4-1.シナリオの理由(終章)
今回の更新で第二話、終了です~!どうぞ宜しくお願い致します~
そして次回更新は本編三話!…の前に小ネタ集でもと思っております。ライト回です。順次更新していきますので重ねてお願い致します!
鼻歌でも歌い出しそうな軽快さで、マークスは迷宮区第三階層、つまり迷宮区の出口へと足を進めていた。
愉快愉快、非常に愉快でならない。
小生意気な死にかけの出来損ないは処分でき。
クロスの看板に泥を塗った落ちこぼれも一緒に抹殺し。
秘術の錬金術は更なる高みへと至ることが出来た。
その技術提供をしたのがあの落ちこぼれだということは腹立たしいことであるが、そんなことは技術の進歩と比べれば些細なことだ。
自分の力で、クロスは更なる力を手に入れる。――そう思うと、足が軽くなるのも仕方がない。
この角を曲がれば地上への出口。――そう思いながら足軽に曲がる先には、陽光を遮るようにして佇む影が一つ。
「――マークス・クロス、だね」
静謐にして凛と通るテノール。その聞き覚えのある声音に、マークスは面をあげる。呼応するように陽の光を背負いながら石段を下る影。
「これはこれは。かの有名なブルームフィールド家の末じゃないか。何か用かい?」
「君とは年齢的には同じだけどね」
オリバーは皮肉に、小声で皮肉を返しながら迷宮区の地面へと降り立つ。
その手には学院指定の白手袋ではなく、黒のハーフグローブ。それをぎゅ、と締め直しながら、オリバーの紫の双眸は冷ややかに。右腰に佩いたこれもまたいつも差している紫晶の長剣ではなく、紫黒の片手直剣。それを沙羅りと抜き去り、口上と共にマークスへ突きつける。
「クロス家は貴族の規律を乱す。その系統樹、ここで潰えてもらう」
オリバーの向上に、マークスは蒼の双眸をぱちくりと瞬き、やがて嘲るように失笑する。
「君がこの学院に多く出資をしている貴族だということは知っている。しかし君になんの権限が?そもそも貴方はフランス、私はスイスだ。統括される国が違う」
「残念ながら、君はもうスイス貴族ではない」
「なにを、」
言いかけた言葉を遮るように、オリバーは突きつける。高級な羊皮紙に記された流麗な筆記体とその内容を。
その紙面に書かれた内容を一瞥する蒼の瞳は、恐怖に見開かれてゆく。
「クロス家は蛮行を重ねすぎた。よって子爵の地位を剥奪、国外へ永久追放とされ、一切の始末をフランスへ譲渡された。――その意味が、わかるだろう?」
お前はもうスイス国民でもなければ貴族でもない。その上部に広がる貧民街の住民同様、無国籍市民。さらに大公直々にその始末を告げられた、その意味が。
「私は大公より迷宮区の貴族の規律を監視するよう勅命を受けている。よって君には。――ここで死んでもらう」
その紫の瞳には一切の感情はなく。ただただ眼前の愚者を見据えるだけ。
軍靴をならしながらゆるりと、まるで忍び寄る蛇のように迫り来る眼前の恐怖に、竦みそうになる身体を叱咤して、震える手のひらを握りしめる。
こんな。こんなことがあってたまるか、と。
腰のベルトに仕込んでいた試験管の1本を抜き取ると、マークスはコルクを指で弾いて中の液体を散布させる。その液体はただの水ではなく、水銀。
錬金術は同じ物質から別の同じ物質へと変化させる化学魔術。水銀はただのトリガーだ。散布することによって付着した水銀を錬成で凝固。体内にでも入り込めばたちどころに死に至る。
――の、はずだった。
「――葬送の唄を。『骨抜』」
現実にはありえない、赤黒い紫の花が一斉に咲きほこる。それは飛び散った水銀を中心に芽を出すと、一瞬のうちに種を宿し、小さな爆発を起こして放射線状に散乱する。
迷宮区の壁に。地面に。そしてマークス本人に。それは各々にやどるありとあらゆる生命エネルギーを吸い取りながら、色とりどりの花を芽吹かせる。
「な、なんだこれはっ!?やめろ、うがあァァァああっ!?」
ちょうど試験管を持っていた右腕に着床した種はミシミシと音を立てながら根を伸ばす。それはぐんぐんと伸び続け、最後には生命の中心である心臓へとたどり着く。
その絶叫をその風のように聞き流し、オリバーは歩を進め、そして激痛にのたうち回るマークスを見下ろして。
「…っそうか。お前、ロングヴィルの今代っ、」
「――主よ。愚かな仔羊に魂の救済を」
振り上げた紫黒の刃を振り下ろす。
*****
剣に着いた血糊を振って払い、オリバーは鞘に納める。
「…これで良かったんですかい?」
そう言って、物陰から様子を伺っていた自身の従者をちろり、と一瞥しながら。
「見せしめとしては充分だろう」
「まぁあれだけ『ぎゃあぁああ!』とか叫べばちったあ相手方にも伝わるでしょうが」
「それ、大公の目の前で実演するのか?」
そう言って嘆息しながら伸ばされた手に黒のハーフグローブを手渡す。自分が『伯爵』としての任務を全うする際には必ず着用する、一種のスイッチ。
薄く付いてしまった、血赤の色に紫の双眸を眇めながら思ってしまう。人を斬るのは、やはり慣れるものではないのか、と。
ずきん、と鈍く痛み始めた頭を抱えながら、頭の隅でそう思考した、その時だ。
「――だからあの時『惜しい』と言ったんだよ。オリバー・L・ブルームフィールド」
洗練でいて苛烈。迷宮区の深い闇からの一声が通った瞬間、いち早く行動を起こしたのはリュカオンだった。
「っload!」
背後からの強襲に、オリバーは理解が及ばず振り返る。眼前に躍り出る、赤に近い金髪の軌跡。
次いで短い呻き声とともにぱっと散る、血赤。
それを見開いた紫の瞳に写し、直後に崩れ落ちた従者を支えようと手を伸ばし、失敗して諸共に膝を付く。
「っリュカ!」
「…たく、しっかりしてくだせぇよ。オリバー」
致命傷を避ける形で彼に突き刺さったものを見て、オリバーは紫の双眸を眇める。
これは。――確かクナイだったか。
「手負いながらも反撃をくれるとは。優秀な従者を持っているね」
かつ、と軍靴を鳴らして迷宮区の闇から溶けだしたのは、『タキオン』総団長、アルベルト・サリヴァン。
一切の汚れのない純白を翻し、オフゴールドの緩くウェーブがかった長髪を風に靡かせながら、執行人は2人の前に立つ。
一瞬の交錯の刹那。リュカオンの手から放たれた火球の存在など、無かったかのように。
「…サリヴァン様」
「いや、どうやら神域を犯す罪人が現れたと思って遠路はるばる戻ってきたんだけどね。貴族間のことは、どうやら貴族に任せる方が色々と良さそうだ」
ぱちん、と鯉口を鳴らしながら右手を口に当て薄く笑う。その翡翠の瞳には、笑みの欠片も宿さずに。
「それにしても。今代の『紫氷』継承者は何とも頼りないね。――咎人に情けをかけて、どうするつもりだ?」
「っあ"…!」
僅かに上がった濁った悲鳴に、オリバーは弾かれたように顔を上げる。視線の先、マークスが伏せたその場所には影が人型をかたどったような漆黒が佇んでいた。その下を、波打ちながら広がる赤の水面。
漆黒の影は長い前髪の下の夕暮色の瞳でこちらを一瞥すると、溶け込むようにして影に戻る。その手の今まさにマークスの喉を掻き切った、刀と共に。
「力は力として。装置としてただ仕事をこなすだけでいい」
冷えきったアルベルトと言葉に、オリバーは言い返すことが出来ず項垂れる。その言外の言葉も理解して。
お前には、覚悟が足りていないのだと。
あぁそういえば、とアルベルトは今思いついたかのように問いかける。明日の予定でも聞くかのような気軽さで。
「先代は早く使えなくなってしまったが。――お前の侵食は大丈夫かな?」
その発言に、紫の瞳は見開いて凍りつく。何故それを、と思いかけたところでそれは無駄だと悟る。
この人は、何もかもを見透かしている。
それでも震える口を開こうとして、言おうとしたその瞬間。真横から疾風が吹き抜ける。
いつの間にか眼前のアルベルトは顔の前に手を伸ばしていて、その立てられた人差し指と中指の間には漆黒のクナイ。
振り向いた先、自分の身体に突き刺さっていた1本を投げつけたリュカオンの常磐色の瞳は、主人を嘲られた怒りが浮かぶ。
「リュカオンっ!従僕としての身分を、」
「やはりいい従者を従えている。彼の噛みグセをお前は少し見習いなさい」
挟んだクナイをくるりと持ち替え、アルベルトは慈しむように口の端を緩める。
「さて。これから最深部攻略もある事だし、私はこれで失礼するよ。悪いが後始末はよろしく頼む」
「承知しました」
仄かな魔法陣の燐光を浮かばせて、くるりと背を向けて。
その光に消える狭間。オリバーはその言葉を確かに胸に刻まれた。
「――お前は先代よりも持つ事を、期待しているよ」
*****
「――カズキっ、今日もハヤトの話聞かせてよ!」
「お前は本当に隼人の話が好きだな」
何度も突撃を繰り返せばお互いになれたもので、庭の背の低い木々に潜んでお目当ての人物を待っていたレグルスは、目を輝かせながらカズキへ歩み寄る。
最初のうちはカズキの行く場所場所を先読みして現れていたレグルスだったが、最近は逆にカズキの方が時間を見つけて人気のない場所へ訪れるようになった。
今日はその、何度目かの出会い。麗らかな春の日差しが差し込む、昼下がりの時間。
まだ設立されてまもない、聖グリエルモ学院の数ある中庭の一つのベンチに腰掛けていたカズキは、手にしていたタブレットの電源を落とす。
「なんで俺じゃなくて隼人なんだよ」
「そりゃあハヤトは頭がすっごくいいからじゃん!パワーだけならおれの方が強いけど」
「お前の憧れは歪んでるなぁ」
まぁ兄としては弟を良い様に言われて鼻が高いけど。とカズキは片腕しかない左の手のひらでレグルスの頭をかき混ぜる。
そうしてこれまで話してきた話の続き。数年前カズキのハヤトが初めて迷宮区に訪れてからの武勇伝を聞かされる。
ある時は正面から堂々と。
またある時は奇策を用いて裏から。
さらにある時は邪道ともいえる手を。
レグルスは瞳を輝かせながら聞き入る。それはレグルスにとっての虚妄。まるで物語のような実話。
どんな手を使っても、望んだ未来を掴み取るその戦略はまさに。――運命を凌駕する。
そうしてふんふんと鼻を鳴らして聞いていると、カズキは胸ポケットに下げた懐中時計を確認して。
「…今日はもう時間だな」
「え〜もう?ということはおれもそろそろ戻らなくちゃ」
あからさまに肩を落とすレグルスの華奢すぎる身体。身に纏う襤褸の隙間から垣間見える赤黒く変色した痣の数々。
それを見てしまって、黄金の散る紅の双眸は僅かに細まる。憐れむように。無力な自分を恥じるように。
その視線に気づかず、レグルスはぱっと面をあげる。
「じゃあまた明日!明日今日の続きから話してくれよっ」
「そ〜かそ〜か、次は俺の話が聞きたいか!」
「誰もそんなこと言ってないじゃん」
「この子酷いわぁ」
軽口を叩き合い、レグルスはにかっと笑う。いつもと同じやり取り。だから、その明日は当たり前に来るのだと思って。
だけど。その日だけは違った。
「…ごめんな。お前とこうして話せるのは、今日が最後だ」
「…え、」
「迷宮区最奥部の攻略が明日から始まる。だからこの話は、それで最後だ」
まことしやかに語られていた、深淵の先の迷宮区最奥部。その攻略がついに始まるのだと言う。最前線攻略を任とする『タキオン』所属調査員であるカズキは、当然その場所へと赴かなければならない。
そうか、と。自分ではなくさらに向こうを見据える紅の双眸をみて、レグルスは直感する。
理由はない。ただ思ってだけ。
「――死ぬの?」
その短い問いかけに、紅の双眸ははっと見開かれて、レグルスに向き直る。大きな白銀の、獣のように細まった瞳孔。
「…お前は本当に鋭いな」
苦笑して、手を置くようにして薄桃色の頭を撫でる。自分の手よりも一回り以上も大きな、大人の手のひら。
そしてベンチから立ち上がると、レグルスの前に改めて跪く。2色の視線が一直線に交わる間を、風に運ばれた若草が横切っていく。
「俺は、お前を救えたのにわざとそうしなかった。ごめんな」
未来を見通す『未来視』の異能力者。その彼がレグルスの身の上を知らないはずはなく、そのうえで放置した理由なんて、レグルスにだって簡単にわかる。
――レグルスを救えば、彼の望む未来にたどり着かないから。
それを知っているから、レグルスは憎んだことは1度もない。
「別にいいよそんなの。カズキのせいじゃないんだし」
「…でも、どうか。希望だけは捨てないで欲しい」
その言葉に、今度はレグルスが目を瞠る。ひたむきに隠していたはずの、自分の生への執着のなさ。
思わず逸らそうとした白銀の双眸を、紅のそれは真っ直ぐに射抜く。
息を飲むレグルスに、その奥底の僅かな生への未練に向けて。
「英雄は、必ず戻ってくる」
その言葉の本当の意味を、レグルスは分からない。
でも、その必死な顔を少しでも和らげたい一心で、力強く頷く。
「ありがとうカズキ。おれに希望をくれて。――そして、さようなら」
その最期が、せめて安らかなるものであるように。
*****
――2週間後。
最深部631階層の探索を一段落済ませ帰還した、そろそろ8月になり照りつける太陽光にうんざりするようになる、昼下がり。
聖グリエルモ学院附属魔法化学病院のとある一室の前で、ヴァイスはいつもよりも割増で感情の消えた瑠璃の双眸を半目にして佇んでいた。
その先の病室内では。
「だーかーら!いいか?つまりお前が死にかけた原因は組み込まれた『魔狼』の活性化した細胞分裂によって人間の細胞が追いつかず死滅しかけたことに起因していてだな、」
「いやっ、だから分かりませんけど!?おれ小学生!!もっと簡単に簡潔に教えて頂けませんか!?」
「この面白さがなんで伝わらないかなぁ」
「…何をそんなに騒いでいるんだ?」
およそ重症患者が収容されている病室とは思えない騒がしさに、ヴァイスは若干引きながら堪らず問いを投げる。
討論、というよりもお互いの言い分をただ言い合うだけの口喧嘩に忙しいハヤトとレグルスに変わって答えたのは、同じく呆れながら入口に設置された椅子に腰掛けていたオリバーだ。
「そこの子供がようやく目を覚ましたようだから、その経緯を説明しているところだ」
「それがなんでこうも騒がしくなるの…?」
「お互い精神年齢が近いからじゃないか?」
「誰が子供だ聞こえてんぞっ!?」
ぶんっと風を切り投げられた枕を、オリバーは軽く首を振るだけで回避。的を失った枕は白の壁に激突し、重力に従ってずり落ちる。
白の軌道を追っていた瑠璃の瞳を正面に戻すと、右腕を抑えてぴくぴくと痙攣しているご主人様の姿。
「…痛てぇ…」
「「馬鹿じゃないのか」」
意図せず隣のフランス貴族と全く同じ言葉を全く同時に言ってしまったが、お互いに本当にそう思ってしまったのだから仕方がない。
ハヤトは頭がいいのだが、如何せんどこか抜けている。
と、思いっきり自分のことを棚に上げて、ヴァイスはひとり嘆息する。
あれから2週間の期間を経て、レグルスの回復医療は現在持ちうる全ての手を使って行われた。その間ヴァイスは最前線攻略を行っており、全てを見た訳では無いのだが、そのうちの一手として、『軍神』もその知恵を存分に奮ったようだ。
彼が提案したのは『迷宮生物の細胞分裂による劣化を、細胞自体を凍結させることで停止。その間に人間の細胞を回復させ延命させる』という、自分の腕をくっつける以上の暴論だった。それを提案した時の医療チームの面々の顔は「こいつ何言ってんだ?」だったそう。
とにかく時間がなかったのでハヤトの提案は承認され施術。細胞を凍結させる際に『氷』魔法の使い手であるオリバーも立ち会いの元、結果として手術自体は成功したようだった。――かなりギリギリだったようだが。
ちなみに。ハヤトが入院しているのは、無理して右腕を使ったせいでまたもげかかったからである。
術後の説明も必要だろうということで同室にされた。――ここまでが、現在までの経緯。
「まぁそれは置いておいて。今回の手術は正直不完全だ。迷宮生物の細胞と人間の細胞を完全に仕分けることが出来なくて、まとめて凍結されている部分もある。お前はこれ以上迷宮生物に蝕まれることは無いが、その、ちゃんと成長できるか分からない」
その言葉を聞いて、レグルスの白銀の双眸は見開かれてゆく。聞きようによってはショックなその内容を、吟味するように飲み下し。
「――じゃあ。おれ、これ以上背が伸びないってことですか?」
果たして、この場でこの台詞がすこしズレていることに気づけたのは何人いただろうか。
ん?と首を首を傾げるハヤトをよそに、レグルスは震える小さな両手を見比べながら、まるでこの世の終わりのように恐る恐る言い募る。
「おれは一生可愛いままなんですか!?これからイケメンになってモテモテになって好青年になるおれの夢は!?」
「知らねぇーーー!!!」
あまりにもくだらない(と言ったら失礼なのだろうが)レグルスの願望に、ハヤトは思わず掛け布団にだむぅっと拳を振り下ろす。
「お前俺の心配返せよ!そこじゃないだろ気にするのは!?」
「何言ってるんですか1番重要な部分ですよ!?おれ絶対イケメンになりますからね!?めっちゃモテますからね!?」
「お前のその自信はなんなの…?」
まぁ確かに整った顔立ちに華奢な身体。そのまま成長すればかなり美形にはなるだろうな。黙っていれば。
それに、と頭を抱えるハヤトにレグルスは続ける。彼の持ち前の、太陽のような笑み。
「それもちゃんと、ハヤト先輩がどうにかしてくれるんでしょう?」
レグルスのその言葉に、ハヤトは深紅の双眸をぱちくりとゆっくりまばたく。珍しいと思っていて、最近はよく見るようになった年相応のその表情。
しかしその表情も一瞬で、直ぐに消え去ってしまう。レグルスの笑みにつられるように、不敵に笑みを深めて。
「不完全なのは、性にあわないんでね」
その光景を見てヴァイスはむ、と口を歪ませる。その気兼ねないやり取りが、羨ましくて。
思えば最近はオリバーとも何かしら行動することが多くて、あんなに嫌っていたふたりなのに、一体何がどうしてそうなったのかさっぱり分からない。
――どうして自分はこうやって、ハヤトとやり取りが出来ないんだろうか、と。
その本心を隠すようにヴァイスはぽつり、と疑問をこぼす。
「…どうしてそこまでして、彼を救おうとするんだろう」
答えを求めた問ではない。しかし消えそうな程の小声を耳聡く拾い上げたオリバーはん、と柳眉を上げる。
「なんだ。気づいていないのか?」
「何を?」
この貴族ですら知っているのか、とさらに不機嫌になるヴァイスを他所に、オリバーは紫の双眸を正面に向ける。向けた先で、何事か気づいて慌てふためくハヤトの姿。
その、道化師のような姿に。オリバーは底意地の悪い、醜悪な笑みに口の端を歪める。
――完全に最初に出会った頃の、ハヤトをまだ『落ちこぼれ』として嘲っていたその表情と完全に一致した。
「そうか知らないか。話して貰えないのは寂しいよな」
「あっ、ちょバカ…っ!」
ハヤトの静止を完全に無視し、オリバーは卑下た笑みで手招きをする。正直彼の思惑に乗るのは釈然としないが、しかしハヤトの真意を教えてくれると言うのであれば仕方がない。
と、依然として慌てるハヤトを無視して、オリバーへと顔を近づける。
「――彼は君のために。君の願いを遂げるために必要だから執着していたのさ」
その言葉に、黄金の散る瑠璃の双眸を大きく見開く。だって、そんなこと思いもしなかったから。
ただ単純に、お人好しな彼が同情して救ったのだと。
レグルスのことを気に入って、だから肩入れをしたのだと、思っていたから。
「あの落ちこぼれは口だけ達者でも、最深部まで行くにはさすがに心許無いと思ったんだろう。自分では力不足、だから戦力を求めた」
――全ては、君のために。
オリバーの言葉を全て聞いて、ヴァイスは顔を上げとことことハヤトのベッドの脇へ移動する。
ちなみに。ハヤトはオリバーが手招きした直後頭から全身掛け布団の下にくるまってしまった為、まるで白まんじゅうのような姿に成り果てている。口までがっちりと掴んで離さない徹底ぶりだ。
その白まんじゅうの端を掴んで、つんつんと引きながら。
「…そうなのか?」
沈黙。
「オリバーの言ったことは本当なのか?」
沈黙。
「…君は単にショタが好きなのかと」
「おい聞き捨てならないぞ誰かいつそんな事言った」
がばっと大袈裟に白まんじゅうの中から飛び出してきたハヤトは勢いそのままに反論して、そしてそれが間違いだったと苦虫を噛み潰したような顔になる。――それが、ヴァイスの仕掛けた罠だと気づいて。
「冗談だ」
「せめて冗談言う時くらい抑揚変えような?怖いから」
まんまと釣られてしまったハヤトは罰が悪そうに赤銅色の髪を混ぜ、荒くため息をこぼして覚悟を決めたように言う。
「…俺だけじゃ力不足なんだ。お前の願いを叶えるためには、戦力がいる。お前レベルの戦闘員が少なくともあと一人は欲しかった。レグルスはそれに見合うと思ったんだよ」
ごにょごにょと、言いずらそうに視線を逸らしながら。
その言い分は理解した。けれどもそこで新たな疑問が浮かび上がって、ヴァイスは再び問いかける。
「だったらそう言ってくれればいいじゃないか」
そうすれば、連日のこのヤキモチとした気持ちとか、数日前のすれ違いとかも無かったかもしれないのに。
ヴァイスの質問に、とうとういたたまれなくなったのか、立てた膝に顔を填めながら、声を籠らせながらぽつりと一言。
「…だって、恰好悪いじゃん」
その一言についにヴァイスは何も言えず、瑠璃の瞳を見開いたまま凍りつく。
しかし周囲の盛りの少年たちは、ハヤトのそんな滅多にお目にかかれないであろう姿に、真逆にヒートアップしていく。
「落ちこぼれがどの面下げて言っているんだ!?君はそもそもみっともないんだから体裁なんて気にしなくてもいい!」
「ちょっとそこの貴族?!ハヤト先輩をバカにするならおれが容赦しないけど?!」
「私は君の後見人なのだけれど?」
「クロス家から権利をスライドさせただけでしょ?」
「あ"〜も"〜お前らちょっと黙っててくんない?」
高笑いをするフランス貴族の澄んだ紫。
それに噛み付く半端者の鈍色に光る鋼鉄色。
頼りないご主人様の紅蓮のような深紅。
少し前までの自分の周りでは有り得なかった、それぞれ強すぎる光を放つ、個性豊かな色彩。
それを、瑠璃に浮かぶ黄金に映しながら、ヴァイスはひとりくすり、と微笑する。
いつの間にか、胸に燻っていたモヤは晴れ。
――こんな日常も悪くは無いな、と。困ったようにはにかんだ。