 戦いだと、殺し合いの最中だと、自ら律していた興味が、言葉として純粋に溢れる。


「それはっ……!」


 老人の呻きを切って捨てるように、イルシアが何事かを悲痛と憎悪を混ぜた顔で叫ぶ――が、


「ニグレド・アルス=マグナ……アルベド・アルス=マグナ――そして、ルベド・アルス=マグナ」


 ――老人がその名を口にした瞬間、イルシアの目が見開かれる。


「ニグレド……アルベド……?」


 聞き覚えの………無い、名前?

 いや……聞いた事も、ある気がする。


「――ゴホッ、ゲホッ……」

 

 その名を思い起こそうとした瞬間、老人が酷く咳き込み身を捩る。肉体の保存を行っていた生命維持装置が、一部分的にも外された事で、老人の肉体の死が始まっているのだ。


「ぐえ…………」


 老人は醜く呻き……だが、同時に繋がっている機械が高音を上げ、ノイズを奔らせた。


『アルス=マグナ計画……当時、神聖グランルシア大帝国の攻勢の一手として、軍部肝入りで実行されていた、兵器開発プロジェクト……』


 そして、繋がっている機械から、ノイズが掛かったホーエンハイムの機械音声が再生される。生命維持装置の機能の一つだろうか。


「アルス=マグナ、計画……」


 ――その名前は、以前に目にしたことがある。

 セフィロトに初めて訪れ、アインから与えられた屋敷で、イルシアが書類を研究室で整理していた時のことだ。


 ――黄金錬成(アルス=マグナ)計画、修正要項。

 

 そう銘打たれたレポートを、イルシアが抱えていた。


「貴様っ……」


 ホーエンハイムの音声を聞いたイルシアが、怒りを覗かせ懐からアゾットを出し、ズカズカと近づく。


「イルシア……」


 ……俺は、その背中に反射的に声を掛けてしまった。

 何故名を呼んだのか、自分でも分からない。

 ……いや、本当は分かっている。


 あろうことか、知りたいと考えてしまったのだ。ホーエンハイムが、何を語るのか。

 それはきっと俺に関係する事だ。漠然と、ずっと考えていた疑問。それが解消されるような気がして。

 だから俺は、兵器である癖に、最小権限(Needs to)原則(Know)を破ろうとしている。致命的エラーだと理解しても尚、俺は、知りたいと思っている。


「ッ……ルベド……」


 俺に呼び止められたイルシアが、息を呑んで振り返った。それを見計らったように、機械音声が再び紡がれる。


『――イルシア・ヴァン・パラケルスス……そこの彼女と、我々研究チームが、目を付けたのが、魔人族と呼ばれる種族。魔物とヒトのハイブリットで……ヒト的な機能を、ヒト以上に行使可能な種族を参考に……魔人兵を構想、した』


 ――魔人兵。イルシアが大帝国時代に造ったと聞いていた、兵器。


『ホムンクルスというモノは、その当時、小さなフラスコに収まる程度の存在を造る、未熟な技術でした。ですが、魔人兵を――アルス=マグナ計画を遂行する上で、この技術の発展は不可欠であり、だから我々は、多くの実験の果てに技術を革新させた』


 ――ホムンクルスというのが、古き言葉で「小人」を意味するのは、かつての錬金術において、文字通り人造の小人を錬成する技術だった故に来ている。

 それは、俺も知っている。……イルシアが、この技術の祖ともされるまでに革新させたのも。


『そして、ホムンクルス技術を用い、我々が計画した魔人兵というのが――何度も調整を施す事で、数年程度で強力な兵士を創造する手法。それに加え、我々は、その兵士に、無限の魔力を与える事を試みた』


「無限ノ………魔力」


 鸚鵡返しにしてしまうほど、それには心当たりがあった。

 ……賢者の石。俺の核である、それは、確かに無限の魔力を持つと言えるだろう。


「……ルベド」


 イルシアの声が、酷く切なそうに俺の名を呼ぶ。

 俺に話さなかったと言う事は、知られたくないと言う事。俺が知るべきではないこと。

 だが――そこに、俺以外の「アルス=マグナ」がいたのであれば……それは、イルシアにとって、「何」だったのだろうか?


 

 或いは俺以上に……大切な何か、だったのではないか?



 そのもしもが過る度に、どうしようもない不安に襲われる。

 だからその不安を払うように、目の前の安易な回答を、掴もうとしている。

 

『アルス=マグナ……黄金錬成。錬金術の、最高到達点。その一つの形としての、賢者の石。我々が当時作れたのは不完全品で……不十分だった。だから、彼らはプロトタイプとして、そして不完全品として、産み落とされた』


「……」


『――三体から成る、魔人兵のプロトタイプ。ニグレド、アルベド、そしてルベド……そう銘打たれた、魔人兵こそが、アルス=マグナシリーズ、最初の作品』


 ……アルス=マグナシリーズの、プロトタイプ。

 つまり、俺の前任者……。


「ルベド……アルス=マグナ……?」


 俺の口から漏れたのは、言い馴染んた、聞き馴染んだ己の誇りある名。

 この名前を持つ……もう一人の、ルベドがいた……?

 俺が生まれてから、百年と少し。少なくとも、俺の記憶はそうだし、イルシアからもそう聞かされている。

 だから、五百年前に同じ名前の兵器がいるとすれば……それは、別人。


 僅かに、心が歪んだ。

 心のどこかで、この世界での再誕と共に与えられた名前が、他の誰かにもあったと知って。

 まるで宝物だと思っていたモノが、唯一無二のモノではないと知ったようで。


『彼らは戦い、戦果を上げ、大帝国の血濡れた逸話の一つとなった。だが、その帝国の崩壊と共に……死んだ』


「違うッ!」


 ホーエンハイムの言葉を切ったのは、イルシアだ。震える声は怒りだろうか、俯いて拳に力を込めていた。


「お前が……お前のせいで死んだんだ! 彼らは……彼らは……あの子達は……」


 イルシアは言葉を詰まらせながら、だが確かな激情を老人に向けて放つ。


「お前のせいで……私は大罪人とされた! お前さえいなければ……あの子達が死ぬことは無かった!」


 ……そうか、イルシアがホーエンハイムを憎んでいるのは……。

 イルシアは「あの子達」の為に、怒っている。俺以外に、俺の名前を持つモノの為に。

 これは……嫉妬なのだろうか?


『……それは、認識の違いでしょう。寧ろ貴方の固執が、より悲惨な結果を齎した。……まあ、そこの彼からすれば、寧ろ幸運だったかもしれせんが。何せ、誕生の切っ掛けだったのですから、ね』


「誕生……?」


 ……何故、五百年前の諍いが、俺に関係があるのだろうか。

 

「それは……いや、まさか、何故それを……」


 知り得ないハズの事を知っている。ホーエンハイムが知っている。まるでそれが予想外の事で、心底驚愕しているようなイルシアの声。


『彼を、そこの彼を目にすれば理解できる……。――あの時、大帝国が滅ぶ原因にして、新生の災厄を引き起こした怪物……神の成り損ない、終末の魔物と呼ばれた存在』


 ホーエンハイムの音声は、ひび割れたノイズを一拍置いて、再び言葉を紡いだ。


『……五百年前の、世界の破滅を齎した終末の獣こそが、そこの彼――新たなる、ルベド・アルス=マグナ』


 ――五百年前の破滅?

 ……大帝国が最終的に滅ぶ原因となり、このガイア大陸に凄まじい厄を齎した怪物。

 それが、俺……だが、俺はその時代にまだ生まれていない。不可能だ、そんな事は。


『旧世界の破滅を齎した、魔女本人……パラケルスス女史、貴方自身が、恐らくプロトタイプより造り上げたのが、完成品の賢者の石でしょう』


 俺の思考を置き去りにして、ホーエンハイムの音声は続く。


『瓜二つなのも納得ですよ、プロトタイプのルベド・アルス=マグナと。彼はあの三体の中でも、一番貴方に懐いていましたからね。貴方としても、印象に残っていたでしょう。……ああ、だから、そこの新しいルベド君も、貴方にご執心なんですかね』


 瓜二つ……。

 名前だけではなく、容姿も……?

 ならばそれは、まるで――


『忘れられなかったのでしょう? 彼が。殆ど同じように造って、形見のつもりで愛でていたのでしょう? ……だから私は貴方に今日、邂逅した時、"学びませんね"と言ったのですよ』


 俺の思考を呼んだように、ホーエンハイムのノイズが発せられる。


『ヒトと神との愛が成立しないように、創造主と被造物の間にも、主従関係以上の絆が生まれる事は無い。ペットが死んで、同じ品種の新しいペットを買って、また同じ名前を付けても、結局そこまで。愛などというモノが成立するハズがない。何故ならそれ以前に、被造物としての本能――道具の自覚があるからです』


「ッ……!」


 道具としての自覚。その言の葉が、今まで受けたどのような攻撃より魔法より、俺を抉った。

 ずっと、ずっと、生まれてからずっと。この心に秘めて来た、イルシアへの慕情。それを阻む、被造物として自覚や責任。……イルシアには決して、この想いを告げられないという悟り。


『造られたモノには、確実にその自覚が存在する。子供が母に本気で慕情する事は有り得ても、造られたモノにはそれが出来ない。神がアダムとイブにしたのと同じように、多くの創造主は、造ったモノに歯向かえないような仕組みを与える。もしも被造物が主を愛せたとするならば、初めから創造主が「斯くあれ」とプログラムした結果に過ぎない』


 道具の本分を超えた行為、それ即ち反逆。

 だから俺はイルシアを愛していても、それすらも意識しないように厳に心へ封じている。

 だが……


「違う……私は」


『何が、違うのです? 事実と違う? 私と違う? 前者ならば、ただの苦し紛れの嘘。後者なら客観視が足りていない……』


「お前と私は……」


『同じですよ。ご自分が道具すらも愛する、慈悲深いモノのように振舞っていますがね。私と同じく、人形遊びをしているだけではないですか。私も貴方も、このどうしようもない世界で、ただ踊るだけの役者に過ぎない。自分が劇作家だと思い込んでいる様を描く、喜劇の登場人物だ』


「私は……」


 イルシアは歯噛みし、拳を震わせて俯く。いつになく、その背が寂しく見えた。


『貴方の結末を、この目で見届けられないのは残念ですが……まあ、ロクな終わり方ではないのは確かですね。クク……辺獄、煉獄、或いは地獄なんて代物があるかは知りませんが……あるならば、浄罪でもしながら、待っていますよ、パラケルスス――』


 ホーエンハイムの声が、最期のセリフを紡ぐにつれ大きくノイズが混じり――やがてイルシアの名を呼んだ瞬間、一際酷く雑音が響き、やがて消えた。

 ピーッ、と命が途切れた事を警告する機械音が、壊れたラボの中を虚しく木霊する。

 

「……」


 結局、イルシアがその手でトドメを刺す事は無く、まるで逃げ切ったように、因縁の男は事切れていた。

 暫くイルシアが無言で文字通り枯れた老人を眺め、やがてゆっくりと振り向いた。


「……ルベド」


 彼女は今にも泣きだしそうな顔で、俺を見上げ力なく呟いた。

 

「……」


 道具である俺に、イルシアに相応しい言葉を掛けるなんて出来ない。

 今はいっそう、その自覚が重く圧し掛かっていた。








 屋敷に戻るまで俺達は終始無言だった。

 酷く気まずい沈黙を破ったのは、イルシアだ。


「……第二形態を使わせてしまったね。一応の検査をするよ」


 そう言われ、俺達は研究室へ移動した。怪しい魔力灯が照らし、魔力液の入った大きなフラスコがある光景は、先ほどまでいた実験区を否が応でも想起してしまう。

 

「イルシア……」


「……なんだい?」


 俺はイルシアを力なく呼び――だが続ける言葉が思いつかず、


「……何でもない。ただ、出来るだけ、早く起こしてくれ」


 結局当たり障りない事しか、言えなかった。

 

「……ああ」


 イルシアはそんな俺の気の利かない一言に頷き、手早くフラスコを操作する。

 フラスコが閉じ、魔力液が充填されていく。目を閉じ、スリープモードを起動する前に、俺は自己ストレージに検索をかける。

 

検索サーチ……ニグレド、アルベド)


 どうしても、忘れられなかったホーエンハイムの言。

 ルベド以外にもいたとされる、アルス=マグナシリーズの魔人兵達。

 聞き覚えのある名前で――そしてどこか懐かしさを感じた。

 

 ――覚えがあるなら、きっとどこかにその記録がある。

 イルシアが教えなかったことを知ろうとしている。背信行為ともとれるだろう。

 だが……。


 ――自己ストレージの中を、高速で読み込んでいく。瞬間的に検索が終了し、該当結果が浮かぶ。

 これは……通常記憶ライフログ……?

 該当結果がある事に驚きながらも、俺はその記録を掬い上げた――

 

「ッ!?」


 瞬間、酷い頭痛と共に、深い穴へ落下するような浮遊感を感じた。

 

「何が――!?」


 異常事態に声を上げ、目を見開いた瞬間、更に異質な状態を目にした。

 

「これは……なんだ?」


 そこは、慣れ親しんだフラスコの中ではなかった。

 天には優しく太陽が輝き、青空が広がる。鼻孔をくすぐるのは青い草と甘い花の匂い。撫でるように微弱な風が吹き、足元には白い花畑が広がり、近くには大きな木が生えていた。


「この花は確か……」


 ワカユキロウソウ……だったか。イルシアがセフィラの塔にある植物園で、愛でていた花だ。

 

「ここは、一体……」


 何らかの攻撃でも受けたのだろうか。だが、俺のあらゆるセンサーは異常を告げていない。俺の感覚器官を掻い潜るなど、限りある手段でしか不可能だし、セフィロトの中心では敵対者が攻撃をしてきた可能性も限りなく低い。

 

 ではこれはなんだ? オーバードライヴを発動したことによるバグだろうか?


「――その認識はある種合っている、ともいえるな」


 ……思考の合間に、唐突に声が響いた。酷く聞き覚えのある声だ。

 俺は声のする方を振り向き――するとそこには、紅い毛並みをした、狼の獣人が立っていた。

 

「お前は……?」


 その男を見て、俺は違和感を覚え――すぐにその正体に気が付く。

 

「……似ている」


 そう、俺に似ている。具体的には、魔性を抑え、人類種に擬態している時の俺に瓜二つだ。マーレスダ王国に潜入した時や、ブリューデ大森林に傭兵として赴いた時に行った擬態に、よく似ている。体格は二回りほど小さく、着ているのがどこかの軍服である事以外、殆ど同じだ。

 

 ……そして俺は、そこまで考えて気が付いた。


「お前は……いや、お前が」


 そう呟くと、紅い狼は嗤った。


「流石に、察しが早いな」


 狼はゆったりと俺に近づき、少し離れた所で止まって、生えていた木の下に座り込み、幹に背を預けた。


「俺の名はルベド・アルス=マグナ。グランルシアの天才、イルシア・ヴァン・パラケルススが生み出した、最高傑作の一つだ」


 狼――かつてのルベドが、皮肉気に微笑んでそう名乗った。何度も俺が行ってきたように、或いはそれをなぞる様に。


「……何故、お前が。いや、ここはそもそも何だ?」


 俺は警戒を滲ませ、ルベドを睨む。瓜二つの狼は、俺の睨みを流すように、近くに生えているワカユキロウソウの一輪を手折った。


「ここはお前のストレージに保存された記録。ある少年の心象風景だ」


 ルベドは手に持つ花を指でつかみ、クルクルと回す。

 

「心象風景……」


「そう。記録から再現された、本当はどこにも存在しない、だがある場所によく似ている、想像上の風景だ」


 つまりは「思い出」だ――ルベドはそう皮肉気に言って、花を置いた。


「……」


「お前の目の前にいる俺も、この光景も、ストレージに入った記録をお前自身が再生しているだけに過ぎない。破損したディスクを、読みこんでいるようなモノだ」


 そういったルベドは立ち上がり、俺を正面から見据える。


「知りたいとお前が感じ、だから当然の結果として過去のデータを読み込んでいる。俺から造られたお前の中にある、俺自身の欠片を、再生している」


「俺から造られた……」


 ルベドの言葉に、俺は僅かに不安を覚えて鸚鵡返しにする。そんな俺を嘲笑うように、ルベドは牙を剝き出す。


「もう知ってるだろ? お前はつまり、ニセモノだと言う事だ」


 ニセモノ――意識しないように逸らしていた言葉が、他ならぬ俺自身によって告げられた。


「五百年以上前に死んだ俺を素材に、お前が造られた。そして造られたお前は、世界を一度滅ぼし……イルシアはその記録を封じた。都合が悪かったんだろうな」


「……」


「別に俺は、お前が憎いワケでも妬んでいるワケでもない。プロトタイプを改良するのは当然だからな。だが俺の再現である以上、そこにはニセモノという枕詞がつく。前世の記憶すら、丁寧に俺の再現をしているんだからな」


 そういったルベドは、再び座り込んで胡坐をかき、つまらなさそうに頬杖をつく。そんな所作も、俺に似ていた。


「前世……待て、なら、俺は――」


 ルベドの言葉を考え、そして気が付く。


「そうだ。お前はこの世界で生まれた。お前に前世なんてモノはない。俺にはあったが、お前には無い。上位互換のレプリカが、お前の正体さ」


 ……刃のような現実が、俺を切り付けた。

 

「地球で生まれ、生き、ロクでもない親を殺し、そして事故って死んだクソガキはお前じゃなかったって事だ。良かったな」


 慰めるような、或いは馬鹿にするような声音でルベドがそういう。

 俺はそんなルベドの前で、無数に渦巻く思考の海に溺れていた。何を聞けばいいか、何を問い質せばいいか、考えてから呟く。


「お前は……いや、アルス=マグナとは、何なんだ」


 ――そして最初に聞いたのは、ホーエンハイムとの邂逅から、ずっと感じていた疑問。それを答えられるであろう存在に問いかけると、紅い狼は流すように視線を向けてくる。


「……ここから先は、視た方が早い」


「視る……?」


「記録を再生することで、お前の意識下にこの領域が構築されている。つまりは夢の延長線上だ。お前がいつも見る、あの悪夢と違う、だが似ている状態――」


 ルベドがそういうと、周囲の空間が瞬きテレビの砂嵐の様にノイズが奔り始めた。


「だから再生しようか、五百年前の記録……何があって俺たちは、ここまで到達したのか」


 パチリと指を鳴らす音と共に、強くノイズが奔って空間が歪む。そして投影されるのだろう、オリジナルのルベドの記録――生まれてから死ぬまでの、その全てが。

これにて四章終了です。間延びしてしまい、申し訳ございません。

次回は五章です。

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