0.成年者陰謀論(序)
予告通りに第四話、そして今回更新分から第二部スタートです!と言っても四話は本当にライト回にするつもりで、間の閑話休題みたいな感じなので、二部の前のちょっとした休憩と思って頂けますと幸いです!
「――それで。やるべきことは間に合っているのか」
聖グリエルモ学院の中心部。尖塔の先の最上階に位置する理事長室は、普段であれば遮蔽物の一切ない立地をフルに生かして全方位からの陽光を惜しみなくその室内へと取り込むが、今は遮光カーテンに遮られてその光は届かない。
その真っ暗な執務室の内側に、動く影は2人分。
そのうちの一人。この暗闇の中でもいかんなくその豪奢美を発揮するデスクに腰かけていた影は、身を乗り出すようにして姿勢を直す。
「えぇ。問題なく。伊達に大貴族の看板を背負ってはいないよ」
その問いかけに答えたのは、そのデスクの前に立つ華奢な出で立ちの青年だ。
暗闇の中でも炯々と輝くシトリンの双眸は、同じかそれ以上に獰猛に煌めく翡翠のそれを緊張することもなく見返す。
そう。獰猛に。
それは肉食獣がか弱き餌を狩る前のように。言い換えれば。――飛び切りのいたずらを仕掛ける前のような。
青年の答えに満足したのか、デスクに腰かけていた影は、ほの暗い空間で唯一の光源のように隙間から差し込む光で輝くオフゴールドの髪をなびかせながら、これまた獰猛に笑う。
「『聖戦』の一件もあって一時はどうなるかと思ったが。蓋を開けてみればなんの心配もなかったな」
「最初から心配なんてしていないでしょう」
青年の問いには答えずに、オフゴールドの麗人は鼻を鳴らすことで肯定する。
「彼。――ハヤト・クサナギは少々活躍しすぎたからね」
ハヤト・クサナギ。
ここ聖グリエルモ学院に昨年度半ばから編入した東洋人の少年。
魔法適正は最低値、戦争という概念が薄れて久しい島国で平和に育ち、戦闘能力も中の下。
その評価を意に介さない飄々とした態度から、聖徒間でつけられたあだ名は『落ちこぼれ』。
しかしその実態は、齢10歳の時にはすでにハーバード大学の教授たちもうならせるほどの頭脳を持ち、かつて当時の最前線を駆け上った『大和桜花調査団』の陰の立役者。
二年前まで『タキオン』の所属していた彼の兄・カズキの意思を継いで、何物も浄化せしめる聖火の神刀『天之尾羽張』の継承者でもある。
彼自身は7年前の調査団壊滅を機に迷宮区からは去っていたが。
先の『聖戦』において、35年前の『大予言』以上の災害、原初の女『リリス』の討伐をもって。――『軍神』は再臨した。
彼の活躍は最前線で作戦に参加していた『タキオン』所属調査員を含め、多くの調査員、生徒たちに知れていることだ。
その華々しい功績の裏腹に。――彼の活躍を快く思わないものだって存在するのが世の常。
迷宮区における全調査団の頂点、それを束ねる総団長としてもそれは至極当然。
爆発する前に。――対応しなければならない。
『聖戦』後、各国を回りながら目の前の青年、かつて自分に貴族の身分を与えるのに一役買い、2年前に命を落とした前副団長の弟であり、現『タキオン』副団長、アーサー・アンダーソンに指示を飛ばし、裏工作の準備を進めさせた。
そしてその準備が今日この日、聖グリエルモ学院新学期開始に間に合わせることができた。
つまり。――スケープゴート。
これが笑わずにいられるものか、と。麗人は口の端を吊り上げる。
「ハヤトには悪いが。――これもこの迷宮区の平穏を守るためだ」
『タキオン』総団長にして聖グリエルモ学院の理事長も勤め上げる敏腕。――アルベルト・サリヴァンは、アーサ―とともに意地汚い、獰猛な笑いを室内に響かせるのであった。
……その二人を、身じろぎ一つしないで眺める影が一つある。
その影は最低限の動き、最低限の呼吸しかしないために、この暗闇においてはこの二人以外に認知されることは難しいだろう。
その影がふ、と。遮光カーテンの隙間に視線を向ける。
遥か眼下には予定よりも約3週間ほど遅れての初登校日で、少年少女たちがそれぞれの感情を浮かべながら正門への道のりを急いでいる姿が見える。
その中に、先ほど議題に上がっていた少年と同じ風貌の影(というより本人なのだが)を見止めて。
ここ数週間にも及ぶ激務でストレスマッハな二人である。それも、いくら迷宮区を束ねる頂点だの学院を運営するトップだの完璧超人だの色々言われているが、まだ20代前半の遊んでいてもおかしくない年齢の。
だから最近はわずかな時間を見つけては議題の少年に感化されたのか知らないが時代劇にハマっていて、2人揃って影響を受けまくって時代遅れに楽しんでいるのだが。
――だからといって。ただ彼をダシに使って学院や迷宮区の印象操作をしていることを、わざわざ遮光カーテンまで閉めてなんだかよく分からない悪徳業者の取引みたいに三文芝居風にやり取りすること無いだろうに、と。影――ダンゾウは夕暮色の双眸を同情の眼差しで眇めた。