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108 不完全な完全 

 ルベドが出現した異形の怪物を仕留めるべく、跳躍したのと同時――


「さて、こちらもこちらで、さっさと終わらせないとね」


 始終剣アゾットの刀身、その腹を覗き、反射して映り込んだ自らを見てから、イルシアは周囲を見回す。

 先ほどからの激しい戦闘によって、特別実験棟と呼ばれた建物は殆ど半壊状態だった。

 壁も天井も崩れ、ズラリと並んでいたフラスコは割れたり壊れたりしているモノが殆どだった。


 にも拘らず、更に更にとホーエンハイムお手製魔人兵が現れる。

 一体どのような仕掛けなのか、先ほどまでならば頭を悩ませている疑問の代表だったが、施設が大破した今ならば分かる。


「……」


 遠くへ去ったルベドを眺めていたホーエンハイム目掛け、アゾットを振るう。

 キィン、と魔力錬成によって生じた高音と共に、極光がホーエンハイムを飲み込んだ。

 

「――全く、少しは慮って欲しいモノですが」


 その後、やはり当然の如くホーエンハイムの代わりが出現する。――奇妙な魔力の粒子と共に、肌に感じる空間の捻じれを引っ提げて。


「……やはり、か」


 ホーエンハイムの出現を見て、イルシアは自らの考えが正しい事を悟った。

 先ほどからホーエンハイムのクローンや、魔人兵などが唐突に現れていた現象の原因。

 

 恐らく地下か何かにもう一つ、大規模なラボが存在しているのだろう。そこからホーエンハイムのクローン、そして魔人兵が造られ、転移によって送られていた。


 転移の予兆を先ほどまで察知できなかったのは、特別実験棟の閉鎖空間、及びフラスコや機材から生じる魔力によって搔き消されていたからだろう。


「その様子……どうやら仕掛けに気づいたようですね」


 珍しく硬い表情でイルシアの考えを読んだホーエンハイム。不死のタネが割れたとなれば、彼としても面白くは無いだろう。


「ですが、あと数分時間を稼げは済む話です。そうなれば、もう貴方達に煩わされる必要もなくなる」


 確かに、ホーエンハイムの発動した次元転移は、ルベドが出来得る限りの遅延を施したとはいえ、依然として存在している。彼が数分時間を稼げばそれで済む話だ。


「――だから」


 コチラも手段を選んではいられない。

 続きの言の葉を紡ぐことはなく、ただ行動を以って示す。


「――〈召異(サモン)一なる黙示録の騎士(ペイルライダー・ワン)〉」


 アゾットより錬成した魔力と、自らの「力」を以って、彼女のみに許された異能を行使する。

 呟くような口上によって、幻想的な幾何学模様を連ねた円が多重に展開され、一気に環が広がると、天より光が降り注いだ。

 

 その光は確かに輝かしかった。

 極光と呼ぶのが至極当然の光輝。真っ白で、潔白で、清廉過ぎた。

 だが恐ろしく空疎で、故に慄然を与える異相。

 まるで、貪婪なる存在を滅ぼす為だけに創られた、異質なる宣告。

 

「……ちっ」


 その輝きを目にしたホーエンハイムは、心底――そう、心底忌々しそうに舌打ちをする。

 今の今のまで、薄ら笑いを浮かべ超然と振舞っていたホーエンハイムが、明確に負の感情で顔を歪めた。

 

 ホーエンハイムの舌打ちを聞き届けたかのように、光が強まり円環が広がる。

 円環の果てより、輝きが形を伴って降り注ぐ。

 

「――ヒヒィィィン!!!」


 それは麗しき天馬に跨った騎士だった。

 通常の馬よりも遥かに大きい白馬が、蹄を立て鳴らす。清廉なる魔力を滾らせ、美しき天使の如き翼を広げ、空に向かって嘶いた。

 

 それに跨る騎士もまた異様だった。

 王冠のような意匠を持つ兜を被った、フルプレートの騎士。馬と同じく真っ白な色の鎧。

 体躯は巨大で、異様に大きい馬に見合うだけの巨人である。

 手に携えているのは、バリスタよりも巨大な白い弓。嘶く天馬を窘めると、馬上よりイルシアを見下ろす。


《――召喚ニ応エタ、新シキ契約者ヨ》


 あの輝きと同じく、慄然かつ妙なる響きを持つ声音で騎士が恭順を示す。

 召喚魔法によって呼び出される存在と同じく、契約で縛られているからこうして服従を示しているのだろう。

 方法は異なるが、どちらも余剰次元より招かれる異界者――縛りさえなければ、すぐにでも暴れ出すような手合いこそが他世界の異形なのだ。


「――最終局面と洒落こもうか、ホーエンハイム」


 指でも突きつけるようにアゾットの剣先を向けたイルシアの、僅かに不敵な表情を見て、ホーエンハイムは神妙な顔で視線を投げる。


「ご自慢の作品では足らない……と?」


「ルベド一人でも、お前程度容易く屠れるさ。だが生憎、彼はお前の作品を下し、格の違いというモノを刻み込みに行っていてね。なれば、私が直截に葬るのが必然というもの」


 言い終えたイルシアは、眼鏡の奥に冷酷な光を覗かせて睨んだ。


「我が作品を戒めんとする桎梏を打ち破らんと欲するならば、お前を滅ぼすより他は無い。対してお前は、既に王手チェックを掛けている。……術式が起動した時点で、後は持ち時間が過ぎれば、自動的に終了(チェックメイト)だ。時間が過ぎるまで逃げ回ったり、或いはこの場所――カルネアス実験区から去っても良かった」


 傲然かつ滔々と語るイルシアの言葉を聞いて、ホーエンハイムは凝然としていた。


「……にも拘らず、お前は逃げなかった。いや、ここから去れない理由がある」


「……」


 ホーエンハイムの沈黙は、何よりイルシアの言が正解だと物語っていた。

 ――魔法を行使する際、起動した術式が正しく成立するまで、術者はそれを維持しなければならない。

 故、ホーエンハイムはルベドに行使した術式が発現するまで、此処を離れられない。

 

 それともう一つ……ホーエンハイムは、この場所から離れられない理由がある。


「お前の元――つまり、核となるバックアップサーバーが、この実験区のどこかにあるのだろう? ならば逃げる事など出来ないのも道理だね」


 ナイフのように鋭い推論を突きつけられたホーエンハイムは、面白くなさそうに睨み返してくる。その態度が、何よりの正解だと告げていた。


 ……クローンを自らの新たな身体として動かそうとするならば、当然、元となる自身の情報を落とす必要がある。

 普段のホーエンハイムは、劣化したクローンの肉体から、新たなクローンに情報を継承することで存在を維持していた。

 

 だが今回のような、クローンが連続で一切の暇もなく殺されるような状況では、当然情報の継承など行えない。

 故に、適時バックアップを保存しているサーバーを用いてクローンを生み出している。

 それこそが、本当の意味でホーエンハイムの核と呼べる存在。


 自分そのものとも呼べる、サーバーを放棄して逃げるような事は出来ないだろう。実験区を放置するのは、自分の研究を他者に晒し、かつ自分自身を曝け出すに等しい行為だからだ。

 故にホーエンハイムは、イルシア達が襲撃を掛けた時点で迎撃するしか選択肢は無かった。


「となれば、バックアップを保存し読み込み(ロード)する時点で、ある程度の情報劣化が起こるのは必定」


 当たり前のことだが、バックアップというのは、保存した所までしか再生出来ないのが常。

 ルベドの言葉を借りるならば、「セーブデータのロードは保存した所までしか読み込めない」だろうか。


 定期的な情報のバックアップを取っていたとしても、このような状況で読み込みを行えば、その時点までの情報しか落とせない。

 

 しかしホーエンハイムは、その情報劣化が起きた素振りなど見せていなかった。となれば――


自動保存オートセーブ、か」


 現状で稼働している個体より、自動でバックアップを行う方法。

 それこそが、ホーエンハイムが幾度もクローンを替えて尚、自我を保つことが出来ている理由なのだ。


「となれば、今も尚お前は『サーバー』にバックアップを送っている」


「……」


「――そのサーバーを破壊すれば、お前が幾度も行ってきた、緊急回避的なクローンの記憶継承は行えない。即ち――お前という存在の、死を意味する」


 死――疾うにその概念から離れたハズの、二人の錬金術師の間に流れる不穏な言の葉。イルシアの鋭い宣告を聞いたホーエンハイムが、一層剣呑な視線を投げてくる。


「……私を、殺せる算段がついたと?」


「そうだ。――だからこれを呼んだんだよ」


 問答を終えた瞬間、イルシアは指を突きつけ命令を下す。


「やれ」


「――ヒヒィィィン……!」


 鋭い命令を聞いた白騎士は、天馬を嘶かせた後に弓を天に構えて引き絞る。


「……ッ、何を――」


 ホーエンハイムが身構えるのを無視して、白騎士は天に一矢、大弓より解き放った。

 バァン、と澄んだ弦の弾く音と共に、白い魔力で形作られた矢が煌びやかな軌跡を残して天まで飛翔する。


 ――その刹那、飛んでいった矢が弾けて極小の粒子となり、それら全てが特別実験棟のホーエンハイム、及び魔人兵や予備のクローンらに射出された。


「――ッ!?」


 ホーエンハイムが何かを言い終わる前に粒子が命中し、瞬間に凍ったように停止する。

 

 ……〈召異(サモン)一なる黙示録の騎士(ペイルライダー・ワン)〉によって呼び出される白騎士が持つ異能――〈勝利の上の勝利ルーラー・オブ・ルーラー〉――それが、ホーエンハイムに発動された技の正体だ。

 

 その権能は、「観測下のあらゆる知的生命体を支配する」という、分かりやすい勝利を実現する能力。

 ……歯向かうモノがいなければ、王権など小動もしないのと同じように、勝利を司る黙示録の騎士は、主の絶対的な支配を保証する。

 

 勝利とは、支配である。

 ヒトの、或いは神のエゴを――つまり主我を焼印のように押し当てる異能。

 それがホーエンハイムに齎された現象の正体だ。


「これでヤツは動けない……」


 停止したホーエンハイム目掛けて駆けるイルシアは、鋭くその姿を見つめる。

 焦燥を張り付けたまま停止している姿は、まるで石像のようにすら見える。

 イルシアが下した命令が「動くな」の一点のみだったのだから、当然だ。


 複雑な命令を下そうとすれば、その分抵抗されやすくなるのは、あらゆる異能において必然の事象。

 ならば、単純かつ明快な効力で縛ってしまえばいい。イルシアがホーエンハイムを倒すのに必要なプロセスに、自由を奪う工程が必要だったので、丁度いい。


「これで――」


 停止したホーエンハイムの目の前に躍り出たイルシアは、片手を突き出し彼の額に当てる。


「――追跡トラッキング開始……ッ!」


 口上と共に奔らせた魔力が、糸のようにホーエンハイムに絡む。同時に起動した複数の術式によって、イルシアの目の前に情報が浮かぶ。


 ――イルシアが仕掛けたのはハッキング。魔法的な生物、魔導兵器など、魔術による構築がされている存在を構成する術式……或いはその機関に侵入し、情報を覗き見たり改竄したりを行う技だ。錬金術に造詣の深いイルシアだからこそ行える、攻撃方法だろう。


 このハッキングを仕掛ける為に、イルシアはホーエンハイムの動きを停止させたのだ。ホーエンハイムのクローンもまた、ホムンクルスという魔導生物。ハッキングを仕掛けられる相手なのだ。


「さて、どこに大事なモノを仕舞ってあるかを教えて――ちっ!」


 ホーエンハイムのクローンを構築する情報、その防壁を突破し閲覧し始めた瞬間、バチリと火花が奔るように弾かれる。

 見ればホーエンハイムのクローンが、ガクリと力なく崩れ落ちている。


「自分から生命活動を切ったか。まあ、そうするだろうね」


 黙示録の騎士の〈勝利の上の勝利〉は、生きている存在にしか効果を発揮しない。自死を選ぶ事で、余計な情報を与えないという算段だろう。

 イルシアのハッキングも、正常に稼働している個体のみに作用する。死んだ個体からは残滓の如き情報しか得られないだろう。


「だが――欲しい情報は手に入った」


 そういって、イルシアはルベドが跳んでいった方向を見た。

 

(クローンの情報のアップロードの痕跡が、この場所の地下へ続いていた。ホーエンハイムのバックアップサーバー……つまり、存在としての核も、そこにある)


 そしてそのサーバーさえ潰せば、完全に死亡する。

 確かにホーエンハイムが言った通り、イルシアもルベドも、そしてホーエンハイムすら「不完全な完全」だ。

 聖国の勇者の手によって、死に瀕した記憶は新しい。イルシアでさえ、その有様なのだ。彼女の手による最高傑作も、殺す方法はある。

 

 当然――ホーエンハイムにも、殺す方法が存在している。

 焦りが満ちていた中見出した活路に、イルシアに笑みが浮かぶ。


「戻れ」


 用済みとなった黙示録の騎士に帰還を命じ、イルシアはアップロードの痕跡が続く方向を見据える。背後で光の粒子となり消えて行く黙示録の騎士を感じながら、イルシアは息を大きく吸い込み、


「ルベド!」


 声を張り上げた。

 その瞬間、遥か上空より巨大な影が降り落ちた。

 ドォン、と爆音じみた轟音を響かせ、着地地点に盛大にクレーターをこさえ、埃と破砕される地面や建造物の残骸を雨と降らせながら、ルベドが現れる。


「今戻ッタゾ、イルシア。件ノ怪物ハ、シッカリト殺シテ来タ」


 低く聞き取りにくい声のままのルベドが、巨大な身体を屈めてイルシアと目線を合わせようとする。

 十数メートルある第二形態のルベドが、そのように身体を縮こませているのが少し奇妙に思えながらも、イルシアは彼の肩によじ登った。


「ホーエンハイムの本体を叩きに行く。あと数分も猶予が無いから、素早く終わらせるよ」


「分カッタ、ドコダ?」


「実験区中央――その地下だ!」


「成程、納得ダ。アノ怪物モ、地下カラ現レタ。……跳ブゾ、掴マレ」


 ルベドの言う通りに、しっかりと身体に掴まった瞬間――巨大な掌で押さえ付けられるような圧力がイルシアを襲う。


「ッ……!」


 飛翔――ルベドの人外的肉体能力の跳躍によって、空高くへ容易く飛び上がり、すぐさま目的の地点へ着地を決める。


「……」


 実験区の中央には、苛烈な戦闘の後が残っていた。衝撃に何らかの生き物の血痕――そして、傍らに倒れている、奇怪な怪物の肉塊。

 どうやら、ルベドはまたしても最高傑作に相応しい働きをしたようだ。


 ルベドが優しく着地をしてくれたおかげで、予見していたような衝撃は起こらず、内心ほっとしながらスタスタと降りる。

 

「コノ場所カ?」


 上から覗き込んでくるルベドがそう問う。イルシアは何も言わずに頷き、地面を見下ろした。


「頼む」


 イルシアの言いたい事を言の裡に察したルベドが、一つ頷いて巨大な腕の六本全てを地面につける。


「下ガッテロ」


 警告を聞いたイルシアが下がったのを確認して、ルベドは急激に魔力を錬成する。

 バチバチと雷光を伴い弾ける紅い魔力が渦を成し、ルベドを中心として吹き荒れた。


「……っ」


 安全を期して離れていても、顔を覆い姿勢を低くして重心を定めねば、ともすれば弾かれかねない程の魔力の暴風。それが一気に収束した瞬間――


 ――ドォォォン!! 

 放たれた魔力の奔流が、途轍もない轟音と衝撃を伴い地面を抉り破壊していく。

 元素魔法によって起こされる地震もかくやと言わんばかりに、凄まじい振動が伝わってくる。イルシアは歯を噛みしめて、揺れを耐えた。


 ガラガラと、地面が崩壊していく。終末予言の如き光景が視界の端で繰り広げられていると、ルベドがイルシアの近くに着地して、揺れを耐える彼女を優しく拾い上げた。


「ドウヤラ、正解ダッタヨウダナ。大穴ヲ開ケタ先ニ、何カノ設備ガアッタ」


「ビンゴというワケだね。もう時間がない、連れて行ってくれ」


 イルシアの言葉に頷きを返すことすらせず、ルベドは再び跳躍し、彼自身が開けた大穴に飛び込んだ。


 ――ヒュゥゥという、空気が通る高音が響いていき、星々の光が大穴の入り口と共に小さくなっていく。

 抉られた地面の無機質な跡が、高速で過ぎ去っていき、やがて地下に小規模なラボのような施設を見つけた。

 

 ドスンとルベドが着地し、その衝撃で滅茶苦茶になりかけていた施設は更に破壊され、機械が鳴らす警告音が耳障りな絶叫を奏でた。


「……見つけたよ、ホーエンハイム」


 沈黙とすら呼べるような、イルシアのか細い声。

 視線の先には、数多のコードで機械に繋がれ、フラスコの中で揺蕩う枯れ木のような老人がいた。

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