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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.5 妖精と聖女と灰色狼
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2-1.死を告げる女

「あれ、そっちも実技?」

「いや、俺はこれから図書室こもる。それよりヴァイスはどうした?そっちこそ実技じゃないのか」

「メイナード先生に呼び出されてたから先行ってくれって。サボりの説教じゃないかな」

「入学早々サボるなよ……」

その言葉はそっくりそのまま自分に返って来そうだし事実返ってくるのだが、口に出していないので蓮のその言葉に隼人は気づかない。

編入生の自己紹介という名の一限目を終了して、今日は早々に図書室に篭ると決めていた隼人は、終了の鐘を聞きながら歩兵科の講義室を出た先でちょうど前を通りかかっていた蓮と鉢合わせた。

どうやら次の授業は実技らしく、蓮は肩から狙撃銃の入ったバッグを背負っていたからそうだろうと声をかけて。

「まぁヴァイスはもう大卒までの資格持ってるし、聞くことなんて無いんじゃないかな。だから説教というよりはむしろ次の授業の話かな」

「次?」

「手を抜かないようにと、遊び過ぎないように」

蓮の言葉に隼人はあぁ、と納得してしまう。

ここ迷宮区において最高峰の戦力と実力を持つ調査団『タキオン』におそらく最年少で所属し、なおかつ『死神』とまで呼ばれるほどの実力のヴァイスだ。本気でやったら相手を殺しかねない。

かといって手を抜きすぎれば何の訓練にもならないので、だからこその声がけなのだろうと容易に想像が付いて。

自分にも、それは身に覚えがあるからヴァイスの気持ちもわからなくも無い。今更高校生レベルの座学など、とうの昔に隼人は通り過ぎている。

と、一人で考えていると。

「えっと、ところでさっきから聞こうか迷ってるんだけどさ」

普段からニコニコと微笑みながら、切り込むところは遠慮なく切り込んでくる蓮にしては珍しく、歯切れの悪い表情で指差しながら。

「その人、誰?」

「無視してくれ」

「それは無理でしょ」

だってべったりくっついてるんだから。

と、言わないまでも訴えてくる黄金の散る琥珀色の瞳から逃げるように視線をそらしながら、隼人も内心で同意する。

一限目の自己紹介からずっと、なぜかシエナは隼人のそばを離れずにべったりくっついていて。講義中も授業も聴かずに好き勝手に質問攻めでずっとべったりなのだ。普通編入初日のシエナの方が質問攻めにされる立場のはずなのに。

それは講義が終わった今も継続中で、こうして蓮を話をしているのも構わず右腕にまとわり付いている。

ぱっと見そのあたりを歩いているバカップルのようなのだが、隼人のげっそりとした表情がそれを否定する。

その表情をどう受け取ったのか蓮は出会い頭はスルーしてくれたが、どうやら我慢の限界だったようだ。

その当の本人はというと。

「初めまして、アタシはシエナ。妖精なのっ」

「へぇ~初めまして~。今日から学校に通うようになったのかな?」

「おい馬鹿突っ込め馬鹿」

蓮の華麗なるスルーっぷりに、隼人は思わず罵倒の色しかない突っ込みを全力で入れる。

「そんなにストレートに悪口言う?」

「お前がスルーするからだろ」

「いや、そういうキャラでいくのかなって」

いい年こいて通るわけ無いだろうが。と、無言で全力で突っ込んでおく。

隼人の罵倒に蓮は肩を軽くすくめて話を促す。仕方が無いな、とでも言いたげな所動。

「えっと、シエナさんは妖精なんだ?」

「そうよ」

「ぱっと見人間にしか見えないけど……」

困った(多分本気で困っている)ようにはにかみながら言う蓮に、シエナは見た目の年齢にそぐわないほどに、幼い子供のようにきょとん、と首をかしげて。

「『人間の見た目で、昆虫の翅を背に持つものが妖精』だって、定義したのは人間よ?」

「そうなの?」

「それまでアタシたちに形なんて無かったもの。でもそうね、明確な差と言ったら『魔法』かしら」

「魔法?」

興味深いシエナの言葉に隼人は思わず反応してしまう。そんな隼人の反応をどう受け取ったのか、シエナは楽しげに笑って。

「ようやく関心もってくれたわね、ハヤト」

「あいにくと女に興味は無いんでね」

「それはドヤ顔で言うことじゃないから」

最後の蓮の冷静な突っ込みは無視して、隼人は無言で先を催促する。

「貴方たち人間は『聖石』っていう媒介がないと基本的に魔法は使えないらしいじゃない?でも妖精は願うだけで使えちゃうの。便利でしょう?」

それはとても便利だと、隼人は素直に感心する。だってその分魔法の発動ラグがなくなるのだから。

基本的に魔法を行使する際にはシエナの言ったとおり、『聖石』を使う必要がある。その為にはまず使いたい魔法に対応する『聖石』を取り出して、それに対する詠唱をして初めて行使することが出来る。

ちなみにそんな悠長なことをしている暇の無い近接系の武器を使う調査員は、そのラグを無くす為に武器に直接『聖石』を埋め込むか、刀身そのものが『聖石』で出来ているものもある。その時間を短縮できるとなると、かなりおいしい話だ。

そのことを、自分自身『風』属性の魔法適正があり、治療士として治癒魔法を日頃から使う蓮も強く思ったようで。

「へぇ~それはすごいねっ。便利だし、何より『聖石』って何気にかさばるからその分身軽にもなれるしね」

「確かにな。魔法の種類ごとにも持ち歩かなくていいわけだし」

「あ~でも、使えるのはあくまで自分の適性に合った魔法しか使えないわ。『火』属性なら『火』属性の魔法しか使えないし」

いうほどあまり便利じゃないわ、とシエナは事も無げに言ってから何かに気づいたように人差し指を口元に当てながら。

「そういえば、魔法をそのまま使える人間もいたかしらね。確か『聖女』とかって、」

「あ、ヴァイス~こっちこっち」

シエナの思案を、蓮のヴァイスを呼ぶ声がささやかに遮る。どうやらメイナード講師の説教が終わったらしい。

ちょうど蓮と向き合うようにして立っていた隼人はのぞき込むようにして蓮の背後を見ると、そこには見慣れた雪白の少年が立っていて。

――なぜか戦慄したように。まるでここにいるはずのないものがあるような、恐怖に瑠璃の双眸を見開いて立っていた。

「なに突っ立ってるんだ、ヴァイス、」

「……ハヤト、それは何だ」

は?と、半ば呆然としたように上げられた指先を辿った先には、依然として腕によりかかるようにしてまとわりつくシエナの姿。

まぁ確かにいきなりこんな姿で女に引っ付かれてれば驚くか、と隼人は先ほど蓮にしたように辟易と肩を落としながら。

「そんなに引くなよ、俺だって参ってるんだ。離れろって言っても離れないし」

「違う、そうじゃない」

「じゃあなんだよ?」

催促に、ヴァイスはなぜか緊張したように口を噤む。まるで誰かが人質にでも取られたかのように、慎重に相手の出方を窺うように。

しかしヴァイスがその答えを返す前に、今まで離れなかったのが嘘のようにシエナはするりと腕を離して。

「アタシもそろそろお暇しようかしら。編入初日から不真面目と思われたくないしね」

「意外だな、真面目に見られたいのか?」

そうじゃないけど、とう~んと虚空を見つめて考えて。

「人間のことは何でも知りたいの。貴方も未知は興味あるでしょう?」

意味ありげに含みのある笑みを浮かべて、その前にお手洗いかしら~とシエナは軽い足取りで歩を進める。

その最中、ヴァイスの横を通り過ぎる際に何かをささやいたようにも見えた。

黒檀の後ろ髪が見えなくなって、ようやくため込んでいたため息を盛大にこぼす。

「嵐が去った……」

「他の男子に言ったら怒られそう」

「じゃあお前変われよ」

隼人の抗議の声に、それはごめんだといわんばかりに蓮は無言で肩をすくめる。美人の姉を持つ蓮ですらパスなのだ。到底自分には相手しきれない。

と、そこまで思って依然として距離を置いたままのヴァイスに視線を戻す。

「さっきはどうしたんだ、ヴァイス」

「うろたえるなんてヴァイスらしくないね」

二人の言葉に、ヴァイスはびくりと肩を震わせて、見てるこっちからでもわかるほどに狼狽してからおもむろに口を開いた。

「……いや、ハヤトが女の人と一緒にいるところなんて初めて見たから」

「お前もそういうのか……」

「誰が見てもそうでしょ」

軽口をかわしつつ、注意はヴァイスに向けたまま隼人は観察するが、彼はそれ以上は何も言う気がないようで、そのままその場は解散となった。

黒檀と雪白。真逆な二人の刹那のすれ違いで。


『何も言わなければ、手出しはしないわ』


脅迫ともとれる一言を、一方的に言い放たれたことに気づけないまま。


*****


――見られた。


振り返った先の、どう反応したら傷つけないか。そんな痛ましいものを見るかのような白銀の双眸が頭から離れない。

見られた。よりにもよって一、二を争うほどに見られたくなかった相手に。

居た堪れなくなって何も言えずに駆け出して。振り返ることもできなくて、だから後のことはわからない。

あの場にはきっと、ジャネットもいたはずで。だからこの後レグルスが彼女に詰め寄ることもわかっていて、オリバーはそれでもその場を駆け出した。

ずっと隠してきた。これからも話す気はなかった、自分の運命を知られてしまったから。

別に隠すことはない。恥ずかしいことではないし、家の存続に関わる話でもないから、ただの笑い話の種にしたって問題はない。

問題はないが、きっとあいつらは思う。――どうにかしてやりたい、と。

特にあいつだ。赤銅色の髪に深紅の瞳の。冷徹ぶってるくせに、それでも非情になり切れない落ちこぼれ。彼は絶対にそう思って、だから彼を取り巻く人間も彼の力になるだろう。

うぬぼれではなく、これはただの真実。

その性格のせいで今まで何度首を突っ込んで死にかけたか。外部で見てるだけのオリバーでさえあきれるにもほどがあるほどだ。

それでも彼はそれをやめない。困っている人を見捨てられない。――真っ直ぐすぎる生きざまは、もはや変えられないのだろう。

でもそれはだめだ。そう思われて自分もそう願った先にどうなったかは、もうかつての自分と姉で立証されているのだから。

今更自分の運命なんかどうでもいい。

もうあきらめたんだから。

だからどうか。――これ以上淡い期待にすがらせないでくれ。

「――っ!」

一心不乱に駆けて駆けて。頭の中も堂々巡りな思考でいっぱいいっぱいだったから、なんてことのない段差の割れ目に足を取られてしまって、無様に地面を転がる。学院内のきれいな大理石ではない、武骨でそのままの土くれの道。

「……は、」

結構な勢いで転がったから、割と全身が痛い。明日にはどこかしらにアザができているかもしれないな、と他人事のように思って。

無様すぎて、乾いた笑い声だけが口からこぼれる。周りに直前まで思い浮かべていた彼らがいたなら、鼻で笑っただろうか。

起き上がる気力すら今はなくて、転がったまま自分の手のひらを見返す。

この17年で見慣れきったはずの手のひらは、今はなぜか現実味がなくて。その冷え切った感触がオリバーに残された時間を告げる。


自分のこの身体は、生まれた時から『聖女』のものだった。


記憶にない『記憶』は夢よりも鮮明で、最期の記憶なんか何度夢に見てうなされて飛び起きたことか。

髪の色も家族全員と違って、その深さはまるで流れ出た血赤の色のようだと思った。

自分の身体なのに自分のそれと思えなくて、だから気づくのも悟るのも早かった。――この身体は最初から聖女のものなのだから、それが当たり前なのだと。

自分が『自分』でいられる時間の残数は、もう少しもないだろう。

ここ半月の休学期間中で、『自分』でいられる時間は日に日に減っていった。最初は一日の内の数分程度だったそれは、最近は半日や最悪一日丸ごとなんて時もある。

毎晩寝所に入るときに、ふと思う。次に目が覚めた時。――果たして『自分』はそこにいるのだろうかと。

「我ながら、女々しいな」

諦めたはずなのに。悟ったはずなのに。いざ目の前にしたら尻込みするなんて。

こんな姿、見られたくなかったな――。


「――貴方、大丈夫?」


「っ!」

物思いに耽りすぎて、気配に気づけなかった。声をかけられてようやく、転がり込む自分を真上から見下ろす灰色に気づいて、オリバーは声を詰まらせる。

はね起きたオリバーから驚いたように距離を置いて、それでも少女は無遠慮にマジマジと観察してきて、その舐めるような視線にオリバーは紫の瞳を眇めながら。

「見ない顔だな」

「それはアタシのセリフよ。貴方学生でしょ?学校は?」

「今は……」

休校中だ、と言えば突っ込まれるだろうと思って、他の言い訳を探して。

「……療養中だ」

「なるほどね?道端で転がってたものね」

字面だけ見ればただの痛い人間だが、言い返してまた突っ込まれても面倒なのでオリバーは無言で肯定する。

これでこの話は終わりだ、さっさとどこかに行って欲しいと内心で追い返して、しかし口に出してはいないので目の前の少女には当たり前に届かない。

それどころか、少女は灰色の瞳で見下ろして。

「ま、でもいくら療養しても意味は無いんじゃないかしら」

「何を、」

無遠慮な言葉に言い返そうとして、しかしそれは直後に放たれた言葉で遮られる。


「――だって貴方、死ぬんだもん」


確信をついた短い返答に、ましろになる思考。その間隙をどう思ったのか、少女はこてん、と首を傾げて。

「貴方だって分かってるんじゃないかしら。貴方は死ぬわ。後そうね、持って半月というところらしら」

「……なぜ、それを」

辛うじてこぼしたつぶやきは掠れて弱々しくて。覚悟していたはずなのに、程々呆れる程にか細い。

少女はどこまでも無邪気な笑みを浮かべて、絶望に昏れる紫を覗き込む。

「――アタシはね、人の死を予言する妖精。だからアタシの言うことは絶対なの。それがアタシの姿。アタシの形」

言った瞬間にどこからともなく巻き上がる風が、彼女の背中に集まって形を紡ぐ。

半透明で向こう側が透けて見える、幻想的な昆虫の翅。その姿は正しく。

「――妖精」

「そうよ、妖精。だから人間にはできないことも、少しは出来ちゃうの」

呆然とこぼれた言葉に、少女は嬉しそうに嗤う。その笑顔は純粋無垢な子供のようにも、哀れな仔羊を陥れるのを愉しんでいるようにも見えた。

1度は離れたその距離を、少女はおもむろに1歩を踏み入れて潰す。結っていない紗幕のように流れるマリンブルーの髪を掬って口元に近づける。

「――貴方の願いも、聞いてあげることも出来るわ」

「……願い」

これは悪魔の囁きだ。そう頭では理解しても、口から滑り落ちる言葉は止まらずに、目の前で歪められる半月型の口。

「あるでしょ、お願い事。それを聞いてあげる。その代わり、アタシのお願いも聞いて欲しいの」

言いながら、少女は滑り込むように両足の間に潜り込んで、互いの吐息が混じり合うほどの距離にまで近づく。まるで獲物を逃がさんとする、肉食獣のように細まる瞳孔も。

「アタシもここでやりたいことがあるの。でもその前に面倒な子に見られちゃって。だからその子を消したいの」

「……それは、誰だ?」

その返答が、彼女の提案に対する答えだと。それを理解して、少女は聖女にも悪魔にも見える笑みを浮かべて。


「雪の白に深海の瑠璃。――『女王』様とそっくりな子供を、排除したいの」

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