104 破壊者
『クラスA収容違反を検知。クラスA収容違反を検知――』
相も変わらず響く機械的なアナウンスの中、イルシアとルベドは実験棟から抜け、再び外に出る。天に輝く月光をも遮る魔力の輝き――外部への移動を完全に封じる逆結界だ。
「ジリリ、ジリリッテ言ッテル!」
「耳ガンガンスルゾ!」
オル・トロスが可愛らしい声で騒ぎ立てるが、その声も少々聞き取りにくいほど警報音が鬱陶しい。
「警報が五月蠅くってしょうがないね」
「潰すか?」
「うん、この実験棟も――ここの実験区は全て潰す。頼むよルベド」
イルシアの命令を受けたルベドは静かに頷き、その身に秘めし因子を変異として開放する。
「――〈部分変異・アルデバランの腕〉」
エリクシル・ドライヴより錬成される莫大な魔力が、ルベドの変異を解放する。因子により星の悪魔アルデバランの両腕が、ルベドの背中からメキメキと生えてくる。ルベドはその巨腕を振るい、因子に秘められし魔導を解放する。
「取り合えず、まずはA棟からだな。〈多重爆破〉、〈大地衝裂〉」
指揮棒を振る様に、ルベドがアルデバランの腕に術式の行使を命ずる。結果として、強力な元素魔法が多数顕現――A棟の上空に魔力が放たれ、そこから大量の火弾が降り注ぐ。着弾する度にドン、と強烈な爆風を伴い建物を内部の研究ごと葬り去っていく。トドメと言わんばかりに、地面に亀裂が入りA棟を崩壊させた。
「うむ」
完膚なきまでに破壊され尽くしたのを見届け、イルシアは満足と言わんばかりに頷く。イルシアが潰すと決めたのは魔人兵技術だが、セフィロトの最高意思タウミエルとしては、カルネアス実験区の開発力を全て消し去るという条件で今回の襲撃を合意している。潰せる場所は全て潰さなければならない。
「グギャァァ」
考え事をしていると、どこからか怪物の異様な鳴き声が聞こえる。見てみれば、A棟以外の実験棟から大量の実験生物達が脱走している。実験区の警備兵が必死に抑えていたり、研究員が逃げ出したりしているのも窺える。
「クソ、クソッ! なんだってこんなことに!」
「外部へのルートが全て封鎖されている……! どこにも逃げられない!」
「さっさと鎮圧を――さもなくば封鎖措置が解除されないぞ! このままここで全員皆殺しになるっ!」
阿鼻叫喚の様子を眺めていると、警備兵と実験生物の殺し合いが始まった。
鎮圧用の装備だろう、携行用兵器としてはかなり大掛かりな代物――ルベドが見たならロケットランチャーと呼称しただろう――を構え、射撃。――飛翔体が子供の生首を大量に生やす、スライムのような不定形の怪物に着弾。ドガンッ、といっそ爽快なまでの轟音が響き灼熱した高温が炎を撒き散らす。
「奇特な装備だねぇ、アレ」
警備兵らが奮闘する様子を眺めながら、イルシアはボンヤリと呟く。あんな大掛かりな代物にしては火力が低い。アレでは殺しきれないだろう。
イルシアの推測を証明するように、不定形の怪物が着弾地点に燃ゆる火炎を超えて触手を伸ばす。
「ひっ!」
素早く飛翔した触手は、警備兵数人を巻き取り引きずり込む。未だ火炎が轟々と燃えている中から、触手が飛び地獄へ導く獄吏のように引きずる。
「やめっ――ぎゃあアあぁぁ!?」
巻き取られた警備兵は、炎に炙られ熱さからか絶叫する。恐らく近づけば人肉の脂が弾ける臭いがするハズ――そんな光景だった。
「けひゃ、けひゃけけけ!」
自分を殺そうとした結果熾った炎で焼かれるニンゲンが滑稽なのか、それとも単純に獲物が苦しむのが面白いのか、不定形の怪物はその液状の身体から生やす、少女や少年の顔を動かし狂的に笑う。
相変わらず趣味の悪い男だ、とイルシアは思う。アレには生物兵器としての美しさが欠けている。ロマンと合理性と神的バランスで両立してこそ、完全なる傑作だというのに。
「アレは放っておいても死にそうだな――っと」
共に見物していたルベドが動き、横から迫った多頭の巨人を〈部分変異・鋭利なる魔爪〉で爪を鋭利に伸ばして斬殺する。赤ではない、緑色の異質な血液が肉片と共に吹き散り、ルベドは鬱陶しそうに血を払う。
「こっちの方にも来るようになってきたね」
「大人しくエサに喰い付いてくれてる方が楽だったんだがな――」
文句を言いつつも、ルベドは襲い掛かるカルネアス実験区製、異常生物達を見事に薙ぎ払う。正に鎧袖一触というのが相応しい光景だ。
「そろそろ突破して、残りの実験棟を潰しつつ特別棟を目指すか」
「うん、そうしよう。――掃除を頼めるかい?」
「無論だ。何もかもを綺麗サッパリ消し去ってやる」
粗雑ながら頼もしい返事を返すルベドが実験生物達の群に向かって悠々と歩き出す。軽やかながら、威容を感じさせる、誇るべき最高傑作に相応しい姿だ。
「死ねオラっ」
心なしかちょっと楽しそうに、ルベドが稚拙な暴言と共に魔眼だらけの獣――恐らくカトプレバスを元にした実験体だろう――を思い切り蹴り飛ばす。人外の膂力より放たれるミドルキックを受けた実験体は、弾き飛ばされ肉片を散らして、大地を赤く染め上げる。
カトプレバスモドキを消し飛ばしても、イルシア達を狙う実験生物は群を成すほどに大量。いっそ悍ましいほどの数だ。それらを前にして、ルベドより生える怪物の因子――ヒュドラと呼ばれる伝説級の魔族の因子を改造した結果たる、オル・トロスが狂喜し咆哮する。
「沢山イルナッ! オイルベド、コイツラ全部コロシテ良イノカ!?」
トロスがつぶらな瞳を邪な動機で輝かせて、主たるルベドに殺戮の許可を嬉々として求める。普段ならばいざ知らず、この場においてはルベドも鷹揚に頷いた。
「ああ、今日は殺し放題だ」
「ヨッシャァ!! 皆殺シニシテヤルゼ!!!」
「ボクモヤル、ボクモヤル!」
主の許可を貰ったオル・トロスは狂喜も露わに咆哮し、威嚇交じりの笑顔を浮かべて、敵の群を正面から堂々と見据える。
(ルベド達が楽しそうで、少しはここで受けた不愉快さも消えるというモノだ)
最近はずっとセフィロトに籠りっきりだったため、鬱憤が溜まっているのだろう。彼らの因子より来る、通常の生物より何倍も強い戦闘意欲と、それより得られる殺戮の快楽は、三大欲求が希薄な中、ルベドにとって数少ない欲求らしい欲求かもしれない。
そう考えると、やはり彼の設計に関して引け目、或いは後悔を感じる。当初は異なる目的の為に創造したからこその、制御機構や兵器としての整合性が目立つ。――今となっては、それは彼を縛る枷、自らのエゴではないかと。
実際、そうなのだろう。彼の人格はコードとして低レベルシステムで保持されている。アセンブリすれば、彼という存在すら文章として明確にすることが出来るだろう。
それ即ち、創造の段階でイルシアのエゴ。多くの場合、創造とはその創り手のエゴを含むが、これはその極致だろう。
再び後悔が胸を衝く。それを意識の彼方に追いやって、イルシアはルベドの戦いを観察する。
「オリャーッ! ゴミ共ハ皆殺シダ!!」
「ブッ飛バス、ブッ飛バス!!」
オル・トロスが張り切って咆哮しながら、烈風すら纏うほどの鞭撃としてその身を振るう。触れるだけで異常なほどの衝撃が加わり、掠っただけで肉体を抉り取っていく。宛ら鞭の結界だ。
「死ね、ゴミクズ共。〈絶対零度〉」
オル・トロスが作り出す鞭の結界に入らず遠距離から攻撃を行う者へは、ルベドが対処する。
アルデバランの腕により、元素系統第十位階魔法〈絶対零度〉が発動。実験生物達が屯する場所、その中心点に小さな氷塊が出現。地面に落ちた瞬間、真っ白な氷の嵐が吹き荒れる。-273℃に急速冷凍され、細胞の劣化さえ起らない程の完璧な氷漬けにより、即座に生命活動を停止させる。
「まだいるのか。面倒だな。〈窮極流出〉」
言葉の割には無機質な声音と共に、召喚系統第十一位階〈窮極流出〉が発動。黄金とも、玉虫色とも似つかぬ魔力の奔流が術式より展開され、離れた場所にあるB棟ごと貫き滅却する。
「あともう少しか。〈次元追放〉」
残った怪物の残党を、ルベドが追加で行使した時空系統第九位階〈次元追放〉が襲う。円のように展開された術式に囚われた対象を、ここではない異界――余剰次元に強制転移させる魔法。レジストに失敗すれば、実質的な即死である。
光の中に消えた残党を確認したルベドは、満足そうに頷いた。
「取り合えず、ここに居た分は片づけたぞ」
掃除を終えた後のように、ルベドは手をパチパチと払い――奇妙な事にアルデバランの腕も同調していた――イルシアの元に戻ってくる。
「大暴レ! タノシイナ!」
「タノシイ、タノシイ!」
「そうかい。おつかれさま、助かったよ」
先の考えは一先ず消し去り、イルシアは当面の問題を解決した事を労う。当初の予定では、これらをイルシア一人で相手するハズだったのだ。自分の戦闘能力を考えれば、無謀だっただろう。
激烈な破壊の後が色濃く残り、代わりに不気味なほどの静寂が齎された実験区を歩き、イルシア達は特別棟を目指すことにした。




