0.星の光のような彼方の先(序章)
ひと月のお休み頂きました!誠にありがとうございます~
今回更新から最終章、どうぞ最後までお付き合いくださいませ
――それはまだ、神と人間と邪鬼と、その他諸々が同じレイヤー上に存在していた時代。
それらは世界を股に掛けるほどに巨大すぎる樹によって繋がれ、全ての世界には多少の制約や規制などはあれど自由に行き来することが出来た。
神は人間の隣にあり。
人間は邪鬼の隣にあり。
邪鬼は神の隣にあり。
それらはそれぞれがそれぞれの使命を理解し、それを侵犯しない。それぞれはそれぞれに尊いのだと、そこに生きるものはその全てを知ったいた。
言い換えれば。――停滞した世界。
そんなとある世界に舞い降りた青年が一人、花畑に佇んでいる。
そこは青々と茂る森の中。突然ぽっかりと開けた空間だ。ぽっかりと、とは言ったがその広さはその言葉では収まらないほどに、遠い地平線に微かに森の先端が見えるほど広大な空間。
その中で、青年はただ1人で何をするでもなく立っていた。
歳の頃は人の人生のおよそ四半世紀をすぎた頃。精悍な顔つきはどこか達観しているようで、真逆に無邪気な子供のそれのようにもみてとれる。
唯一無二の黒曜の髪を風になびかせて、その下の唐紅には銀色がまばらに散って、光の角度でちかりと輝く。
その青年は、神だった。それを証明するのは、瞳に散った銀色。
その銀色が散った唐紅を、天上を染め上げる全天に向けて。
「スキールニル。私は決めたぞ」
「いきなり何をだ」
その青年の少し間を空けて控えていた騎士装束に身を包んだ青年。――スキールニルは、胡乱げに金の下の紅玉の瞳を眇める。
「私はこの国を、より良いものにする」
「それがお前に与えられた使命だと思うが」
「は〜。お前は何も分かっていないな、スキールニル」
辟易と肩を落として、青年はスキールニルへと視線を戻す。微妙に彩度の違う視線が、花畑の中心で交わる。
「使命とかではない。私は私の意思で、この任された場所を今よりももっとよい国にしたい」
「具体的には?」
スキールニルの問いかけに、青年は右手を口元に当てて考える。何をしたいのか、という具体的なことを考えていると言うより、他人にどう自分の心境を伝えようかと考えているのだ。
神は全能だ。故に、人間には見えていないことまでも見通している。
それは今まさに世界の裏側で起ころうとしていること。
それはこれから何が起こるのかということ。
今スキールニルが。人間が考えていることなど、目の前の神は全てお見通しだろう。
しかしそれでは矛盾が生じる。全知全能であるならば、神は一柱だけでいい。
その一柱が世界を統治すれば、神が複数存在する理由はない。
しかし、神は全知全能であってもその掌は人間よりかは大きいが、世界を包むには小さすぎる。
だから神は能力ごとにひとつ、またひとつと数を増やし、そしてその能力以外の能力は使うことは出来ない。
しかし人間より多くのことはできるし、なによりも目の前の青年はそれでなくても聡い。それは幼なじみとしてずっと付き添っているスキールニルだから知っている事だ。
ちなみに神は外見と実年齢は比例していないので、目の前の青年はこう見えてもっと長大な時を生きるおじいちゃんなのである。そして傍を任された人間であるスキールニルも、神の祝福によってその限りでは無くなっているのだが。
と、余分な考えをしているとどうやら向こうも考えが纏まったらしく、ぱちんと指を鳴らす。
「ここをもっと楽しいところにしよう!」
「楽しい……?」
「そうだ。ここは確かに自然が豊かで穏やかだ。しかしこれではヘルヘイムと何も変わらないでは無いか」
ヘルヘイムとは、ニヴルヘイムの事だ。彼の地は氷に閉ざされた地底世界とされているが、同時に死者を迎え入れる国としても機能している。
そこと比べれば、ここはだいぶ気候も安定しているし過ごしやすいと思うが。とスキールニルは思うがとりあえず空気を読んで突っ込まないでおく。
彼が言いたいのは、そういうことでは無いのだろうと幼馴染は知っている。
「アルフヘイムは妖精の国。しかしその妖精の元となった魂は年幼くして死してしまった人間の子だ。そんな魂の拠り所としてふさわしい国にしたい」
妖精。人の形をした、しかし人間のそれよりも遥かに小さい肢体と背中に昆虫のような翅を持ったもの。
彼らは自然界が生み出した分身のようなものだ。水には水の妖精が、風には風の妖精が。それぞれがそれぞれ言葉を持たない彼らの伝言者として妖精を形作る。
しかし、中には青年の言う通り幼くして死んでしまった人間の魂が転身するものも多い。
それらは厳密には幽霊と呼ばれるものなのだが、無邪気な行動と見た目から妖精と形容されることもある。名前をつけられれば肉体のない魂はその器に依存して、活動を続けることが出来るのだ。
だからアルフヘイムは妖精の国というが、幼子たちの魂の国とも言えるだろう。
そんな幼子たちの国で、誰よりも無邪気さを称えた唐紅の瞳を輝かせながら宣言する己の主君を、スキールニルはどこか眩しそうに眺めながら。
「お前が長としてこれからここを治めるんだ。そんな夢も叶うだろう」
「何を言う。お前も手伝うに決まっているだろう、スキールニル」
きょとん、と首を傾げていう青年に、スキールニルは内心でやはりかと肩を落とす。心底疑問そうにしている表情が更に腹立たしい。
どこまで行っても我は、この男に振り回される運命らしい。
そう思っても人間のみでありながら神の家臣として召し上げられて幾年、結局はずっと傍に付いている自分も、程々に物好きだなと同時に思いながら。
「……これも騎士の役目、仕方なく付きあおう。――我が主、フレイよ」
目の前の青年。――豊穣を司る神フレイは、黒曜の髪をなびかせながら、朗らかに唐紅の双眸を細めた。




