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105 二人の錬金術師

 特別棟を目指す傍ら、目に付く実験区の建造物は徹底的に破壊して回る。ここの開発力は、欠片だろうと残さずに消し去る。聖国と帝国のパワーバランスを崩す為には、それは必要な工程だ。

 警備兵も研究員も、丸ごと始末して回りながら、イルシア達は特別棟なる建造物に辿り着いた。

 

「ここが例の……」


 しみじみと呟くのは黒狼のキマイラ――ルベド・アルス=マグナだ。道中、大量の破壊行為を繰り返してきた彼は、少々疲れたかのように肩を回していた。――恐らく精神的な問題であり、肉体機能には何ら障害は無かろうが。

 

「他ノ所ヨリ、デッカイナ」


「アヤシイニオイ、プンプンスル! プンプンスル!」


 今まで滅ぼしてきた実験棟よりも、一回りも二回りも大きく重厚な建物。あからさまに怪しく、警備も他より厳重だ。

 

「対応するクリアランスを証明するモノがないと、防衛装置が起動するって話だが――」


「このまま進もう」


「ここからホーエンハイムを建物ごと消す事も出来るだろうが、やらないのか?」


 僅かに苛立った様子のルベドが、腕を組んで特別棟を眺めるイルシアにそう提案する。彼の蛇達が「アンナ奴イマスグ、ココカラブッ殺セバイインダ!」「ソーダソーダ!」と言っている事から、ルベドもホーエンハイムに不愉快な気持ちを抱いているようだった。


「いいや、直接戦う」


 ルベドや、オル・トロスの呻きを切るように毅然とイルシアは宣告する。直接戦い、この手で殺す。――それこそが、イルシアの望む復讐の結末だ。


「了解だイルシア。なら正面から、堂々と入ってやろう。そして教えてやろう、お前こそが最も優れた錬金術師だとな」


 いつもはツンケンしてばっかりなのに、やけに褒めてくれるルベド。むず痒いモノを感じつつもイルシアは頷く。ここでモジモジしている所なぞ見せたら締まらないにも程がある。


「では、行くよ」


 気を引き締め、イルシアはルベドを伴い特別棟へ侵入した。敷地内に入り、厳重な門を前にした瞬間――


「……招いているつもりか、ホーエンハイム」


 事前に聞いていた防衛機構など発動せず、自ずと扉が開いていく。その様子からホーエンハイムの意志の介在を感じ、イルシアの視線は鋭く変じる。先にいるであろうホーエンハイムを射殺さんばかりに。


「招くつもりならば、招待に応じてあげよう。旧知の仲だ、それくらい乗ってやるさ」


「明らかに罠だが………まあ、食い破ればいいだけの話か」


 引き留めるような声音でトラップの可能性を警告するルベドだが、すぐにそれを捨てる。彼の言う通り、罠など食い破ればいい話だ。

 彼を脳筋が過ぎるなどと言っていたが、自分も大概と思いながらイルシアは施設に足を踏み入れた。


 ――施設に踏み入れた瞬間、内部の機構が進入者を検知したのか、消灯していた魔力灯が順繰りに点灯していく。無機質な魔力の明かりに照らされて、より機械的印象を与える光景が目に入った。

 金属づくりの室内は清潔感があるが、それ以上に無機質だ。魔力灯の光に目を細め、イルシアは掛けている眼鏡をカチャリと持ち上げ直す。


「取り合えず、進もう」


 イルシア達が進むにつれ、自動的に明かりが点灯していく。――暫く進むと、魔力灯が揺らぐ青い煌めきを映し出した。


「これは……」


「……」


 壁にずらりと並んだフラスコの数々。ヒト一人を容易く収容できるフラスコの中には、様々な見た目の人造生命体(ホムンクルス)が魔力液に漬けられ浮かんでいる。


「ホムンクルス……」


 人造生命体ホムンクルス。遺伝子情報を自由自在に改変し、成熟した生命体を急速に造り出す技術。だが多くの場合、人為的に創造された生命は欠陥を抱え、純然たる命として生まれ出づる事は出来ない。

 イルシアはホムンクルスのフラスコに触れて検分する。中に浮かんでいる少女は――


「……コイツは」


 横でルベドが低く呟いた。声音に込められた思いを察する事は出来ないが、長年の付き合いでプラスの感情ではないくらいは、理解できる。

 どうして彼がそんな声を出したのか、イルシアは逡巡の後何となく理解した。


「君の報告にあった試作魔人兵――確か、レイアーヌとかいうホムンクルスだったね」


 イルシアの記憶は合っていたようで、ルベドは静かに頷く。

 フラスコの中に浮かぶ少女は目を閉じ、静かに眠っている。エメラルド色の長髪、そして妙に整った造形――確かに、何者かによって創造されたのを感じられる。

 

「その魔人兵は中々にいい出来でしょう? まあ、マーレスダ王国から送られてきた最後の型番ですから、比較して良い出来なのは当然でしょうが」


 イルシアがフラスコを見ていると、どこからかあの忌々しい男の声が響く。当然イルシアとルベドがすぐに身構え、周囲を見回す――が、例のホーエンハイムは姿を見せない。……代わりに、カパリとイルシアが眺めていたフラスコが開いた。


「……?」


「下がれイルシア、コイツには呪歌の行使能力がある」


 ルベドが鋭く警告し、即座にイルシアと開いたフラスコとの間に割って入る。彼の蛇達が「シャァァァ」と威嚇しているのを尻目に、イルシアはフラスコから出てきた影を観察する。


 全身から魔力液を滴らせる、美しき造形を誇る少女。少女は目を閉じたままフラフラと歩いている。ルベドが有無を言わさず始末しようと爪を変異させるが――それをイルシアは制する。どのような挙動を見せるのか、僅かながら興味がある。


「………あ、あ、あっ」


 少女は反対側のフラスコにぶつかると、フラフラと回転しながら吃音のように声を漏らし、やがてイルシアの前で停止し目を開く。ガラス玉のように澄み渡るエメラルド色の瞳を見せるが、どこか虚ろに感ぜられた。


「わ、わたしは――」少女は痙攣的な動きをして、何かを語り出す。「私、ワ、ワワワ、レレレ――私は、レイアーヌ・ベイルハーダ、です」


 痙攣が終わると、激しい吃音の後に唐突に名前を名乗る。酷く機械的で、人間味は感じられない。

 

転魂ソウルシフト技術の応用による人格転写――しかし、アウトプットが甘い)


 錬金術によって創造される生物や兵器は、その能力を行使する為に人格が必要。取り分けゴーレムやホムンクルスといった、イチから構築される存在、非常に高度なキマイラなどを高効率運用する場合、人格をコアとなる部分にコードとして記述する必要がある。


 錬金術兵器における人格とは、謂わばOS――各種機能の行使には必須の要素。ゴーレムを数合わせで適当に運用したりする場合なら、複雑なモノは必要ない。だがニンゲンと変わらないレベルの高度なホムンクルスや、それ以上の兵器を運用するならば必須。


 この場合、レイアーヌ・ベイルハーダという人格(OS)(CPU)を行使し各種能力を実行する――という状態。単純なホムンクルスとは違い、呪歌という機能がある以上、成功例から既存のシステムを流用する方が楽――ということだろう。


 にしても――


「私、は、マーレスダ王国の、孤児院、で、育ちまし、た。歌姫と、して、みんなを、まもって、います。………クロム、くろ、む? クロム――」


 ――趣味が悪いな。イルシアはここまで来る中で、幾度も感じた感想を再び広げる。

 気味の悪い姿だ。とはいえ、錬金術師である以上こういった代物は見慣れている。


「哀れな姿だよ。彼らはヒトなどよりもずっと無垢――お前が触れて良い代物じゃない」


 どこかで監視しているであろうホーエンハイムへ、通達するような声音でイルシアは叫ぶ。挑発と受け取ったのか、それとも公然と腐される事に耐えられないのか、陰険な男の声が響く。


「おやおや、まるでご自分なら弄繰り回しても良いという言い草ですね。やっている事としては、私も貴方も変わりませんよ」


「そうだね。だがそれは私が造り出した技術。お前に触れる権利はない」


「……もしや、怒ってらっしゃるのですか? 貴方ともあろう方が、ホムンクルス一個(・・)の扱いで、怒っていらっしゃる?」


 嘲笑うような声音と共に、ホーエンハイムは鼻で笑う。


「貴方は、魔人兵のプロトタイプを作成するまでに、どれほどの実験体を犠牲にしてきたかも覚えていらっしゃらないのですか? 無垢なるホムンクルスらの魂、ヒトの根源、その深淵を暴く為にどれほど肉と霊とを捌いてきたか忘れたのですか?」


「……」


 確かに、ホーエンハイムの言う通りだ。自分も同じような道を辿ってきた。である以上、他者を糾弾するだけの権利はない。

 

「技術の発展に、犠牲はつきもの。グランルシアで共に研究していた頃、よく仰っていたではないですか。私はそれを行っているだけ、何らおかしいことではありません」


「……」


「それとも――」


 カツ、カツと足音を響かせ、特別棟の奥から魔力灯のライトアップと共にホーエンハイムが現れる。横でルベドが身構えるのが分かったが、当のホーエンハイムの視線も彼に向いていた。


「――そちらの彼は、冷酷だった貴方を変えてしまうほどのモノだったのですか?」


「……」


「まあ確かに、よく似ていますからね。いいえ、態と似せたのですかね?」


 そう言われて、ドキリと心臓が跳ねる錯覚を感じる。

 ルベドをちらりと見てみれば、彼は相も変わらず鋭くホーエンハイムを見据えていた。


「お前がそれを言うのか、ホーエンハイム……!」


 プロトタイプを喪う事になった事件、それを引き起こした張本人にそう言われれば、冷静に努めているハズのイルシアも怒りを隠せない。殺意さえ籠った視線を受けて、ホーエンハイムは細い目を更に細める。


「失言、でしたかね? ですが訂正する気はありませんよ。どの道、ここで貴方を殺すのですから」


 殺意を明確に言葉にした瞬間、ルベドから魔力が奔る。彼の感情の起伏に従い、エリクシル・ドライヴが魔力を錬成しているのだ。

 その輝きを見たホーエンハイムが感嘆の混じった溜息を吐く。


「素晴らしい……確かに、パラケルスス女史、貴方は非常に優秀な錬金術師だ。だからこそ、消す必要がある。あの時はしくじりましたから、今度は確実に殺します。グランバルト帝国を潰されても困りますからね」


「護国の英雄でも気取っているのかい? まあいいさ、同じく、お前を殺す為に此処まで来たんだ。あの時の借りはここできっちりと返す。私の手で――」


 息を大きく吸い、胸中にたっぷりと満ちた殺意を吐き出した。


「――絶対に殺す」


 イルシアの殺意を受け取ったホーエンハイムが歯を見せてニヤリと笑った。両の手を広げ、歓迎の抱擁を求めるかのように見せる。


「では見せてもらいましょう。貴方のお気に入りを。――紅きエリクシルの化身、完成の赤たる存在。アルス=マグナシリーズの最終個体(ラストオーパス)にして最高傑作(マスターピース)、その真髄たるを!」

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