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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.1:落ちこぼれと死神
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1-3.怠惰な落ちこぼれ

迷宮区『サンクチュアリ』の調査員には特例として様々な権限が与えられている。火器や武器などの危険物の携帯もその一つだ。

調査員の雛鳥である聖グリエルモ学院生徒らにもそれは適応され、学園生活において剣帯に差し込まれた刀剣や拳銃嚢ホルスターに納められた拳銃は日常風景である。

武器を携帯する理由は言わずもがな。

ひとつ。普段から危険な生物が跋扈する迷宮区を職場とする調査員は、一何時戦闘状態に陥るか分からないということ。

そしてもうひとつ。それは球技部員は常にボールを持って手にボールを慣れさせるかの如く、学院生徒もまた常に得物を持つことで、手足のように凶器を振るえるようにするためである。


*****


室内では狭い上に備品を壊しかねない、とオリバーに連れてこられたのは、聖グリエルモ学院高等部中央広場だ。

ロの字型の校舎のちょうど内側に位置するそこは、普段であれば木々の間からさす陽光と小鳥の囀りが程よく耳を打ち、ひと時の平和を享受できる穴場スポットなのである。

その、隼人の憩いの場にて。

「さぁ刀を取れ落ちこぼれ」

一触即発。先程と同じように長剣の切っ先を隼人へ向け、オリバーは促す。

もっとも、先程のように憤怒の表情ではなく余裕の笑みを取り戻していた。余程大勢の前で弱者の事実上私刑を楽しめるのが嬉しいと見える。

周囲には先程のオリバーの啖呵を聞きつけた生徒たちが2人を取り囲むようにして集まっており、広場に入りきれない生徒たちは建物内の窓から思い思いの野次を飛ばしている。

『瞬時に戦闘態勢へ移行できるよう、常に心がけよ』――聖グリエルモ学院はその神聖な名称と裏腹に、生徒間の私闘を制限していない。

寄宿制の学園において、年頃の青少年が大人数集まっている時点でこういう事態は避けられようもなく、神聖もくそもないのだが。

閑話休題。

弱者(隼人)を逃がすつもりは周囲のガヤもないようだ。隙間なく周りを固める生徒たちを見遣り、さらに隼人は辟易とする。

ちなみに、このような事態に陥った原因である当の死神様は、学院の豪奢な支柱に背中を預け早々に高見の見物を決め込んでいた。

「もっとも、貴様ごときがその刀を使いこなせるとも思えないが?」

一言余計なんだよな。という無粋は隼人は犯さない。代わりに。

「この時間食いっぱぐれると、午後の授業に差し支えるんじゃないか?」

「心配はいらない、後で使いのものに軽食を持ってこさせるよう手配してある」

遠回しな隼人の苦情もオリバーには届かない。というかその軽食、自分の分だけだろう。

ここまで来たら腹を括るしかない。隼人は覚悟を決めるようにより一層深いため息を零すと、右腰に佩いた刀の柄に手を添える。

沙羅り、と引き抜くは漆黒の刀身。

隼人の実家であるとある神社に古くから――神代の時代から祀られている、正真正銘の神刀。

「それが、天之尾羽張か」

どこまでも漆黒で、それでいて透明感のある神秘的な刀身を見て、流石のオリバーも感嘆の声を上げる。

日本神話において、炎神カグツチを斬ったとされる神刀。しかし隼人にとってはただの重荷。

いくら神代の力を宿していると言っても、使いこなせなければただの棒キレだ。

「再起不能な怪我を負わせるのはナシ。意識消失や手から武器が離れた場合、相手からの降参があったら終了だ。文句は無いだろ」

「勿論。最初から降参、なんて最高につまらないことはしないと信じるよ」

生徒間の私闘は受けた側がルール決定権を有する。オリバーの嫌味を含め了承が取れたところで、隼人はポケットからコインを取り出す。

誰が始めたのか、私闘の開始はコインが地面を叩く音と決まっている。

右手の親指にコインを乗せ、一息置いて弾きあげる。


――何回転か空中で回転したあと、キンっという高めの金属音が地面を叩く。


直後。隼人の右こめかみを白銀が掠め、赤銅色の髪数本と一筋の鮮血が空を舞う。

本来であれば深々とこめかみを切り込んだであろうその一閃は、しかし首を左へ大きく振ることで隼人は軽傷に収める。

『くそっ、データより速いな…っ!?』

第二撃を回避するために大きく後ろへ飛びずさりながら、隼人は計算を上方修正する。

オリバー・ブルームフィールド。この聖グリエルモ学院の出資者ブルームフィールド家の正式な後継者であり、古くはフランスに根ざした貴族階級。歴史上に表立って活躍することはなく、しかし静かにその地位を狙ってきた様は、まさに獲物を待ち続けた肉食獣のそれ。

――聖歴において、ついに表舞台に立つことになった。

長剣の長いリーチに加え、自身の手足の長さをも合わさった、近接戦では長く広範囲の間合いで繰り出される由緒正しき帝王剣術。

それはまるで、『貴族の義務ノブレス・オブリージュ』を体現するかの如く傲慢でいて、高潔な太刀筋だ。

「避けるか。まぁ初撃でやられてしまってもそれはそれで興醒めだったが」

「…そりゃどうも」

余裕の笑みを浮かべ、長剣を垂直に構え直すオリバーの言葉を、隼人は嘘つけ、と内心悪態をつく。

『きっちり殺すつもりだったくせに』

隼人の提示したルールは『再起不能な怪我は負わせないこと』。つまり――治療不可能な怪我でなければ、重症を負わせも良い、という解釈もできる。

ここ聖グリエルモ学院は、迷宮区『サンクチュアリ』調査の最前線。学生以外の調査員の詰所でもあり総本山であるその場所には最前線医療・設備が整っており、さらには迷宮区でのみ採掘される魔力を帯びた聖石による魔術医療も発達している。

よって――脳髄破壊や生命維持における最重要の内臓器官の破損レベルでない限り、治療回復は可能なのである。

その意味を正しく理解した上でのオリバーの剣閃である。なるほど彼は嫌がらせに関しては悪魔的な頭脳をお持ちのようだ。

さて、と改めて隼人は思案する。――如何に怪我を負わず、なおかつこのお坊ちゃんに気分よく勝ってもらうための戦略を。

ふと、目の前の青髪の美丈夫は言う。

「それにしてもターナー、彼には失望した。せっかく僕が直々に誘いにかけてやったというのに、こんな落ちこぼれの肩を持とうとは」

瞬間、隼人の気配がピンと張り詰めたが、オリバーは知って知らずか言葉を続ける。

「己の出世を棒に振るい、挙句なんの成果をあげることなく野垂れ死ぬなんて。所詮彼も同じ穴の狢、同じ無能だったということか」

急速に、隼人の中で心が凍っていくのが自分自身でもわかった。

セオに関して、隼人は好意を抱いてはいなかった。正確には抱かないようにしていた。

頭もよく人柄も良く、お人好しで優しくて、人望が厚い人物だった。剣術に関しては確かに目の前のボンクラと比べたら引けをとるが、それを十分に補う機転と冴え。

そんな奴に気にかけて貰えたら、誰であっても――たとえ凍らせていた心でも、開いてしまうのは当然だ。

決してあいつの為じゃない。誰があんなお人好し――だが。

決めた。

「…お前、人を乗せるのが本当に上手いな」

自分でも驚く程に柔らかな声音に、隼人はようやく己が同じ過ちを繰り返していたことに気付かされる。もう二度と、大切な存在は作らないって決めていたのに。

これまでの負けてやるために組み立てた戦術を、隼人はなんの感慨もなく破り捨てた。


「その鼻っ柱、へし折ってやるよ」

――殺してやる。


言い終えたと同時。隼人割る勢いで地面を蹴ると、一直線にオリバーへと突っ込んでいく。

やはり馬鹿だなこの男、とオリバーは内心罵倒する。こんな易い挑発に乗ってくるなんて。

オリバーは正面に構えていた長剣を水平に構えると、突くような姿勢で待ち構える。

ただ殺してはつまらない。二度と軽口を叩けぬよう生きたまま眼球を抉りだし、直接その目に刻みつけてやろう。

恐怖を。

その長身を低くかまえ、バカ正直に向かってくる隼人へ向けて、腰に溜めた力をバネのようにしならせ一気に解放する。

その、寸分違わずに繰り出されたオリバーの渾身の一撃は。

直後、踏み出した左足に全体重を傾けることで隼人は回避する。

「なっ――!?」

オリバーの驚愕の呻き声も抉られた右上腕部の痛みも、隼人は高速回転する己の思考へと全身を集中させて気づかない。

零地点まで弐――壱――今。

本人には目もくれず、回避されたことで空を切った長剣のちょうど中間点。最も脆いとされるその一点目掛け、隼人は手にした神刀を垂直に振り下ろす。――その漆黒の刀身が、淡く緋色に染まっていた事にも気づかずに。


「――盛り上がっているね、学生諸君」


張り上げた訳でもないのに、その鶯舌は周囲の喧騒の中で響き渡る。

その声に自然、誰もが動きを止め声の主へと向き直る。戦闘中であった隼人とオリバーさえも。

オリバーよりも長いオフゴールドの癖のある長髪は無造作に、それでいて下品ではないように一つに束ねられ、午後の風に揺れている。

その下、翡翠色の瞳は今は寂寞の色を滲ませ懐かしげに学舎をぐるりと見上げていた。

「私も学生時代を思い出すよ」

慈愛に満ちた微笑みを向ける青年は、その瞳を真っ直ぐ隼人へと向けた。

「私の学院は気に入ってもらえているかな?ハヤト」

「…これは、大変失礼致しました『タキオン』総団長――アルベルト・サリヴァン殿」

手にした刀を納刀し姿勢を正すと、どことなく慣れたように青年――アルベルトへと隼人は儀礼的に敬礼をおくる。

そんな隼人の姿を見て、ようやく正気に戻ったかのように集まった全学生は同じように敬礼を捧ぐ。

「今は『タキオン』の団長としてではなく、この学院の理事長として立っている。気を楽にして欲しい」

軽く手を振りながらそういうアルベルトは、確かに普段一団を束ねる長としての顔ではなく、大勢の学生の前に立つにふさわしい朗らかな表情を浮かべている。

大衆の注目の中、アルベルトはついに隼人の前に立つ。そして。

「カズキの葬儀以来だね、ハヤトっ。あの頃は15だったか?大きくなったな~!!」

「~~~やめてくださいっ、こんな注目の中で!?」

「大切な親友の大切な弟を可愛がって何か問題が?」

「身分ってもんを知らないんですか…」

あと単純に恥ずかしい。

そう言いながら隼人は近所のお兄さんよろしく盛大にバグをしてきたアルベルトを無理やり引き剥がすと、反抗期な弟に対していじける兄のような表情でアルベルトは口を尖らせる。

「昔はあんなに懐いていたのに…」

「一体どこの世界線の話をしてらっしゃるんですか貴方様は」

おいおいと嘘泣きで場を茶化すアルベルトをみて、その場にいる全員は唖然とその光景を見やる。――これがあの特級調査員資格を持つ、『タキオン』総団長なのか、と。

全8段階ある調査員資格の第1位。唯一の特級調査員資格保持者アルベルト・サリヴァン。その美しい外見とは裏腹に戦闘能力は鬼神と揶揄され、同時にその頭脳は何千人単位の指揮管制が可能だ。伊達に『打撃群』と銘を打つ一団の長を務めるだけのことはある。

そんな、羨望の存在が。

「相変わらずつれないねお前は。久しぶりに会ったんだから愛想笑いのひとつくらいしてくれてもいいじゃないか」

左右の人差し指通しをつんつんと合わせ、しょんぼりと肩を落とす様は、ただのブラコン。

そんなアルベルトをまるきり無視し、隼人は話の先を催促する。

「ご多忙の御身が、まさかこんな茶番のために来たわけではないでしょうね」

「いや、お前の顔を見に来たのも本当だよ?でもまぁ無論だ。――ヴァイス、おいで」

ここで『YES』と言っていたら鉄拳を遠慮なく食らわせてやるところだったが、隼人の察しの通りアルベルトがここへ来た主題は別にあった。

来た時同様張ることの無い声だったが、通った声は正しく本人へと届いたであろう。ヴァイスは仕方なしに、しかし流麗な動作で預けていた支柱から背を浮かす。

ヴァイスがこちらへ来る途中。

「しかし思わぬ収穫もあった。お前が刀を振るう場面を見られるとは。今みたいに私も昔よくカズキとじゃれたものだ」

先程の『私刑』を『じゃれ合い』ですます当たり、流石は迷宮区最前線を職場とする調査員と言ったところか。

「そこの君も。良い腕をしているね」

「は、はいっ!光栄の極みでありますっ」

今まで彫刻のように目の前の茶番を見ていたオリバーは、突然の名指しに声を裏返しながらも返答する。

「これに魔法も組み合わせれば、戦術の幅もさらに広がるだろう。それ故に――惜しい」

朗らかな表情は一瞬にして反転する。

その鋭い眼光に怯みながらも、しかしオリバーは気丈にも問返す。

「それは、どういうことでしょうか」

「君は『闘い方』は知っていても、『勝利の仕方』は知らないということだ」

アルベルトはそう言うとおもむろに左腰に佩いていた豪奢な剣を引き抜く。

「君の剣、貸して貰えるかな」

代わりにアルベルト自身の剣をオリバーに手渡す。怪訝そうに手渡された剣を見るが、ジェスチャーで伝えられた通りに手渡された剣を水平に構える。

「刀剣、特にこういった剣や刀は垂直方向と真横からの力には脆い。このように――」

鋭い呼気と共に振り下ろされた長剣は、吸い込まれるように中間点を捉え――真っ二つに叩き折った。

折られた半分の刀身はクルクルと宙を舞うと、少し離れた石畳に甲高い音を立てて突き刺さる。

武器破壊――それは、文字通り相手の武器を破壊し戦意を喪失させる、『勝利法』の一つである。しかし。


「君に、これが狙って出来るかね?」

『その鼻っ柱、へし折ってやるよ』


隼人の言葉の意味を、真の意味で理解した。瞬間、オリバーの顔から一気に血の気が引く。

「なにも折らなくても…」

「実演した方が早いだろう?」

「これ一本で一体幾らになるのか」

「これは予備だから、問題ないよ」

「そういう意味じゃなく」

目の前で繰り広げられる問答も、オリバーの耳には入らない。

この落ちこぼれも、自分同様に殺しに来ていたのだ。――自身の得物である長剣を叩き折ることで、剣士としての『プライド』を。

そんなオリバーをちらりと見遣り、隼人は肩をすくめる。

「…買い被りですよ」

「ほう?」

「魔法適正は最低値、刀だってしっかり学んで半年、技能評価もFランクの最底辺。そんな落ちこぼれにこんな芸当ができると本気でお思いで?」

学院の理事長なら知っているだろう。『落ちこぼれ』に相応しく、へらへらと自身の評価を披露する隼人に、アルベルトは柳眉をひそませる。

「…では、そういうことにしておこう」

アルベルトの一言に、隼人は軽い礼で返答する。

――怠惰だね、お前は。あとに続いた悲嘆の言葉は、聞こえないふりをして。

アルベルトが手に持っていた長剣をオリバーへ返却すると同時、ヴァイスがその隣へ到着する。

「さて、昨日はヴァイスが世話になったようだ」

ようやく本題か。と隼人は小さくため息を零すと改めて姿勢を正す。

「成り行きとはいえ彼と『契約』をさせるような事態になってしまったこと、ここに謝罪させて頂こく。しかし彼は『タキオン』においても最重要戦力だ。返還を申し出たい」

返還もなにも、自分は望んでこんな仏教面と契約した訳では無い。というか二度と接点を持ちたくないはやくお持ち帰りください。

隼人のそんな内心を知ってか知らずか、アルベルトはニヤリと口の端を吊り上げる。――悪巧みを思いついたとばかりに、底意地の悪い笑み。


「しかし気が変わった。しばらくの間、ヴァイスは君に預けよう」


――言われた意味が、よく分からない。なんだって?『預ける?』

「はぁ!?」

大衆の面前、合わせて上官の前だということもすっぽ抜け、隼人は素の声で叫ぶ。

「何でそうなる?!んですか…!?」

「『気分』」

「それは本気で仰られてるんですか…?」

発言の最中にようやく気づいたように語尾を改める隼人だったが、しかし動揺までは隠せない。

「君の親指の『制御装置』、外すのに少し時間が必要でね。君だって親指を切断してまで外そうとは思わないだろう?まぁ準備が整うまで待っておくれ」

「そんな取ってつけたような理由でっ」

おい、お前んとこの団長こんなこと言ってんぞ!?と不本意ながらも当事者であるヴァイスへ抗議の眼差しを向けるが、すぐに認識を改める。――ものすごく据わった目をしていたからだ。

『こうなってはどうにもならない』――彼の瑠璃色の瞳は無我の境地に至っていた。

ダメだこりゃ。

それに、と目の前のアルベルトは意地の悪い表情のまま続ける。

「君の借金返済の一助になると思うのだけれど?」

その一言に、隼人はあからさまに顔をしかめる。この注目の中言って欲しくはなかった、こんな所に来る羽目になったしょうもない理由。

それをわかった上での発言だろう。ようやく押し黙った隼人の不満げな表情を『了承』と得て、アルベルトは軽く手を叩き合わせる。

「さ、そろそろ午後の講義の時間だ、皆教室へ戻りなさい。それとハヤトはちゃんと医務室へ行くように。今なら『タキオン』所属の一級治療師がいるから痕も残らないよ」

「…別にこのくらい、問題ありません」

思い出した途端に激痛が走るが、素直に頷く気になれず隼人は素っ気ない返答を返す。

そんな隼人の右腕を掴み、アルベルトはそのまま軽く捻りあげる。

「い…っ!」

「はい痛いって言った~、強がっちゃって男の子だね~」

「小学生か!?」

アルベルトの華奢な腕を捻られた腕を思い切り振って払う。わざと痛く捻りやがった、マジ泣きそう。

「今後の活動にも響く。お前は――ここにいる全員、私の可愛い後輩だからね、心身ともに常に気をつけるように」

ちなみに治療費は借金に上乗せしておくからね。アルベルトはちゃっかりそう言い残し、白い死神を引き連れて学舎へと歩を進める。

それが合図とばかりに集まった学生は皆、慌ただしく各々の学習の場へと移動を開始する。

そんな喧騒の中、未だにショックから立ち直れないオリバーに声をかけるべきか一瞬考え、しかしそうはせずに隼人は医務室へと足を向けた。


情けをかけられた事を知れた今、隼人の言葉は全て、オリバー自身を貶すものに聞こえてしまうだろうから。


*****


理事長室への道中。2人分の軍靴のみが響く石畳の廊下にて。

「…借金て、なんの」

「それは、お前が一番よく知っているんじゃないか?」

アルベルトの冷めた一言で、ヴァイスは疑問の全てを察し、その薄い唇を噛む。

「いつもは強引に契約破棄させようとするお前が、大人しい理由がよくわかったよ」

空々と笑うアルベルトを他所に、ヴァイスは努めて自然な声音で提案する。

「…その借金、おれに移して欲しい」

「ならばお前の知っていることを全て彼に話すことだ」

間を開けずに返された返答に、ヴァイスは罰が悪そうに口を噤む。

アルベルトはそんなヴァイスの、『死神』だなんて仰々しい異名で呼ばれている少年の弱々しい姿を横目に。


「彼を通してカズキに罪滅ぼしだなんて。――それは、ハヤトに対する侮辱に他ならない」


静かに怨嗟の炎に、翡翠の瞳を焦がした。

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