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010 早すぎる滅び

 聖遺物。

 それは聖国アズガルドが保有する強力なアーティファクト。

 強大な力は数に限りがあるというのは、聖遺物も例外ではない。

 アズガルドでも、この聖遺物を持てるのは秘蹟機関のメンバーだけである。

 秘蹟機関は全十五人。その全員が聖遺物に選ばれている。故に、秘蹟機関のメンバーは皆、物語の勇者じみた存在であり、一人で一軍にも匹敵する。

 

「だからこそ、我々は人類の希望でなければならない」


 儀式が成った祭祀場の中で、カーライン・シェジャ・アーチボルトは呟く。

 彼女は聖国アズガルドの名門、アーチボルト家に生まれた。アーチボルト家は代々優秀な神官を生み出してきた。

 例外に漏れず、彼女も優秀であった。聖遺物、錫杖〈滅断の杖槍(ミストルティン)〉に選ばれ、第十席次に就いた。

 彼女の聖遺物〈滅断の杖槍(ミストルティン)〉は、不死不滅といった存在を滅する力を持つ。その聖遺物を以って行う〈滅断聖槍グラム・ミストルティン〉は威力こそ普通だが、マーキングした対象を如何なる距離からでも攻撃可能な魔法である。

 マーキングには、カーラインが事前に聖別した武器で魔力の楔を打ち込む必要がある。

 楔の打ち方は攻撃する際に、聖別した武器に強く念じ、魔力を流せば発動する。

 後は事前に用意した儀式場で詠唱し、発動するだけだ。そうすればマーキングした対象に聖槍が降り落ちる。

 

「儀式は成った。当初の予定とは違うが、寧ろ喜ぶべきだろう。諸悪の根源、かの錬金術師を討ったのだから」


 そうカーラインが言うと、祭祀場の中にいる神官や騎士が明るくなり、喜びを露わにする。

 そんな様子を見て、カーラインはボンヤリと考える。


(これで良かったのだろうか。いいや、良いハズだ)


 この策を成就させる為に犠牲になった弟、アルフレッドを思う。

 彼は楔を打ち込む為に、そしてカーライン達を逃がすために残り、かの怪物と戦った。恐らく殉教しただろう。

 アルフレッドもアーチボルト家に生まれたカーラインの弟だ。だが彼は生まれながらに苦難を背負っていた。

 彼は生まれながらにして盲目だったのだ。聖国アズガルドでは、こうして障碍を持って生まれるモノを受難者といって扱う。神から試練を授かって生まれたのだと。


 そういえば聞こえはいいが、実際は幼時より度を越えた鍛錬を積ませ、その厳しさから自死する者すら生まれる狂気じみた悪習である。

 アルフレッドは、その狂気を凌ぎ切った。

 目が見えないからこそ、それ以外で世界を捉えようとした。その努力は実り、彼は誰よりも鋭敏な感覚を得た。

 魔術の才こそ無かったものの、たゆまぬ訓練の果てに得た戦闘術は評価された。

 遂には聖遺物、〈聖天の雫(アンブローシア)〉に選ばれ、秘蹟機関第九席次に就いた。

 聖遺物〈聖天の雫(アンブローシア)〉は飲み干した者に再生能力と高い身体能力を与える。それがあったからこそ、彼はルベドなる怪物に一太刀与え、楔を打ち込んでくれたのだろう。

 

 彼は姉に憧れ、そこまでの意志を得るに至った。健気な弟だ、カーラインも彼を愛していた。

 自分よりも格上の第九席次に就いたのも、多少姉としての矜持に傷がついたものの、それまでの努力を知っているからこそ、素直に祝福出来た。

 二人とも秘蹟機関として、聖国の神官として、世界の為に殉教する覚悟はしていた。その運命が、カーラインより先にアルフレッドを迎えたのだ。

 そうしろと命じたのは自分だが、それでも後悔めいたモノが胸を衝く。

 

(落ち着け、これは為さねばならぬこと。あの方も言っていただろう)

 

 彼らがこうして錬金術師と戦ったのにはワケがある。

 

 ――第六席次が予言した。このままかの錬金術師を野放しにすれば、世界の滅びが加速する。それは避けねばならない。お前達には、悪逆の錬金術師を滅してもらう。


 ――第一席次、しかしそれは……我々には荷が重いのでは。


 ――それでも誰かがやらねばならない。我々秘蹟機関も、帝国との戦いで手が一杯だ。お前達しかやれるものはいないのだ。


 秘蹟機関総長、第一席次より直々の命令。従うより他なし。

 彼らはアデルニア王国と協力し、騎士七百、魔導師三百、秘蹟機関二名を以て錬金術師の作品を撃破、奥にいるイルシアを殺害するつもりだった。

 今までの作品は、それだけの戦力がいれば犠牲を払いつつも撃破可能だったのだ。

 だが、アレは違った。

 ルベド・アルス=マグナなるキマイラは、自らを最高傑作であると名乗った。

 その言葉に偽りなし――絶望するほどの蹂躙が、返礼として帰ってきた。

 だからこそ、この策を使わざるを得なかったのだ。

 

 だが、諸悪の根源である錬金術師を倒せた。長きに渡る因縁に決着をつけたのだ。

 

(アルフレッド、お前の犠牲は無駄ではない。私もきっと、すぐに逝くから――生き恥を曝すことを許してくれ)


 問題は未だ多い。残る錬金術師の作品――取り分けあのルベドは強敵である。だが秘蹟機関が総出で掛かれば倒すのも不可能ではない。帝国との戦いも控えている。きっと自分は、このいずれかで殉教するだろう。そんな奇妙な確信があった。或いは、願望だろうか。

 そんな時だった。


「遠方より、超巨大魔力反応!! こちらに接近しつつあります!」


 観測魔法を以って、聖槍の着弾を見届けていた魔導師が血相を変えて叫ぶ。

 その様相にムードは一転、緊張感が満ちる。


「何だと!?」


 カーラインは驚愕し、自分も観測魔法を発動させる。

 

「いったいどこからだ!」


「そ、それが――アルデバランの深森の方角から……」


 魔導師がいう通りに、カーラインは森の方角へ魔法を向け、魔力探知も作動させる。

 

「なっ!? バカな、何て魔力だ!」


 魔導師が言った通り、とんでもない魔力が急速に接近していた。

 しかもこの波長、覚えがある。

 感じ取るだけで全身が震え上がるような、禍々しい魔力。

 これは、この魔力は――!


「ルベド……ルベド・アルス=マグナ!!」


「バカな! 有り得ない! 王都とあの森がどれだけ離れているか知っているだろう!!」


 ラングレイ騎士団長が耐えかねたように叫ぶ。その様子は発狂一歩手前のようにすら見える。

 彼の言う通り、王都と例の森は馬を用いても一月は離れている。軍を展開する際も、近くの城塞都市を経由して、それなりに時間を掛けたのだ。

 だというのに、あの速度は何だ。確実に王都に向かってきている。凄まじい速度で、脚で移動しているのだ。

 

(彼奴の異常さはもう知り尽くした気分だったのだがな……化け物め!)


 心中にて毒を吐くカーライン。それも仕方のない事だった。

 どうすればいい、市民を避難させるか、王族を退避させねば――そんな風に祭祀場が混乱する中、カーラインは気が付いた。

 

(まさか、〈滅断聖槍グラム・ミストルティン〉の魔力残滓を追ってここまで来たのか!?)

 

 有り得るとしたらそれしかない。だが同時に有り得ないのだ。〈滅断聖槍グラム・ミストルティン〉は発動して残る魔力の残滓など微々たる量。追跡出来るほどのモノではない。

 だが――ヤツは追ってきている。かの錬金術師の最高傑作は、戦闘能力だけではなく探知能力にも優れていた……ということなのだろう。

 大声で叫びまわりたい気分だ。だがそうもいかない。一秒すら惜しいこの状況、早急に迎撃しなければ――

 

 

 ――そう考えていたカーラインだったが、王都上空に凄まじい魔力が満ちるのを感じて思考が凍り付く。

 

 

「なっ!?」


 気が付けば、既にあの忌々しい邪悪な魔力は、王都に侵入していた。

 

「不味い――」


 と警告する暇もなく――閃光が世界すら焼き焦がした。








 ◇◇◇








 王都ルーニアス。長き平穏に満たされたこの国の首都。そこに生きるモノ達は皆明るい顔をしていた。

 戦争も無く、酷い税率などがあるワケでもない。魔物の被害はあれど、騎士団が対処する。

 平和な国というのを、絵に描いたようであった。

 

「お父さーん、これで最後だよー」


 馬車に商品を乗せ終わった一人の娘がそう声を上げる。

 彼女の父は軽く手を上げ返事をする。彼女らは商店を親子で営んでいた。

 重い荷物を運んでいたからか、額から汗が出る。今日は日差しも強い、水分補給は忘れずにしないと。

 そんなことを考えて、ふと天を仰ぐ。


「あれ、なんだろ?」


 空に浮かぶ、黒い影。鳥のようにも見えなくないが、些か大きすぎる。

 暫く思案してみるが、結局影の正体が掴めず、娘は父の下へ行くことにした。――その時、全てが閃光に包まれた。



 

 同時刻、ルーニアス王城。

 

「かの作戦は、成功したのだろうか……」


 王城のテラスから王都の絶景を見下ろし、国王がボソリと呟く。

 作戦というのは、やはり悪の錬金術師、パラケルススの殺害である。

 現在の国王は、今までの王より少しばかり欲が強かった。

 アデルニア王国の平穏を守ってきたとも言うべき爆弾、錬金術師討伐の勇名。

 もしもそれを、自らの代で為せたなら――そう、考えてしまった。

 一時の気の迷いなんて誰にでもある。

 されどそれは時に、思わぬ形に変じて帰ってくるものだ。

 

「む、あれは一体……」


 テラスより見える空。その果てに見える影。

 よく目を凝らしてみると、それは人のような影をしていた。

 獣人族だろうか。

 この辺りでは珍しい種族だ。いや、それ以前に何故空を飛んでいる?

 飛行の魔法でも使っているのだろうか。街中でそのような事をするなんて、衛兵に捕まっても可笑しくないが。

 いや、何かがおかしい。王は違和感に気が付いた。

 違和感、それがどこから来るものか考える。そうして気がついた。

 あの獣人、何故か腕が四本生えている。それに尻尾も二本ある。尻尾の方は、蛇のようにうねっているようも見えないだろうか。

 遠目であったのが幸いしたのだろう。

 王は最期まで気が付かなかった。

 それが、何であるか。

 

「む、何だ……」


 ふと、その獣人が光を放つ。赤い、真っ赤な稲妻のような光を。

 それが手に集まった瞬間――彼もまた、閃光に包まれた。



 





 ◇◇◇








 森を抜け、俺は走る。魔力を錬成し、身体能力を強化して走る。その速度はかつてなく速く、音さえ置き去りにしているようにも感じた。

 疾走と共に感じるある種の爽快感。だがそれを味わっている暇なんてない。すぐに殺さないといけない相手がいるのだ。

 仕留めねば、イルシアが死ぬ。

 それだけはダメだ。絶対にダメだ。

 彼女が死ぬくらいなら、この世界全てのニンゲンが死んだ方がマシだ。

 我ながら狂った天秤だ。だが仕方ない、元より錬金術師の怪物の正気など、あってないようなものだ。


 体感で一分程度、ようやく目的の場所へ辿り着いた。

 小高い丘より見下ろすと、そこには大きな街があった。デカい城も建っている。

 平素ならば感動できる光景なのかもしれないが、今はただの破壊対象だ。

 魔力の糸は、街の中にある聖堂らしき建物へ繋がっている。

 あそこを壊せば、恐らく……

 

「皆殺しだ、たった一匹だって逃げられると思うなよ」


 アルデバランの腕を出しつつ、俺は呟く。

 腕に飛行魔法を発動させ、俺は空に浮かび上がる。街の上空に佇み、見渡す。この規模ならば例の術式で一掃出来るだろう。

 一つ息を吐いて、睨みつける。


「死ね、至高の錬金術師を弑逆せんとする愚昧共。〈星火燎原ブラスティング・レイ〉っ!」


 街の上空より、破滅の閃光が降り落ちた。

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