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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.6 生誕祭と黒曜の使者
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1-2.俯瞰情景

「ヴァイスがなにか塞ぎ込んでること、知ってるんだよ」


少し距離を置いた場所では、レグルスとここ数日で見なれた空色の髪の少女が和やかに話し込んでいる。その光景を眺めつつ、隼人はぽつりと零す。

それをベンチには座らずに立ったままの蓮は、逆に隼人の空いた隣に腰掛けるオリバーに無言の目配せ。

どうやら彼はハズレくじをこちらに引かせたいらしく、根負けした蓮は悟られないように努めて普段通りに口を開く。

「そりゃ、誰が見たって分かるでしょ」

「意外に彼はわかりやすいしな」

季節は巡り、今は冬。今月の下旬には子供たちが心待ちにしているイベントや、年末が控える12月。聖グリエルモ学院の所在であるイタリアも、生まれ故郷である日本と同様にめっきり気温が落ち込む。

つい最近までのまとわりつくような熱気が恋しくなるほどには冷えきった風に巻かれ、赤銅色の髪が遊ぶ。

「……俺、頼りないんだよなぁ」

相談されないということは、という前置きは言わなかったけれど両隣の2人は察して内心で肩を落とす。

また始まったか、と。

「そんなに気になるのなら聞けばいいだろう」

「話さない事を無理やり聞いても嫌じゃないか?」

「じゃあ普段通りにしてればいいんじゃないかな。話してくれるまで」

「でも何かしてやりたいし」

ああ言えばこう言う。まるで恋人から返信のない女のようにうじうじうじうじと。

本当に主従揃って。

「「めんどくさいな」」

「お前ら辛辣すぎだろ。もっと言葉選べよ」

容赦情けの一切ない言葉に、隼人は項垂れながら力なく悪態を返す。どうやら自分でも自覚があるようだから、まだ救いはあるかもしれない。

「ハヤト先輩〜」

少し距離を置いて話し込んでいたレグルスがとてててと3人に駆け寄ってくる。彼にしてはどこか不満げにふくれっ面の表情に、ひとまず隼人は顔を上げて。

「どうした?何かあったか?」

「魔導具、もっとかっこいいデザインにしてって言ってるんですけど、ユーナ先輩が聞いてくれないんです〜」

「わたくしはレグルス様に最適なデザインだと自負しております」

レグルスの後を追うようにして歩み寄ってくる、空色の女生徒。その所動の一つ一つが洗礼され、ひと目見ただけで育ちが違うと知らしめる絶対的な佇まい。

大貴族の令嬢。ユーナ・デュ・ウィンスレットはまるで朝の花が綻ぶように淡く微笑みながら。

「えー絶対もっとかっこいい方がいいよ」

「勿論かっこよさも重要です。ですが今のあなたでしかなりえない、今でこそのデザインもあるのですよ」

「とか言って、絶対オレで遊んでるでしょ」

「せっかくレグルス様は可愛らしいのですから、強みは活かしませんと」

まるで姉と弟のように朗らかなやり取りを眺めながら、そういう事かと蓮は1人察する。

レグルスはかつてとある貴族の、非合法な人体実験の数少ない生き残りだ。

迷宮生物の遺伝子を無理やり融合させた改造人間。――蒼い血液が流れるヴァイスの噂を嗅ぎつけた非人間による残酷な実験の果てに、レグルスは彼と同じ戦闘力を持つに至った。

一時は魔法で遺伝子の浸食を抑えることで生き長らえることが出来たが、先日の妖精事件をきっかけに、遂にレグルスは侵され続けた『魔狼フェンリル』の遺伝子と決別した。

レグルスは、人間に戻ることが出来たのだ。

しかし彼は、彼自身の選択でかつての自分の力を求めた。隼人の。――そしておそらくはオリバーの為に。

そのために隼人はユーナを頼った。『肉体強化』の系統外魔法と、魔法をアンティークに封じ込め他者に付与することが出来る『魔導具』の鋳造の両方を持つ、唯一無二の『大貴族』である令嬢の彼女に。

その結果今レグルスの頭部には、まるで猫や犬の『耳』の形をした『魔導具』が収まっている。それはつい最近までぴこぴこと、どういう原理で動いているのか全く分からない外ハネの薄桃色の髪の代わりのようで。

その形状が、レグルスは不満らしい。

まぁレグルスも男の子であるし、しかももう13だ。確かに耳のような形状は、性格的な観点から見て思うところはあるだろう。自分がつけろと言われれば、真っ先に自害を選ぶ。

「先輩からも言ってくださいよ〜」

「いいじゃん別に。お前似合ってるんだから」

え、と。大好きな隼人の飾り気の無い言葉にレグルスは白銀の双眸を輝かせる。その表情からは正直満更でもなかったんだな、と思わざるを得ない程の肯定の意思が蓮には見受けられた。

「それに今はって言ってるだろ。ゆくゆくはかっこいいのも造ってくれるんじゃないか」

なぁ、と隼人はユーナに向き直ると、それを肯定するように細められるシクラメンの瞳。

「えぇ、もちろんです。レグルス様が今よりかっこよく成長されたら、それに合わせたデザインのものをご用意致します」

「やったー言ったね!?言質取ったー!」

「単純だなぁお前」

レグルスの手のひら返しに隼人は辟易と肩を落としてポツリ、と零す。

「俺もこのくらい、単純だったら良かったのかもな」

そのつぶやきに、耳聡く気づいたレグルスは白銀の双眸をぱちぱちと瞬いて。

「単純でいいと思いますよ」

先程とは打って変わって静かな声に、全員の注目が集まる。様々な色彩の中心で、レグルスは当たり前のことを当たり前のようだと気負いなく言葉を続ける。

「ハヤト先輩は、これまでずっとあいつを気にかけてる。何かも伝えてるはず。だったらあとはもうあいつが歩み寄るのを待つしかないんです」

歩み寄らないのなら、彼は他人を信じられない人間なのだと。

歩み寄るのなら、彼は恐怖を乗り越えて人を信じることが出来るのだと。

隼人ができることはやって、だからあとはヴァイス次第だと、レグルスは年齢にそぐわない言葉を口にする。それはきっと幼いながらもここまで生き続けた、彼の持論だ。

その、年齢にはそぐわないほどに達観した幼い顔をさりげなくみやり、蓮は思う。彼は本当にそう思っているんだなと、黄金の散る琥珀色を眇める。

瞳に黄金を散らした蓮は、生まれてからずっと『痛覚共有』の異能に悩まされてきた。それは自分自身、異能力を制御出来ない未熟者だったからだ。

これまでは幼い頃の隼人の助言を聞いて、ある特定のもの(蓮の場合はクローバーを封じた水晶だ)を、与えた人物のみに能力を限定させるように自分自身に錯覚させることで、何とかだましだましやってきた。

しかし聖グリエルモ学院に来てからは、周囲の生徒たちにも『異能力者』はいる。自分は特別じゃなくなったのだ。

周囲の人間に色々と話しを聞いて実践するようになってからは、昔より遥かに能力を制御できるようになった蓮は、同時に異能力を無意識に『進化』させていた。

――人の感情を、『痛覚』として感じられるようになっていたのだ。

激しく、自分の感情を押さえ込もうとすれば、それだけ『痛み』は増加する。逆に素直な感情であれば、それだけ『痛み』もない。

つまり、嘘を見抜けるようになったということだ。

目の前のレグルスからは、なんの『痛み』も感じられない。すなわち彼は嘘をついていない。

本心から先ほどの言葉を口にして、本心から隼人を励ましている。

その事に同時に気づいたのか、先程と同じように合わせた訳でもないのにオリバーと視線がかち合って。

「「これが男らしさだぞ」」

「さっきからなんなの?差し合わせてんのか」

うんざりと言ったように顔を顰めて、深いため息をこぼす。これでもまだ踏ん切りがつかないようだ。

さてどうしたものか。

「そういえばレグルス様。孤児院の方々へのプレゼントはもう購入されたのですか?」

手の合わさる軽い音と共に、ユーナは場違いな話題を切り出す。あまりの話の一貫性のなさに、レグルスはぱちぱちと白銀の双眸を瞬いてから。

「まだ用意出来てないけど」

「孤児院の方がどれほどいらっしゃるかは分かりませんが、そろそろ準備を始めた方が良いのではないでしょうか」

そう、今は12月。ということはつまり幼い子供たちにとっては誕生日と同じくらい、楽しみなイベントが待ち受けているのである。

12月25日。聖クリスマスだ。

ここに集まるメンツにはもう過ぎ去ってしまったお楽しみだが、レグルスよりも下の弟妹たちはまだまだ夢を見る年頃の子が多い。レグルスは年長者として、地味に企画を楽しみながら計画しているのである。

「それはそうだけど、まだお金が足りないんだよね」

「あら、それでしたらここにいらっしゃるじゃありませんか」

「それは私のことだろうか、ウィンスレット嬢」

項垂れる隼人の横で、マリンブルーの前髪の下の紫眼が眇られる。オリバーの刺さるような視線を、しかしユーナはさらりと受け流して。

「こんな時こそ、貴族のお金の使う場面ですよ」

「うわ、ユーナ先輩天才。こんな時の金づるだった」

「それならウィンスレット嬢も貴族だが」

「あら、保護者はブルームフィールド伯爵家でしたよね、オリバー様」

図星をつかれ、それ以上の反論をオリバーは閉ざした口の中にしまい込む。その何気ないやり取りに、蓮は小首をかしげる。

この2人、そういえば接点ってあったのだろうか。

同じ疑問に至ったのか、俯いていた隼人はゆっくりと面を上げながら。

「なに、2人ってどっかで会ってたのか?」

その何気ない一言が、割と大きな爆弾だということに気づきもしないままに。


「簡単に言ってしまえば、わたくしがオリバー様に振られたのですよ」


………………………!?!

「言いたいことは分かってるからそんな視線を向けてくるなっ」

三色の殺気を纏った視線に、思わずたじろぎながらオリバーはホールドアップ。

「振った!?お前がユーナを!?」

「振られたんじゃなく?」

「あれでしょ!?絶対自分の方が美しいからーとかアホな理由だ!?」

「そんなわけないだろうアホか!」

矢継ぎ早に叩きつけられるそれぞれの言い分を一言で切り捨てて、気を取り直すように大きく咳払い。

「お互いに名のある貴族だからな。両家同士で縁談の話があったんだ。ちなみに他にも相手はいたぞ」

「そうですね。わたくしも肥えてしまうほどにはいらっしゃいました」

さらりと告げれる格差社会に、庶民(と孤児)たちは呆然と。

「え、縁談て」

「いつの時代なの…?」

「兎に角、お互いにあったことの無い相手とは付き合えないだろう。それに私は早々に死ぬことが決まっていた身だ。そんな相手と結婚だなんて」

残された人間は、そのあとどうなる。

オリバーは、生まれた瞬間から死ぬ運命が定まっていた。

そのことに関し彼は多くを悩み諦め、そして捨ててきた。――自分がこの世を去る時に、自分のために悲しむ人間を見たくないために。

それは彼のエゴだ。誰が誰の為に悲しむかなんて個人の自由であり、それを他人が勝手に左右することなど出来ないのだから。

それでも、どこまでも他人のことを思いやる真面目な彼は、それを最後まで望んだ。

ユーナの縁談を断ったのも、そういう理由からなのだろう。

「しかし振ったなどと、人聞きの悪い。あれは君も合意の上だっただろう」

「ふふ、それは失礼いたしました」

恨めしそうに睨むオリバーに対し、ユーナはどこまでも楽しげにくすりと笑う。その様子からして、オリバーの言ったことは本当のようで、ユーナも気にしていないらしい。

「オリバー様があまりに意地悪をしていらっしゃるので。きちんとお勤めをしなければ、ご当主さまにご報告しなければなりませんよ」

「こんなくだらん事で呼び出されたくはない」

オリバーはそう言ってため息をつくと、やがて決心したのか。

「孤児院の運営は今は分散しているが、元々は家の管轄だからな。そのくらいやらなければ貴族の名折れだ」

そういうオリバーの顔は満更でもないようで、しかしそれを悟らせたくないのか少し照れているようで、視線は明後日を向いている。

なんやかんや言って、彼も人がいいのだ。

「言ったね!?嘘だったら切り刻むから」

「そこは針千本じゃないのか。それはそうと、ちゃんとジャネットにもなにか買うんだぞ」

「え!?なんで?」

「なんでって、世話になっただろう」

オリバーの兄ルイの娘であり、今はレグルスと同じ学年とクラスに在籍する少女だ。彼女は夏休み以降オリバーの代わりにブルームフィールド家へと取次や、彼自身のメンテナンスにも関わっていた。

というのは表向きの理由で、傍から見ている蓮としては、ジャネットも満更でもないようにしか見えないのだが。

レグルスも彼女の気持ちには気づいているはずだ。なにせ獣並みに直感の鋭い彼のことだ。むしろ最初から気づいているかもしれない。

そのことにあえて言及をさけ、『世話になったから』と逃げ場を潰すあたり、さすがオリバーだなと思う。

そんな2人のいがみ合いを他所に、隼人に1歩近づく影に蓮は気づく。

「皆様でお出かけになれば、気分転換にもなりますね」

ユーナの言葉にようやく気づいたのか、隼人はは、と目を瞠る。彼女の不自然な話題転換の意味に、彼女の真意を汲み取って。

見開かれた深紅を、シクラメンの瞳は朗らかに映して。

「きっと大丈夫です。ハヤト様の気持ちはきっと、ヴァイス様にも届いていますよ」

その慈愛の姿に、蓮はかつての姉の面影を見る。幼いころ、異能力と高い魔法適正ゆえの髪色のせいで虐げられていた自分に、ただ1人寄り添ってくれた巫女の。

あぁ、女の人はどうしてこう。

「やっぱり、適わないなぁ」

人間の心。それだけは、どんなに進歩した医療でも癒せない。それを癒せるのはきっと、心だけなのだから。

と、唯一医療魔法士の資格を持つ蓮は、わずかながらに悔しさを感じるのだった。

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