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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.1:落ちこぼれと死神
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2-1.それぞれの理由

ただでさえ音の響く軍靴を苛立ちに鳴らし、オリバーは医務室への道を歩く。

彼が腹を立てている理由は勿論、昼間の一件だ。

『能ある鷹は爪を隠す』――あの落ちこぼれにまんまと出し抜かれた事が、その上庇われた事が、さらに彼を苛立たせた。

オリバーは決して人の才能を認めない訳では無い。驚嘆に値すればきちんと賞賛できる人間だ。

だが、今回の一件に関してだけは。

『アルベルト・サリヴァンの前であの醜態…っ!』

多くの調査員の羨望の的。『タキオン』総団長アルベルト・サリヴァン。オリバーにとっても憧れの人物だ。

寄りにも撚って、あの方の前で――!!

どこをどう見ても逆恨みなのだが、その事に気づかないくらいには荒れている。一言言ってやらねば気が収まらない。

午後の講義が始まってすぐのこの時間であれば、まだ医務室に居るはずだ。

「そこの学生。随分とお急ぎのようですが、如何なさいました?」

ふと、物陰から声をかけられオリバーは歩みを止める。

純白の外套を纏っているおかげで判別は容易だ。しかし気配を消している訳では無いのに、その物陰にまるで解けるかのような存在の希薄さに、オリバーは柳眉を潜ませる。

「…『タキオン』所属の上位調査員である貴女の気に病むことではありません、Miss.」

「貴方のその感情の晴らし方、教えて差し上げましょうか?」

いきなりそ真を着いた問に、オリバーは思わず口を噤む。

声をかけた、フードを目深に被った人物は物陰からするりと抜け出すと、オリバーの前に音もなく立ち、何かを握らせる。

「ストレスはすぐに解消することをお勧めします。特にこのような非日常の内では」

「…っこれは、」

開いた手のひらには、先程落ちこぼれの親指にはまっていた赤の指輪。

「もう一つ、貴方の為になる情報を。お聞きになりますか?」

これは悪魔の甘言だ、と瞬時に悟る。指輪を突き返し、耳には蓋をしそうそうにこの場を離れるのが正しい行いだとオリバーは理解している。――しかし、人は何時だって闇に堕ちるのは一瞬だ。

オリバーは指輪を強く握りしめ、醜く口の端を吊り上げる。

「…勿論ですとも、Miss.」

高貴な獣は、醜悪へと堕ちる。


*****


最終講義の終了を知らせる鐘が、聖グリエルモ学院高等科の学舎内に響き渡る。

学業に拘束されていた生徒達は皆気だるげな、それでいて和やかな雰囲気で帰り支度をする中、隼人は素早く荷物を片付け、一番乗りに講義室を後にした。

「何処へ行く」

講義室の出口を出たところで声をかけられた隼人は、早足出歩いていたためつんのめりながらも足を止める。

「…エリート様かよ」

露骨にゲンナリ、とした表情で隼人はヴァイスを見返す。

「昼間と言いなんだよ、お前暇なの?授業は?」

「大学卒業までの資格は持っている」

「流石エリート様」

そう言えば、こいつの学生服姿見たことないな、と思いつつ皮肉を返す。流石は弱冠17歳にして『タキオン』戦闘調査員として第一線に身を置くだけの事はある。

自分には、絶対にたどり着くことはないだろう景色を、こいつは何度も目撃しているのだろう。

「それで、何処へ行くんだ」

「授業が終わったんだから帰るに決まってんだろ」

「そっちは寄宿舎とは真逆だ」

ヴァイスの正論にうぐ、と隼人は言葉を詰まらせる。

隼人の所属する近接戦闘科の講義室を出て右手、そちらには迷宮区の入口しかなく、寝食を過ごす寄宿舎はヴァイスの言う通り真逆に位置している。

「あ"ーも"ー!何処だっていいだろ、エリート様は庶民の動向がそんなに気になるんですか!?」

ぐしゃぐしゃと赤銅色の髪をかき混ぜながら、隼人は嫌味をぶつける。

昼間の彼の様子からして、ここまで言われて黙ってないだろさぁこいギッタンギッタンに言い返してやる、と喧嘩腰にヴァイスからの返答を待つが、返って来たのは予想外の言葉。

「…すまない」

ヴァイスの予想斜め上を行く謝罪に、隼人は目を見開く。

視線の先には、やはり無表情に近い造形美。しかしその瞳は僅かに伏せられ、隼人を見てはいない。

というか、こいつさっきから。

「…お前、何落ち込んでるんだ?」

隼人の言葉に、弾かれたようにヴァイスは顔を上げる。かち合う瑠璃の瞳は、何を言われたのかまるで分からないと言いたげに丸く開かれている。

「落ち込んでる…?」

「そんなにわかり易くしょぼくれてりゃ、誰が見てもわかるだろ」

「わかりやすい…」

言われた言葉をそのまま反復する様は、まるで子供が覚えたての言葉を覚えるかのようだ。隼人に指摘された言葉と自分の現状が噛み合わないのか、ヴァイスはこてん、と首を傾げた。

なんとも居心地の悪い、と隼人は深く溜息をすると、仕方が無いと最初の問に答えてやることにする。

「…金稼ぎだよ。迷宮区のものは豆粒サイズの聖石でも換金出来るからな。雀の涙でもないよりマシだろ」


-----


思い出したくもない、半年前。

「…借金?」

豪雪地域では無いためにそれほど積もってはいない雪が、それでもまだ溶けるには時間を要する季節。

マフラーの下の吐息を白く染めつつ、隼人は帰宅直後玄関口で呟いた。

「あぁ。あの野郎一丁前にこさえてやがったらしい」

ほとほと困った、といった表情で隼人の男前すぎる実母・咲苗は問に答える。

「らしいって。なんで今更そんな話出てくるんだよ。兄貴が死んで2年も経ってんだぞ」

「方々から催促が来て発覚したそうだ」

2年もたった後に催促にくる怠惰な金取りがいるものか。

「それで、いくらあるんだよ」

「そうだねぁ、戦闘機は買えるんじゃない?」

「馬鹿かよ」

咲苗の過大評価は無視して、ひとまずは冗談にならないくらいの金額はありそうだ。とここまで思案し隼人は早々に嫌な予感を感じ取る。

「ところで隼人。お前手っ取り早く金を稼ぐ方法を知っているか?」

「地道に真面目に働く」

不正解ナンセンス!」

テンション高いなこの巨乳。

びしりとさされた咲苗の指先を反射的に見ながら、隼人はうんざりと考えた。

「…迷宮区に潜ることだろ」

「なんだ分かるじゃないか私の可愛い息子。という訳で、いっちょ行ってきてくれ」

「なんで俺!?」

ほらきた。嫌な予感は考えた時点で起こりうる確率が飛躍的に上がってしまう。だから巨乳を見て紛らわせていたのに。

咲苗の無慈悲な言葉に、しかし隼人は負けじと反論する。

「兄貴の借金なら兄貴が返せよ」

「死人がどうやって金を返すって言うのさ」

「…じゃあ保護者である母さんと父さんは」

「時嗣さんは神社の宮司の仕事があるし、私はそのサポートをしないといけないでしょ?お前暇そうだしいいじゃん」

「暇じゃねえ」

だいたい宮司の仕事って縁側で茶を飲むことか、と続く言葉は1枚の航空チケットによって遮られた。

「残念でした。既に諸々の手続きは済んでおります」

「な、有無を言わさず!?」

「ちなみにあと半日後の出発便だから、即移動」

「ふざけんな誰があんな場所二度といくk」

隼人の最後と言葉は、咲苗の豊満な胸と腕に挟まれ意識とともに途切れた。

ぼんやりと、「お前こそ、いつまであんな場所に囚われてるんだ」という呟きが、聞こえた気もするが。


-----


嫌なことを思い出してしまった、と隼人は小さく舌打ちをこぼす。

ヴァイスも聞こえてはなかったのかはたまた聞こえないふりをしたのか、その事に言及させず話を進める。

「それが、君が迷宮区へ行く理由か?」

「そうだよ。誰かさんの借金をさっさと返してこんな所からおさらばすんだよ」

はた、と気づく。そう言えば。

「じゃあ、お前はなんで迷宮区へ潜るんだ?」

問われた瞬間、目の前の少年は息を詰まらせる。しかし自身の手のひらを見ていた隼人はその事に気づかない。

「俺みたいに金目当てじゃないだろ?一級調査員ともなれば賃金も貰ってるだろうし。かと言ってお前は地位とか外聞とか気にしなそうだし」

「…それは、」

言いたくなさそうに、絞り出すように呟いたヴァイスに、しまったと隼人は己の愚行に気づく。

そんなこと、特にこいつみたいなエリートの迷宮区へ潜る理由なんて、どうでもいいはずなのに。

尚も言葉を続けようとするヴァイスを遮る形で、隼人は踵を返し肩越しに手を振る。

「あー、まぁエリート様のことだからさぞ高尚な理由をお持ちなんでしょうねってことで」

「まて」

じゃ、と1人迷宮区への道を歩き始めるが、またもヴァイスに引き止められる。

「…まだ何か」

「効率よく金を稼ぐには、より下層へ行った方がいい」

ヴァイスの言う通り、採掘される聖石や遺物、怪物の毛皮や牙等といった迷宮区のアイテムは、下層に行けば行くほど希少価値が上がり金になる。それは同時に死亡率も跳ね上がるということだが。

「俺に死ねと?」

「だから、おれも手伝ってやると言っている」

どの辺が?という問いよりも、ヴァイスの提案に隼人は驚愕に振り向く。

昼間の死神と同一人物か、こいつ?

隼人の無言の問いかけに、居心地悪そうにヴァイスは目を逸らす。

「…昼間はおれのせいで迷惑をかけた。…迷惑かけたらその分返せと教わったから」

ちらり、と視線を向けるのは昼間怪我を負った右腕だ。あの後アルベルトに勧められた(というか強制された)通りに医務室へ行き、その傷はもう跡形もなく消え去っているが、一応最低でも一日は安静にと言われたその右腕。

たまにはいい事言うんだな、と素直に関心の言葉を返そうと開きかけた口は、続く言葉で中断した。

「契約者にこう頻繁に死なれても、面倒だから」

…どうしてこう、気位の高い人間というものは余計な一言が多いのか。と思わずには居られない隼人だった。

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