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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.3(下):救世の祈り
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8-3.死神様の切り札(ジョーカー)

時間は数分前に遡る。


攻略作戦第一段階【ロンギヌスの槍】。その完遂の報告を受けた攻略本隊【オベリスク】および直衛護衛部隊【アイギス】の混成部隊は苦戦を強いられていた。

「いやだいやだいやだいやだいやだいやだ死にたくない死にたくない死にたくないっあ”」

「ねぇ私の足知らない?!私の足いぃぃぃいいい」

目的地である迷宮区第660階層から逆流してくる『リリン』の数は混成部隊の優に倍に膨れ上がり、明確に人間だけを狙うようになった『リリン』の対処に、精鋭中の精鋭である調査員たちも逃げ惑うことしか出来ないでいる。

目の前で肩から腕を引きちぎられる姿。

内臓をぶちまける姿。

頭が破裂する姿。

この階層の地面はまだ土の色をしていたはずなのに、数分のうちにあふれかえった血潮で赤黒く染まりきっている。

完全に常軌を逸した光景に、誰もがわれを失うのは当然の理。

「いやだ・・・こんなところで俺はまだ・・・っ?!」

壁際に追い詰められ、調査員の一人は意味のない嘆願をうわ言のように繰り返す。しかし言葉の通じない『リリン』相手には意味をなさず、ケタケタと気味の悪い笑みを繰り返しながら無邪気に『リリン』は腕を振り上げて。


――その間を割って入るように、隼人は黒刀を振り下ろす。


その刀は過たず『リリン』の腕を両断する。巨木のように膨張した的程度、『落ちこぼれ』と呼ばれる隼人だがさすがにはずさない。

不意を疲れた隼人の斬撃に、わずかに『リリン』が怯む。その間隙を突くように返す刃で『リリン』の身体を袈裟斬りに切り裂く。だが。

「――ち、」

隼人が繰り出した斬撃よりも、『リリン』が半歩後ずさる方が速かった。結果として攻撃自体は当てられたものの、傷自体は致命傷からは外れてしまっている。

蒼い血潮が舞う中、しかし隼人の斬撃を避けたことから生じる笑みを『リリン』は無邪気ゆえの邪悪に染め上げ、まだ体勢が整いきらない隼人に向かって再び振り下ろされる腕。


瞬間。振り上げられた腕の断面から緋色の炎が逆巻く。


その焔は瞬く間に『リリン』の全身を飲み込むと、薪をくべた火のように爆発的に燃え上がる。甲高い『リリン』の声ごと燃やし尽くさんばかりに炎は燃え盛ると、やがて全てを飲み込み大気に消える。

たった一欠片のチリすら遺さない浄化の『聖火』。その名残の火の粉を隼人は掬って握る。

せめて、その魂だけは健やかに――。

「なんだ『落ちこぼれ』。苦戦するのを期待していたのに」

喧騒の中でもす、と耳に入るテノールはアルベルトのものとは違って皮肉の色が濃い。その声に隼人は面をあげると、想像通りのマリンブルーの紗幕。

「『聖火』の力は使えなかったんじゃなかったのか?」

「蓮に言われて練習したんだよ。お前のその高そうな剣へし折ってやるためにな」

「ほほぅなるほど後で覚えておけよ」

軽口を叩きながら群がる『リリン』を確実に屠るあたり、流石成績優秀者。

と、恨めしい気持ちしかないジト目でオリバーを見ながら。

「そういうお前こそ、よくバッサバッサ斬ってくな。抵抗とか少しは無いのかよ」

「人の形を斬るのは初めてではないんでね」

皮肉に皮肉を返したつもりだったが、とんでもない地雷を踏み抜いた。冗談にもなっていない。

自分でもわかるくらいに強ばった表情で、なんとか口だけは動かす。

「……悪い。不謹慎だった」

「……」

その謝罪には返さず、オリバーはただ見下すように鼻で笑う。そんな些事をいちいち気にかけるな、と言いたげに。

そんなことよりも。

「ここからどうする。このままでは3分で辿り着くのは無理だ」

オリバーの言葉に周囲を見回す。あちこちで激突する音と、それの倍以上もの悲鳴と怒号。――流石の精鋭たちも、こう混乱してしまっては正気に戻すのは難しい。それが大隊規模ともなれば尚更だ。

先程まで共に戦っていた味方が、次の瞬間には敵となって向かってくる。

――言ってしまえば、これはただの人間同士の殺し合いだ。

今でさえ被害は少ないが、それもこの混乱では時間の問題だろう。

しかしこんな所で時間を食う訳にも行かない。ここを突破しなければ、せっかく前段階を遂行した蓮とヴァイスに顔向けができない。

それを裏付けるように、インカムから今は遠い地上からの無線が入る。

『お義父さん、【ナヴィガトリア】が押されています。このままでは全滅します』

『……チッ、』

無線越しの舌打ちは、普段の彼からは想像しずらいほどに咄嗟に出てしまったものだろう。それほどまでにアルベルトとしてもこの状況は押し戻せないほどに切迫している。

普段であればルークの次元跳躍魔法を使用するが、今彼は別の術式を編むことに集中してもらわねばならない。

『大地よ、我々の道行きを拓け――!』

突如として無線に乱入した詠唱と同時。まとまって『リリン』の排除に当たっていた攻略本隊を取り囲むようにして、地面から壁がせりあがる。

かと思いきや大きな音を立て、トンネルのようなドーム状の一本の道が形成される。

目指す最深部660階層へ向かって伸びる架け橋のような。

『ここは【アイギス】が押さえます。【オベリスク】は先へ』

『まずは確実に戦力の排除を――』

『作戦完遂が最優先です。団長が一番理解しているでしょう』

直衛護衛部隊【アイギス】大隊長ジョージの鋭い返答に、わずかにアルベルトが口をつぐむ。ジョージの言う通り彼の言うことがこの場では最適解だと、アルベルトも理解しているからだ。

つまり。――この場は【アイギス】に全てを託して、先に進むこと。

『これが我々の任務です。隊員もみな理解しています』

喧騒とは裏腹に、インカム越しの空気はしん、と冷え、誰かの歯がきしむ音が、その中で嫌に響く。

『後は頼みますよ。――アルベルト』

短い決別の言葉を最後に、無線が切られる。無線でやり取りしていたアルベルトとそれを聞いていた隼人以外は何が起こっているのかわからず、動揺が走る。

アルベルトは静かに通信を切る。一瞬深くうつ向いていたが、すぐに面を上げる。

一瞬だけ見えた悲嘆にくれた表情は、今はもう見る影もなく泰然と。

「この場は【アイギス】に託す。――【オベリスク】はこのまま進撃を続行する!」

あまたの屍を越えて、攻略本隊は進撃を開始する。


-----


「随分好き勝手やってくれた。この代償は高くつくぞ。――有象無象共」

その言葉を皮切りに、【オベリスク】の精鋭たちは地面をけり上げる。

あるものは真っ逆さまに眼下に向け身を躍らせ、『リリン』の迎撃を。

またあるものは目の前にそびえる摩天楼のような巨大な『リリス』に剣を突き立てる。

その表情は誰もが怒りに染まり、腹いせのように剣閃に容赦情けは一切ない。

時折響く雷鳴と散る紫電を深紅の双眸に映しながら。

「……こえぇ~」

何とか壁伝いに地面に降り立ちながら、隼人は半目でその逆鱗を見上げる。よほど業を煮やしているらしい。

すでにオリバーとレグルスは軽い身のこなしで降り立っており、隼人の到着とともに数時間越しに【ケリュケイオン】全員が集合したことになる。

「無事か蓮、ヴァイス」

「問題な、」

「はい団長~この人さっきまで死にかけでした~」

かぶせるように言い募った蓮を明確な殺気を伴なった眼光でにらみつけるあたり、どうやら本当だろう。

隼人は辟易と肩をすくめて。

「何かあったんなら正直に言えよ。隠してもしょうがないだろ」

「「「「だからお前が言うな」」」」

「はぁっ?!」

4人が4人とも普段の言葉遣いさえも押し殺した完全なハモリに、窮地も忘れて声を上げる。

「一番隠すのハヤト先輩でしょ」

「そして一番死にかけるのもクサナギだな」

「一年もしないうちにこんなに死にかけた人間は初めて見る」

「どいつもこいつも好き勝手言いやがって…っ」

逆に言えばそこまでの窮地に立たされていようとも、死んでいないのだからすごい。のだがこの場においては誰一人としてそのことを言及する者はいなかった。

「みんなすごいね~、この短期間でここまで隼人のことを見抜いているね」

うんうんと引率の教師よろしくうなずく蓮はまぁ、と続ける。

「7年前からそこは一切変わっていないので、みんな異変を感じたら知らせてね」

「「「は~い」」」」

「おい!修学旅行じゃねぇぞ?!」

「そうだな。ランク戦上位チームは随分と余裕があるようだ」

「ひっ」

弛緩しまくった団体旅行生を一瞬にして引き締める鶴の一声。冷徹に凍てついた声音に振り向くと、そこには想像通りの麗人が立っている。

アルベルトはそれ以上は追求せず。

「それでどうするか、『軍神』」

意見を乞う声には、嘆願の色が濃い。それもこの光景を見れば致し方ないかと隼人もアルベルトと同じ方向を見上げながら。

「これをどう攻略する」

目の前では攻略本隊の大隊人数が総出で『リリス』を攻撃している。

あるものは岩をも砕かんばかりの斬撃を。

またあるものは肉体などたやすく貫通する砲撃を。

またあるものは持ちうるすべての魔力を結集させた魔法を。

それぞれの攻撃は入り乱れ、第二次世界大戦の大空襲を思わせる破壊をまき散らす。だが。

『うふふふhhhhhhhhあはははhhhhhhhhhhh♪楽しイな楽シイなっこんなにオオゼイで遊ぶノはワタシ初めて!』

『リリス』はその巨大な体を身じろぐと、周囲に群がる『リリン』や瓦礫もろともに尾を振るう。まさに台風の中心にいるかのような暴風に、周囲を取り囲んでいた【オベリスク】【ナヴィガトリア】両部隊は後退を余儀なくされる。

比較的距離をとっていた隼人たちにもその余波は及び、腕で顔を覆い舞い上がる砂塵から最低限身を守る。

吹きすさぶ砂塵の向こう。――そびえたつ巨体には先ほどまでも猛攻の痕跡は微塵も見て取ることはできない。

作戦には一応組み込んでいたが。

「さすが神の力、というべきか」

『リリス』の周囲360°どこを攻めてもはねのけられる、難攻不落の見えない鉄壁。その効力は『軍神』の異名を持つ天才の推測を超えた。

これだけの物量を叩き込めば、わずかな綻びであろうともそこからねじ込めると思っていたが。

「――殺しきれると思うか」

涼やかなアルベルトの声は、いやに静まり返った戦場に一石を投じるかのように波紋する。【ケリュケイオン】のメンバーはもちろん、一時退避した【オベリスク】【ナヴィガトリア】のメンバーも注視するなか、隼人は口を開きかける。

「……泣いてるんだ。さっきから」

だが、先に言葉を発したのは隼人ではなくヴァイスだった。全員の視線が集まる中心で白い少年はうつむきながら。

「ずっと泣いてるんだ。『リリス』が、あの子が」

その言葉の本当の意味を理解できるものは、この場には誰一人としていないだろう。目の前の『リリス』は今もなお哄笑し、地を這う虫けらの生き様を愉しんでいる。

――黄金が輝く瑠璃の瞳には、何か別のものが見えているのだろうか。

いつもの淡白で端的な彼らしくなく、か細い声でヴァイスは言いよどみながら。

「だから、その、」


「――この期に及んでふざけてるの?」


言いよどむヴァイスにかぶせるように声が上がる。ヴァイスが跳ねるように顔を上げた先には。

「今更そんなこと言ってる余裕あるの?随分ないいいようじゃない?」

身の丈以上の大鎌をレグルスは地面にたたきつける。怒りと甘えを許さない白銀の双眸が憤怒に燃え盛る。

ヴァイスの真正面に立ったレグルスは、逃げる瑠璃の瞳を射止めるように見上げながら。

「泣いてる?悲しんでる?だから何だっていうのさ。こいつのせいで今まで何人が犠牲になってきたかわかってる?今だけじゃない。2年前のあの日も、あんたが知らないわけないよね」

幼いゆえの純粋な辛辣。それはレグルス一人のものではなくここに集まる全員の総意だろう。現にレグルスの言い分に賛同するかのように集まった調査員たちがどよめく。

「あいつはみんなを殺した、それもたくさん。あんたの恩人だって、」

レグルスは一瞬だけためらうように言いよどみ。しかしすぐに思いのたけを言い放つ。


「――カズキだって、殺したじゃないか!」


愛しい誰かを。

大切な友人を、家族を。

この怪物は、いともたやすくごみを捨てるかのように蹂躙しなぶって殺した。

『泣いている』からどうしたというのか。

それで許されると思っているのか。

死んだ人間は、二度と戻っては来ないというのに――。

行き場のない怒りや悲しみは、誰の胸の内にもある。だからこそ調査員たちはレグルスの意見に賛同し、真逆にヴァイスに向けられる忌避の視線。

それを肌で感じながら。

「――レグルス」

静謐な呼び声に、レグルスは隼人を一瞥する。普段これでもかとべったり張り付いてくる彼を見ているからか、その視線は一段と涼やかに感じられる。

「なんですかハヤト先輩。いくらハヤト先輩だからって、オレの意見は変わりませんよ」

「今は内輪もめしている場合じゃないだろ。まずはあの結界をどう突破するか、それが問題だ」

獲物を捕らえる肉食獣のような刺さる視線を、隼人は努めて同じように見返す。それでも引きそうに無いレグルスに。

「団長命令だ」

歩み寄って、自分の腹の半ばまでしかない高さにある薄桃色の頭をかき混ぜる。

今この場においてヴァイスの発言は、周囲の人間の士気を下げるものに他ならなかった。

誰もが怒りを押し殺して、大切な誰かを殺されながらそれでも戦場に立ち続けるものたちにとって、それは非に油を注ぐようなものだ。

場合によっては隼人の言葉通り内部崩壊してしまうこの局面において、レグルスはあえて自ら泥をかぶったのだ。

それをいわず、しかしわかっていると伝える為に、隼人はなだめるように軽く頭をたたいて。

「・・・・・・わかりました」

真意を見抜かれたことに、気恥ずかしい気持ちを隠すようにうつむくレグルスをひとまず好きにさせてやる。

「ひとまずここで終わるわけにはいかない。『リリン』足止めと『リリス』への攻撃を続行しろ」

アルベルトの一声で、止まっていた周囲に集まっていた調査員たちも各々戦線に復帰する。

その様子を横目に確認しながら。

「ヴァイス」

名前を呼ばれた少年は小さく身を震わせると、怖々といったように面を上げる。自分の軽率な発言をしたことに多少負い目を感じるように。

それでも俺は、最初から決めている。


「俺が必ずお前をあそこに連れて行く。だから。――そこから先はお前の意見を尊重する」


何があっても、何を選択しようとも。それだけはここに来ることを決めた時に自分自身に結んだ約束事。

誰もが彼を責めようとも。

世界から非難されようとも。

――自分を肯定してくれた彼を、決して裏切らないことを。

瑠璃の視線はまっすぐに。言われたことをかみ締めるようにゆっくり瞬いて、やがてわかる人にしかわからないほどにささやかな笑みを浮かべる。

・・・・・・とは言ったものの。

「問題は依然としてあるんだよなぁ・・・」

辟易と肩を落としながら、隼人は天高くそびえる摩天楼の先を見上げる。いまだ降り注ぐ少女の嘲笑は、こちらの杞憂など気にしてはいないだろう。

先ほどのアルベルトの雷撃によってうがたれた空白にも、再び押し寄せる『リリン』の群れ。それを各々対処しながら。

「ルーク。あのまま結果以内へは飛ばせないのか?」

第1級調査員の肩書きを持ちながら非戦闘員であるルークは、作戦開始時からべったりとアルベルトにくっついて回っている。アルベルトからの打診なのだが、いわく「遠くにいられたら手が滑ってうっかり殺してしまいそうだから」という素敵な理由。

もっとも安全なのは確かだが、こう見えて最前線に立ちたがる戦闘狂。――もっとも危険な場所だった。

そんなアルベルトの背後から、ずり落ちた眼鏡を直しながら。

「無茶言わないでくださいよ。ただでさえ異次元に飛ばすとか無茶言われてるのに、あんな魔力場の安定しない空間内を飛ばすなんてあほですか」

「お前・・・だいぶ遠慮がなくなってきたね」

たまりにたまった鬱憤の腹いせだろうか。確かに普段からのへっぴり腰な彼のイメージとかかけ離れた毒舌に、たまらずあきれ口調になるアルベルト。

「【天羽々斬】の結界は『水』属性ですから、いくら物量で押しても意味はあまり無いかも知れません」

苦々しく口にする蓮の表情も翳っている。なまじ【天羽々斬】の性能を知ってしまっているからこそ、アルベルトやヴァイスにもその懸念は伝播する。

視認できない不可視の結界。流動し固定の形を持たないが故の鉄壁の守り。

『固定の形を持たない』――?

「おーいお貴族様ぁ~」

「ここには貴族は山ほどいるが?」

「答えたってことはお前だよ」

言った瞬間に今まさに『結晶核』を砕かれた『リリン』の巨体が投げつけられるのを読んで回避(スルー)。投げつけた本人は額に青筋を浮かべながら。

「軽口たたいていると私が貴様をたたっ切るぞ」

「お前、あれ氷漬けにするのにどれくらい時間掛かる?」

反論や皮肉を返されると思っていたのか、オリバーは隼人の指に導かれるかのように『あれ』を見上げる。普通に会社ビル10階はあろうかというほどの、『リリス』の巨体。

問われた真意がわからなかったのか、オリバーは愚直に答えてしまう。

「・・・・・・まぁ、詠唱に専念できるなら2,3分・・・・・・?」

「よしそれだやってみよう今すぐやろう」

「なぁ?!」

いつもの眉目秀麗な表情は消えうせ、オリバーは驚ききった愕然とした表情で隼人を見返す。普段の高飛車な口調もすっ飛んだ。

「何を言い始めるんだ貴様はっ」

「『水』属性の魔法なら『氷』魔法で凍らせしまえば固形になるだろ?」

バーンと殴るジェスチャーで、隼人が言わんとしていることがようやく理解できたのか、オリバーは悄然と顔を剣の持っていない左手で覆い隠し。

「・・・・・・本気で言っているのか・・・・・・?」

「こんな場面でふざけても意味無いだろ。出来ることはやってみる」

「~~何度か手を貸しているせいで勘違いしているようだから今一度言っておく」

改まったオリバーの言葉に隼人は「なによ」と胡乱げな視線を向ける。戦場でかち合う深紅と紫の双眸。

「私は一応身分を隠してこの学院にきているんだ。なぜだか知っているな」

「まぁ。お家柄だろ?」

オリバー・ロングヴィル・ブルームフィールド。その名を『L』と表記し隠しているのは、彼が貴族間の悪行や怠惰を取り締まり、必要とあれば始末する。――『処刑人』の家業を隠すためだ。

その家名は畏怖と敬意をもって語られ、貴族の間ではかなりの高名なその肩書きを。

「その責務はおおっぴらに出来るものじゃないんだ。私が魔法を使ってみろ、一発で身分がばれるだろうが!」

「そんなこと気にしなくても良いんじゃないかな」

珍しく声を荒げるオリバーの口論に水を指すように参入してくる大貴族。

アーサーは場にそぐわない和やかな口調で、間逆に目の前の『リリン』をばったばったと切り刻みながら。

「目撃者の記憶なんてすぐに消せるから」

「「・・・・・・」」

にこりを微笑む相貌とは裏腹に、そのシトリンの双眸だけは深夜の明かりの無いトンネルのようなほの暗い闇を垣間見て、オリバーと提案した隼人でさえも同時にまったく同じことを考えた。

――こいつだけは何が何でも怒らせたらいけないな、と。

その笑顔の重圧にオリバーは彼にしては珍しく、随分長く、それはこの戦場において「致命的では?」程にたっぷりと時間をかけて。

「〜〜あ〜〜もうどうとでもなれ!利子は高くつくぞ『落ちこぼれ』!!」

叫ぶオリバーは半泣きだった。

以前春先の一件で家族総出で絞られたと言っていたが、よほど恐ろしいものらしいなと隼人は心の中で合掌。

「だがそんな大技1回限りしか使えないぞ」

「1回あればなんとかなるだろ。なぁヴァイス」

「まだだ」

一段落したところにまた新たな異常の予感に半分呆れながら背後を振り向くと、瑠璃に浮かぶ黄金を煌々と輝かせながら。

「『リリス』の魂の色が不明瞭なんだ」

「と言うと?」

「ハヤトも言っていただろう。『リリン』は『リリス』の子供。つまり魂を分けた分身だと」

「ということは……」

『リリン』を全滅させなければ、『リリス』の魂もひとつに絞ることが出来ないということで。

この惨状と今も尚インカム越しに飛び交う怒号からしても。――『リリン』を全滅されられるほどの戦力も時間も、あまり残されてはいないだろう。

心臓の内側に広がっているであろう異空間を破壊するには、心臓の位置を正確に捉え、時空を飛ばなければならない。

結界の破壊に、さらに強固であろう心臓への一撃。

ここまで条件を揃えられて。――まだ足りないのか。

俺はまた、あと一歩のところで間違えたのか――?

「出し惜しみをしている場合じゃないぞ、『死神』」

いつの間にか前線に出ていたアルベルトは涼やかに言い放ちながら崖上から飛び降りる。純白の団服は『リリン』の血液によって蒼く斑に染まっているが、血赤色がない所を見ると流石は唯一特級資格を持つ調査員といったところか。

と、普段であれば妬ましく思う隼人だが、生憎と今は別の興味で頭がいっぱいで。

「まだ出し惜しみしてるものがあるんですか?」

「そういえばハヤトには『死神』のルーツは喋っていなかったね」

「ルーツって。……迷宮生物並に戦闘能力高くて、一撃で核を破壊するからでしょう?」

「それもあるが、真の理由は別にある」

いまいち話の見えないアルベルトの飄々とした切り返しに、深紅の双眸を眇める。

隼人のそんな苛立ちを察してか、普段はもう少し勿体ぶって答えをためるアルベルトは口を開く。

「古来より。蒼い瞳を持つものには、その眼光でひと睨みするだけで相手を呪い、死に至らしめる力を持つと伝承されてきた。魔女が持つ特徴とされてきたそれは人間の感覚の延長ではなく、世界に干渉する魔法の目、『魔眼』と呼ばれる代物となった」

「……蒼い瞳」

なんか嫌な予感がしてきたぞ、と。そう思ってヴァイスに視線を向けると、首を振ってあからさまに逃げられる。

が、アルベルトのご高尚は止まらない。

隼人のその表情から、隼人がその答えにたどり着いたことにアルベルトは皮肉めいた笑みを称えて。


「『魂の色彩を知覚する』なんてものはほんの力の断片だ。『対象の寿命を決定し、その死を浮かび上がらせる』。――それが『死神』の『魔眼』だ」

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