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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.4 英雄の婚約者
67/132

1-1.敗北の落ちこぼれ

――何かがおかしい。

それが登校一番、草薙隼人が感じた違和感だった。


9月下旬。本来であればすでに新学期が始まって3週間が経とうというその日は、聖グリエルモ学院新学期初日だ。

激動の夏を越え、青々と茂っていた草木も次第に色づき始め、初秋の訪れが目に見えて迫ってきているのが見て取れる。

そんな中、在校生や新入生たちは様々な表情を浮かべながら学門へと歩を進める。

ある者は過ぎ去ってしまった夏休みに焦がれる憂いに。

ある者は真新しい制服に心躍らせる嬉しさに。

ある者は――。

「……」

その中に、珍しく悲嘆の表情がないことの薄気味悪さにうすら寒さを感じながら。

そのある者――この中でその異常に一人だけ気づいているだろう、草薙隼人は一人思慮深い深紅の双眸を眇める。

パッと見なんの変哲もない、至って平々凡々な風貌の少年だ。

赤銅色の髪は無造作に流され、ところどころに直しきれていない癖がぴょんぴょんと跳ねている。鍛えているのかそれなりに引き締まった身体は、今は聖グリエルモ学院特殊専科5クラスの内の『近接歩兵科』所属の裏地の赤い制服を纏っている。

気持ち長い前髪から覗く深紅の瞳は、その少年の年齢に似合わないほどの達観をたたえて光る。

その瞳で周囲を見回して思う。――やっぱりちょっと雰囲気が違うな、と。

周囲を歩く生徒たちが、やけにやる気満々というか、希望に満ち溢れすぎているというか。妙に浮ついているのである。

確かに久しぶりに会う友人や新しい学舎、新しい出会い。それに心躍らせる気持ちは隼人自身は忘れて久しいがわからないことはない。『未知』というものは恐怖もあるが、それだけ心躍るものなのだから。

しかしそれは、一般の生活をしている場合だ。

学院の周囲には強固な結界が張り巡らされており、迷宮区に住まう未知の生命体――迷宮生物が侵入する恐れはないが、ここは迷宮区『サンクチュアリ』。

年間およそ2~3000人もの死者行方不明者を出し続けている、現世の地獄。

そんな死と隣り合わせの生活を、寄宿制という学院の性質上一度入学すれば卒業するまではずっと続けなければならないのだ。――悲嘆しない、恐怖しない人間は少なくないはずだ。

成り行きでここにきてしまった者。

仕方がなく、もうここにすがるしかない、後がなくなった者。――そういった者も一定数存在する。

草薙隼人もその中の一人だ。

実兄・草薙一樹が迷宮区で死んで2年。その間に重ねに重ねた借金の返済のために―言ってしまえばとばっちりだ―迷宮区へ来たのだから。

結局借金の話は嘘だったと一樹の友人でありここ聖グリエルモ学院理事長アルベルト・サリヴァンから唐突に告げられてその話は決着がついているのだが。

だから。――もう少しそういった、打ちひしがれている表情の生徒がいてもいいんじゃないか?

いや、そういう生徒がいないに越したことはない。自分がそうだったから実体験も相まって自分と同じ境遇の生徒がいないに越したことはないのだが。

それともう一つ、気がかりなのは。


じーーーーーーーーーーーーーーーーー……。


……めっちゃみられるんですけど。

それはもう世界をまたにかけるトップスターのように注目されるのである。

正直言って、衆目にされされることには隼人自身慣れてしまってはいる。

齢10歳でハーバード大学まで行って論文を発表することになった時も。

その頭脳を見込まれて『大和桜花調査団』の招集を受け、その会合の初日も。

そして。――出戻った聖グリエルモ学院で『落ちこぼれ』とレッテルを貼られた時も。

17年の人生でこれだけ注目されれば、さすがになれるし正直言って辟易とあきらめる。そういった見下しの、こちらを侮る蔑みの視線には慣れてしまった。

……慣れている、のだが。

宿舎からここまでの道のりで観察していたが、多くの視線の中にそういった意味合いの視線はないように思えた。

集まる視線には。――憧れや羨望、といった感情が多くみられる。ような気がする。

なんでだ?別に『落ちこぼれ』の肩書は返上していないつもりだし、どこをどう見ても自分はいたって平凡な見た目だ。注目されるような外見はしていないと断言する。

「……いったい何なんだ?」

ここ半年の間で見慣れた影は、別件があって今はない。

久しぶりの一人での登校に、隼人は赤銅色の髪を混ぜならぼやくのであった。


-----


「――それでは。新入生代表、林晧月(リン・コウゲツ)くん」

聖グリエルモ学院全生徒、全教員が集合する大聖堂は、全7学年5クラスと教員のすべてを合わせてもなお余裕があるように見て取れる。

天井は天を衝くかのように高くそびえ、惜しげもなく垂れさがるシャンデリアの水晶たちが陽光を浴びて燦々と輝き、さらに『大聖堂』と呼ばれる所以の、雄大にはめられた正面の聖マリアのステンドガラス。

さすが今は崩壊して半壊してしまったとはいえ、世界遺産に登録されたサン・ピエトロ大聖堂を使って再建された学舎と評価できる、新学期始まって最初のイベントである入学式――その場にいる全員の視線が、ステンドグラスの下に向けられる。

聖グリエルモ学院『特殊戦闘科』の教諭にして、ここ『大聖堂』の管理者ルーク・イグレシアスの呼び声で歩み出てきた少年は、まだ11歳という年齢のせいもあり大変小柄だ。

遠目からでも見てとれるほどに、言ってしまえばかわいそうなほどに緊張した趣で壇上に足を向ける晧月と呼ばれた少年に、ルークはそっと口を寄せる。

きっと緊張を見かねて何か声をかけたのだろう。隼人のその読みはあたりのようでルークが離れた瞬間に、晧月は力強くうなづいて壇上へ上がる。

『――今日この日、ぼくは夢だった聖グリエルモ学院に入学します』

舌足らずな演説に、自然と隼人は笑みを浮かべてしまう。同じくらいの年齢の知り合いができたからか重なってしまうし、自分にもそんな日があったのかなと。

……いや、ないな。

記憶にある限り、どこまで思い返してもあんなかわいげのある時期の自分が思い出せない。初めて演説したときもハーバード大学で演説したときも、確か自分は無表情だったはず。

半年前に同居人になったあの少年もつくづく表情金が動いているのか怪しいと思っていたが。

「人のこと言えねぇ…」

「何を一人でぶつぶつ言っているんだ?」

TPOに配慮した小声の問いかけに、隼人は深紅の双眸を声のしたほうへと向ける。

自分とは真逆の、整った外見の少年。

男性にしては珍しく伸ばされた長髪に癖は全くなく、マリンブルーという自然にはあり得ない髪色は魔法五大元素の内の『水』属性の適正地の高さをそのまま表した髪は後頭部で一つにまとめられ、背中に流されている。

いつなんと気も首元までかっちりと詰められた詰襟は、そのまま彼の正確さを表す。

そのマリンブルーの前髪の下の双眸は、今は怪訝そうに眇められた紫。

かつて隼人のことを『落ちこぼれ』と蔑み、そのあとはなんやかんやで話す機会が多くなったフランス貴族。

オリバー・L・ブルームフィールド。

同じ学年の、同じ色の制服に無を包んだ彼に嘆きが聞こえてしまったらしく、腕を組んで新入生代表の演説をBGMに問いかけてきたのだ。

「いや、こんな大勢に見られて緊張するだろうなと思って」

「あぁ。君はあの年ごろでもかわいげなく緊張なんてしなかったんだろうな」

何で知ってるんだ。

という突っ込みは飲み下し、隼人はそうだと逆に問いかける。

「夏休み、レグルスとどこに行ってたんだ?なんかルーが探してたとかって蓮に聞いたけど」

「あぁ……」

ふい、と無意識のうちに逸らされた紫に、隼人はあ、と内心苦虫をかみつぶしたような表情になる。聞いちゃいけないことだったかも。

しかし表には出していないのでオリバーには気づかれずに、代わりに。

「孤児院の今後の運営方針について、父上から話があるそうだったから連れて行っただけだ」

「……お貴族様の家に?」

「そうだが?」

世界一そりが合わなそうなタッグが二人でなんだって?

と、つい数日前にも突っ込んだ言葉をこれまた内心で突っ込む。この世で最も行きたくなかっただろうに。お気の毒に、レグルス。

「ところで聞いたか?今季から聖グリエルモ学院にも『生徒会』なるものができるようだって話」

「生徒会?」

静かに合掌していた手をほどきながら、隼人はオリバーからもたらされた新情報に眉を寄せる。そういえばこの学校、学校というにはそういった組織がなかった気がする。

大方人数が多いし、一般の学校にあてはめたら初等部から高等部まで一気に収容している学校だ。学年によってもちろん学習内容や、それこそ体格や精神年齢に大きな差が出る学院では、現実的ではないんだろうと最初の最初に切り捨てた疑問。

「いや。『生徒会』というと語弊があるか。特殊専科5クラスからそれぞれまとめ役一人を選出して、クラスごとの成果や戦果の情報を共有させるようになるらしい。最深部への道が開いたことで攻略もいよいよ本腰になるだろうし、理事長もこっちにかかりきになれないようになるからな。学院運営を分散させる形で新設されるらしい」

「へぇ、詳しいのな」

「これでも有力な貴族なのでね」

「さいですか」

さりげないお家自慢を聞き流しながら、まぁそれも一理あるなと隼人は納得する。

まぁ。自分には関係ないだろうし。

『――これからは日々死と隣り合わせの生活になるので、より一層気を引き締めて頑張りたいと思います』

とオリバーと雑談に興じていたら、演説はいつの間にか佳境を迎えたらしい。残りも少ないのか、晧月は今まで握り締めていた演説シートを折りたたみ。


『――僕も先日の『聖戦』で活躍されたハヤト・クサナギ先輩のようになれるように、今日から頑張りたいと思います!』


……………………………………………。


「――はぁっ?!」


隼人が状況をようやく判断して反射的に叫びをあげるのと、それに反応したのかはたまたずっと抑えていたのか、周囲の数多の視線が隼人に殺到したのは全くの同時だった。

ちなみに。その直前まで確かにいたはずの仏貴族は、その姿を忽然と消していた。


-----


「~~~~~~アルベルト・サリヴァンーーーーーー!!!!」

雄たけびといっても過言ではない叫びとともに、隼人は聖グリエルモ学院の中心部にして最上階に位置する理事長室の扉を勢いそのままに思いっきり開け放つ。

けたたましい音とともに入室を果たした隼人の深紅の双眸に映りこむ影は3つ。

その一つ。――雪白の少年が真っ先に目に飛び込む。


まるで絵本から飛び出してきたかのような、造形美。


真冬のしんしんと降り積もる雪のような白の髪は、オリバーとまではいかないまでも伸ばされ、一切の汚れや不純物がない。

服の上からでもわかるほどに華奢な痩躯は、しかし同居人でありここ半年の付き合いで、自分よりもはるかに強靭な力を秘めてることを知っている。

長い前髪の下の、黄金の散る瑠璃の双眸は、初めて会った時よりかは感情を豊かに表現しているように思える。

「……ハヤト?」

隼人の騒々しい入室に、瑠璃の瞳を大きく瞬きながら少年――ヴァイスは何事かと訝し気に隼人の名前を呼ぶ。

「……」

その姿に、隼人はつい先ほどまでの怒りも忘れて立ち尽くす。

目の前のヴァイスは見慣れた純白と蒼碧の『タキオン』所属を現す団服ではなく。――聖グリエルモ学院特殊専科5クラスの一つの『中遠距離戦闘科』の裏地の青の制服だったからだ。

夏休み中に開催された『学生試験調査団模擬戦闘ランキング戦』――通称ランク戦に参加するために半ば無理やり編入権利をもぎ取ったヴァイスが、新学期の今日が初登校で。制服を取りに先に宿舎を出たから、だからヴァイスの制服姿を見るのはこれが初めてで。

「……何?」

「え?あぁいや別に、」

固まってずっと見られていたヴァイスの胡乱気な問いに、隼人は慌てて視線を逸らす。

普段白い団服で慣れてしまったから、真逆の黒ベースの制服が見慣れないというか。でも似合うというか。

「見慣れない黒い服なのに以外に似合ってて、動揺してるんだよ~」

エスパーかお前。

警戒心をあらわにだんまりを決め込んで、刺すように向けた視線も意に介さないようにのんびりとヴァイスの隣からひょこりと覗く、彼と同じ黄金の散る琥珀色。

ヴァイスと同じ色彩の制服に身を包んだ、若苗色のインナーカラーが特徴的な少年だ。

まるで自分自身が空気洗浄機か何なのかと言いたくなるほどに、周囲にマイナスイオンと花を飛ばすほどに、緊張感のかけらも感じられない、自然体の隼人と同じ東洋人。

7年前。かつて自分が初めてこの迷宮区へ来た際に出会って、当時最前線を共に駆け抜けた旧友だ。

その腐れ縁の少年――九重蓮の言葉に、ヴァイスはまたぱちりと瞬き。

「そうか」

「納得するなよ。お前蓮の言葉真に受けすぎだろ」

気になり始めたのはつい最近。正確にはこの三人で日本に帰国したときからだ。

『聖戦』の後、アルベルトに進められて突発的に母国・日本へと帰国した際隼人がヴァイスの契約者だからという理由もあり同行したのだが、道中ひっきりなしに目に映るものすべてに食いついたヴァイスが、なぜか蓮の言うことには素直に聞く節が多くみられたのである。

例えば電車で移動する時も。

例えばもうお土産の買いすぎでキャリケースがパンパンになった時も。

それはもうまさに鶴の一声よろしく、まるで飼い主の言うことなら何でも聞く忠犬のようだった。

初対面の時はレグルスとあんなに敵愾心むき出しだったくせに。

しかし、ヴァイスにその自覚はないようで。

「そうかな」

「どうかな~」

本当にわからないといったように意見を仰ぐヴァイスに、まるですべてを見透かしてるけど面白いからはぐらかすように返すあいまいな蓮の回答。

「お前…、」

「っく、」

続く言葉を遮る形で、第三者のうめき声が参入する。まさに堪えていたのにもう我慢の限界だといわんばかりの吹き出し笑い。その聞き覚えのある笑いに、隼人は忘れかけていた案件を思い出し。

「……何笑ってんですか、理事長」

「いや、お前たちを見ていると本当に楽しそうだなって」

「思いっきり楽しんでいるのはあんたでしょうが」

くつくつと肩を揺らして笑う麗人を、隼人は遠慮なくにらみつける。

聖グリエルモ学院の理事を務め、迷宮区における全調査団の頂点に君臨する『多国籍最上位迷宮区調査打撃群』通称『タキオン』総団長。

アルベルト・サリヴァン。

もはや殺気といっても過言ではない隼人の一瞥も、しかしアルベルトはどこと吹く風のようにサラリと受け流す。

しばらくしてようやく落ち着いたのか、一度大きくため息をしてから佇まいを正し。

「いやはや笑った。それで、何か御用かな」

「御用かなじゃない。あんたはそれを知ってるだろ」

「私には何のことだかさっぱりだなハヤト先輩」

「やっぱりあんたじゃないか!」

とんだ茶番とはまさにこのことだと、隼人は怒り任せに彼の腰かけるデスクの天板に自身の手のひらを思いっきりたたきつける。

「やっぱり俺が帰国してた時に仕込みやがったな」

「おや、敬語はどうしたんだね」

「あんたなんかに必要あるもんか」

兄の友人だし年上だし理事長だし総団長だからと今までなんやかんや敬語で接していたがもう知らん。

問うたアルベルト本人はしかしとりとめて気にしている様子もなく、おやおやと軽く首を振るだけ。

「まぁこれも必要なことだったんだよハヤト。そのために私はこうして涙を飲んでだね」

「そういう三文芝居はいいから」

「え~ん親友の弟が冷たい」

冷たくする原因を作っているのはそもそもあんただろうが。

という意味合いを含んでにらみつけ、アルベルトはようやく話を聞く気になったようで、華美なデスクで腕を組む。

「いやなに、必要なことだというのは本当だよ。先の『聖戦』の影響で、迷宮区全体も少なくない打撃を受けたのはハヤトも知っているだろう」


――『聖戦』。


来る聖グリエルモ学院の夏休み。『学生試験調査団模擬戦闘ランキング戦』の決勝戦にそれは起こった。

2年前の迷宮区最深部攻略時の悲劇。その真相を暴かんとして強襲を仕掛けた米国の秘密組織【ノアズアーク】の手によって開かれた『聖櫃』の内側に隠されていた存在。

『リリス』。

生ある人間を殺し自身の遺伝子細胞を組み込むことで新たな生命体『リリン』を生成し、無限増殖と疑似的な不死を実現した原初の女。

35年前の『ノストラダムスの大予言』時の迷宮区発生よりも甚大な被害が予想され、事実攻略に当たっていた調査員及び貧民街に住まう住民の約6000人を闇に葬った、災害。

迷宮区に当時組織されていた全調査団、および聖グリエルモ学院の高等科全生徒を投入された『リリス』の討伐は、多くの犠牲者を出しながらも辛くも達成された。

その裏の立役者の隼人も、もちろん最前線で討伐作戦に参加していたのだから、それは知っている。

しかし。――その爪痕はやはり大きなものだった。

「『聖戦』の際に行方不明となってしまったものの捜索に崩壊した建物や施設の再建。何よりも。――全世界にとうとう『迷宮区』の脅威がそのまま報道されてしまった」

幼いころから『迷宮区』という場所に深い縁を持つ隼人らは忘れがちになってしまうが。――そもそも『迷宮区』の全世界の一般人への開示は今まで行われていなかったのだ。

『突然。なんの前振れもなくヴァチカン市国が消失し、そこに凶暴な化け物が住む空間が発生しました』――なんて、とてもではないが言えたものではない。

世間一般向けへは『施設老朽化と思われる崩落により封鎖。及び調査につき立入禁止』という緊急的措置をもって周知していたが。

【ノアズアーク】のLIVE映像によって、それはもう隠しきれない事実となってしまったのだ。

アルベルトが『聖戦』後世界各国をめぐっていたのも、聖グリエルモ学院の新学期開始が遅れたのも、すべてはそのせいだった。

「それに伴って学院の存在も明るみになってしまって、しかもあんな災害が出た後だ。もちろん入学希望者なんてこない」

「まぁそれはそうでしょうね」

自分だって用事がなければこんなところごめんだ。

と、頭半分でぼやいて、残り半分でアルベルトの真意を理解する。伊達に『軍神』なんて呼ばれていない。というか最初から薄々感じていたから、隼人にとってこれはただの答え合わせ。

「だからイメージアップに俺を使ったと」

「おめでとう」

ぱちぱち。何がおめでとうだこの野郎。

と内心ということをいいことに(十中八九ばれてはいるが)罵倒の嵐を浴びせ、さらに青筋を浮かべながら続ける。

「でも俺なんかイメージアップに使っても意味ないんじゃ?『落ちこぼれ』なんだから」

「だからいいんじゃないか」

わかってないなと言いたげに、アルベルトは顔の前でちっちっと指を振り、それをなぜか肯定するように視界の端でうなずくヴァイス。

「なんのとりえもない『落ちこぼれ』だと思っていた少年が、死力を尽くして大試練を突破する。まさに物語の主人公じゃないか」

あぁ。なるほどな……。

いかんせん漫画や小説などの娯楽を卒業して久しい隼人だが、なるほど理解した。

確かにそのどんでん返しは。――新入生代表の挨拶をしていた晧月くらいの年齢の子供があこがれるには十分すぎる。

しかも。下手に真実が混じっているのがたちが悪い。

自分でも自称しているように、隼人が『落ちこぼれ』だということはみんな知っているし。

『リリス』を実際に討伐したのは隣に立つヴァイスなのだが、そこまでの道筋を考えたのも自分。

更には。

「俺を突入前にみんなの前に立たせたのもこのためだったのか……」

呻くようなつぶやきに、アルベルトは当然と言いたげに鼻を鳴らす。

『リリス』討伐突入直前のLINE演説に、丸め込まれて連れ出されて、だから演説をしていたアルベルトの背後に隣の雪白の少年と、薄桃色の少年に混じって隼人が控えていたのは全世界の人間の知るところ。

つまりこの男は、もしかしたら全人類が滅びるかもしれない瀬戸際のあの時から、こうなるよう仕向けていたということになる。

「死ぬかもしれないって時まで先のことかよ……」

「上に立つ者として当然のことだよ。それと、」

一度言葉を切り、アルベルトは身を乗り出す。その整った相貌にはすでに見慣れてしまった意地の悪い笑み。

「お前が出張ってきているのに、死ぬなんてことあり得ないからね」

「腹立つ」

「まぁまいいじゃないか。これで『落ちこぼれ』の汚名も晴らせたし、何より人気者だぞ?」

「あんた俺がどういう風に生きたいか知ってますよね」

じと、と睨んでも目の前の麗人は素知らぬ顔でにまにまと。

「あぁそれと。耳には入っていると思うけど、」

「ハイハイわかりましたつまり『近接歩兵科』は俺ってことですよね」

「頭がいい人間だと話が早くて助かるね」

やっぱりか。

「なんの話ですか?」

「ん?あぁ。今後私も学院にいられる時間が少なくなるからね。学院運営を生徒たちにも少々手助けしてもらおうと思って、特殊専科5クラスから一人ずつ代表を選出して監督させてみようかと思ってね。今後は彼らと連携して学院運営体制を整えようかと」

状況が分かっていない蓮の問いに、アルベルトはさらりと返答する。小首をかしげているヴァイスを見るあたり、どうやらこの情報はまだ生徒たちや『タキオン』内にも周知されていないようだ。


「それでハヤトには、記念すべき最初の『近接歩兵科』の監督生になってもらうってことさ」


あぁ。こんなにうれしくない知らせがあるだろうか、と。アルベルトの話を遠くに聞きながら、隼人は新学期早々遠ざかってしまった平穏を憂うのだった。

とりあえずグルだっただろう、あのフランス貴族をシメよう。

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