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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.5 妖精と聖女と灰色狼
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3-4.もしも願いが叶うなら

――突然お手紙を差し上げる失礼を、お許しください。

まず、なんの前振りもなく簡潔に言ってしまうと、私としては己の境遇に思うところはありません。

最初から決められた人生。

初めから覆らない運命。

むしろ最期が決まっているだけ幸せなのだと、不躾ながらに思うのです。

最初の言葉として不適切だと言うことは承知しておりますが、それだけは1番にお伝えしたく、記させていただきました。

しかし、願うのならこれだけは遺しておきたいと。後に繋げるために必要な欠片だけは記しておきたいと思い、僭越ながらに筆を取った次第です。

これを読んだ貴女がどう思うのか、私には分かりません。

怒ってくれるのでしょうか。

悲しんでくれるのでしょうか。

はたまた女々しいと嘲笑うのでしょうか。

それを知ることは、もう意識も記憶も希薄な私には一生ないのでしょう。

ですが、もし願いを聞いてくれるのなら。――ささやかな小言を聞いては貰えないでしょうか。

くれぐれも、この手紙だけはあとに残さずに消去して頂きたい。この手紙はあくまで貴女に記したものであって、ただのつまらない器の独り言です。

お手数とは思いますが、何卒ご容赦ください。


――私は、恥の多い生涯を送ってきました――。


*****


窓をささやかに叩かれる音に、ジャネットは目を開く。

もう夜も遅い、深夜の時間。月は満点の星空の頂点に差し掛かって、その月光で存分に大地を照らす。

宿舎の消灯時間はとっくに過ぎ、明日に備えて布団に入って寝静まる生徒たち。その例に漏れず、ジャネットも就寝していた、そんな時間。

普通なら気づかないほどの小さな音。しかしその音だけは決して聞き逃さない。

同室のルームメイトを起こさないようにひっそりと寝所を抜け出し、窓を開ける。その眼下には予想通りの影が、月光にマリンブルーの髪を濡らしながら立っている。

「……ジャンヌ様」

「こんな時間にごめんなさい。だけど、貴女にどうしても聞きたい話があるのです」

確固たる意志の中に、どこか躊躇うような声。その声にジャネットは僅かに首を傾げて、その反応をどう受けとったのか、ジャンヌは言葉の続きを口にした。

「この彼のことを。――オリバー・ブルームフィールドと、ご学友たちのことをおきかせくださいませんか?」


*****


「だからもう、あいつを演じなくていいんだ。――ジャンヌ・ダルク」

その言葉に、目の前に立つ青年は明らかに狼狽して立ち尽くす。

半年前に出会って何も変わらない風貌。

男子にしては長すぎるマリンブルーの結われていない長髪に、紫の双眸。

それでも目の前の彼は全くの別人だと断じて、隼人は彼の言葉を待った。

やがて。

「……やはり貴方は、聞いていた通り本当に聡明な方ですね」

諦めたように、どこか安堵したように。オリバーとは全く違う口調でそう呟いた。

「どこでお気づきになりましたか?」

「元々最初から怪しいとは思っていた。強いて言うなら雰囲気、かな。決定打は名前」

「貴方のファミリーネームは、存じ上げませんでしたから」

困ったようにはにかんで、オリバーの顔でジャンヌは自嘲げに笑う。

オリバーのことと、その友人たちについて。ジャンヌに聞かれたとジャネットは話してくれた。特にオリバーに関してはどう言った仕草や態度、学院での立ち振る舞いについても細かに。

ジャンヌの道化は完璧だった。最初にそうと言われない限りは完全。

ただ。――名前の呼び方以外は。

「信頼ありませんね、私」

「そうじゃないだろ。ジャネットはオリバーと、あんたを救いたい為にそうしたんだ。あんた達ふたりのことを」

憂いに沈んだ紫の視線が向けられて、自分の深紅のそれと交わる。言葉では言い表せられない言葉が、届けばいいと。

「……貴方は本当に、話に聞いていた通りの方ですね」

「それは態度がでかい落ちこぼれだってことか?」

「それもそうですね」

くすくす、と隼人の自信気な自嘲にジャンヌは朗らかに笑って。

「頭が回りすぎて達観して、決して強くはないのに首を突っ込んで。誰よりも世界を諦めているのに、誰よりも他人を諦められない、お人好しで不器用な人」

世界は残酷で、冷徹で。どこまで行っても救いようがないどん詰まり。それが17の隼人の世界に対する評価。

世界は人が作り上げる。世界が悪いんじゃなく、それを作り上げる人間が変わらない限り、世界はきっと良くならない。

どこまでも争いを続けて。

どこまでも現実から逃避する。

自分の世界だけが良いものになるようにと個人は人生を選択するから、結果的にその他の世界が不幸になる。

そんな人間が作り上げる世界が、いいもののはずがない。

それでも。――目の前に不幸な人間がいるなら、助けてやりたいと思うのは、傲慢だろうか。

「ハヤトさんとオリバーさんは、きっと似たもの同士なんですね」

「俺がそいつと同じ?あんたオリバーに殴られるぞ」

「そうですね、本人に聞かれたら怒られます」

でも、と。あくまで他人目線から見た評価だと口にして、ジャンヌは微笑む。

「自分のことは諦めているのに、他人のことばかり気遣う。貴方たちがいがみ合っているのはきっと、鏡写しのような自分をお互いに見ているからでしょうね」

その微笑みがどこか悲しげに映って、隼人はその言葉には答えずに疑問を投じる。

「……オリバーはどうした」

どこまでも自嘲げなその笑みはその濃さを一層増し、嫌悪感が見ているこっちにも手に取るようにわかるほどに、ジャンヌは整った顔を眇める。

まるで自分が、汚物のようだと言いたげに。

「彼とはもう、ここ半月入れ替わっていません。元々彼と私は別個の存在で、呼びかけて応じられる程の繋がりはありません。それに、時期としてももうすぐ、」

「ハロウィンか」

隼人の言葉に、今度は驚いたように紫眼を見開く。その無言の問いかけに、隼人は肩を竦めながら。

「さっきも自分で言ってたじゃないか。聖教において、10月31日は年の終わりと始めを表し、死者の魂が戻ってくる」

「……そうです。その日が、死者である私が蘇る日。そしてその代わりに、器の人間の魂が消える日」

それがこの身に宿る呪いで、変えようのない因果。

だけど、と。ジャンヌはブラウスの上から胸の上で確かめるように手のひらを握りしめて。

「まだ消えてはいません。彼はまだこの世界にいて、だから私には彼の言葉を遂げる義務があるのです」

上げられた視線には先程までの迷いは一切なく、絶対に譲らないという覚悟。それはオリバーの目ではなく、確かにジャンヌの目だった。

ジャンヌが何を遂げようとしているのか、隼人には分からない。それでも彼女の言葉が本当なら、今もオリバーの意識は消えていない。

であれば。

「あんたが何をするのか、正直俺は気にしない。生徒たちの記憶をどうするのかも、あんたがその呪いを解こうとあの女に願うのもな。ただ俺は、だからこそ俺は一言言わなきゃ気が済まないんだよ」

「なにを――っ?!」

ずかずかと近づいて、乱暴に右肩を掴む。本当は胸ぐらを掴んでやりたいが、身体はオリバーのものとはいえ女性に対して失礼だろうと、ギリギリ理性を働かせてそれで収める。

ほとんどゼロ距離から見下ろしてくる紫を、その奥深くに沈んでしまったあいつに届くように、隼人は息を吸い込んで。

「俺が文句を言いたいのはお前だお前!聞こえてんだろ!?勝手に一人で好き勝手やりやがって、なんか一言くらいあってもいいんじゃねぇのか!?あ"?!」

先程まで自分に向けられていたものとは真逆に、荒げられた口調に歴戦の戦士であるはずのジャンヌはすくみ上がる。しかしそんな彼女の反応も意に介さず、隼人は続ける。

「というかお前またヴァイスに手出しやがったな!やっぱそっちの属性があんのか!?もう知らねぇ学院中にばらまいてやるよ!」

それは今関係ないだろと、インカムが繋がっている全員が全く同時に同じことを思ったが、この剣幕で突っ込めるほどの強者はいなかった。

「勝手に1人で決めて、勝手に1人でまとめてはいさよならってか!?ふざけんだよ、なに優等生ぶってんだ!本当に運命なんてどうでもいいと思ってたんなら、足掻いたりしなかっただろ!?なんでここまで来て諦めるんだよ!変えたいって思ったんならずるがしこくても、綺麗じゃなくてもどんな方法にでもしがみつけよ!」

気づかなかった自分に腹が立つ。と言っても相手の方が上手で隠されていることにも気づけなかったから、そのことに関してももちろん腹が立つ。

お前は、あの『聖戦』の時。どんな気持ちで抑制器であるピアスを使ったんだ――。

ジャンヌの肩を掴む手に熱が篭る。これ以上は傷がついてしまうと思っても、やっぱり感情が抑えられない。

吐き捨てるように、叩きつけるように。隼人は言いたかった言葉を言い放つ。

何ができるか、分からないけど。


「相談の一言くらい、俺たちに言えばよかっただろうが――!!」


矢継ぎ早に思いの丈をぶつけて、呼吸が荒い。まるで持久走でもしたかのように身体が酸素を欲して、肩で息をする。

言ってやった。向こうに届いてないかもしれないけど、とりあえずは言ってやった。

――と、油断していたから。

「……しい、」

「は?」

「耳元で喧しいと言ったんだ、この落ちこぼれがァ!!」


言葉と同時。至近距離から放たれた頭突きが、隼人の額にクリティカルヒットした。


「っぎゃああああああぁあぁあ!?」

完全に不意を突かれた一撃に、思わず外聞も忘れて地面を転げ回る。正直今までのどの攻撃よりもめちゃくちゃに痛い。

しかしそれも一瞬で、頭上から落ち込む影に嫌な予感がして、反射的にどうにか手放さなかった黒刀を振り上げる。

直後、今までのどの一撃よりも重い剣閃が振り下ろされる。

文字通り鍔迫り合いの至近距離で長い髪を振り乱しながら迫る姿は、まさに幽鬼。

こっちは地面にころがって、あっちは上から被せるように剣を打ち付けているから、ぶっちゃけて言えばピンチ。

「っちょっと!これは卑怯なんじゃないですか!?タイムタイム!!」

「何がタイムだ莫迦か貴様っ。こっちが黙って聞いていれば好き放題言ってくれるものだなっ」

散る火花の向こう側。そこから覗く紫の双眸には先程まであった女性的な雰囲気は欠片も見当たらない。

「っオリ、」

「――貴様に何が出来る」

長年の仇を目の前にしたかのような、そんな怨嗟に満ちた声だった。

かちかちと、合わせた刀身が震える。それはお互いの力が拮抗しているからではなく、どちらかの刃が震えているからだと気づいて、思わず視線をあげる。

視界にはいっぱいのマリンブルーが紗幕のように垂れ下がって、その下に隠れてしまった紫を、どうにか見ようとして。

「生まれた時からずっと最期を言われ続けて諦めて、それを見かねて身代わりになった姉も死んだ。自力でどうにかしようとしても出来なくて。犠牲ばかり増えていくなら、大人しくしていた方が賢明だろっ。もう期待してしまうようなことを吐くな……!」

はらり、と頬を流れる雫の感触に、深紅の双眸を見開いて。


「それでも救えるというのなら、救って見せろ英雄ヒーロー――!」


「オリバー…っ!」

意識外からの打撃に、今度は反応が遅れて直撃。器用にも横殴りに入れられた蹴りが振り抜かれ、地面を数回跳ねてようやく止まる。

「……っう、」

「もう大人しくしていろ。そろそろ大詰めのようだからな」

その言葉が合図のようにごうん、という重々しい重低音が一帯に響く。

それが迷宮区最深部へ続くゲートが開いた音だと、遅ればせながらに気づいて、それに呼応するかのようにかつん、と鳴らされる軍靴。

「騒ぎは終わったかしら?」

「そっちこそ。待ちくたびれたぞ」

自身を妖精だと名乗った女はどこまでも得意げに、楽しげに笑って振り向いて。

「って、ハヤトぼろぼろじゃない!?あたしのハヤトになんてことするのよ」

「君がもっと早く封印魔法の解除が終わっていれば、こんな風にはならなかったと思うが」

「しょうがないじゃない、思った以上に難解だったのよ。全く人間の癖に生意気」

心底腹が立つという感情がありありとその相貌に浮かんで、しかしそれも一瞬でなりを潜めて楽しげに口の端を歪めて。

「というわけで、貴方ともここでお別れねハヤトっ。また戻ってくるからそれまでいい子にしててね〜」

「っ待て。みんなの記憶を、ヴァイスの記憶を返せ……っ」

激痛に顔を歪めながら、それだけどうにか絞り出す。息も絶え絶えの言葉が聞き取りにくかったのか、シエナは少し考える素振りを見せてから閃いたように手のひらを打ち鳴らす。

「ハヤト他人のことばっかりじゃない〜妬いちゃう〜。でも残念。もう他の人間の記憶は食べちゃった。だ、け、ど、」

勿体ぶるように言葉を切って、シエナは懐をまさぐって目当てのものを掲げる。

――それは鳥かごのような造りのペンダントで、その中心で蒼く光る光の珠。

「そこに転がってる白い子の記憶はここ。『手土産』に丁度いいと思って取っておいたの」

シエナのその言葉の意味を、隼人は理解できない。

手土産?

ちょうどいい?

人の記憶を――。

「なんだと思ってる……!」

怒気を孕んだ言葉にぱちり、と灰色の双眸を瞬いて。

「怒った顔も可愛いわ。あ〜あ、本当は貴方とももっと遊んでいたかったわ〜」

「もういいか、そろそろ増援も来るだろう」

「む。わかったわよ。本当貴方はハヤトと違って可愛くないわ」

「それはどうも」

急かすオリバーを一瞥し、シエナはくるりと踵を返す。そして肩越しに振り向きながら手を振って、逆の手で鳥かごのペンダントをおもちゃのように振りながら。

「それじゃあねハヤト。戻ってきたらまた遊びましょ」

そう言ってゲートの境界をまたごうと、片足がその上を越えた瞬間。


――なんの前触れもなく、ペンダントを持ったシエナの左手が吹き飛んだ。


迷宮生物と同じ蒼い血潮が虚空を舞う。その場の時間が止まったかのように錯覚する無音の中で、取りこぼされたペンダントが床を鳴らす音だけが虚しく響く。

何が起こったのか分からない、と言いたげに、弾け飛んだ左手を、シエナはマジマジと見て。

「いっ、やぁあああぁああああぁああああああああぁぁぁ!?」

遅れて襲う激痛に耐えきれずに上がる悲鳴が耳を突く。

そのまま地面に頽れたシエナを庇うように、オリバーは虚空との間に割って入り、直後に詠唱。

「還り咲け。――艶葉木(カメリア)

氷の華が咲き乱れるのと、その氷結結界が音を立てて崩れ落ちたのは、全くの同時。その不可視の攻撃に、オリバーは顔をしかめながら舌打ちをこぼす。

「ここで狙撃か。……狙っていたな」

今までのどの戦闘にも介入してこなかった狙撃手。それは隼人の指示で、それを蓮は忠実に守ってくれた。

ヴァイスの記憶を取り戻す、この瞬間まで。

苛立たしげに吐き出された言葉に、隼人はぼろぼろの身体をどうにか奮い立たせて、見下すように鼻で笑って。

「俺の頭を甘く見るんじゃねぇぞ、貴族様」

「本当、こういう人を苛立たせることにかけては群を抜いているな。落ちこぼれ」

言いながらも、蓮は遠距離からの狙撃の手を緩めない。端から徐々に削られる結界を見て、オリバーはまた新たな詠唱を口にする。

「咲き渡れ。――四葩オートンシア

詠唱の直後、一帯は白い霧に包まれる。キラキラと光源に反射して煌めくそれは極小の氷華。

「っち!」

雲隠れするつもりだと、オリバーの氷結魔法を熟知しているリュカオンがいち早く気づき、それらを炎魔法で一掃する。

しかしその時にはもう、2人の姿はどこにもない。

「すまん、取り逃した!」

「いやいい、どうせ向こう側に逃げただけだ。レグルス、行けるか?」

隼人の呼び掛けに、支柱にもたれかかっていたレグルスは機敏に反応する。ぴょんっと跳ねて立ち上がり、待ってましたとばかりに駆け寄る。

「全然!問題ありません!」

「助かる。蓮はヴァイスを頼む。三人で追うぞ」

インカム越しに承諾する蓮の声を聞きながら、隼人はリュカオンとレグルスを伴ってゲートを潜る。

その先に逃げ込んだシエナの捕縛。そして、オリバーを連れ戻すために。


*****


「ふざけるんじゃないわよっ。こっちがせっかく今まで少しずつ吸収してきた記憶が流れ出したじゃない!許さない、本当許さないんだから……!」

「喚くな。向こうに気づかれるだろ」

「これが騒がずにいられる!?本当人間ってムカつくわ。覚えておきなさいよ、この痛みは100倍にして返すわ……!」

傷口は氷結魔法で塞いだから、今はもう蒼い流血は止まっている。しかし怒りの奔流は留まることを知らず、長い髪を振り乱しながら怨霊のようにシエナは次々に言葉を言い募る。

シエナは本人の計画よりも早い撤退を余儀なくされ、ヴァイスの記憶は奪還された。しかし、自分の任務は遂行した。

彼女の生誕を傍観し、ここまで送り届けた。ならば然るべき報酬を貰う権利がある。

オリバーは蒼い血で汚れた手袋を外して、代わりに持っていた黒いハーフグローブに付け替えながら。

「……私との約束は覚えているな?」

「っはぁ?なによこんな時に」

「私は任務を完遂した。だから約束通り、私の願いを聞いてもらう。本当に願いを叶えてくれるんだろうな?」

シエナは灰色の双眸を見開いて、しかし直ぐに歪められる。

どこまでも愉しげに。

どこまでも憐れむように。

妖精と自称する女は、その肩書きとは真逆に悪魔のように口の端を吊り上げて。


「っは!貴方って本当に馬鹿ね!そんな力あたしにあるわけないじゃない!あたしが約束したのはあくまで『聞く』ことだけ!『叶える』なんていつ言ったかしら!?」


本当に滑稽だわ、と。シエナは無邪気に笑う。

「人間って、どうしてこう昔から騙されやすいのかしらっ!?何千年と経って変わったかと思ったらぜぇんぜん!!むしろ必死さが加わった分、尚滑稽わ!貴方、道化師にでもなったら売れるんじゃない?」

声を高らかに、女は笑う。人をただの『玩具』だと思って疑わない。ただの舞台上の決められた役を演じる道化のようだとどこまでも嗤って。

――だから、彼女はその動作を見逃した。

ありがとう。最後まで人間を見下してくれて。

心の中でオリバーは場違いに感謝して。

「……あぁ。そうだと思ったよ」

「なに?聞こえな、」


小さくして潜ませていた紫黒の剣を、その胸に突き刺した。


*****


――とまぁ。私のつまらない話は置いておくとして。貴女に願うことは二つあります。

ひとつは、同封した密書を『落ちこぼれ』に届けて欲しい。

本来であれば総団長にお伝えするべきことですが、あの『死神』のことならば、まずは主人マスターに伝えるべきだと言う勝手な判断です。

彼ならきっと、この情報を最大限に活用できると信じています。

もうひとつは、どうかこの一連の騒動が収まるまで、貴女に私を演じて欲しいこと。

私は、私が消えてしまったことを世界に気取られたくない。特にあの『落ちこぼれ』たちには。

彼らはきっと、私に同情する。

私は憐れんで欲しくはないのです。

そんな気持ちで私のことを覚えていて欲しくは無い。消えてしまって清々したと、そう思ってくれて欲しい。いや、むしろ私のような人間など、それですっぱり忘れて欲しい。

その方が、私は気が楽になるのです。

本当はもうひとつ。あの妖精の排除をと思いましたが、貴女の手を汚したくはない。出来ればこちらは私自らの手で始末を付けられればと思います。

出来なければきっと。――彼が何とかしてくれる。

彼女は人間にとって驚異になるでしょう。放っておけば必ず人間の敵になる。そう私の『代行者』としての直感が告げているのです。

なので出来れば、貴女にはこれからクローゼットの中にある紫黒の剣を持ち歩いて欲しい。私がもし戻れた時に使えるように、肌身離さず。

それはロングヴィルが受け継ぐ血に濡れた剣。貴女の宝剣を血に染めることなど、あってはなりませんから。

と、結局願いは三つになってしまいました。最期だと言う割には図々しい器で申し訳ございません。

ここまで書きましたが、これらの願いを貴女が無視しても、私は一向に構いません。この身体はもう貴女のもので、何をするにしても貴女の選択を尊重致します。

最後に。今代の器が男の身体でご不便をお掛けします。それだけが、ちょっとした心残りです。

長くなりましたが、この辺りで筆を置かせていただきます。

貴女の最初の人生は、たったの19年。

これからの人生は、その続きと思って思うままに謳歌してください。


貴女のこれからの人生が幸福に満ちていることを、陰ながら祈っております――。

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