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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
番外:聖徒たちの日常
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その2.徒然日本旅行記

珍しくかわいいヴァイスと、まんまとはめられるお父さん(隼人)とすべてをなんとなく察してるお母さん(蓮)の一コマをお楽しみくださいませ

「……まさかこんなに早く帰ってこられるとは」

郷愁の感情の一切感じられないつぶやきを、約半年ぶりに降り立った地面を踏みしめながら草薙隼人は呆然と口にした。


-----


「――何が目的ですか?」

9月に差し掛かろうとも、依然として猛威を振るう夏の陽光が差し込む聖グリエルモ学院最上階に位置する理事長室。

予定していた夏季休暇期間は過ぎ去ってはいるものの、先の『聖戦』の事後処理などで手続きや後始末に追われ現在再開の目途が不明瞭なため、生徒たちの活気は今はない。

そんな理事長室は約半月以上ぶりに帰った主を迎え、山積みになっている書類の先の翡翠の双眸を隼人は深紅のそれで見返しながら。

「そんな邪険にしないでおくれよ、ハヤト」

「今更どの口が言いますか。この半年であんたの評価はダダ下がりです」

「お兄さんの親友に向かってなんて評価だ」

「あのバカ兄の友人だからですよ」

自身の兄である草薙一樹が作ったとされる借金のせいで、この迷宮区に隼人が舞い戻ったのが半年前。

その間自分なりに死に物狂いで金を稼ぎ、何度か死にかけながらもつつましくいち生徒として生活してきたのだが、そもそもその借金話からガセだったと聞かされたのが数日前のこと。

しかもこの男。心底憐憫のまなざしで、笑いながら暴露しやがった。

よって、兄の葬式の時の『バカ兄の知り合い』という評価から『信用してはならない詐欺師』と、隼人は遠慮なしに評価を最底辺にまで叩き落したのであった。

『聖戦』終結直後から世界各地のメディアにひっきりなしに追い掛け回され、さらに各国を周回し事情の説明や保障などの周知活動を行っていた自称一樹の親友である『タキオン』総団長様は。

「世界一周をしてきた家族の友人にねぎらいの一言もないなんて…。私は悲しいよ」

よよよとわざとらしすぎるウソ泣きをするものなので。

「それで、目的は何でしょうか」

普段よりも割り増して冷え切った、淡白な言葉をお返しする。

返されたアルベルトはあ~お兄さん悲しいな~と一人むなしくつぶやくと、豪奢な造りのデスクの上で組まれた手の甲に顎をのせて。

「何、今回お前たちの活躍は本当に目覚ましいものだった。お前たちがいなければ今のこの平穏はなかったのだから、少しくらいのご褒美があってもいいのではないかと思っただけさ」

隼人の留年をかけ、臨時的に結成された学生試験調査団『ケリュケイオン』は、試験調査団という枠でありながら『聖戦』において本隊直下に編成され、最前線で戦った。

もともと『軍神』の隼人の頭脳ありきで編成されただけではあったが、『死神』と恐れられるヴァイスの活躍はもちろんのこと、その他3人の学生の功績も無視はできない。

未成年ということもありメディアへの露出は控えているが。――ここ迷宮区『サンクチュアリ』ではちょっとした有名人になってしまったのである。

道端のさえない雑草のようにつつましく、平穏に暮らしたいを思っているはずなのに、どうしてこうも人生はうまくいかないものなのか。と、隼人は内心ものすごく萎えているのである。

閑話休題。

その話を聞きながら、どうしてこのメンツなのか若干納得したなと隼人は左右を窺う。

アルベルトの言葉通り、ここには隼人以外にも呼びつけられた生徒が二人並んで立っている。

その中の一人。濡れ羽色の頭髪の下に若苗色のインナーカラーの昔なじみの少年も、同じように得心がいったようで。

「それで俺も呼ばれたんですね~」

ぽわぽわと緊張感のかけらもない声音で、にこやかに蓮は笑う。

「お前たち、どうせ日本へは帰っていないんだろう?せっかく長期休み中なんだから親御さんに顔でも見せに行ってきなさい」

「あぁ、俺は別に親に認知されていないので」

「私が浅はかだった発言には気を付けよう」

変わらずにこやかにえげつないことを言い放った蓮に、アルベルトは手のひらで顔を隠しながら撤回する。

アルベルトが他人に対しこのような態度をとることはかなりレアなのだが、それほどまでに今の蓮の笑みには底知れないどす黒さがにじみ出ていた。俺も気を付けよう。

意図せず地雷を踏みぬいてしまって微妙な雰囲気になってしまった空気を、アルベルトはどことなく居心地悪そうに咳ばらいをひとつ。

「それはそれとして。異国の地よりやはり自分たちの国のほうが心が休まるだろう」

「別にどこでも同じじゃありませんか?」

「冷静を取り繕っていても、心は知らぬ間に疲弊しているものだよ」

それを言うならあんたのほうこそ疲れてるだろ、とも思うのだが、この麗人は聞く耳を持たないだろう。

「しばらく羽でも伸ばしてきたまえ」

「といってもな」

同意を求めるように蓮を見ると、彼も同じことを思ったようで困ったように苦笑する。

もともと自分たちがいた国に戻ったところで、今更何をすればいいのだろうか。

と、考えたところでふと気づく。普段から寡黙な隣人が、そういえばさっきから一言も発していないことを。

「ヴァイス?」

「……何っ」

……反応が若干遅れたし、なんだか声が弾んでいないか?

と訝しげにのぞき込むと。

「……楽しそうだなおい」

「そ、そんなことはない…っ」

絶対そんなことあるだろ。

と言いたいくらいには、黄金の散る瑠璃の双眸を今まで見たことがないほどに輝かせながら。

普段はこちらが心配になるほどに表情筋が動かない人形のような少年は、隼人と同じ外見年齢に不釣り合いなほどに今は隠しきれない浮ついた表情で浮足立っていて。

無意味なことはしない麗人のことだ。蓮と自分のメンツにヴァイスも加えたとなればその先は『軍神』じゃなくてもわかる。

どこか相手を嵌める詐欺師のような、陰のある笑みをにこりと浮かべて。

「というわけで。ついでに子守もよろしく頼むよ、飼い主様」


-----


「子守、ねぇ…」

降り立つは懐かしきかな。ちっぽけな島国の中心、大都会東京。複数ある国際空港の一つ、成田国際空港のロビー。

詳細に言えば隼人も蓮も東京生まれというわけでも住んだこともなく、関西の本家出身の蓮に至っては早々来る場所でもなかっただろう場所なので、この場所にはなんの懐かしみもないのだが。

日本という国に帰っていた。――という夢心地な実感だけが宙を漂う中。

「…………」

初めての迷宮区以外の外の世界。初めての海外。

それだけのことで、あの鉄面皮な少年は嬉しそうに瑠璃の双眸を輝かして。

「まだ空港内なんだから、何も楽しいこともないだろうに……」

その視線を追いかけると、見慣れた電光掲示板が次の発着便の羅列を機械的に吐き出しているだけで。

往路13時間の長旅であったが、ここまでの道中も終始こんな感じでずっと浮足立って歩くヴァイスを連れ歩くのは、確かに子守と称しても差し支えないだろうと思う。

17歳の隼人だが、なんだか父親ってこんな気分なんだろうか、と長い空の旅も相まってすでに宿に帰って休みたい。

しかし子供(ヴァイス)はそうでもなく。

そわそわそわそわそわそわ。

首輪がなければ今すぐにでもどっか行ってしまいそうなほどには大分落ち着きがなく、せわしなく周囲を見回している。

……そんなお上りさんのような仕草をしていれば、誰だって振り返ってしまうのは世の必定であるからに。

少し距離は空いているが、三人を取り囲むようにして人だかりができてしまうのに、そう時間もかからないのも必然で。

三人(厳密にいえば多分見られているのはヴァイスだけ)は入国した有名人よろしく、帰国早々見世物にされてしまっているのも、隼人が早く宿に帰りたいと思っている理由の一つでもある。

まぁそれも仕方ないよな、とは思う。

自然にはあり得ない雪白の髪にその下の、深海の深さを想起させる瑠璃の双眸。それが収まる顔は陶器のように滑らかで不純物の一切ない造形美。

そんな絵でかいたような美形が3Dで歩いていれば、性別や年齢なんて関係なしに誰だって一度は振り返る。

「時間もそんなにないんだし、早く行こうよ」

他人事のようにそう一人で分析している隼人の横を、見透かしたような含みのある笑顔で蓮は通り抜けて。

「じゃあまずどこから行こうか。といってもそんなに滞在日数ないから遠くへは行けないと思うんだけど」

背後からの声掛けにヴァイスは楽し気に振り返る。アルベルトからの呼出し後からせっせと情報収集に明け暮れていた彼は目を輝かせて。

「スクランブル交差点!」

「「そんなところ行ってどうするんだよ」」

声をそろえての現地人の突っ込みに、ヴァイスは「え?」と二人の否定の意味が分からず手に持ったままの観光案内本に視線を落とす。

その様子を横目に見ながら。

「『ケリュケイオン』の褒美だっていうけど、オリバーとレグルスはいないんだな」

そのあたりの売店でさっき買っていた、最近流行りのタピオカミルクティーを飲みながら蓮は小首をかしげて。

「レグルスくんはオリバーと一緒らしいよ。リュカオンくんが探してたから」

「……」

世界一仲が合わなそうなコンビが二人でなんだって?

まぁ休暇中まであの二人の動向まで一切合切把握するのも野暮だし、そもそもそこまで深入りするのもどうかと思ったのでそれ以上は聞かないことにする。

何もないことを陰ながら祈ろう。

とまぁ。こんなところでいつまでも立ち話をしているのではさすがに勿体ない。

ちなみに帰国してきた隼人と蓮だが、自主的には家に帰るつもりはない。隼人は茨城、蓮は奈良に実家がそれぞれあって帰るのにも距離があるのももちろんだが、何も言わずに突然帰っても迷惑だろうし特に理由もない。

ホテルもこの帰国に関しての旅費はすべてアルベルトもちで、日数は一週間もないけどそれでも戻ってくる気のなかった隼人にとっては十分すぎる旅行期間。

それに。――あんなに楽し気にしているヴァイスは初めて見る。

隼人は脇に置いていたキャリ―ケースを引きずって、いまだにうんうんと悩むヴァイスの隣に並び立つと。

「とりあえず、お前の好きなところに行けるところまで付き合うよ」

「……ありがとう」

無意識のうちに出た普段より柔らかな隼人の声音で、ようやく自分が浮足立っていたことに気づいたヴァイスが若干恥ずかしがりながらはにかんで。

とりあえず。時計を見てこれから移動するのも面倒だなと、ヴァイスの希望も考慮して東京をぶらついてみよう。

そうして学生らしく他愛のない話をしながら、三人は短くも当てのない休暇を夢想して、成田空港のエントランスを楽し気に抜けるのであった。



……ちなみに。

ここまでの道中で「俺、完全に邪魔じゃないかなぁ」とか「そういう熱視線送るから誤解されるんだよ」とか。

この状況で一番俯瞰的に母親のような気分で旅行を楽しんでいるのは蓮であって。

今は旅行で本人自身知らない間に浮ついてしまって忘れてしまった、隼人の最初の懸念が実は的中しているんだろうなと。


あの麗人の裏工作の予兆を、この2年間でまがいなりにも秘密工作員として活動していた蓮一人だけが、この時点で察していた。

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