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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.2 義弟妹と合成魔獣
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3-2.その色彩にさよならを

人造人間ホムンクルス』によって穿たれた大穴から辛くも脱出した隼人は、遠目に様子を確認する。

「助けてやらないなんて。非情な先輩もいたものだね」

自らだけは安全地帯にいて、そこだけ避けられたように地割れのない迷宮区の地面に立つマークスの皮肉に、しかし隼人は一瞥するだけ。

ヴィルのような『なにか』が変貌した『ガルム』は、レグルスを追って自ら開けた大穴から下層へ降りていったので、今この場にいるのは錬金術師と落ちこぼれだけだ。

「落ちたのは精々が1.2階層くらいだろ。そのくらいで壊れるようなモンをあんたが作るとは思わないんでね」

正直なところ「そんな劣悪品を作ったなんて幻滅させるな」と言いたかったが、生憎とこの状況で火に油を注ぐほど、隼人は愚者ではない。

代わりに。

「俺のことは始末しなくていいのかよ、錬金術師」

「この騒ぎでこの階層の迷宮生物たちが寄ってくるだろう。それで充分だ」

落ちこぼれごときを始末するには。そう言外に言って、マークスはくるりと踵を返す。

「最期は確認しないのか?」

「お前は捨てたゴミを廃棄場までわざわざ行って見届けるのかな」

つくづくムカつく発言しかしないやつだな、と呆れに目を細める。いつぞやのオリバーとどっこいどっこいだ。つくづく貴族ってやつはと思わずにはいられない。

その傲慢な背中を見送りながら。

「なぁ。ここで悔い改めれば、まだ救いがあるかもしれないぜ?」

嘲りに皮肉って。しかし、その言葉は本心から。

だがその気遣いを、豪胆な錬金術師は鼻で一蹴するだけ。

遠ざかり、しまいには迷宮区の闇へ溶け込んだマークスを、それでもそこにいるものとして見つめながら。

「……忠告は、したからな」

落ちこぼれの呟きは果たして、誰に向けられたものだろうか。


*****


遠くで微かに、音が聞こえた気がしてヴァイスは天を見上げる。そこには夏の突き抜けるような蒼穹はなく、ゴツゴツとした果てしなく黒に近い茶。

迷宮区『サンクチュアリ』最下層域615階層の道中。今よりさらに下層630階層を目指し移動する『タキオン』本隊の先頭付近で、ヴァイスはふと足を止める。

その唐突な行動に、アルベルトは目敏く反応する。

「どうした?」

「……」

問いかけに無言。ヴァイスでさえも不確実な情報を、わざわざ告げる必要もないだろう。

「…別に」

と、短く返したところでまた別の人物がふ、と足を止める。

半分、とまでは行かないまでもヴァイスの胸あたりの身長の、おかっぱ頭の少年。その彼もヴァイス同様に迷宮区の天井を見上げ凝視する。

その瞳に浮かぶ、黄金を光らせて。

「…危ない、」

紡がれた言葉は端的で。しかしそれ故に『何かはあった』ということはすぐに理解できる。

まぁ理解出来たところで、自分にはなんの関係もないのだけれど。と視線を戻したところでつん、とマントの裾を引かれる感触。

胡乱げに、裾を引いた当人を一瞥する。

その視線に怖気付いたのかびくり、と肩を震わすが、掴んだ裾は離さなかった。

ただ、一言。

「貴方の大切な人が、危ないです」

真摯な白銀の双眸の真意に、ヴァイスは弾かれたように身を翻す。

地を蹴って、加速しようと踏みしめたところで。

「――何処に行くんだい」

何が起こっているのか分からないどよめきの中、1人だけ全てを見透かすようにアルベルトだけは落ち着き払った声でヴァイスの行為に異を唱える。――飼われている分際で、一体どこへ行けるというのか、と。

そう言われている気がして、ヴァイスは立ち止まる。今は外して無いけれど、右耳に揺れる幻の重みを感じながら。

「お前とあの子はもうなんの繋がりもない赤の他人だ。お前は『死神』であの子は一介の学生。お前もそう決断して別れたんだろう」

その言葉に、ヴァイスは拳を握りしめる。アルベルトの、言う通りだったから。

守ると勝手に誓って、けれど守れずに無様に生き残った自分を恥じて。

怒るでもなく、しかし慰めるでもなくごく自然に隣に居れることをいい事にのうのうとついて回って。

それでもその同じ色彩に未練たらしくしがみついて。――そんな自分に、嫌気がさして。

だから、金輪際彼には会わないと自分で決めた。いつかの言葉を借りるなら、それはハヤトに対する侮辱に他ならないから。

ハヤトを身代わりに、かつてのカズキを重ねてしまったから。

また会えばきっと重ねてしまう。重ねちゃダメだと思うけれど、それをいつまで耐えきれるか、その自信が、ヴァイスにはないから。

でも。ならなんで。

咄嗟に逆方向へと向いた自分の足を見下ろして、ヴァイスは自問する。ならどうして、この足は彼の元へ向かおうとしたのか。

彼がカズキの弟だから?

成り行きで主従になった、主だから?

――どれも違う。

自分を突き動かすのは、たった一つの感情。それは自分のエゴに、カズキに向いたものではない、別の想い。

思い出すのは2ヶ月前。ふたりぼっちで交わした星明かりの契約。

どくどくと脈を打ちうるさい心臓を握るようにして引っつかみ、ヴァイスは背後に振り向く。

向かい合うは冷徹に凍てついた、翡翠の双眸。その真っ直ぐな視線から逃げないように、その奥底の彼の魂の色彩へ向けて。


「――彼が僕の、協力者パートナーだからだ」


兄がかつてたどり着いた景色を見なければならないと、ハヤトは言った。ヴァイスの、自分の存在理由を探すという目的と、それは一致するのだと。

だから利用しろと、利用し合おうと交わした歪な関係。

その瞬間、ヴァイスは彼の真意を見た気がしたのだ。――俺もお前の探し物を探してやると。カズキでさえも言葉を濁した、ヴァイスがずっと欲しかった言葉を、ハヤトは当たり前のように口にして。

だったら、ヴァイスがやることは1つだ。自分には、これしかないけれど。でもそれだけは誰にも負けない。

――その道行を、立ちはだかる一切を砕くのは、自分の役目なのだと。

翡翠と瑠璃の視線が交わり、その緊張感からいつしかどよめきは掻き消え、夜の帳のような沈黙が降りる。

永遠に感じられるほどの一瞬。根負けしたかのように翡翠の瞳を伏せると、アルベルトは右腰に佩いていた片手直剣を沙羅りと引き抜き、甲高い音を立てて地面へ突き立てた。

「――1時間待つ。それ以内に戻れ」

彼の最大限の譲歩にヴァイスは知れずほ、と息を吐いて。

「――ありがとう」

短い謝礼を置き去りに、元来た道を真っ直ぐに駆ける。

許可が降りた途端のその猪突猛進ぷりに、アルベルトはやれやれとため息をこぼす。確かにその足なら時間内には彼の元へたどり着けるだろうけど。

「ルーク、頼む」

「うぇ!?で、ですがどこへ飛ばせば…?」

「上層階のどこか適当に繋げてくれ。あとは勝手にやるだろう」

「そんな適当な…」

そうぶつくさ言いながら、ルークは首に提げた十字架を掲げ。

「あなたの御言葉は、私の道の光/わたしの歩みを照らす灯」

旧約聖書『詩編』119編105節。神へ捧ぐ祝詞は宙を舞い、次第にそれは蒼白い多重魔法陣を形成する。

ヴァイスは足元に広がったそれになんの躊躇いもなく足を踏み入れると、その姿は瞬きのうちに消え失せ、後には魔法陣の名残のように蒼白い粒子が一筋立ち上って消えた。

現状でルーク・イグレシアスのみが使える瞬間移動の魔法。現実の空間を歪曲させ、瞬時の物体の移動を可能とする神の術。

その残像を見ながら、アルベルトは苦笑する。

ありがとう、だなんて。

「お前に初めて言われたよ」

お互いに、いがみ合いながらの関係だった。アルベルトととしては最初からいけ好かない相手だったし、嫌われてた方が気楽だと思ってそのままにした間柄だ。

そうしてふと、1人あわあわと何故か慌てふためいている、ヴァイスを焚き付けた少年へと振り向く。

「義理とはいえ、我が息子ながらその気にさせるのが上手いね、アデル」

名前を呼ばれた少年――アデルは狐に睨まれた子うさぎのように飛び跳ね、そろそろと向き直る。

その頭上には光り輝く輪冠を。黄金の散る両の目のうち片方だけその色に染め上げた、仮初のオッドアイ。その身に宿る異能を使う時だけ変色する様を見て、『戦神オーディン』の再臨と人は言う。

その神聖めいた見た目に反し、そのオドオドとした所動はどこまでも人間くさい。

「本当なら、お前が行きたかったろうに」

「…いいえ義父さま。これでいいんです」

きゅ、と小さい手のひらを握りしめ、アデルは自分に言い聞かせるようにそう言って。

――大丈夫。あの心優しき『死神』ならきっと、彼も助けてくれるから。

「今はまだ、兄に会う時では無いですから」

小さき王と同じ色彩の、薄桃色の頭髪と白銀の瞳の臆病な戦神は、不器用に微笑んだ。


-----


何十回もその身に試せば慣れたもので、ルークの瞬間移動魔法で空中に放り出された先で、ヴァイスは苦なく地面へ降り立つ。

着地と同時、ぐるりと辺りを見回してここがどこかを確認しようとするが、全階層通してこれといって目印になりそうなものが何一つない迷宮区内部において、それを傍目に判断するのは難しい。

しかし。

「…殺気立ってる」

怒りに。怯えに。混乱に。その場の空気が震えている。下層域ならまだしも、上層階でそれほどの殺気は身に覚えがあまりない。

その尋常ではない空気に、ヴァイスは瑠璃に浮かぶ黄金を光らせる。

ヴァイスの異能は『魂の色彩』を判別するものであり、その距離や方位までは分からない。ただ色を映すだけ。たったそれだけの異能だ。

――しかし、ほぼ零距離であれば、そのハンデは一切を失う。

視線の先にはぽっかりと口を開けた、いくつもある何の変哲もない広い空間。そこに今まさに会敵したのか、ぶつかり合う二色の色彩。

…訂正。ひとつは勇敢に立ち向かうと言うにはあまりにも逃げ腰で、ちょろちょろと動き回っている。

その色彩を映しとった瞬間、ヴァイスは力いっぱい地面を蹴りあげる。――いつも通りのそのひ弱さに、口の端を緩めながら。

空間までの距離を一気に駆け抜け、勢いそのままにヴァイスは入口を塞ぐようにして仁王立ちしていた迷宮生物、『グローツラング』の鱗に覆われた頭部を蹴りあげる。

完全の不意打ちに、流石の迷宮生物もぐらりと上体を揺らし、ヴァイスはその背を駆け上がる。

ふみ砕くようにして頭部で踏み切り、空中へ身を踊らせ死神の鎌を引き抜くと、身を捻りながら万全を期して立て続けに三回発砲。

伝説どおりであれば宝石が埋め込まれている眼窩を。――そこに嵌る結晶核を撃ち抜いて。

ヴァイスが着地すると同時に、心臓を抉られた『グローツラング』の蛇の巨体は、それに見合う重音を立てながら頽れ、二度と動くことは無かった。

――あの時と同じだと、ヴァイスはふと思う。

あの日、純粋に彼に純粋に初めて向かい合った2ヶ月前。まだ2ヶ月前なのか、とその日数以上の感覚を手繰り寄せながら、ヴァイスは振り向く。

あの時も彼は、なすすべもなくただ呆然と見上げてきて。違いといえば、手にするのはその時は抱えていた当時の契約者の骸ではなく、漆黒の刀身の日本刀。

2か月前と同じように、しかしあの時とは僅かに違う感情から見開かれた深紅の双眸を。――そのクールぶった、ひねくれた感情とは真逆に煌々と燃え上がる、紅蓮の炎のような魂を見返す。

カズキと同じようでいて、その色の深さは彼以上の、魂の色彩。最初見た時から気高く変わらない、彼だけの色をその黄金の光る瑠璃のそれで見返しながら。

「――君は、迷宮生物に好かれる匂いでも持っているのか?」

その場には到底似合わない、困ったようなはにかみ顔で苦笑した。

助けられた当人のハヤトは、現状を把握するようにひとつ大きくまばたきをすると、次いで盛大にしかめっ面になる。

「開口一番それかよ!だれが好き好んで迷宮生物に集られてるって言うんだの野郎っ」

「だから、無意識に何か持ってるんじゃないの?」

「あ"〜世の中理不尽だ…」

ん?でも金稼ぎにはいいんじゃないか?と柄にでもないポジティブシンキングを見ると、割と切羽詰まった状況だったのかとヴァイスは納得する。

ヴァイスに気遣って、痛む右腕を気づかれないように隠しながら庇っている、そのぎこちなさにも。

「…済まない」

いつかと同じ、謝罪は無意識に、滑るように口から零れた。

弱々しく、けれどきちんと伝えなければと聞こえるようにと発した謝罪に、ハヤトは目を瞠る。

潰れそうになる心を奮い立たせるように、そのままの勢いでヴァイスは訥々と打ち明ける。心の内を。見つめたままだと折れそうだったから、瑠璃の双眸を緩く伏せて。

「君を贖罪にしたこと。君にカズキを重ねたことを。――言い訳に、したことを」

君の兄を、肉親を奪ってしまったことを。

君は君であるのに、素通りしてしまったことを。

こうして改めて省みると、謝罪したいことは山ほどあった。その事にさらに恥じて。でも、と手のひらを握りしめて。

伏せていた視線を上げて、真っ直ぐに。

「ようやく、わかったんだ」

ずっと心に燻っていた、この感情の正体が。


「僕は、君と一緒に目指したい。君にこの迷宮の果てを。――僕の冒険の先を、見届けて欲しいんだ」


自らの存在証明を探す旅を。他でもない、目の前の少年に見届けて欲しいと思っていたのだと、ずっと前からこの心臓は訴えていたのだと。

ようやく気づいて、気づいてしまったら、もう見て見ぬふりは出来なくて。

「…都合がいいのは分かってる。だけど、僕一人じゃ、そこまで行けないから」

最初は成り行きだった。いけ好かない、でも罪の象徴である恩人の弟。

でもあれから、自分の正体を知っても逃げなくて。

一緒に冒険をして。

自分に必要だからと、離れようとした自分を引き止めてくれた、唯一の人。

俺1人では、たどり着けないと、そう言って。

それはヴァイスにとっても同じだ。

1人ずつではダメでも、2人でなら。それはまるで比翼の鳥のように。――2人なら、どこまでだって行けるんだと。

切り出したはいいけど落とし所がわからずに、ヴァイスは口ごもる。だから、えっと…。

言葉と共に肩も窄めて、ヴァイスの視線はつられて落ちる。向かいに立つ、少年のつま先だけが視界に映る。

何か、言わなくちゃ。

「…俺たちの共通点はムカつくけど、あのクソ兄貴じゃん?」

そう思ったヴァイスより先に、今まで沈黙を貫いていたハヤトは自然な声音で言う。ごく自然に、世間話をするように。

「同じ背中を追いかけて、同じように置いていかれて。でもそれって無責任だし、やられっぱなしってのもムカつくんだよ。だから、」

その一区切りが不自然で、ヴァイスはふ、と面をあげる。ひっかけにハマった子供を見る、意地の悪い朗らかな顔。


「辿り着いた先で、言ってやるんだよ。――お前がいなくても、俺たちはここまで来てやったぞ。ざまぁみろってな」


何もかもを見透かした、2人にとっての英雄に。

ハヤトの言葉は自分自身では到底思いつかなかった言葉だったけどすとん、とヴァイスの胸の隙間に落ちる。

――彼はどうしていつも自分では分からない、欲しい言葉をくれるのだろうか。

そうしてぱちぱちと瞬いているとん、と右手は上がらないからと左手を差し出される。――その手のひらに乗った、白銀と紅の制御装置を。

「要るだろ」

ここまで来て照れくさそうに言うものだから、つられてヴァイスも気まずくなって、深紅の視線からつい、と制御装置へ目線を落とす。

この4年間ずっと忌々しいと、視界に入る度に思っていた。

でも、今は違う。

これはきっと自分にとって自由の象徴になるんだと、感じられた。

ややあって手を伸ばし、ひょいとつまみ上げて元の位置。――右耳に嵌めて。


「僕が必ず連れていくから。だから。――君が導いてくれ」


今度はそらさずに、真っ直ぐにその紅蓮の炎の色彩を捉える。

それは決別。あるいは宣誓。

かつての恩人の、水平線に沈みゆく夕焼けの茜色にさよならを。

――最後には必ず、彼と共にその場所へたどり着くために。


ところで。

「お前って、まだ時間に余裕ある?」

突然の方向転換にヴァイスは処理が追いつかずこてん、と首を傾げる。死神と言えど、軍神の思考回路は読めない。

目の前のハヤトはと言うと、ヴァイスの反応にあ"ーだのう"ーだの煮え切らない唸りをウンウンあげて、やがてその時間さえも惜しむように意を決して切り出した。

「助けて貰っておいて業腹なんだが。…その、レグルスも助けてくれると助かる」


えー。

「えー…」


脳内だけでとどめておこうと思ったけど失敗して、思わず声が出てしまった。

「おい。そんなに邪険にするなよ」

「先に嫌ってきたのはあっちだ」

「お互い様だったと思うけど」

駄々をこねる子供を相手にするようにあしらわれて、ヴァイスはむ、とさらに顔を顰める。

正直ヴァイス自身、なぜこうもあの子供を毛嫌いしているのか分かっていない。分からないけど、なんか好かないのだ。

それは仲良くしたい友人を、他の子に取られるような感覚に似ている。とにかくなんか、取られたくないのだ。

しかめっ面のまま沈黙するヴァイスに、ハヤトは困ったように懇願する。

「…頼む。あのまま死んだんじゃ、さすがに救われない」

悲劇を見るような、痛ましいものを見るような哀惜に、深紅の双眸は揺れる。

その表情を見てしまって、ヴァイスは嘆息する。やっぱりこの人は、どこまでいってもお人好しなのだなと。

しかし正面切ってそんなことを言っても、ハヤトはどうせ聞き入れはしないので。

「…ご主人様の仰せの通りに」

ひょいと肩を上げ、からかうようににそれだけ言うと、ヴァイスはくるりと通路へと足を向ける。見た限りこの空間には居ないようだから、どうやらはぐれたのだろう。

「その先の通路を真っ直ぐいくと、突き当たりの空間にでかい縦穴がある。その下だ」

「分かった」

崩落に巻き込まれるなんて、間抜けなやつ。と思うがあの獣並の反射神経を持つレグルスがそのまま落ちるなんて有り得ないので、どうせイレギュラーだろうとすたすたと歩を進める。

迷宮生物然り、本当どうして今回のご主人様はこうした事件に好かれるのだろう。一体どうしたものか。

と、呆れ半分に思案ながら歩いていると、言い忘れてた、と呼び止められる。

「何」

「いや、その、」

言いずらそうに視線を泳がすものだから、瑠璃の双眸を苛立ちに眇める。時間が無いのだから早くしろと。

やがて観念したように渋々と、しかしハッキリとハヤトは言い切った。


「お前の『おれ』って一人称、やっぱり合ってないと思う」

「…僕もそう思う」


カズキの真似をしてみていたのだけれど、と心のうちで吐露して。

ヴァイスは自分でもわかるくらい、困ったようにはにかんだ。

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