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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.5 妖精と聖女と灰色狼
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1-3.聖処女の来臨

多分2話あたりから温めていたネタをついに!お披露目できました!!!!やった~~~これがやりたかったんじゃ~~~うへへという感じで書きました←

聖グリエルモ学院は12歳から18歳までの少年少女が集う学び舎だ。各学年にはそれぞれに講義室が設けられ、前期生、つまり12歳から15歳までの4学年と、後期生に当たる16歳から18歳の生徒が在籍する3学年で微妙に時間割が異なる。

前期生のほうが1限目の開始時刻は遅いので、後期生たちの授業がすでに始まっているこの時刻に外を出歩く生徒は少なくは無い。

その中で、しかし周囲の生徒とは明らかに違った様子でずんずんと回廊を歩く影と、それに寄り添う影がある。

「・・・・・・兄さん、さすがにもう少し足音は抑えようよ」

「オレは普通に歩いてるよ」

そうかなぁ、と。レグルスを兄と呼ぶ、瓜二つの少年は下がった眦をさらに困らせる。

初等科を卒業し、先月に聖グリエルモ学院に進学した際に制服は一新されたが、さすがに靴まではそこまでの大差は無い。つまり安全靴よろしく硬い靴底の、軍靴のごとく足を守る学院指定の靴は相変わらず変わらなくて、どれだけ潜ませてもそれなりの音が出てしまう仕様。

それを、先ほどからレグルスは地面を砕かんばかりに踏み鳴らしていて、そのたびに周囲の視線がこちらを振り返る。――何事だ、と。

彼のこの苛立ちは今に始まったことではないので慣れてしまったといえばそうなのだが、一緒に歩くこちらにまで視線が集まるのだ。ぶっちゃけて言えばやめてほしい。

と、辟易と肩を落としながら少年。――レグルスの双子で唯一の血のつながりを持つ弟のアデルは嘆息して。

「よくそれだけ怒りが続くなぁ・・・・・・」

「オレが何に怒ってるっていうのさ」

「言っていいの?」

アデルのおどけた言葉に、レグルスはあからさまにむ、と口を尖らせる。ここ最近で改めて気づいたのだが、わが兄はこのように揚げ足や正論を言うと口を尖らせる癖があるらしい。そんな子供らしい彼の一面に、アデルはひっそりと安心している。

弟の自分にすら弱いところを決して見せてはくれない、本当は誰よりも虚栄をつくろっている聡い兄。

そんな兄だからこそ本人が一番怒っていることを知っているし、理由だってわかっているはずで、だからこそ口を尖らせて。

「・・・・・・アデル嫌い」

「はいはい」

再開してからこれも良く聞くようになったフレーズを聞き流してふ、と気づく。

「どこ行くの?」

「どっか!」

そう言って、レグルスは講義室とは間逆の、まだ入学して間もないアデルは足を踏み入れたことの無い回廊の先へとずんずんと進んでいく。

迷宮区で彷徨っていてアルベルトに保護され、それ以来ずっと『タキオン』総本部兼アルベルトの居住区で生活していたアデルと違い、ここ聖グリエルモ学院に隣接していて孤児院もある、迷宮区の貧民街でずっと暮らしていたレグルスにとって学院はアデルよりも知っている。さらに迷宮区とは間逆に位置する『タキオン』総本部にも出入りしていたようだし、それもなおさらだろう。

「ちゃんと授業までには戻ってきなよ」

言ってももどってこないんだろうな、と思いながら言って、アデルは兄の長い尾のように揺れる三つ編みを見送る。

きっと、一人で考えたいこともあるだろうな、と。本当は追いかけたい気持ちを抑えながら、アデルはレグルスとは間逆の講義室へと足を向けた。


*****


むかむかと胸に沸々と湧き上がる感情を抑えきれずに、レグルスは授業開始のチャイムも無視して回廊を進む。

――あのいけ好かない貴族が自分の前から消えて、半月がたった。

つい半年前にはいなかったはずの、マリンブルーの影。夏の一件で孤児院の運営権とレグルス本人の延命のために定期的に話すようになって、同じ調査団に入ってからはさらに付き合いが深くなった。――それが、何の音沙汰も無く消えた。

いや、音沙汰はあった。半月前に彼に最後にあった日。

『今の君と同じくらいの年齢の俺も、君ほど強く在れたら。――どんなに良かっただろうな』

「・・・・・・なんだよそれ」

意味がわからない。言葉の意味にも、その時の表情にも。

アデルの言うとおり、つまるところいらだっている理由の一つはそれだ。意味のわからない言葉を残して、今までオリバーが担っていたすべての役割を義妹であるジャネットに譲って、押し付けるようにレグルスに言い放って消えた。

こっちの言い分なんて何にも聞かずに一方的に。

思えば夏休みの時からずっとそうだ。こっちの話を聞かずにいきなりフランスの彼の実家に連れ出したと思ったら、ジャネットを紹介されて今後は彼女と行動しろとか。

別にジャネットに不満があるわけではない。オリバーというかブルームフィールド家の遺伝子だろう端麗な美貌に加えて、義兄とは違って身分の差で見下してきたりしない、純粋で高潔な少女。

若干強引というか、おてんばなところに目をつぶれば、彼女はレグルスから見ても出来すぎた子だと思うくらいには。

でも、それとこれとは話が別だ。問題はそこじゃない、とレグルスはさらに憤慨する。

一番の問題は。

「なんでオレが、あんなやつのことでこんなにいらだたなくちゃいけないんだ・・・・・・っ!」

つまるところ、レグルスが一番いらだっている理由はそこだった。

嫌いなはずだ。

いけ好かないやつだと思っていた。

別にいなくったっていいと思っていた存在だ。

なのに。いざ消えたら消えたで、どうしてこうもかき乱される――!

「あ”----もうむかつくむかつく!!何なの?!こんなにいなくなって後味悪い人間も中々いないよねっ」

だんだんだん、と。地団駄を踏みながら誰宛でもない文句をぐちぐちとたれる。自分はこんなにも愚痴を言う人間だったのかと疑うくらいには。

――そんな時だった。

人気の無い、まだレグルスしか前期生は知らないだろう数ある庭園のひとつ。学院でも最も端に位置しているそこは、『タキオン』総本部の窓枠から見下ろせる唯一の場所。

レグルスがまだ孤児院で人体実験を受けていて、それを知っていて放置した預言者の秘密の場所。

意図してその場所に足を向けたわけではなかった。ただその場所に行けば幾分か気分が落ち着くかもしれないと思って無意識に向かって。

その中心を見て、目を瞠る。


――庭園の真ん中の。ちょうどかつてカズキと座ったベンチに立つ、マリンブルーの影に。


「・・・・・・え、」

たまらず、レグルスは低く呟く。直前まで考えていた人物との予想外すぎる再会に頭が追いついてこない。

庭園の入り口でしばらく立ち尽くしていたのにそのレグルスに気づきもしない彼の様子に、その違和感にすら気づけないほどに混乱して。

しかしそれも一瞬で、今まで溜め込んだ苛立ちの根源を前にして、レグルスはためらい無く足を踏み入れる。

「っちょっと!こんなところで何してるのさっ。というか、半月もどこで何してたの?!」

学校にも来ないで、と続けようとしてようやく気づいて、瞬間背筋を走った悪寒にレグルスは反射的に飛びのく。

目の前の少年は確かに自分が知っているはずの少年で。マリンブルーの長髪に紫の瞳なんて、この学院には他にいないから、間違いようが無いはずなのに。

自分自身の直感に、自分の魂に絡められた異分子の嗅覚に、レグルスは妙な確信を持つ。

――違う。

「あんた、誰だ」

自分でも驚くほどに低く軋んだ声に、目の前の影はようやくこちらに視線を向ける。

どこか像を結んでいない、ひどくおぼろげな紫。

そのオリバーの形をした何かが、口を開く。


「――こんにちは、坊や」


ひどく耳に心地の良い声音が、まるで世界のすべてをはじくかのようにしん、と響く。その影の声が当たり前のように、世界にとって最上級に大事なもののように、それはなぜか当たり前のように。

その自分の認識すら書き換えられてしまいそうな猛烈な違和感に、酔いしれそうになる自分をどうにか抑えるレグルスの様子を知って知らずか、影はさも当たり前のように言葉を続ける。

「こんなところに一人でどうしたの。ご両親は?きっと心配しているわ」

す、と音も無くベンチから舞い降りて、なぜか何も履いていない素足を向ける。どこまでも自然に、当たり前の歩み。

結っていない肩甲骨まで伸びたマリンブルーの髪をなびかせながら、手が触れそうな位置にまで影が歩み寄って、そして手を伸ばしかけて。レグルスはぎり、と歯を軋ませる。

姿も声も何もかも、あいつのままなのに。なのに。

「――触るな!」

頬にその手が触れる直前に、レグルスは腕を振ってその手を振り払う。予想外に強い力で払ってしまったからか、はたまたレグルスの行為が予想外だったのか、現れた衝撃で影は一歩後ろに退く。

その驚きに見開いた紫を、射殺すように見上げる白銀。

「あんた誰。お貴族様、オリバーじゃないだろ」

初めて彼の名前を言った気がする、と冷静な部分が脳内でつぶやく。しかしそれも一瞬で、レグルスは意識して切り替えてそれに連動するかのように手にした大鎌を突きつける。

目の前の影は驚きに、どこか戦慄したように瞳を見開いて、突きつけられた鎌の存在など見えていないかのように無視して、自分自身の手のひらを見下ろす。

男の、骨ばった手のひら。

マリンブルーの長髪は隅々まで手入れされていて、確かに遠目から見れば女に見えるかもしれないが、近くで見れば男のそれと一目瞭然だ。その自分のものであるはずの手のひらを見下ろして。

「・・・・・・そう。また繰り返すのね」

悄然と、悲嘆と。ない交ぜになって揺れる紫の双眸に、レグルスはたまらず息をのむ。

なんで、そんな悲しい表情をするんだ――。

その姿に呆然としてしまって、だからこそ近づくもう1つの影に気づかなかった。

「――レグルス様?もう授業が始まってます、早くお戻りくださいな」

「っジャネット、」

来るな、と。なぜその言葉を選択したのかはわからないが言おうとして、しかしそれはもう遅かった。レグルスが静止する前に隣にまで近づいてしまっていたジャネットは、目の前に立つオリバーの姿をロベリアの双眸いっぱいに映して。

「貴女は、」

「……貴女様は、」

息をのんで言葉をさえぎって、次の瞬間にはジャネットは崩れるようにその場に跪く。まるで騎士が主人に頭を垂れるかのような、見事な忠誠の表れ。

そのジャネットの奇行にさらに混乱する。

「ジャネットっ?」

「御身の再臨を、我らロングヴィルはお待ち申し上げておりました」

一体何が起こっているのかわからないレグルスだけを置き去りに、目の前の影とジャネットは各々相対する。


「我らが聖処女。――ジャンヌ・ダルク様」


二人の前に静かに立った影――ジャンヌ・ダルクはオリバーの姿そのままに、感情の抜け落ちた表情でただ家臣のように跪いたターコイズブルーを見下ろす。

その凍てついてしまった紫の達観と虚無に、部外者のレグルスだけが気づく。

先ほどまでの聖女のような自愛を捨て去った声音で、ジャンヌはジャネットに問いかける。

「面を上げてください。私はそんな傅かれるような身分の人間ではありません」

「承知しました」

ようやく顔を上げるジャネットは、しかし跪いた姿勢を崩すことは無くまっすぐにジャンヌを見上げる。そのかたくなな姿に根負けしたのか、ジャンヌは小さく首を振って。

「それで、今は何年でしょうか」

「聖暦35年です。前回からさほど期間は空いていません」

「……そうですか」

物憂げな表情を一瞬だけ浮かべ、しかしその感情も冷徹に隠して。ジャンヌの紫の瞳がレグルスを見据える。

「そちらの子は?」

「彼はここで出会った孤児です」

「そう。お名前は?」

最後の問いかけた明確にレグルスに向けられたもので、気づいてジャネットは口を閉ざす。レグルスはどうしようかと逡巡して、結局は手に持っていた鎌を下ろす。

「……レグルス」

「レグルスさん。驚かせてしまってごめんなさい。それと、」

その先を言おうか迷うように不自然に止めて、己を奮い立たせるように首を振って。

「……それと、ごめんなさい。こんな言葉では到底足りないけれど。――私を、恨んでください」

「それってどういう、」

最後の言葉が気がかりで、レグルスはかぶせるように問い詰めるが、それと同時にジャンヌの身体が大きくふらつく。

「っちょっと、」

「ごめんなさい、まだ意識が完全ではないみたいです」

崩れそうになるジャンヌの身体をレグルスは咄嗟に抱きとめる。流石に身長差があってけが人を担ぐような体制になってしまうが、その腕の中で、ジャンヌは強烈な眠気に襲われているかのように落ちかける瞼を懸命に開いて。

「すみませんが、この子を、」

「はい。大切に部屋までお連れ致します」

「……お願いします」

ジャネットの冷えた言葉に、しかしジャンヌは何も言えずに口を噤んでうつむく。本当はそういうことを言っているのではないのに、と訴えるように。

その言葉と瞳を最後に、ジャンヌは意識を手放す。意識を失った人間特有の脱力に、レグルスはどうにか踏ん張って耐える。

しかしそれも一瞬で、すぐにその脱力感は失って、短いうめき声とともに開かれるマリンブルーの前髪から覗く紫の双眸。

「ここは、」

「……お貴族様?」

姿や声音は相変わらず変わらない。しかし先ほどまでの聖女の気配は消えうせていて、レグルスは確かめるように問いかける。

いつもの雰囲気が戻ってきたことに、ひっそりと胸をなでおろしながら。

しかし、問われた本人はレグルスの声に凍りついたかのように固まって。

「……アマデウス?」

「そうだけど、ってわ?!」

肯定した瞬間に思い切り突き飛ばされて、たまらずレグルスはたたらを踏んで転がる。いくら迷宮生物と同レベルの身体能力をもつレグルスでも、不意の衝撃には耐えられない。ましてや自分よりも力も身体も大きい、オリバーのような少年の全力の突き飛ばしなんて。

「っいきなりなにする、」

の、といいかけてレグルスはは、と白銀の双眸を瞠る。目の前の、いつだってどこか上から目線だった少年を見て。

今にも泣き出しそうな、それをこらえるような、クシャクシャな。

「……見たのか」

何を、とは返さなかった。それを問うには見すぎたし、何より残酷すぎた。

だから何も言わずに、レグルスは小さく頷いて。

「――っ!」

転瞬、オリバーは声にならない声を必死でこらえて、それでもその場には居たたまれずに後ずさって、脇目も振らずに静止の声を出す前に駆け出してしまう。手が届きそうなほど近くにあったはずのマリンブルーの長髪が、伸ばした手の指の間から解けてすり抜ける。

怯えのように震える背中をただ見送ることしか出来ずに、消えてなくなった幻を掴むように無意識に伸ばした手をただ呆然と瞳に映す。

何も掴めなかった、虚無の手。

一体どれほどの時間そうしていたのか。実際には数分と経っていないだろう永遠の刹那の後に、レグルスはこれでもかと拳を握りしめて。

「……もう、我慢できないんだけどさ」

爪がくい込んで薄く切れて、血が滲む手を振って振り返る。逃げることも出来ただろうに、それでも健気にその場に残り続けた少女を見て。

「いい加減、話してくれてもいいんじゃないの、ジャネット」

迷宮生物を前にするように、その視線だけで命を狩り取れそうなほどの容赦のない殺気を含んで、白銀の双眸は真っ直ぐにロベリアのそれを射止めて。

その気持ちに応えるようにジャネットは小さく息を吸い込むと、訥々と話し始めた。


――ロングヴィルの、因果と凄惨に満ちた宿業を。

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