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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.3(上):昔馴染みと聖遺物
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間章-3.その時私は

一目見た時に、自分は彼に好意を抱いているのだと気づいた。


あれは自分がまだ16歳の時。政府の要請で仕方なく出向いた『大和桜花調査団』の、最初の全体集会の場。

女という性別と、16という若さから周囲の人間の目は少なからず不審に満ち溢れていて、さらにはまだ10の弟を引き連れた姿は、お守りをしている少女にしか見えないのは仕方が無い。

普段と同じ、奇異の視線。同じ期待。同じレッテル。だから普段通りに捨ておいた。――その中に、全く違った気配を感じるまでは。

人混みの中、紛れるようにその少年はごく自然にそこにいた。

誰に対しても人懐こい笑顔。弟と同じ異能力者を表す黄金の散った紅の双眸は、自信に満ち溢れているかのように強気で。だから彼の周りには人が多く集まっていて、その気持ちも、藤野にはわかる気がした。

けど、何故だろう。――その強気な笑顔も自信も、どこか取ってつけたようで。あんなに人に囲まれているのに、彼自身は風が吹けば散ってしまいそうに儚いと思ってしまったのは。

ふ、と。その紅の双眸がこっちを見た気がして、慌てて視線を逸らす。傍目には優雅に瞳を伏せたようにしか見えないように、努めて自然に。

見ていたと。彼に気づかれないように、その視線は振り向かず。

けど、1度認識してしまった彼の気配を追わずにはいられなくて、注がれる一途な視線は面映ゆい。

「…そんなに見られると恥ずかしいのだが。兎に角まずは自己紹介だな」

その視線に耐えきれなくて、声をかけてしまうことは仕方がなかった事だろう。もっと親しみやすいように声をかければよかったのに、つい普段と同じ語尾の強い口調に、少し後悔しながら。

自分の名前を名乗って。自然な流れで手を伸ばす。

その手を少年は少し見開いた紅の瞳に映して、取り繕うようにして慌てて右手を重ね、包むように握る。


「草薙一樹だ。同じ団員同士、これから宜しくな」


その時不意に、違和感の正体に気づいたような気がした。

強気な笑顔に、取り繕った自信気な瞳。――その何重にも重なった底の、彼の脆さに。

何が彼をそうさせたのか。異能力者でもなければその日あったばかりの藤野にその理由は分かるはずもなかった。

ただ、その表情に甘んじる、彼の瞳だけが気に入らなかったのだけは確かだ。


数日後。『天羽々斬』の結界の中で、一樹の本当の姿をみて。語らって。そしてお互いの本心をぶつけ合って。

ようやく仮面越しじゃない、本当の彼と笑いあって。

その時確かに、心は通じ合ったのだと信じることが出来た。


――だから、あの時。


数日たっても最前線攻略から戻ってこない本隊を、後方で負傷者や非戦闘員の守護のため残っていた藤野が業を煮やして追いかけた先。

迷宮区中層域の、いつ迷宮生物に襲われてもおかしくない緊張感。何日も飲まず食わずで、それでも自分よりも大きな何かを背負って幽鬼のように彷徨う隼人をようやく見つけて、藤野は息を飲んだ。

大きな虚ろな深紅の瞳。隼人はそこでついに力尽きたように頽れ、藤野は咄嗟に抱き抱える。

「無事か隼人、――っ!」

隼人の上に覆い被さるように背負われていた、血だらけの一樹をみて、琥珀色の双眸は恐怖に凍って固まる。

――不自然に千切れた右袖から先に、本来あるべきものがない。

できる限りの事はしたのだろう。弱々しく上下する背中を見てまだ息があることは分かるが、死体と言っても差支えのないほどの、蒼白に冷えたからだ。

冬の湖に薄く張った薄氷のように、触れたら砕けて消えてしまいそうな錯覚に、藤野は一瞬躊躇って。

「……藤野、」

掻き消えるような、か細い声。最後の力を振り絞るかのように震えながら伸ばされた左手を、藤野は今度は固く握る。

いつかとは真逆の手を、儚い君が消えないように。

「っ一樹!待ってろ、直ぐに治癒魔法師を連れてくるから、」

「……俺、やらなくちゃいけない事が見つかったんだ」

「今は悠長に話してる場合じゃ、」

一樹の白皙の顔を覗き込んだ瞬間、藤野は悟ってしまった。

血を失いすぎてもう霞んで見えていないだろう紅の中で、命を吸い上げるかのように煌々と煌めく黄金。それは異能力者が能力を使用する際に発現させる、仄かな瞬き。

それを見て、藤野は悟る。

――彼はもう、目の前の自分を見ていない。

見ることは無い。

彼の意識はもうこの場所にはなくて、無量大数の中のたった一つの未来へ向けられて。

通わせたと思っていた心は、いとも容易くすり抜けて。藤野には見えない彼方へと旅立ってしまったのだと。

だから、と。藤野の言葉には何も返さず、もう意識もない中で一樹はその言葉を口にする。


「お前とは、一緒に生きられない」


その時私は決めたのだ。

彼が私を拒絶し続けたとしても。――私は彼のことを、愛し続けようと。

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