3-3.強者対弱者
「……ねぇ、ちょぅといい?」
恐らく自分みたいな低俗には入ることが許されることの無い、『タキオン』総本部の最奥部へ続く道。その道中で前を歩く少年にふと、レグルスは声をかける。
囁きのような声音だったが、しかし誰よりも感情の機微に聡い少年はぱちりと1度瞬いて、若苗色のインナーカラーの髪をなびかせながら振り返る。
「何かな?」
あまり聞かれたくない。それも、今先頭を歩く義兄には。その気持ちを察してか、レンは僅かに声を潜ませて、距離を置く形で立ち止まってしゃがむ。
「……その銃、貸してくれない?」
その言葉に、僅かに見開かれる黄金の散った琥珀色。そして当然のように口からこぼれる疑問。
「レグルスくんは、銃は持ったことあるの?」
「……1回だけある」
「そっか、1回か」
自分でも、無茶を言っている自覚はある。ろくに扱ったことの無い人間に、サブとはいえ自分の得物を手渡す人間は居ないだろう。
それでも。あいつに勝つための手は持っておきたい。
この場で自分の主武器以外を持った人間はレンだけで、だからレンに声を掛けた。
その腰裏に潜ませた、鈍色の拳銃を見止めて。
レンは困ったな、という表情で唸ってから、拳銃嚢からおもむろに拳銃を引き抜いて見せる。
あの『死神』から渡されたものとは違う形の拳銃。詳しくはないから、名前は知らない。
「これは、人を殺す道具だよ」
困ったような、しかし真剣な声音。恐らくレンはこう問いかけているのだ。
君に、これを人に向ける覚悟があるのか、と。
それを知らない人間に、この拳銃を持つ資格はない。
自分よりも一回りも大きい手のひらに乗ったその拳銃を見下ろして。
「……知ってる。できることなら、もう持ちたくない」
「……そう」
レグルスの返答に、レンはひとつ息をこぼす。それがどう言う意味合いを持つものなのか、レグルスには分からない。
ただ、これは断られるな、と思って肩を落として。
「じゃあはい。君に預けるよ」
「……えっ?!」
おもむろに、そしてぞんざいに手渡されて、レグルスは思わず声を上げる。
「なんっ、え!?あのこれ……!?」
「弾は全部入ってるから大丈夫だよ。あとは安全装置外せば撃てるようにしてあるから。あ、安全装置のはず仕方は分かる?」
「いやそれは知らない……じゃなくて!」
「君がそれの重みを知っているなら、それでいいんだ」
しん、と冷えた言葉に、レグルスはは、と面を上げる。目の前には何故か満足気な笑顔。
「それでレグルスくんがヴァイスに勝てるひとつの手段になるのなら、俺は預ける。君がこれの重みをちゃんと知っているなら、君はきっと間違えないだろうから」
音もなくす、と立ち上がり、レンはそのまま歩き始める。少し距離が空いてしまった先頭に追いつくために、1度ズレたガンケースを背負い直しながら。
「最悪当たっちゃっても、俺が治せるから。だから最後にはちゃんと、それを返してね」
*****
広大な空間に、剣戟が荒れ狂う。
激しく鳴り響く金属音は一撃一撃が重く、ぶつかり合う音は空間を渡って空気を震撼させる。
金属の摩擦によって生み出される火花が幾度となく舞い、それ以上に激しく光る氷華と焔。
息を着く暇もなく繰り出される剣閃を、隼人はギリギリのところで交わし、時には打ち払いながらも均衡に見せかける。
一際強く振り下ろされた長剣の刀身を、持ちうる全ての力で打ち払い、隼人は一時その場を飛びずさる。
「――はっ、」
「この程度で息が上がるとは、それでよく大口を叩けたものだ」
それなりの距離を稼いだつもりなのに、その声はまるで隣にいるかのように耳朶を震わせる。その瞬間に頭上に落ちる影に、隼人は弾かれたように視線を上へ向ける。
「枯れ堕ちろ。――『犬鬼灯』」
虚空の水滴を凝固した多数の氷柱が、祝詞と共に射出。真下にいる隼人目掛けて殺到する。
ただでさえ実戦経験のない隼人には全てを捌くことは不可能すぎる攻撃を、しかしすんでのところで横殴りに乱入した火炎が焼き尽くす。
魔法によって生成された、橙の焔。
攻撃を無効化された苛立ちか、はたまたその要因に対しての憤りか。僅かに眇られた紫の間隙を隼人は見逃さない。
間髪入れることなく、吶喊。
右下から左上目掛けて黒刀を振り上げる。空気を裂く音すらも置き去りにした刀は、しかしオリバーはそれを薄紫の長剣で軽くいなす。
同時、オリバーは後方に飛んで距離を空ける。
「……主に噛み付く従者がいるとはな」
言葉とは裏腹に、とくに傷ついた様子もなく無感動にオリバーは隼人の後方に目を向ける。先ほどの氷柱を全て溶かした焔が飛んできた先、そこには赤に近い金の髪をした青年がにやり、口の端を吊り上げて。
「主のおいたを正すのも、従者の役目ってもんだ」
「おいた、か。貴様は私の願いをそんな言葉で汚すのか」
鋭く見返す紫の双眸に浮かぶ殺気に、リュカオンは僅かに怯む。オリバーの言葉通り、それは主の言葉に対する叛逆だ。
しかし、リュカオンは言った。
「あぁ。主は自分の願いを他人に預けるほど、弱い人間じゃない!俺の知ってる主は、自分で願いを遂げられる!」
「そんなのは夢物語だったと、貴様ももう目にしただろう」
焔の熱気に、真逆の色彩の髪が靡く。前髪の下の紫眼は、先ほどとは打って変わって不安げに、頼りなさげに揺れているようにも見えた。
だがそれも一瞬で、次の瞬間には同じように冷徹と冷淡に底冷えた瞳に戻る。
「それよりも、向こうの手助けをした方がいいのでは?『死神』相手に1人は無謀では無いのか」
向けられた視線に、今度は隼人が鼻を鳴らす。それは自分も思う。彼の力を知らない訳では無いが、だからといって誰があんな死闘に介入できるというのか。
それに。
「あいつの獲物を横取りしたら、俺が殺されるんでね」
おどけたようにひょい、と肩を竦めて見せた。
*****
至近距離で鳴らされる銃撃音を意に介さず、レグルスは突進する。
相手との距離は20mもない。それほどの至近距離となればマズルフラッシュと同時に銃弾は相手へ到達する。肉が裂け風穴が開き、当たりどころが悪ければそのまま待つのは死のみ。
レグルスはそれら全てを見切り、あるいは獣のような直感で回避しながら、逆に相手との距離を詰めていく。
永遠にも感じられる刹那、今までになかった音が耳朶を震わせる。――弾切れ。
スライドが開ききった得物をレグルスは見逃さない。低い身長を活かして地を這う様に突撃、手に持った大鎌を横殴りに振り抜く。
もちろんギリギリのところで止めるつもりではある。しかしレグルスのそんな手心を相手も見透かすように、自分の身体と大鎌の間に撃ち切った自動拳銃をねじ込む。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音が一帯に響く。どれだけ押し込んでも、自動拳銃がそれを絶対の壁のように弾く。
「っの馬鹿力…っ!」
その僅かな間が命取りとなった。次の瞬間死角から繰り出された蹴りに、僅かにレグルスの反応は遅れる。両の手が鎌を持ち塞がってしまっている今、彼にそれを防ぐすべは無い。
放たれた蹴りはそのまま腹部に直撃。そのまま振り抜かれ、その勢いで体重の軽いレグルスは近くの支柱に激突する。
「……っかは、」
絞り出された空気と一緒に吐き出された涎と血液が口内を鉄の味で充満させる。どうやら今の蹴りで内臓が損傷したらしい。少なくない量の赤が、頽れた床を汚す。
「その程度の力で、僕に勝とうと思ったの」
言いながら、ヴァイスは腰のポーチに収納していた弾倉を空のそれと入れ替えて、バチンとスライドを鳴らす。そういう彼の身には一切の汚れはなく、さらに言えばもうひとつの得物すら抜いていない。
ヴァイスの言葉通り、力の差は歴然だった。
正直ここまでの力の差があるとは思わなかった。今までも彼とは何度かし合ったことがあったし、その都度そこまで強いと感じなかった。
――手抜きをされていた。その事に、今初めて気がついて、レグルスは己の愚かさを嗤う。
その笑みをどう受けとったのか、訝しげに瑠璃の瞳を眇めて。
「君、死ぬのが怖くないの?」
「……生憎と、もう死にかけたことがあるんで」
「そういえばそうだったね」
ふと、思い出すように瑠璃の視線が虚空を彷徨う。思い返せばはるか遠い昔のようで、しかしつい半年前の出来事。
きっと同じ時のことをヴァイスも思い返しているのだろうと思って、レグルスは可笑しくて嘲笑する。
「……それは覚えてるんだ」
「?半年前のことじゃないか」
「なんてそれは覚えてるのに、そのきっかけは覚えてないの?」
「きっかけ……?」
質問の意図が汲み取れず、ヴァイスは柳眉を寄せる。その仕草がまた腹立たしくて、手のひらをきつく握りしめる。
「あんたはなんであの時オレを助けに来てくれたのかってことだよ!あんたはオレのことが嫌いだろ!?じゃあなんで『タキオン』の迷宮区攻略をほっぽってこっちに来たんだよっ!」
レグルスの激昂に、ヴァイスら僅かに瞳を瞠る。何を言われているのか、レグルスが何に怒っているのか。それが分からずに少しだけ狼狽して。
「……それが、主人の命令だったから」
「主人って誰だよ」
「……」
本当はヴァイスももう違和感に気づいている。だからレグルスの言葉にも即答できなくて、所在なさげに惑う瑠璃。
あぁ本当。そういう自分の都合の悪いことになると無言になって逃げる癖。
「……本当、ムカつくな」
ぼそりと呟いた言葉はヴァイスはおろか誰にも届かない。これは自分の問題だから、別に誰かに否定されたくも肯定されたくもないから、聞こえなくていい。
それでも。――隣にいたいと思って。でもそれは目の前の少年にこそふさわしいと、身を引いた自分の気持ちが、どうしても今の彼を許せない。
「あんたにとって、あんたの願いを聞いてくれるなら誰だって良かったんだね?」
侮辱の意味を込めて吐き捨てた言葉に、今度は明らかに感情を露わにしてヴァイスの双眸が見開かれる。
その瑠璃に浮かぶのは、明確な怒り。
「知ったふうな口を聞くなっ!」
怒り任せに向けられた銃弾を避けるのは容易い。額に真っ直ぐに向けられた銃口を見るまでもなくレグルスは横飛びに回避。先程まで頭があった場所の壁に弾丸がめり込む。
大鎌の柄についた鎖で得物を引き寄せながら、レグルスは銃声に負けないようにと怒鳴り散らす。
「はっ、あんたのことなんて知らないよ!『化け物』のあんたの気持ちなんかね!」
「そうだ、僕は『化け物』だ!それでも主人は僕を肯定してくれたっ、僕を人間として扱ってくれた!」
「でも誰だって良かったんでしょ?そしてそれもあんたが直ぐに忘れられるほど、ちっぽけな人間なんでしょっ!?」
激情に任せた銃撃もどこまでも正確で、正直一発一発を避けるだけで精一杯だ。それでもレグルスは徹底して貶める言葉を吐き続ける。
彼と自分が崇める、たった1人の英雄を。
どの言葉がヴァイスの琴線に触れたのか、正直レグルスには分からない。そんな雑念を考えられるほどの余裕は皆無で、一瞬の読み違いが冗談抜きに命取りになる。しかし確かにその瞬間、ヴァイスの目の色が明らかに変わる。
感情のない『人形』と言われた、彼の中にある確かな感情の色。
「――それ以上僕の主人を、侮辱するな!」
閃光。
吐き出された銃弾は過たずレグルスの眉間を捉える。しかしそれも見えていたレグルスは手にした大鎌の柄で弾き返す。
しかし――。
「っ!?」
弾いた――そう思った瞬間に右腕に走る衝撃。それは柄を掴んでいた右の手のひらのすぐ隣に直撃した銃弾による衝撃。予想外の衝撃に、生き物の反射で手のひらを開いて大鎌を取りこぼす。
ダブルタップ。
元々は一射での行動不能が見込めない場合、同じ標的の同じ箇所に銃弾を打ち込む技術。しかしヴァイスは同じ箇所ではなく、レグルスの動きと僅かに銃口をそらすことで第一射の影に第二射を潜ませ、的中させた。
第一射はあくまでブラフ。本命は第二射。――確実にレグルスの得物を撃ち落とすための必中の弾。
その事にレグルスが気づいた時にはもう遅い。取りこぼした大鎌は銃撃の反動で真上の天井へ打ち上げられ、その僅かな隙をヴァイスは一息で埋める。
素手の接近戦に持ち込まれれば、体格で劣るレグルスに勝ち目はなく、そのままの勢いで組み伏せられて大理石の床に叩きつけられる。
「った、」
「君に何がわかる…っ!」
音を立てて受けられた銃口を前に、レグルスは口を噤む。そうでなくてもその銃口の先の少年の表情が、見るに堪えないものだったから。
思わず言葉をなくしてしまうほど、悲痛を堪えて歪んでしまっていたから。
「初めて僕を道具扱いしなかった。僕が『化け物』だとしっても、兄を守れなかった無能だとしっても、彼は僕の存在を肯定してくれた…っ。僕の願いを遂げてくれると、約束してくれた…!」
その時の僕が、どんな気持ちだったのか。――君にわかるのか。
ぽろぽろと滴る雫が、頬を流れる。目の前を覆い尽くす雪白の紗幕に隠れて、瑠璃から溢れ出る涙。
「そんな人の手伝いをしたいと思うのは、そんなに悪いことなのか――?」
その涙の意味を、レグルスは真に理解することは出来ない。理解できると言えるのは、きっとあの人だけだから。
でも、だったら。
「……そんなに思ってるなら、そんなに大事なら、」
ヴァイスの境遇に、何も思わない自分ではない。
同情もした。
辛かっただろうなと思った。
自分がその立場に置かれたら、果たして耐えられただろうか。
それでもレグルスはその感情を口にはしない。彼とはあくまで犬猿で、それ故に言えることもあるのだから。
組み伏せられて、それでもギリギリ自由の効く指先を気取られないように動かして、レグルスは吠える。
「――だったら記憶を奪われた程度で、忘れるんじゃねーよ!」
力いっぱい引いたのは、手に馴染んだ鎖。
その力は伝播して、繋がった先の大鎌に伝わる。
ヴァイスほどではないにしろ、自分も迷宮生物の遺伝子を組み込まれた人間だ。普通の人間とは比べられない膂力で引っ張られた大鎌は、めり込んだ天井諸共に眼下へ重力に引かれて雪崩落ちる。
「――っ!」
『死神』と恐れられる冷徹な少年であっても、感情に飲まれてしまえば冷静な判断を下すのは難しい。その真下にいたヴァイスは、さすがに危機を察知してとっさの判断でその場を離脱。直前までいたその場所を瓦礫と共に落下した大鎌が穿つ。
そのまま鎖を力ずくで引くが、その感触がそのさなかに銃声と共に消失する。
飛び散る鎖の金属の破片が、その先を見失ったことを物語る。事実途中まで手繰り寄せられていたはずの大鎌が、先を失って虚空を舞う。
まるでスローモーションのような世界の中、その大鎌の向こうで光る銃口が、白銀の双眸は確かに捉えた。
その銃口の先を見て、場違いに思う。こんな時でも、こんな時だからこそ。ここぞと言う時に捨てきれない甘さ。
――どこまでも、主に似ているな、と。
手に持っていた鎖の残骸をレグルスは殴り捨てて吶喊。それによって前に踏み出された足は、必然的にヴァイスの銃弾を回避する。
足元に打ち込まれた感触を置き去りに、レグルスは腰の裏に手を回して、触れた感触をそのまま引き抜いて前方に向ける。
淡い光源で鈍色に光る、グロック19。
ここに来る道中、無理を言ってレンから借り受けた彼の拳銃を、レグルスは不器用に構える。
銃を撃ったことなんて、あの迷宮区で自分の義弟の成れの果てを撃って以来だ。その時も目の前の少年から借り受けた、借り物の拳銃だった。
走りながらなんの躊躇いもなく引き金を絞り、発砲。標準なんて適当だから、しっちゃかめっちゃかに吐き出された銃弾は空間を走る。しかしそれが歴戦のヴァイスにとっては唯一読めない銃撃となって、彼の動きを僅かに止める。
その一発が偶然ヴァイスの右手に収まる拳銃を弾いたのは、まさに奇跡だった。
「っつ、」
「あんたがご主人様にご執心なことはよーっくわかったよ!だったらそのご主人様に…っ!」
動揺の間隙をついて一息に懐に潜り込む。つい先ほどまで銃弾を吐き出し続け熱をもつ銃身を怒り任せに握りしめ。
「後でちゃんと土下座して、今までのこと全部謝っておけよ!」
顎に目掛けて、思いっきり銃把を叩き込んだ。
「っあ"――、」
頭蓋を激しく揺さぶられ、人工的に引き起こされた脳震盪にたまらずヴァイスは意識を手放して頽れる。
ちなみにこの瞬間、視界を共有していたアデルは目を覆って呻いて、痛覚共有をしていたレンもヴァイスの痛みがそのままフィードバックしたが、今のレグルスに知る術はない。
意識を手放したヴァイスをレグルスは見下ろして。
「本当は殺してやりたいけど、ハヤト先輩に感謝しなよ」
そう言って、自分も疲弊した身体でそのまま地面に転がり込んだ。
*****
落ちた、か。
その様子を一瞥して、オリバーは戦況を冷静に俯瞰する。
正直レグルスが1人でヴァイスを抑える所までは予想の範囲内だったのだが、打ち倒すとは思わなかった。と言ってもレグルスも満身創痍で、ヴァイスは時間も十分に稼いでくれた。
……2人にも、後できちんと謝っておかなければならないけど。
「もう、そんな時間もないのだろうな」
「隣を気にかけるなんて、随分余裕だな…っ」
どう聞いても息切れしている声に振り向くと、割とこっちも満身創痍な少年が肩で息をしながら睨みあげてくる。言葉をそのまま返すつもりは無いが、正直彼よりかは余裕はあるので至って普通の声音で。
「まぁ余裕だからな」
「泣かす……ぜってぇ泣かす……!」
どう見ても悪役のセリフなのだが、という言葉は火に油だと思ってどうにか伏せる。その沈黙をどう受けとったのか、ハヤトは刀を持っていない左の人差し指を突き刺して。
「というかお前近接武器のくせに魔法使ってくるとか卑怯だろ!?真正面から来いよ正々堂々とさぁ!」
「魔法を使うのは戦術のひとつだと思うが……」
先程からハヤトが近接担当、リュカオンは魔法支援でオリバーを牽制しているが、その全てを尽く1人で捌き、いなし、時には反撃として『氷』魔法を打ち込んでいる。
リーチの短い刀しか武器を持たないハヤトの攻撃の一切は、届く前に魔法の範囲内で撃ち落とされ、結果として一閃も届いていない。
まぁでも、そろそろ時間も大詰めだろうか。
「そんなに打ち合いがお望みなら、」
とん、と軽く床を蹴る。その一瞬で彼との間に空いていた空間はゼロになり、次の瞬間には彼の懐に潜り込む。あまり近すぎる間合いは得意ではないはずの長剣を、床を僅かに削りながら振り上げる。
恐らくハヤトはその動きを追えていない。だからその一太刀を受け止められたのは、全くの偶然。
いや、彼の直感だろう。
ガンッ、という小さくはない衝突音が二人の間で巻き上がる。撃ち合った衝撃で舞い上がった前髪の下の深紅は、驚愕に見開かれている。
「――満足するまで付き合ってやろう」
受け止めた刀を打ち上げるように長剣で弾きあげる。どうにかそれを手放さないようにしがみついて、がら空きになった脇腹目掛けて回し蹴りを叩き込む。
オリバーの全力の蹴りに、身構えも出来なかったハヤトはそのまま地面を転がる。
「…かは、っ!」
衝撃で嘔吐きながらも体勢を整えようと立ち上がる隙を、オリバーは一瞬で埋める。上段から、下段から。あるいは側面からと正面から、ありとあらゆる面から剣閃を打ち付け、捌ききれない箇所から鮮血が吹き上がる。
何合か斬りあって、彼の弱点はとうに分かっている。オリバーはその予測通りに執拗に右側を攻める。
半年前に大怪我を負った右腕を、彼は無意識に庇う。それは第一線で活躍していたスポーツマンが古傷を庇うのと同じで、仕方の無い人間としての癖であって、彼が悪い訳では無い。
その右肩目掛けて長剣を思い切り振り下ろす。案の定庇ってしまって受けきることの出来なかったハヤトの身体は僅かに傾ぐ。
その隙を見逃さず、即座に反対側である左側面から一閃。勢いを殺せずに、ハヤトは部屋の豪奢な柱のひとつに激突して止まる。
当たった感触はあった。しかし斬った感触はなかったと、手のひらに収まる剣の柄を見て、土煙の向こうを油断なく睨む紫の双眸。
「…ってぇ…、」
呻くハヤトの左手には、右手に持つ黒刀とは真逆に白磁の鞘。どうやら左腰に刺していた鞘でどうにか防いだらしい。
戦闘力と剣技に関してはど素人だが、こういった戦闘感やセンスはどうやらあるようだ。先程から彼の攻撃は一切こちらに届かないが、しかしこちらの攻撃も、こうしてすんでのところで回避されてしまっている。
正直、ここまで長丁場になるとは思わなかった。
――どうして。
「……何故そこまでつっかかる」
「あ?」
「力の差は歴然なのに、どうして君はここまで食いついて来るんだ、ハヤト」
「おいお前ちょっとは言葉選べ?普通に傷つくわ」
蹴りの入った腹部と柱に激突した背中の激痛に顔を顰めながら、ハヤトはどうにか身体をふらつかせながら立ち上がり、ハヤトはそれでも答えた。
なんてことは無い、自然な声音で。
「お前の本心を聞きたいからだ」
「私は私の願いを遂げるために彼女に力添えしていると、最初に言ったはずだが?」
「あんたは1度だってその『願い』について発言していない」
よく気づく、とオリバーは僅かに瞳を眇める。その僅かな緊張も見逃さないと、深紅の双眸は真っ直ぐにこちらを見据えてくる。
「ま、そこはどうでもいいさ。俺が知りたいのはあんたが今何を思っているか。それだけだ」
「それは、」
「そういえば、俺ってあんたとこういう話したことないかもな。ま、あんたとそういう話しようとも思わなかったけど。あんたの方から一方的に上から目線で説教されたことはあるけどな」
ふん、とハヤトは鼻を鳴らす。思い出したくもない記憶を思い出しているかのように、その瞳は不愉快に染まる。
「あんたこそ、俺を殺そうと思えば何度も殺せたはずだ。手抜いてるのはそっちだろ。気づかないとでも思ったか」
直後、鋭さを増した深紅の眼光が紫を射抜く。こちらの真意を全て見抜かれているかのようなその視線が不愉快で、オリバーも今度は露骨に柳眉を寄せる。
「あんたっていつもそうだよな。何、それが『高貴なる者の義務』っての?自分は他の下民とは身分が違うって感じで、他人を見下すやつ。まぁ実際あんたから見れば俺は庶民出身の落ちこぼれだからな。そんな廃れた義務を負わなきゃいけないなんてあんたも大変だよな」
「……なんだと、」
「だからなのか?」
オリバーの怒りに被せるように発せられたハヤトの言葉。その続きはあまりにも自然に発せられた。
「――あんたがわざと他人に嫌われるような態度をとっていたのって」
その言葉に、紫の双眸が凍りついて固まる。まるで予想外からの攻撃をモロに受けたかのような衝撃が、身体を走り抜ける。
それが答え。そしてそれをハヤトは受け取って。
「あんたの態度見てて、どうにも違和感あったんだよな。なんというか、態度が露骨すぎて既視感もあった」
かつての俺と、同じような。
口の中で呟かれた言葉は、オリバーには届かない。そんなことも気にならないほどに、今はそれ所ではない感情が、確かに胸のうちに湧き上がって渦巻く。
「……めろ、」
震える口をどうにか動かす。しかしか細すぎる声は目の前のハヤトにも届かずに虚空に消える。
「どうせ自分は消えるから、わざとそういう態度取ってきたんだろ。消えても何も問題がないように、自分は消えて当たり前の人間だって思わせるように」
「……やめろ、」
「そうしたら自分も未練なく消えれるもんな。元々なかったものが消えるだけだって、自分も他人も納得するもんな」
「――それ以上口を開くな!」
激情に任せ、オリバーは床を強く蹴る。一瞬のうちにハヤトに肉薄し、その右肩目掛けて長剣を突き出す。
――その動きに、どこか既視感があったことに今更ながらに気づく。
しかし気づいたところで動きは止められない。打ち出された剣閃は吸い込まれるように狙った場所へ向かう。
そんならしくない愚直な動きを、目の前の『軍神』が見逃すはずもない。
はじき出された瞬間、ハヤトは右足を引くことで半身を傾ける。その空いた空間を長剣が走り抜け。
――とある地点で、黒刀が振り上げられた。
そんな大した力も速さもない一閃。しかしその一太刀は確かに長剣のとある一点を目掛けて振り抜かれ、一寸のズレもなく打ち付けられた。
その点が、数日前ヴァイスの銃弾によってひび割れていた箇所だと、ようやくオリバーは気づいて。
同時。金属が折れる甲高い音と共に、真っ二つに砕け散った。
砕けた半刀身は空を舞い、何回転かしたあとに地面に突き刺さってようやく止まる。
呆然としたのも束の間、直ぐに正気を取り戻したオリバーはハヤトから距離をとる。
折られた。それも、彼はこの一点を狙って――。
オリバーのその驚愕を知ってか知らずか、ハヤトは追撃するでもなくその場で佇みながら、口の端を吊り上げて。
「どうだ、言った通りあんたの剣へし折ってやったぜ」
なぜ彼がここでそのセリフを言ったのか、オリバーには分からない。意趣返しだろうか、はたまた腹いせだろうか。
そんな内心の逡巡を見抜くように、ハヤトはどこか柔らかくなった口調で会話を続ける。
オリバーの。その内に閉じ込められたそれに声をかけるように。
「オリバーは、俺のことを『ハヤト』とは呼ばない」
は、と。先刻の自分の発言を思いだして、反射的に手で口を覆う。――それが決定打になったことに、その直後に気づいて、己の失敗を悔いる。
「だからもう、あいつを演じなくていいんだ。――ジャンヌ・ダルク」
静謐に光る深紅。それがどこかかつてみた聖母マリアのそれに見えて、オリバー。――ジャンヌ・ダルクは僅かに潤んだ紫眼を上げた。
終わらん…だけどとりあえず次回でひと段落着く…かも…しれない…←




