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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.4 英雄の婚約者
72/132

3-1.夜会の便り

こちらでお伝えするのを忘れていたんですが!BOOHTにてアノニマス||カタグラフィ1部の文庫本を制作致しました~!同人誌です!

表紙や挿絵なども自作で、紙媒体で読みたい!という方がいらっしゃいましたらご利用いただけますと幸いです~

BOOH→https://ciliegio-00.booth.pm/

「――夜会?」

第二回目にして大層で聞き慣れない議題に、隼人は思わず訝し気に聞き返す。

先日も訪れた聖グリエルモ学院の最上階の一角の、監督生円卓会議用にあつらえられた天井の高い談話室に集まった5人の監督生たちによる会合。

今は全クラス授業を終えた夕暮れ時で、豪奢な窓枠の向こうからの夕焼けに染めあがる室内で、隼人の問いに応える眼鏡をかけた男子生徒。

「えぇ。学院も無事に再開され、『聖戦』で懸念されていた入学者減少もない。景気つけに開催してみてはどうかと理事長から」

黒のフレームの眼鏡のツルを中指で押し上げながら、『戦立』監督生ムラトは続ける。

「生徒たちの士気を上げるのにもちょうどいいだろうと」

「でも今までそんなものなかったんじゃないのか?」

「『監督生』たちのお披露目の舞台としてもちょうどいいんじゃないかと」

なるほど、それが本命か、と。口には出さないが一人隼人は納得して肩を落とす。どこまでもこちらを平穏から遠ざけて来やがる。

「で、俺たちはその準備を手伝うわけだ?」

その先を悟り確認をとる蓮に、ムラトは短く首肯する。

「何分初めての企画だ。前例はないから手さぐりになるとは思うが、理事長の仰せとあらばやらないわけにはいかない」

「断る理由もないし、僕はいいと思うよ~」

軽い調子で肯定するのは、蓮に『腰巾着』と命名された『特戦』監督生のクレス・H・グラヴナーだ。小柄でかわいらしい見た目でつい勘違いしそうになるが、れっきとした隼人と同じ年齢の男である。

クレスは挑発するようにサファイアの瞳を眇めて。

「君たちはどうするの?」

「どうするも何も、それってほとんど拒否権ないじゃないか」

「なんだつまらないの」

「というかいちいち突っかかってくんなよ。いつまで『腰巾着』って呼ばれたこと気にしてんだ」

「なっ?!気にしてないよ馬鹿じゃないの!?」

そういう態度が気にしているってことを裏付けているわけなのだが、もう面倒くさいので放置。言った本人の蓮も相変わらずにこにこと笑うだけ。

「李は?」

ムラトの促しに監督生唯一の女生徒である、見た目だけで気が弱いことがまるわかりな『後支』監督生李 丁那(リ・テイナ)はかわいそうなくらいに慌てて。

「わわわわ私もっ問題ないのですっっ」

眼鏡越しの鋭い眼光におびえ切った丁那はもはや半泣きである。おそらくムラトはよくない視力のために瞳を細めただけなのに、と隼人はひっそり同情する。

そんな丁那の態度をどう思ったのか、わかりやすいくらいに気を取り直しにと咳払いをして。

「では明日にでも全生徒へ向けて『夜会』開催の通達を行おう。予定日もそう遠くない、迅速に計画を各々進めよう」


-----


そんなわけで。

「――クサナギさま、あのその、今度の『夜会』なのですが…っ」

もうこれで何人目だろうか。正直本気で面倒くさくなってきたんだが。

と、そんな内心を知ってか知らずか、目の前の女生徒は2人の友人らしき生徒に背後で応援されながら、一世一代のお誘いを慣行していた。

ちなみに今は登校時間の真っただ中で同じく登校する生徒がちらほらと遠巻きに様子を眺めていて。自分の隣には久しぶりに一緒に登校した雪白の少年が、我関せずといった無表情で突っ立っている。

『夜会』の通達がなされて2日。そう、まだたったの2日だ。

そんな長くない日数しかたっていないのに、通達がされてからというもの、隼人のもとを訪れる生徒たちには新たに女性の姿が追加されている。

理由は当然。――『夜会』の最後の舞踏会だ。

日本人の隼人にはなじみはないのだが、ここはヨーロッパ。しかも生徒の中には生粋の貴族出身者も多く、こうした夜会や舞踏会という言葉には敏感だ。

舞踏会とはすなわち、自身の美や威光を競うもの。

それが一学院の生徒の間で行われるものであろうとも、断じて妥協などできないのである。

よって。

「貴方に、パートナーになってほしいのです…っ」

――中途半端なパートナーは選べないのである。

恥じらいに潤んだシクラメンの双眸を、隼人は仕方なしに正面から受け止める。さすがに女性からの真正面からのお誘いをおざなりにできるほど、隼人も心は鬼ではない。

鬼ではないが、しかしどうしたものか。

相手は学院でも噂になるほどの見目麗しい少女だ。確か学院内で彼女にしたい女生徒のトップかそこらだったはず、と隼人は内心嘆息する。

シクラメンの花の色彩の双眸にはすでに母性のような包み込むような優しさが秘められ、抜けるような空色の髪は毛先まで手入れが行き届いていて艶めかしい。

この年齢にもなって女っ気のかけらもない隼人だが、それでも美しい女性だとは思う。

しかし、あえて正直に言うのならば。――そのあたりの知らない女生徒のほうがやりやすいというものだ。

こんな学院でも知らないものがいないほどの美女で、しかも彼女は確か貴族階級だったはず。そんな彼女の誘いを無下に断れば。

――学院中の男子生徒、いや女生徒すら敵に回る。

そんなことをすれば、隼人の望む平穏な生活がまた一歩遠のいてしまう。現時点でも最低限の、平和な生活が。

それは何としても避けなければ……ッ!

付け加えるのならば、隼人は朝に滅法弱く、その寝起きは自他ともに認めるほど最悪で、更に今日はタイミングが悪いことに彼女に声をかけられる直前まで先日のオリバーの件について考えていたため、完全な不意打ちの申し込み。

この間わずか一秒で、残りの一秒で『軍神』たる所以の至高ともいえる頭脳をフル回転させて出した答えは――!


「――ごめん。俺、婚約者がいるから」


絶世の美女はシクラメンの双眸をこれでもかと見開いて、しかしその激情に飲まれることなく気丈にふるまって。

「そうでしたの。それではわたくしのような女は邪魔になりますね。我がままを申してしまい、大変申し訳ございませんでした」

「いや、俺もいってなかったのが悪いから」

「でも、当日はぜひ一曲だけでもお付き合いさせていただけませんか?」

「あぁ。練習しておくよ」

軽く二、三言交わして、少女は友人たちと一緒に前から去っていく。そしてそれに合わせてやじ馬とかしていた登校途中の生徒たちも散っていく。――これはビッグニュースだ、という誰かの声を遠くに聞きながら。

昇降口には、隼人とヴァイスがその喧噪から弾かれたようにぽつんと取り残された。

「ハヤト、婚約者なんていたの?」

「いるわけないだろ……」

今まで聞いたことがなかったと。純然たる疑問から小首をかしげて尋ねるヴァイスに、半ば八つ当たり気味に隼人は手のひらで顔を覆いながら。

「嘘か」

「やめろそれ以上傷口をえぐるな」

ヴァイスの純粋さは時に抜身の刃よりも鋭く心をえぐってくるな、と。隼人は人生で一、二を争うであろう自分自身の悪手に盛大に肩を落とした。


-----


――そして、その懸念は当然のように的中するわけで。

「聞いたか?クサナギに彼女がいるんだってよ」

「彼女じゃないわ、婚約者よ!将来を約束しあった相手がいるなんて…っ」

「今度の『夜会』にお誘いしようと思っていたのに」

「しかもあのユーナ・デュ・ウィンスレットの誘いすら断ったらしいぞ…」

隼人の学院での楽しみに一つである昼食の時間は、予想通りに針の筵だった。

彼女彼らからすれば小声で話しているつもりだろうが、あいにくとすべて丸聞こえである。

そんな隼人の胸中を察して。

「いや~隼人にお嫁さんがいるなんて、俺も知らなかったな~」

言った瞬間に、隼人は手に持っていたランチ用のフォークを遠慮なしに目の前に腰かけていた蓮に向かって無言で振り下ろす。

流石に蓮もこの程度は読んでいたから、行儀の悪くないように振り下ろされたフォークではなくその腕をつかんで止める。

「面白がってんじゃねぇぞ蓮…っ」

「何で俺だけ乱暴なの~。やるなら平等にみんなにしてよ~」

「らちが明かないだろうがっ!」

隼人のそんな悲痛に満ちた文句も、第三者で他人の蓮はにこやかにスルーして。

「いや、こればっかりは自業自得でしょ。もう少し頭回してよ『軍神』」

「本当もう何であんなこと言ったかなぁ~も~」

それだけ余裕がなかったんだな、と蓮はにこやかに思うも口にはしていないので当人には伝わらない。

珍しく頭を抱えてうずくまる隼人を励ましたいのか、同席していたレグルスが元気よく挙手をする。

「大丈夫ですよハヤト先輩!そんなもの適当にでっち上げればいいんです!例えばそう、オレとか!」

「そういうのはいいから。というかお前には相手いるだろうが嫌味か?」

「いませんよそんな相手?!」

「レグルス様!こちらにいらしたのですねっ」

突如として乱入した華やかな声に、真逆に凍り付いた表情で分かりやすくぎくり、とレグルスは表情をこわばらせ、まるで壊れた機械人形のようにぎぎぎと振り返る。

振り返った先にはそこに着席している隼人と蓮と、特別話すことがないので黙り込んでいるヴァイス達にとってはすでに見慣れた少女の姿。

ターコイズブルーのツーサイドアップの髪の癖のないストレートヘアに、ロベリアの強気な双眸。どこかあのフランス貴族を想起させる風貌の。

「ジャネット、」

「今日という今日こそは私のお誘いを受けていただきますよっ」

「いやだ断る!」

「まぁ!レディに恥をかかせるおつもりですかレグルス様っ!」

「もう、兄さんもおとなしく受けてあげればいいのに」

と、これまたレグルスに(無理やり)同伴させられて隼人と同じ席で昼食を食べていたアデルが、珍しく辟易と肩を落としながらつぶやく。どうやらレグルスのとばっちりを食らってジャネットの猛攻を毎日見せられているようだ。

「だってダンスなんて踊れないし。そもそもそんなに仲良くするつもりオレないし!」

「なんということでしょう…っ」

わかりやすくショックを受けたように、ジャネットはロベリアの双眸を潤ませて。

「そんなにレグルス様は、私のことが嫌いなのですか…っ」

「え”、いやそのあの…っ?!」

わかりやすいウソ泣きに、わかりやすくうろたえるレグルスを見て、彼ら以外のその場の全員が同じことを思う。この女、やり手だぞと。

更に言うと日頃のうっ憤からか、無表情を貫いていたヴァイスが楽し気(言ってしまえば愉し気)にわずかに口の端を上げて観察している。

アデルでさえわかってしまうほどのカマに、しかしレグルスは彼女のウソ泣きをそれを観察する無数の視線に耐え切れずに。

「あ~~違うっ違うってば!だから泣かないでよっ」

「ぐす、では一緒に『夜会』で踊っていただけますか…?」

「わかったよ。踊りなんてそんなにうまくないけど、」

「ありがとうございますっその約束、ちゃんと覚えていてくださいねっ!」

先ほどまでのウソ泣きはどこへやら。ジャネットは自分の望み通りの言葉をレグルスから引き出すと、パッと華やかな笑顔で微笑んで。

「それでは当日、楽しみにしていますねっ。お食事中に失礼いたしました、皆さま」

礼儀正しく一礼し、ジャネットは軽い足取りでその場を後にする。嵐が去ったとはまさにこのことだろうなと隼人は思って、残されたレグルスに振り返る。

「……なんというか。お前も大変だな」

「~~~~っ!」

恥ずかしさからなのか、はたまたこうなってしまったことへのやり場のない憤りか。レグルスはおよそ見たことのない表情で思いっきり頬を膨らませると。

「もーーーーハヤト先輩のいじわるーーーーー!!!」

持ち前の俊足で一目散に駆け出して、食堂からも消え失せた。

「ハヤトさんは関係ないでしょ~も~」

とぼやいて隼人と蓮とヴァイスに一礼をしてから、アデルも自身の兄の後を追いかけて食堂を後にする。

二つ目の嵐も過ぎ去ったなと、もうどうでもいいなと全てが面倒くさくなった頭で、とりあえず振り返って。

「……楽しそうだなお前」

「そうかな」

「邪悪すぎるからとりあえずその顔はやめたほうがいいぞ」

人の醜態を心の底から愉しいという表情で嗤うヴァイスに、隼人はとりあえず忠告だけはしておく。同族嫌悪か知らないが、ヴァイスとレグルスはすこぶる仲がよろしくない。

いざというときにはきちんと協力するし、お互い不器用なりに思いやってはいるようだから、隼人としてはその関係性までは突っ込まないが、いくら何でもその表情はレグルスがかわいそうだ。

と、そこまで考えて、隼人は自分の空になった食器を片手に席を立つ。目の前に座る蓮とヴァイスの皿にはまだ食べ物が残っているから、二人は着席したまま。

「あれ、もう行くの?」

「とりあえず一人で考えさせてくれ」

「まぁ隼人がそういうなら邪魔はしないよ」

蓮の気遣いに感謝の意を込めて軽く手を振って、隼人は一人食堂を後にした。


*****


一人席を外すハヤトの背中を見送って、ヴァイスはその背中の軌跡を追いながら、また忙しそうだなと他人事のように思う。まぁ、本当に本人ではないので他人事なのだが。

何か手伝えればいいのだけれど、監督生の会合も『婚約者』なんて嘘も、ましてや最深部攻略の戦略考案に関しても、ヴァイスには手伝いようがない。

迷宮区は現在不用意な侵入は禁止され、それはヴァイスも同じだから、手伝える時間があるだけにもどかしい。

自分は戦闘しか能のない。有事の際以外には本当に何もできないな、と少し肩を落とす。

「我らが団長様は忙しそうだね~」

「何か手伝えればいいんだけど……」

そういって、ヴァイスは先ほどまで考えていたことを思い出して、再び肩を落とす。

『婚約者』なんていないハヤトは、当日どうするのだろうか。ここまで広がってしまって、しかも『監督生』なんて役職についてしまった彼が、『夜会』を欠席なんてできないだろうことはヴァイスにも容易に想像がつく。

今回初めて開催される『夜会』は、彼ら『監督生』のお披露目の場でもあるのだろうから。

合わせてこんな騒動の中欠席をすれば、後々の彼の評価にも影響が出る。

ハヤト本人は気にしないだろうけど。――それはヴァイスにとっては気にするところであって。

だから、次のつぶやきはヴァイスからしたら無意識。

「……せめて『夜会』の相手とか、探せたらいいんだけど」

あの小憎たらしい子供の言い分を習うようで癪に障るが、彼の案は妙案だとはヴァイスは考える、誰か事情を知って、それで気を害さずに協力してくれる人がいれば、すべては丸く収まると思って。

まぁ。そこまで交友関係が広くないヴァイスにそんな都合の良い相手は、学院はおろか迷宮区を探してもどこにもいないのだが。

だからやっぱり自分にできることはないんだろうな、を嘆息して。――だから気づかなかった。

あのレンが、こことぞばかりに『妙案が思いついた』と邪悪な笑みを浮かべていることに。

「あ、お~いオリバー」

別席での昼食を従者のリュカオンと終え、食堂を出ようとしてちょうど目の前を横切ろうとしていたマリンブルーの影に、レンはどことなく弾んだ声音で声をかける。その声に胡乱気に紫の瞳を眇めながら、それでも呼びかけに応じて近づくオリバー。

「なんだ、そこはかとなく妙に楽しそうな表情だが」

「それがさ~……」

なぜかヴァイスに聞こえないように、レンはオリバーの耳元に口を寄せて小声でしゃべる。唇の動きから読み取れないように、口元を手で隠す徹底ぶり。

そのレンの様子に、最初は疑いの視線を向けるオリバーだったが、レンの話を聞くにつれて徐々に紫の双眸を見開いて。

「――なるほど。それは妙案じゃないか」


いつか見た意地汚い、相手を嵌めるのがとことん面白いとばかりの表情を、オリバーはきょとん、と小首をかしげるヴァイスに向けるのであった。

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