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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.3(上):昔馴染みと聖遺物
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間章-1.戦乙女の自己紹介

3話は一樹と藤野、二人がキーパーソンとなりますので、本編と同時進行でちょくちょく小話を挟んで更新いたしますっお付き合いいただけますと幸いです男勝りな女の子めちゃ好き←

「改めて。十束剣の一振、天羽々斬の今代の九重藤野だ。若年の身ではあるが呼ばれたからにはそれ相応の働きをするつもりだ。よろしく頼む」


そう言って、浮世離れした戦乙女は数多の注目の中堂々と名乗りを上げる。昼を目前にした、『大和桜花調査団』初の全体ミーティング。

ミーティングと言っても、初めて会う面々が多い中では何を打ち合わせすればいいのか見当もつかないので、先立っての自己紹介。身分が上、かつ歳上から順繰りに来て、一樹と隼人も終わった最後だ。

濡れ羽色の髪に、琥珀色の瞳の。この調査団に置いて数少ない女性のシルエットをして、唯一浮いている左腰の無骨な刀が、彼女が戦士だという証明を成す。

その秀麗な外見に見合う流麗な動作で一礼をして、椅子替わりの瓦礫に腰掛けようとした時だった。

「日本政府の切り札とか言われて期待したが。こぞってただのガキじゃねぇか」

野太い壮年男性の声に、一樹は行儀悪く立てた膝に頬ずえをつきながら一瞥。つんつんと逆立てた黒髪に黒鉄色の瞳。名前は確か。

「…弥代殿」

藤野の呼び掛けに、弥代伸元は満足気に鼻で一蹴する。その左腰には一樹と藤野同様に、十束剣の一振。その柄を軽く叩きながら。

「日本政府から一大事だというからこうして出向いたというのに。俺は子守りに来た訳じゃねぇぞ。この国の守護者も堕ちたもんだ」

日本政府がいざと言う時に隠し持っていた懐刀。それぞれがそれぞれ強力にして唯一無二の能力をもつ、神話の時代の刀。それらは使いようによっては核爆弾よりも破滅的な力を持つ。しかし。

「片や童貞のガキに、片や女のガキと来たもんだ」

誰が童貞だ知らねぇくせに。と表には出さないが一樹はやれやれと内心ため息を付く。こうなることは予想していたことだったが、改めて正面からこう態度に出されると反応に困る。

しかし弥代の不満はまだあるらしく、愚痴は続く。

「しかもお互いにさらにお荷物連れときた。ここは幼児委託所じゃねえぞ」

怒気を孕んだその言葉に、藤野の影に隠れるようにして引っ付いている少年がビクリと肩をふるわせる。見るからに荒事は苦手そうな、若苗色の髪の下の琥珀色の双眸。

舌足らずな声で九重蓮と名乗ったその子供は、恐らく藤野の弟だろう。強気な藤野との相似点はその瞳しか今のところは見当たらないが。

と、ふと一樹は隣を見る。おろおろと所在なさげに狼狽える若苗色の少年と同じ年齢の弟はと言うと。

「…………」

先程配られた絶賛更新中の迷宮区の地図を眺めるだけ。そんな愚痴なんぞ興味はないと言いたげな、冷淡で静謐な深紅の瞳。

天才的な頭脳を持つ弟は、齢10にして世界の大学教授にすら一目置かれるほど。しかしそうとは知らない輩は多い。呼ばれた発表会や学会の席で、嘲笑や罵倒を浴びせられることも少なくない。

そんな彼にとって弥代の言葉は、既に聞きなれたものだ。であれば今更気にすることではなく、そんな煩いに構うほど隼人の心はもう童心を忘れてしまっている。

無反応な隼人に苛立ち、弥代は鞘ごと刀を地面へ突き立てる。わざとらしく金属音を響かせながら。

「悪いことは言わねぇ。さっさと家へ帰りなガキ共」

ここは戦場。なればこそ死は必定にして平等。それがたとえ10を過ぎたばかりの子供であろうとも。

弥代は子供と嘲ると同時に懸念しているのだ。子供が戦場に立つことを良しとしない、古き良き大和男児。

一樹はそれを理解した上で、しょうがないなと言い訳をしようとしたところで。

「――ならば、試してみるか?」

凛、と鈴の音が静寂を裂く。

ぎょ、として振り向くと、予想通りに藤野が佇まいを直して仁王立ちしている。その顔には不敵な笑み。

「…何だって?」

「女だ子供だと言われることには慣れているのでね。そういう輩には手っ取り早く、その身に叩き込んでやることにしているのさ」

己が真髄を。

そう言って、藤野は鍔を指で弾いて鯉口を鳴らす。古くは相手を挑発する際に行った、侍の悪習。

そのことを正しく理解し、弥代の顔はみるみるうちに怒りで赤くなる。馬鹿にされたと気づいたのだ。

藤野はさらり、と背中に流れる細絹の髪を揺らしながら、正面へ向き直る。

「宜しいでしょうか。叔父殿」

一際大きな瓦礫の上。もしや世界遺産にも登録されていた旧サン・ピエトロ大聖堂を形成していたかもしれないその巨岩に腰掛けていたのは、一段と存在感のある中年の男性。鍛え抜かれ服の上からもその肉体の線が見て取れる、巌のような彼は藤野の呼び掛けに緩く口の端を緩める。猫のような金の瞳を、黒縁の眼鏡越しに光らせながら。

「手加減はしてやれよ」

「勿論ですとも」

そうして藤野は輪を囲んで集結した団員の中心へ歩を進める。後を追うようにして弥代もゆるりと足を向ける。

一人残されてしまった蓮はおろおろと見ているこっちが可哀想になるくらい狼狽えているので。

「良かったら俺らと見物しようぜ」

少し遠かったので大きめの声で。その呼び声にびくっと肩を震わせそろりとこちらを伺い、やがて心細さの方が勝ったのかおずおずと近づきちょこんと隼人の隣に座る。同じ年齢の方が緊張しないだろうと一樹は視線で誘導して。

と、そろそろ始まるな。

「それでは合図はこれで」

学生服のスカートのポケットから取り出した、今は少し懐かしい日本硬貨。それを親指に乗せ、弾きあげる。

軽い音と共に、硬貨は太陽光に照らされ煌と軌跡を描き。

――やがてきん、と音を立てて瓦礫の上を跳ね。


――同時。一本の日本刀が遠くの地面へと突き立った。


果たして。彼らの動きを追えたものがこの場にどれだけ居ただろうか。少なくとも一樹は全てを見ることは出来なかった。

――いや、事前に『未来視』の異能を使って結末を知っていなければ、なにも追える事無くことは済んでいただろう。それ程の刹那の攻防。

「…おぉ、」

驚嘆の声に見下ろすと、あの隼人でさえも目を見開いて眼前の結末に見入っている。久しぶりに見た、興味の色を帯びた深紅の瞳。

誰もが呆然と。自身の得物を弾き飛ばされた弥代でさえも放心する静寂の中、沙羅りと鞘に刀を滑らす音だけが響く。

にこり、と微笑む戦乙女。

「――これで満足されたかな、弥代殿」

「…はっ、」

鈴の音の音に、ようやく弥代は我に返る。何かをいい募ろうとして、しかしそれは両の手を鳴らす音で叶わない。

皆の注目が自身に集まったことを確認して、藤野に叔父殿と呼ばれた男性は立ち上がる。

「ここに集まっているもの達は政府からの招集であるが、同時に俺が選んだ戦士たちだ。女子供と嘲る狭量な心の持ち主では無いことを期待したいが」

「っそんなことは。天花寺さん」

弥代は慌てたように姿勢を正して向き直る。

天花寺元泰(てんげいじもとやす)。――神を屠ると言われる『布都御魂剣』の今代にして、『大和桜花調査団』団長。

天花寺は弥代を一瞥し、そして周囲を見渡す。この場に集まった、これから死地を共にする同志を一人一人確認するように。

「『天之尾羽張』の使い手と『天羽々斬』の使い手の腕は俺が保証する。九重蓮はその歳で3級医療魔法師の資格を持つ治療魔法のエキスパートだ。それと、」

言葉を切り、ずんずんとこちらへ歩み寄ってく天花寺。そしてその木のような太い腕を隼人へと伸ばしたかと思えば、おもむろに抱き上げる。幼い子供によくやる、たかいたかいだ。流石の隼人もこれには目を剥いたようで。

「いきなり何するのおっさん」

「中でもこいつはとびきり頭がいい。こいつの立てる戦略がこの調査団の要になる。皆親しくしてやってくれ」

しかし、と天花寺は隼人を抱き上げたまま不満そうに眉間に皺を寄せる。いつまでも降ろさない天花寺にそろそろ抗議の声をあげようとした隼人を降ろすと、その小さな顔を手のひらで覆う。

突然の行動に一樹は腰を浮かせかけるが、音もなくするりと戻された手のひらの下を見て、紅の双眸を見開く。

果たして。――隼人の顔、と言うよりも鼻にかかっていたのは、先程まで天花寺の顔にあった黒縁の眼鏡だ。

「お前はもう少し年相応の可愛げもあるべきだ。しかめっ面はその眼鏡をしている時だけにしておけ」

そう言って、隼人が手にしていた迷宮区の地図をむしり取ると、くしゃくしゃにして遠くに放り投げる。

「さて、お互いの自己紹介はこれくらいでいいだろう。そろそろ昼餉の時間だ。親睦も兼ねてカレーでも作るぞ」

ずんずんと歩く先には長机に並べられたカレーの具材の山。どうやら本当にここにいる全員でカレーを作る気のようだ。林間学校か何かか?

と、周囲の人間も呆れながら動き始める中。

「君はあそこまで言われて、なにもしないんだな」

ふ、と隣を見るといつの間にか立つ戦乙女。その視線はこちらではなく、ぎこちないながらもすでに打ち解け始めている彼女の弟と隼人に向けられてはいるが、その言葉は一樹にだけ向けられたものだ。

「俺はあんたほど好戦的じゃないのさ」

「さっきは私にあれほど熱烈な視線を向けていたじゃないか」

「それとこれとは話が別だろ…」

見惚れていた自覚はあるので、彼女のその言葉に一樹は所在なさげに目を泳がせ、一樹にしては珍しくつっけんどんな口調。

正直、あまり近づきたくない。

これ以上彼女に近づかれると、心の内に気づかれてしまいそうで。

「『未来視』の異能、か」

呟いて、藤野は一樹の胸倉を掴んで引き寄せる。逃げられないようにと、目の前に広がる琥珀色の双眸。

お互いの吐く息が混じりあって、空に溶ける程の距離で。


「君のその達観しきった瞳。私はそれだけが初めから気に入らないのだよ」


にこりと。どこか圧すら感じられる微笑で藤野は一樹にそう突きつけた。

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