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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.3(上):昔馴染みと聖遺物
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間章-2.深淵告白

迷宮区『サンクチュアリ』中層域351階層。迷宮区の中にある数少ない非戦闘区域セーフティゾーン。そこで、『大和桜花調査団』は久方ぶりの休息を謳歌する。

あるものは仲間と共に雑談を。あるものは1人で安息を。過ごし方は皆それぞれだったが、それでも穏やかに短い休暇を楽しんでいた。

草薙一樹はそんな中1人で過ごせる場所を探し、集団から外れ歩く。迷宮区のゴツゴツとした岩に群生する、ヒカリゴケの淡い光を頼りに。

普段はお調子者でみんなを楽しませることに全力を尽くすムードメーカーであるが、そんな彼にも1人で過ごしたい時くらいはある。――いや、そんな彼だからこそだろうか。

『未来視』の異能を使って調査団の命運を担う、その重荷から、せめて一時でも逃げるように。

それくらいの休息は、許されてもいいだろう。

ふと顔を上げると、対岸が見えないほどの大きな地底湖が広がっていた。来る時には見かけなかったから、随分と歩いてきてしまったらしい。

天井は遥か遠く、雨とまでは行かないまでも時折思い出したかのように水滴が落ち、静寂な地底湖に心ばかりの波紋を描く。見えないので分からないが、おそらくは天井に乱立している鍾乳石から滴った雫。

ここなら、静かに過ごせそうだ。

ちなみに。懸念であった隼人は数少ない(というより1人だけの)同じ歳である蓮と意気投合し、2人で探検に出かけている。あの人間嫌いが接近を良しとしたのは、ひとえに蓮のあの朗らかな気性ゆえだろう。――多少朗らかすぎる気もするが。

手頃な岩に腰掛け、何をするでもなくぼうっと。異能力とてなんのリバウンドもなく使えるものではなく、それは『未来視』なんて異能の中でも破格のものになれば、当然肉体への負担も大きくなる。

迷宮区の緊張感の中。異能の連発による頭の倦怠感を少しでも和らげようと、相変わらず見えない鍾乳石を探るように見あげ。

――ぱしゃりと。軽やかな水の跳ねる音が反響する。

雫が水面に当たる音とは音源を異するその水音に、生き物の反射で一樹は振り返る。


――一際大きな岩の影。その向こうから、こちらをうかがう琥珀の大きな瞳と、瑞々しくハリのある白磁の身体とそれを這う濡れ羽色の紗幕。


何が起こったのか、もちろん予知なんてしていないからわからず呆然と。しかしそれは相手にとっては決定的に、致命的にしてはならないことで。

つまり。――年頃の少女の一糸まとわぬ素っ裸の裸体をマジマジと見つめていることになるわけで。

「……エッチ」

ぽそ、と言われた言葉に、全身の血液が沸騰したかのように熱くなり、一樹はかあっと顔を赤らめる。熱々の熱湯にくぐらせた茹でダコだ。

「ばっ、何やってるんだよこんな所で!?」

「それはこちらの台詞だ。誰も来ないだろうからこうして水浴びしていたというのに」

「呑気に喋るな!!」

捲し立てながら、着ていた調査団の団服を藤野に叩きつける。その間わずか1秒。

こう言ってはなんだが、豪快な母の元育ったため正直女性の裸体はこれでもかと見てきた(風呂上がりに裸で闊歩するため)一樹だが、こうも他人となると勝手が違うのかと目を背けながら思う。

――それは、藤野だからだろうか。

「なんだ。せっかく年頃の娘の身体だぞ?ラッキースケベだぞ?」

「お前が言うなよ。というか恥ずかしくないのかよ」

一方の藤野はと言うと、茹でダコのような一樹とは真逆に至って自然にゆるりと借りた団服に腕を通す。もちろんズボンは貸せないので艶かしい細脚はそのままだが、男の一樹の方が身長も高いので、ギリギリミニスカート程の防御力は確保出来ている。

……それが逆に、更に扇情的になってしまっているのだが、それはもうしょうがない。

そんな一樹の一喜一憂など気づきもせず、借りた団服を嬉しそうに着込みながら、藤野ははにかむ。

「そうだね。恥ずかしいけれどそれよりも。――君だから嬉しいかな」

それはどういう意味かと、尋ねるより前に藤野は自身が来た向こう側、一樹にとっては岩の影の裏側を指さす。

そこには楔を穿つように、地底湖の中で突立つ『天羽々斬』。

「叔父上殿に安全祈願にと祈祷を頼まれてね。それで禊の最中だったというわけさ」

だから誰もここへは来ないのか、と一樹は合点がいく。『天羽々斬』の能力は水を操り、静謐な異空間を作り出すこと。異空間となったこの空間は、現世でいて別次元なのだと藤野が以前説明してくれたが、一樹にはさっぱり分からなかった。

――弟ならば、その意味が本当に理解できただろう。

そしてふと気づく。ならば何故自分は入って来られたのだろう、と。

そう物思いに耽っていたせいで、藤野のその突拍子もない行動への対応が遅れる。――突然手を取り、何かと思えば何をするでもなく笑いながら振り回される。

くるくる、くるくると。

とある豪邸の紳士と令嬢のように、観客の居ない舞台の上で2人は舞う。2人ともちゃんとした踊りの作法なんて知らないから、好き勝手にただ回っているだけだったが。

跳ねる飛沫は、ヒカリゴケに反射して煌めいて。

2人だけの世界には、邪魔者はいなくて。

最初は面食らって訳も分からず成されるがままだった一樹も、やがては一緒になって笑って踊って。

いつからだったか忘れてしまった、年頃の笑顔で2人は笑い合う。

調査団の皆の前での笑顔も、弟の前で見せる不敵な笑みも、もちろん心からの笑顔。だけど。

何も考えずに、ただただ楽しいからと素直に笑えたのは、いつぶりだろう。

そうして、2人して違うことを考えていたものだから。


「「あ」」


鍾乳石の、滑りやすくなっていた地底湖の底で足を取られた藤野が、前のめりに上体を崩す。

「っあぶな、」

い、まで言えずに2人は絡みつくように派手な水飛沫を上げて転げ沈む。幸い浅瀬だった為溺れることは無かったが、だからこそすんでのところで藤野と水面の間に滑り込ませた背中が痛い。

低く唸り声を上げながらぱちぱちと、紅の双眸を瞬く。視界いっぱいに広がる、濡れ羽色の紗幕。

「あっははは!いやぁすまない。私としたことが足を取られた」

「笑い事じゃないし、見てればわかるよ…」

一樹は仰向けの状態で、藤野はその上から馬乗りの状態になっていて。ちょうど耳の隣に突き出された藤野の細腕が視界の端にちらついて、擽ったい。

その腕が、細指が持ち上がったかと思うと、あっという間に濡れ鼠になって額に張り付いた、赤銅色の髪を払う。

慈しむように、愛おしいように。

そして。


「ねぇ一樹。私は君を一目見た時から好いているんだけど、どうかな」


世界が終わったかのような、切り取られたような静謐な静寂が辺りを支配する。

何もかもが止まってしまった世界で、天から落ちる雫が水面を穿つ音だけが、心地よく耳朶を打つ。

微睡む白昼夢の中のような、ふわふわと現実味のない感覚で、それでも混乱する頭をどうにか回転させて。

「……なんだって?」

「女の子に二度も告白を迫るとは、中々に強情だね一樹」

「なっ、ちが!?」

「君だって最初から私にぞっこんじゃないか。熱烈な視線を感じたぞ?」

「お前それ自分で言うか!?」

「私は君が好きだ、一樹」

火照る顔と情けない顔を見られたくないからと、逃げようと足掻くが生憎と藤野にしっかりかっちり馬乗りでホールドされた状態からは抜け出せず、観念して正面を見上げる。真っ直ぐ向けられた、初めて見た時と何も変わらない琥珀色。

その瞳のうちに、どこまでも真摯な光を見止めて。

「……俺の瞳が、嫌いなんじゃなかったのかよ」

「そうだね。『未来視』の異能なんて、君が幸せになれないじゃないか」

藤野の言葉にえ、と黄金の散る紅の双眸を瞠る。彼女の言葉が、一樹にとっては予想外だったから。

『未来』を見るが故に、達観してしまっている自分が。

誰にでも笑顔で接するくせに、その一線は越えさせない自分が。

――自分の苦しみを誰も理解してくれないのかと、子供のように不貞腐れる自分が、彼女は嫌いなのだと思っていたから。

見開かれた紅の瞳を覗き込んで、困ったように琥珀色のそれは細められる。それは違うのだと、訴えるように。

「違うよ。異能があるから君はそんなに悲しく、ボロボロになってしまったんだ。それなのに他人のことばかり考えて自分のことは後回しで。燃え盛る炎が、自分ではその勢いを止められずに燃え尽きてしまうように」

その在り方を強制した、紅に浮かぶ黄金に向かって吐き捨てるように藤野は言う。――お前のような異能があるから、彼はこんなに哀しくなったのだと。

――繕うようには、と一息を吐く。震えているのを勘づかれないように、慎重に。

「……何を言い出すかと思えば。俺は傷ついてなんていないだろ。怪我なんてほら何も、」

「笑うなよ」

突き出された白刃のような鋭利な言葉に、一樹は思わず口を噤む。

「そんな作った笑顔で笑わないでくれよ。さっき見たく、君の本当の顔が見たいんだ。――ここでは、自分を偽らなくてもいいのだから」

ここは『天羽々斬』が生んだ異空間。何人の侵入も阻む絶対領域。世界にだって感知されない、誰の記憶にも残らない泡沫の夢。

だから。ここでなら何を言っても何をやっても、誰も咎めはしないのだと、そう言われている気がして。

――一樹の緊張は、そこで途切れた。

「――っ!」

気がついたら水で重くなった上体をバネのようにはね上げて、その上に乗っていた藤野の身体を力いっぱい抱きしめていた。

突然の事で狼狽える藤野の気配を感じながら、それでも塞き止められていた思いの丈は止められなくて、自分でも訳も分からず一心不乱に心の内を言い募る。

『未来視』の異能のせいで、多くの人間から特別扱いされたこと。

父も母も弟も。自分の異能が周囲にバレる度に転々とさせてしまったこと。

利用されたり奪おうとしたり。人間の醜悪さに嫌気がさしてしまったこと。


――未来が決まっていることが。未来を選択することが本当は怖いこと。


誰にも、家族にさえも言ったことは無かった本心を。潰れてしまうのではないかと思うほどに、その華奢な身体を強く抱きしめながら、震える声で泣きわめく。幼い子供のように、顔をぐちゃぐちゃにしながら。

それでも藤野は優しく。――誰も理解してくれなかった、ただの1人の平凡な人間に接するように、赤銅色の頭を掻き混ぜて。


お互いの、普段より高めの体温を感じながら2つ分の鼓動は混じりあい、心地よい音を奏でた。


-----


白昼夢のような休息日の最後は、藤野による安全祈願の祈祷で幕を閉じる。

今も尚続く伝統ある大きな神社の女として生まれた藤野は、勿論巫女としての仕事をすることもあり、祈祷の儀式はそれは美しく煌びやかな舞が花開いた。

そうして各々が明日からの死線に備え眠りにつく頃。

「――周囲が暗くて良かったな」

聞き覚えのある声に振り返ると、そこには予想通りの人物が立っていて、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら巫女装束の藤野が寄ってくる。

「おかげでその腫れた目も聞かれなかったじゃないか」

「……うるさいな」

あれだけ散々泣きわめいた矢先、大変居心地が悪い。口の端をへの字に歪ませる一樹をひとしきり笑って、藤野はその場で回ってみせる。しゃら、と鳴る金の髪飾り。

「どうだろうか。こういう格好は動きずらいからあまり好きでは無いのだけど」

確かに、いつもの見慣れた藤野からはあまり連想できない巫女装束だ。薄着だし、下着を着ていないという話も聞くしって今はそれは関係くて。

でも、何度も言うが自分の全てをさらけ出した相手に、今更取り繕うのも1周まわって恥ずかしいよな、と思い。

「綺麗だよ」

嘘偽りのない、素直な心。それは引っかかることなく口から滑り落ちて、言葉を紡ぐ。

いつもならはぐらかす一樹だったので、藤野も面食らってしまって黙ってしまって、なんとも気まずい空気が二人の間に溜まりこんでしまう。

あの男勝りな藤野でも、照れることはあるんだな、と。口に出したら怒られそうなので心の中で収めておく。

「そ、そうだっ告白の返事は?まだ聞いてないぞっ」

気を取り直すように上擦った声で問いただす藤野に、一樹はあぁ、と視線を逸らしながら。赤銅色の頭をがしがしとこねくり回して。


「……ちょっと、お時間頂けると幸いです」

「……出来れば早めにお願いする」

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