3-1.『ケリュケイオン』
時間が空いてしまいました~申し訳ございませんっここからどんどんきな臭くなって参りますので、どうぞ宜しくお願い致します~!←
『――さて、長々と演説をするのも野暮ですので、最後はこの方からお言葉を頂きましょう!聖グリエルモ学院理事長にして、『タキオン』総団長、アルベルト・サリヴァン様!』
手にした音声増幅の効果を持つ白の聖石を握りして、開会式を仕切っていた聖グリエルモ学院高等科3年の張り切り過ぎの紹介とともに、舞台裏からゆるりと歩みでる、金髪の麗人。
アルベルトは同じく白の聖石を手に持って、通る声でその場に集まった200は超える聖徒の前で一言。人に命令を出すのに慣れた、脳内にするりとはいるテノール。
『ここで長々と喋るのも野暮だろうから簡潔に。今回のランキング戦は過去最多の参加チーム数だ。これは単純に己の力量をより多く測る場が設けられたと思ってもらえると私としても嬉しい』
1度言葉を切りそして全体をぐるりと見渡して、アルベルトは朗らかに、その翡翠の双眸には真逆の冷徹な光を称えながら。
『――各々が、己の今持つ全てを発揮できるよう、健闘を祈る』
『――それではこれより学生試験調査団模擬戦闘ランキング戦、通称ランキング戦を開始致します!』
進行の生徒は高らかに。つられて熱気や熱意にほだされた多くの生徒たちの雄叫びが、どこまでも突き抜ける蒼穹に轟いた。
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「……やる気ありすぎるだろ」
何度も思うが、ここはこんなに男子校のノリだったのか?
辟易の肩を落としながら、未だ鳴り止まない歓声の中隼人は独りごちる。
『学生試験調査団模擬戦闘ランキング戦』は夏季休暇中に行われる、いわば暇を持て余した暇人たちによる暇人による暇人のための娯楽だ。そんなランキング戦に休暇をわざわざ棒に振ってまで参加するのだから、勿論みんな暇人で、本気で楽しむ気で来る。
逆に言えば。――留年をかけて挑む隼人たちが完全にアウェイ。
そんな周囲の熱気をものともせず(もとより興味はない)、隣のヴァイスは涼しげに、しかし見るものが見れば楽しげに瑠璃の瞳を大きく瞬いている。
夏の満天の星空の下、出店の立ち並ぶ縁日に初めて繰り出したかのような、幼い子供が楽しげにはしゃぐように。
ヴァイスにとって迷宮区以外は御伽噺の中の世界の世界のように、その純粋な瞳には映っているのだろうと、まるで幼い弟でもできたような気持ちで隼人は気づかれないように一瞥する。
「我々の初戦は。――なんだ、まだ先じゃないか」
「お昼過ぎだねぇ。ご飯どうしようか」
「まず心配するのはそこ…?」
背後の面々の、それぞれのペースで展開される雑談を聞き流し、とりあえず移動しようと周囲を見回す。
ランキング戦の最中は、宿舎以外にも調査団詰所や学院内などの教室でもその模様を観戦できるよう解放されており、各々が各々の場所で観覧が可能だ。野外にも一際大きいスクリーンが設置されているところもあり、さながらオリンピックの様相を呈している。――オリンピックを開催する暇など、崩壊してしまった今の時代にはないのだけれど。
閑話休題。
そんなわけで、敵情偵察も行いたいがこんな喧騒の中分析もへったくれもないのでどこか静かそうな、人気のない良い場所はないかと思考をめぐらせていると。
「――君が、ハヤト・クサナギ?」
呼ばれた声に隼人が振り向くと、そこには赤い影が手を挙げて軽い雰囲気で立っている。
隼人の周りではヴァイスとオリバーが同じくらいの身長だが、それよりも高い場所から見下ろす銀の双眸。隼人のそれよりも赤みの強い赤茶色の長めの前髪はセンターで分けられ流されており、聖グリエルモ学院高等科3年を表す襟章。
その見覚えのある顔に、隼人はごく自然な声音で。名前はもう知っている。
「リー先輩」
「あぁ、堅苦しいのは苦手なんだ。気軽にファーストネームで呼んでくれ」
オレもそうするからと、アイザック・リーは見た目と同様に軽いトーンで手を上げる。その子供の無邪気さをそのまま絵にしたような笑顔からは、あのアルベルトが一目置くほどの手練には見えない。
アイザックの後ろには4人の少年少女達も揃っていて、彼らがアイザックのチームメンバーだということは容易に見て取れた。
「今期一番のダークホースだと聞いてるぜ。確かにみんな強そうだ」
「自分も、決勝まで上がるのはアイザック先輩のチームだと聞き及んでおります」
「いやぁ照れるな」
そこは謙遜しないのかよ、と心の中で突っ込むが、ここで嫌味ったらしく否定したら逆に疑ってかかったところだったので、アイザックの態度はいっそ清々しい。
「けど、何があるか分からないのが戦場だ。お互いに油断せずに行こうじゃないか」
ごく自然に差し出された手のひらに一瞬面食らう。まさか一番目を光らせていたチームの団長自らがこうも友好的に来るとは思わなくて、数瞬おいてから隼人はその手を握り返す。
学院一の落ちこぼれと、この大会一の注目を集めるチームのリーダー2人。相対する2人は嫌でも目立ち、周囲にいた人間の注目を嫌でも集める。
その、中心。
「お前たちと決勝でやれるのを楽しみにしてる」
心の言葉だと、その真摯な銀の瞳から隼人は汲み取って。
「――ご期待に添えるよう、努力します」
真正面からの挑戦状を受け取った。
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『――いやぁ、先程の両チームともとても良いチームプレイでした〜!どちらが勝ってもおかしくない1戦でしたねっ』
『勝敗を分けたのは、やはりあの土魔法でしょうか。迷宮区内では五大元素のうち最も地の利がありますからね』
『地形を利用した【シエスタ】チームの勝利でした〜!』
相変わらずテンションの高い開会式と同じ高等科3年の焦茶色の少年と、相反するように物静かな同じく3年の空色の少女の実況は聖石を通して全スクリーンへと配信される。勿論それらは迷宮区内で次の試合を待つ隼人たち参加者たちにも、事前に登録された音声配信作用を付与された聖石を通して届く。
『さてさてお次はお待ちかね!高等科中遠距離戦闘科3年ジェイク・ミネルヴァ率いる【ペルソナ】、対するは学院一の落ちこぼれと有名な、高等科近接歩兵科2年ハヤト・クサナギ率いる【ケリュケイオン】の1戦です!』
今頃地上では外野が雄叫びを上げている頃だろうが、生憎と地の底である迷宮区までは届かない。まぁ聞こえてもどうせ野次ばかりだろうから聞こえなくてもいいのだけど。
と思う隼人の隣人は快く思わなかったようで。
「……今実況してる奴、黙らせようか」
「黙らせるより始末した方が早いよ」
「何も早くないわモンペ共」
本当に今からでも地上に戻って息の根を止めかねないヴァイスとレグルスに、オリバーが呆れながら制止する。その様子を他人事のように眺めて。
「……まるで保護者だな」
「クサナギがきちんと手網を握らないから、こうして世話してやってるんだろう」
確かに最初のうちは突っかかってくる有象無象に片端から噛み付いて回る2人を止めに入った隼人だが、段々とキリがなくなってきたのでもう諦めた。止めに入るこちらも死ぬ気で行かなければならないので、正直いって毎回神経をすり減らすこちらの身にもなって欲しい。
なんて茶番を聞き流している最中にも、テンションの高い実況は続く。
『さて何度も繰り返して観客の皆さんはもう飽きていると思いますが、初戦では全ての回で説明しなければならないので、今しばらくお付き合い下さい!』
『【学生試験調査団模擬戦闘ランキング戦】、通称ランキング戦はトーナメント形式を用いて進行します。基本的なルールは大将戦、つまり相手チームのリーダーを倒したチームが勝利となり次の試合へ駒を進めることができます』
『決勝戦ではフラッグ戦が適応されますのでルールの把握をお願いします!取るべきフラッグはただひとつ、今回の優勝報酬である【聖櫃】だー!』
おおおーー!!という大衆の雄叫びの幻聴がありありと聞こえそうな、このノリとテンションは一体何なのか。もう天職だなこの先輩。
『また、試験調査団事人数の差が出てしまうため、参加人数は少数チームに合わせて頂く形になりますので、重ねてご理解を頂ければと思います』
本人たちも言っていたが、本日でもう何度目かのランキング戦のルール概要も聞き流す。正直もう耳にたこができるほど聞いて、ついでにそのテンションの高い声とともに頭の中でがなっているので、いい加減ゲシュタルト崩壊が起こりそうだ。
『尚ランキング戦は迷宮区内で行われますが、開催前にあらかた迷宮生物は一掃され、さらに期間中は一級結界術者によって他階層からの侵入もありませんのでご安心くださいませ〜!』
最後のフレーズを終えると同時じゃり、と音を立てて隼人たち5人の前に現れる同じ数の影。その先頭に立つ高等科3年の襟章を付けた、下卑た笑みを浮かべた1人の青年が隼人の前に歩みでる。
学生試験調査団【ペルソナ】団長、ジェイク・ミネルヴァだ。
「学院一の落ちこぼれと聞いていたが、なるほど確かに冴えなそうな野郎だな。後ろの大層な手駒たちは金が身体で買ったのか?」
その言葉に隼人は声を失う。言われたことに対してショックを受けたのではなく、呆れ果ててものも言えないのだ。――なんとまぁ、わかりやすい罵倒の数々。
ジェイクのチームメイト、もとい取り巻きたちがげらげらと下卑た笑い声をあげる中、隼人の背後で立ち上る、氷点下まで気温が下がったのかと錯覚するほどの、絶対零度に凍りついた殺気。
これは、ヤバい。
「……一応言っておくが。今のうちに謝った方がいいぞ」
おずおずと手を挙げながらそう提案するが、その言葉を理解できなかったのか一瞬の空白後、先程のそれを上回る嘲笑。
「何を言い出すかと思えば謝罪しろときたかっ。劣等生ほど態度がでかいとはよく言ったものだな。だったら力ずくで言わせてみろよ!」
これから対決する相手への挨拶という名のただの罵倒の嵐を残して所定の位置へ向かう【ペルソナ】一行の背中を一瞥し、背後を振り向く。
――案の定、そこには今にも人を殺しそうな勢いの、端麗な顔を般若のように歪めたヴァイスとレグルスが仁王立ちしていた。
比喩ではなく、本当に殺しそうな殺気。
「……彼、殺そうか」
「俺が殺人犯にされるからやめて」
「問題ありません。微塵も残さず殺します」
そういう問題ではない。
とりあえず、もう開始時間も2分を切った。予め決めておいた戦術プランを思い起こしながら、静止は諦めて話題の方向転換を促すことにする。
「え〜、じゃあとりあえず作戦としては、オリバーは魔法主体で今回は行って、」
「作戦?そんなものは必要ない」
いつの間に取り出したのか、右の手に収まった白銀の獲物の初弾を薬室へ送り込む音を。じゃらりと柄の先端から伸びる鎖を鳴らしながら、各々がゆらりと歩を進める。 どうやら話題転換は失敗のようだ。
ヴァイスとレグルスは二人の二色の双眸を怒りを通り越した冷徹に眇めながら。
「「――2人で充分だ」」
開始の合図から、わずか一分後。
大将戦のはずなのに何故か殲滅戦宜しくチームメンバー全員を行動不能にした後、ヴァイスとレグルスは隼人の前に半殺しにしたジェイクを引きずり出して謝罪を強要した。
――草薙試験調査団『ケリュケイオン』の初戦は、ランキング戦始まって以来最短試合時間という華々しいものになった。
*****
続く2回戦。『ケリュケイオン』のメンバーは予想外にも苦戦を強いられていた。
対戦相手である【ナハト】は魔法を主軸とした戦法を中心に戦略を立てるチームのようで、【ケリュケイオン】のようなガチガチの武闘チームとは相性が悪い。本来であればこのチームメンバーであれば瞬く間のうちに勝利を掴むことが出来る。
――それを、相手は逆手にとった。
『こちら北側ー!こっちにはいないみたいです〜!』
『……南も同じく』
遠距離通信を可能とする術式を付与されたインカム越しに各員の報告を聞き、蓮はそれでもなお静かにスコープを覗き込む。レティクル越しに見える、旧友の背中。
「ってことは、この西側が1番大将がいる可能性があるかな?隼人」
「そうとは限らない。そう思わせておいて透明化で潜んでるだけかも」
開始ブザーの直後、【ナハト】は全員が透明化の魔法を自分たちに使用、迷宮区内に潜伏を図っている。五大元素のうち無系統である『空』の属性を疑ったが、先に仕留めた団員の1人の様子からして『水』属性の魔法の応用だそうだ。それがわかったところで見えないことには変わらないのだけど。
未だ見つからない敵大将を探すべく、こうして【ケリュケイオン】は別れての行動を余儀なくされている訳だ。
比較的広い、それなりの遮蔽物のある空間で隼人自身は報告を聞きながら、恐らく頭の中に叩き込んでいる迷宮区のマップを広げて敵の行動を予測しているのだろう。――囮も兼ねて、狙撃手の狩場として陣を敷いて。
『どうします?1度戻りますか?』
「……このまま同点だと嫌だしな」
先程先方のチームの1人と相打ちする形でオリバーは退場している。試合時間内に勝敗が決まらない場合大将同士のサドンデスに入る。そうなれば隼人に勝ち目はないだろう。
そうして次の手を考えている隼人の背後の空間が、僅かに揺らぐ。
「――隼人、」
それをスコープ越しに確認して蓮は鋭く喚起する。後ろ、という前に隼人は視認するよりも前に抜刀、振り向きざまに横薙ぎに振るう。瞬間。何も無いはずの空間に火花が散った。
不可視のヴェールを剥がされて、【ナハト】大将ミア・スミルノフは姿を現す。女性の曲線を描く、端麗なシルエット。
「ちっ、大将なら後方で大人しくしてろよ!」
「残念ですわね。わたくしのチームではリーダーが前衛ですの!」
ぎゃりん、と金属同士が弾ける音を響かせて、漆黒と銀の刃が弾き飛ぶ。その反動で距離をとる双方。
「……女と戦うのは趣味じゃないんだけど」
「この期に及んで紳士ですのね。――わたくしは容赦しませんけど」
その言葉が合図。周囲の揺らぎが強くなったと同時、隼人の周りには取り囲むようにして【ナハト】残りのメンバーが現出する。ミアと同じように透明化して、隼人の背後に忍び寄っていたのだ。
『水』の青と『火』の赤の魔法陣が煌めき、転瞬。辺りは水蒸気の煙によって閉ざされた。しかし。
ばしばしばし、と連続の破裂音と共に、何も無い空間に浮かび上がる3人の人型のシルエット。
「……いくら透明化と言っても、これだけ煙たかったら動きでバレるだろ」
片手で判定審査用のペイントボールを弄びながら、隼人はそう半目で告げる。水蒸気の煙の揺らめきから敵の位置を把握し、ペイントボールを投げつけたのだ。
いくら何でもアホだろ、と呆れながら言う隼人の瞳が見開かれて制止する。深紅の双眸のそこに浮かぶ、懸念の色。
――ミアは何処に行った。
その僅かに気が緩んだ瞬間、隼人の背後。――つまりは水蒸気が満ちていない広間のもう半分の空間。その空間が激しく揺らぐ。
風の僅かな揺らぎから、弾かれたように背後を振り向く隼人だが、その時にはもう遅い。
不可視の刃が、見開かれて凍りつく深紅の双眸へと振り下ろされる。
――ぱ、と。隼人の手にあるペイントボールの色とおなじ色彩が宙を彩ったのは、隼人が振り向いたほぼ同時だった。
初速850m/sで吐き出されたペイント弾は過たずミアの側頭部を正確に射抜き、見開かれる小豆色の瞳。
崩れ落ちる所まで確認して、ようやく蓮はスコープから顔を上げる。最後まで敵チームに所在を掴ませなかった、魔弾の射手。
『――決着!次の試合に駒を進めたのは、【ケリュケイオン】だー!』
長い銃身を担ぎあげると同時。相変わらずテンションの長い実況担当の生徒の声がインカム越しに轟く。それを聞きながら蓮は人知れずせき止めていた息を吐く。
「いや〜ナイススナイプ。助かったぜ蓮」
蓮が隠れ潜んでいた岩陰に歩み寄りながらそういう隼人を目の前にして、蓮は黄金の散る琥珀色の双眸を驚きに見開く。脳内で反復される、隼人の言葉。
――助かった。
それは戦場において聞き慣れない、聞いてはならない言葉だと蓮は思って、頭を緩く振ってその思考を追い払う。
ここは迷宮区『サンクチュアリ』。――無慈悲な死が蔓延する、戦場では無いのだから。
不自然に動きの止まった蓮を胡乱げに見る隼人の言葉を遮るように、蓮は笑顔で答える。
張り付いてしまった、仮面の笑顔。
「……隼人は戦士じゃ無いからね。誰かが見ておかないと」
「……どいつもこいつも。少しは俺を信用しろよ」
「信用出来ない成績なんじゃん〜。あと昔からそうだし」
穏やかなムードになったところで、散らばっていたヴァイスとレグルスの2人も合流し、4人は地上への道を進む。今日の試合はこれで最後なので、戻ったら明日に備えての準備と休息だ。
と、気が緩んでいたので。隼人の問いかけは全くの不意打ちだった。
「そういえば蓮。お前の姉貴は今どうしてるんだ?」
自分でもわかり易いくらいの動揺。震えて汗ばむ手を胸に抱いた狙撃銃で隠して、蓮は隼人に向き直る。
「……え、どうして?」
「いや前にオリバーとその話をして思い出したんだよ。5年前は確かこっちに残ったはずだよな?でも見かけないなと思って」
「それは、」
「藤野さん程の実力なら『タキオン』にいてもおかしくないよな。そうだヴァイス」
隠すことでもないのだが、咄嗟のことで口が上手く動かない。そうしてどもっている間に隼人は思いついたように隣を歩く人形のような少年に声をかける。
「ん」
「フジノ・ココノエって女の人は『タキオン』に居ないのか?蓮の姉貴で、5年前に兄貴と一緒にここに残ったんだけど」
「…フジノ?」
自分と同じ、黄金の散る瑠璃の瞳が訝しげに眇めるヴァイスは、思い出そうと記憶の海をさらうように考え込んで黙り込む。
「兄貴と同じ『神刀』の使い手で兄貴より強くて。2年前の最奥部攻略にも居たと、思うんだけど」
2年前、という言葉でヴァイスは立ち止まる。どうしたのかと数瞬の間をおいて立ち止まる一行の中、蓮だけが別の理由で観察する。
震える右手で覆われた奥の、凍りついて激しく揺れる瑠璃の瞳を、探るように。
「……思い出せない」
「なんだって?」
『知らない』のでは無く『思い出せない』という彼の台詞に、隼人は怪訝そうに問返す。
ヴァイス自身何が起こっておるのかわからないのか、その事実を認めたくないからか答えに迷うように逡巡し、やはりそれが見つからなくて面を上げる。
今にも泣き出しそうな、得体の知れない恐怖に満ちた双眸で。
その様子を見て、蓮は内心で思う。
やはり彼も、何も知らない。いや、何かを見たからこそだろうか。
「2年前の記憶が。その時の事が。――思い出せないんだ」
――2年前に起きた、悲劇の真実を。誰も彼もが覚えていないのかと。