表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.5 妖精と聖女と灰色狼
87/132

×××.願いと取引

どうしても彼を見ていたくて描きたくて、このような形での参戦と相成りました。

今後の重要なキーマン(中身が)となる予定ですので、よろしくお願いいたします。

全身を突くような痛みに、仕方なく瞼を持ち上げる。それしきの動作さえも、今の自分には億劫でとてつもない疲労感にさいなまれる。

……ここはどこだろうか。

自分はどうやら仰向けに転がっていたらしく、かすんだ視界にいっぱいに広がるごつごつとしたむき出しの岩肌。背中にも同じような感触を感じるから、地面もきっと同じような感じなのだろうと、そこまで考えて。

そうだった。自分は学院の授業で迷宮区に来ていたんだった。

2学年になって実技の授業が増えて、その中でのひと授業。確か別のクラスと合同で、誰か好きに一人連れてこいよといわれて、彼を誘った。

変な時期に編入してきた、東洋人の彼。

赤銅色の髪に深紅の瞳で、いつもけだるげでただの一人とも打ち解けようとしない少年。

その在り方が、自分にはひどく儚くもろく見えた。

張り詰めきった緊張はいつか、彼自身を崩壊させてしまいそうで。いつの間にか目の前から消えてしまいそうで、だから声をかけた。

どうして彼がかたくなに一人でいようとしたのか、最期までわからなかったな、と思って下半身を確かめるように撫でる。

そこにはあるはずの感触が無くて、内心でやっぱりなと苦笑する。道理でさっきからすーすーするなと思った。

ということはさっきから冷える左腕も無いんだろうな、と思ったが確認するのも億劫なのでやめた。

今日はただの実技演習で、だから他人との交流にはいいかなと思っていて、その油断が命取りになった。

『マンティコア』。迷宮区中層域を主な生息地としている大型の迷宮生物だ。

インドやマレーシアで伝わる伝説上の生き物で、大きさはライオン程度。顔は人間に酷似していて尾はサソリのそれに似ているらしい。人間を主な食事として、走るのが異常に早い。

と、資料にはあるが迷宮区ではそんな見た目ではまったく無く、むしろ姿は見えない。霧のように霞んでしまっていて輪郭が見えないのだ。

なぜそれをマンティコアと呼称したのかは自分にはわからない。先人たちがそう呼称したのだから自分は倣うだけだ。

問題は。やつが最表層にいたことだ。

マンティコアは中層域を活動拠点としている迷宮生物だ。迷宮生物は基本的に自らの拠点から外へ出ることは無く、分布も固まっている。

しかしたまに、何の因果かこうして迷い込んでくることもある。

頻度はそれほど高くは無い。自らの領地である迷宮区の地形など彼ら以上に詳細に知るものはいないはずだからだ。しかしどこにでも異分子というものは存在して、こうしてさまようものもいる。

まるで家に帰りたいの嘆く子供のように。

こちらとしてはいい迷惑だ。こっちはまだ経験の浅い学生な上に装備も貧弱、そんな中層域の迷宮生物を相手にすることなど想定していないのだから。

結果、学生しかいない即席チームはリーダーを務めていた生徒の即死をきっかけに瓦解。一応は隊列らしきものを組んで撤退を決めたが、果たしてどこまで意味を成したのか。殿を務めていて一番最初に食われた自分に、それを知る術はない。

そう、食われたのだ。食われたはずだった。

現に自分の下半身はなくなっていて、すでに輩出されきった血液は凝固して身体と地面にこびりついている。呼吸も浅く、視界は霞んだまま。

こんななりでも、人間生きていられるのだなと見当違いの感想に笑いがこみ上げる。

迷宮区は地獄そのものだ。ここに足を踏み入れた時からこうなる覚悟は少なからずしている。自分で決めた、後悔はしないと。

あぁ。だけど、心残りは残ってしまったな――。


「――まだ生きているか、人の子」


不意に、頭上から声がかけられる。先ほどまで一切気配なんて無かったはずなのに、忽然と現れた黄金色の影。

――美しいヒトだった。

ほの暗い迷宮区の中でもなお輝きを失わない黄金の髪と、その下の紅玉の双眸は光の角度でちかちかと宝石のような輝くを放つ。騎士然とした格好は白を基調として、差し色には夜明けの暁色。

どうしてこんなところに人間が?そんな当然の疑問すら彼の前ではあっけなく消え去ってしまう。

「……ぁ」

「しゃべらなくていい。貴殿はここで死ぬ。せめて安らかに逝くがいい」

しかし、と。見下ろしてくる青年騎士はあくまで無表情に冷徹に、しかしどこか言いにくそうに言いよどんでから。

「貴殿に一つ、頼みがある」

死に行くだけの自分に頼みとは。そもそもこの状況なら自分が何かを頼む方が自然の流れだろうに。まぁ、不思議と怒りはわかなかったけれど。

「貴殿のその身体を、我に使わせてはくれないだろうか」

青年騎士の間は絶妙で、ほしい時にほしい回答を適切なタイミングで発して来る。思考を読んでいるのではないかと思うほどで、それはそれで今の自分にはありがたいことだとも思う。

だから次の疑問にも、当然青年騎士は一切の無駄なく答えた。

「我はヒトの身体を捨ててしまっていて、ここからは出られない。それでいいと思っていたが懸案事項が発生してしまうかもそれない。そうなれば、ここではなく外で対処がしたい」

悲痛と憂いに紅玉の双眸が揺れる。努めて隠しているのだろうが、それが青年騎士の心からの心境なのだと自分には映った。

「……ひとつ、おねがいがあります」

しゃべらなくていいといわれたが、これだけは自分の口から答えるべきだと、もう感覚もない口を必死に動かす。弱々しい上にかすれてしまって自分ですら何を言っているのかわからない言葉を、しかし青年騎士は深くうなずいて先を促す。

「……いちどでいいんです。いちどだけ、かれがどうなったのかこのめでたしかめたい」

赤銅色の髪に、深紅の双眸。達観と諦観に溺れてしまった、本当は脆い少年。

その彼がどうなったのか。

そして、彼はまだ一人ぼっちなのか。

それだけが、セオ・ターナーの心残りだった。

セオの嘆願を聞いた青年騎士は驚きにわずかに目を見開く。

「貴殿は、己の生存を願うのではなく他者を思いやるのか」

驚愕と敬服の声だった。何を驚くことがあるだろうとセオは思ったが、もう口すら開くのが億劫で、その疑問を投げることは出来なかった。

つぶやいて青年騎士は深くまぶたを閉じて、決心したように面を上げる。

「――貴殿に我が主と同等の敬意を。主より賜ったこの剣に誓って、貴殿の願いは必ず遂げよう」

腰に佩いた鞘から刀身を抜き放つ。差し色とおなじ、透き通った黎明の紫。

神に捧げるように掲げて、青年騎士は儀礼のように深く一礼して。

「開闢の光を導に、貴殿の安寧と幸福な輪廻を願っている」

刀身を覆いつくさんばかりの白い炎が煌々ときらめくのを最期に、セオの意識はその光に飲まれて消えた。


*****


収まった光の中心で、ついさっき事切れたはずのセオは上体を起す。無かったはずの腕も下半身も、まるで何も無かったかのようにそのままの状態で。

『わ~似合わな~いっ』

『これほど見慣れないお前もまた一興だな』

「やかましいぞ」

頭上からのしかかる重圧にも似た声に、セオは先ほどまでの様子と打って変わってつっけんどんに返す。

「最悪の場合はお前たちにも皮をかぶってもらうことになる。笑っていられなくなるぞ」

『え~それじゃあ今から勉強しなくちゃっ』

『むぅ、俗世の姿はあまり好きではないのだが』

『それよりも珍しいじゃん。スキルが入れ込むなんて』

『確かに。お前はそんな感傷で動く者ではないと思っていたが』

本当に小うるさい使い魔だとセオ――スキールニルは内心でぼやく。

手始めにこの身体にうまくなじめるかどうかを確認しようと身体に入ってみたが、どうやら問題が無いようだと手のひらを開閉させて軽くうなずく。

得意な武器も近接系のようで、こちらとしては文句の一つも無い。

「……我としても、ヒトの心まで無くしたわけではない」

何よりも。迫り来る死を感じながらも自分ではなく最期まで他人を思いやる彼の高潔さに、正直賞賛と尊敬を感じる。

そんな人間を、どうして拒めようか。

「まぁ、我が出張ることが無ければ、それで一番なんだが」

『スキル~!僕は女の子で行こうかなと思うんだけどどうかなっ?』

『お前が女子とかありえんだろう』

『グリンが女の子の方が無いでしょ~』

『化けるかも知れんぞ?』

「グリンブルステイもブローズグホーヴィも、静かにしろ」

黙っていればそれなりに見えるのに、しゃべってしまうと途端にこれだ。全迷宮生物の頂点に立つ二匹とはとても思えない。

……それも、主に似たんだろうな。

もう遥か彼方に遠ざかってしまってもはや届かないかつての情景を思いながら、スキールニルは一人追想にふけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ