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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.2 義弟妹と合成魔獣
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間章 ばけものだと言う君へ

一樹目線の、ちょっとした羽休めです。宜しくお願い致します~!

「――どうして僕はみんなと違うの?」


背後からかけられた言葉に、一樹は振り返る。5つも違うのにほとんど同じ高さの瑠璃色の瞳。

自分と同じ黄金の散った、しかし若干感情の抜けた双眸が、紅のそれをじ、と見つめている。

「何の話だ、ヴァイス?」

「それ」

つい、と指さす方向にはまだできて間もない、物言わぬ骸。迷宮区ではもう見なれてしまった、その光景。

一樹も所属する多国籍最上位迷宮区調査打撃群『タキオン』。その本隊所属構成員ともなればそんじゃそこらの迷宮生物相手に易々と殺されるはずもなく、下手をしたらそいつらよりも化け物じみた戦闘力を持つ調査員もゴロゴロいる。

が、死なない人間なんぞ現世においているはずもなく。

それは迷宮区最下層域ともなれば、死体なんてただの背景。

そんな、まだ生暖かさを遺す死体を指さしながら。

「僕の血は蒼いのに、どうしてみんなは紅いの?」

「それは、」

痛々しいほどの純粋さに、思わず一樹は口を噤む。

彼はただ純粋に知りたいだけなのだ。自分と違う、血潮の理由を。

だからこそ、どう言ったらいいか悩ましい。本当のことを言ってもいいものか、と。

答えあぐねているとかつ、と1人分の軍靴の音が近づく。

「それはお前が化け物だからだよ」

「…アルベルト」

友人の容赦のない正論に、一樹は怒気を孕んだ低い声で名を呼ぶ。自分の怒りがちゃんと伝わるように、フルネームで呼んで。

しかしその激情は歴戦の調査員にはごく当たり前すぎて、アルベルトはふ、と一息はいて銀に近い金髪を払う。

「お前には子供を気遣う心は無いのか」

「ここで取り繕ってどうする。人間だと思っていて後々真実を告げられるより、最初から化け物だと知っていた方が救いがあるだろう」

「だからって言い方があるだろ」

しかしアルベルトの意見も最もだと、それ以上の言及はやめ荒々しく嘆息する。

ヴァイスを拾った時からこの友人はこんな感じにつっけんどんだ。こんなにかわいいのに。

というより。

「なんだってそんなに毛嫌いするんだ。今回だって初見の迷宮生物にこれだけの被害で収まったのは、ヴァイスのおかげだろ」

自分の名前が出たからか、ヴァイスは異能力者特有の、黄金の散る瑠璃の双眸をゆっくりとまばたく。

「…僕はただ、位置を知らせただけ」

「それが一番助かってんの。もっと胸を張りなさい」

「成程。道具として愛せと」

「誰がそんなこと言った」

この腹黒貴族、出会った時よりいくらか丸くなったかと思ってたのに。

じろ、と紅の双眸で睨みあげると翡翠のそれはぷい、と顔を背けてしまう。コノヤロウ。

嘆息し改めてヴァイスに向き直ると、何を思ってかじ、と己の掌を見つめている。感情のまだ薄い、瑠璃の瞳。

「…ばけもの」

「本気にするなよ」

「気にしてない。…そうか、ばけものか」

ばけもの、という言葉を正しく理解した上で、ヴァイスは見つめた手のひらを開閉する。その言葉を刻みつけるように。

この2年間で、ヴァイスはようやく意思疎通ができるくらいまでの感情と言葉を覚えた。

迷宮区の最下層域で発見した時は、外見年齢は13歳相当だったのに、まるで生まれたての赤子のようだった彼。――遠く島国に遺してきた、弟と同じ歳の。

最初は噛むわ壊すわギャン泣きするわで、そりゃもう大変な時期もあったが、次第にそれも落ち着いて、逆に感情が見えにくくなってしまって。

…育てかた、間違えたかな?

なんて、子供なんていないのに一樹は父親の気分を味わっている。

「…じゃあ、」

ヴァイスのこぼした前振りに、一樹はん、と短く反応する。

瑠璃の双眸はこちらを見ずに淡々と、ただ純然たる事実を口にする。


「ばけものの僕は、殺さなくちゃ」


その言葉の意味が、咄嗟に理解できなかった。

それは隣に立つアルベルトも、近くで聞いていた他の調査員の誰もが同じで、一団の中にぽっかりと空いた、戦慄の間。

そんな緊張感の中、当の本人は至って普通に、当然のように腿の拳銃嚢ホルスターから得物を引き抜く。鈍色に輝く、必殺の白銀の自動拳銃。

そこでようやく一樹は悟る。彼が何をしようとしているのかと。

先程の戦闘で、初弾はもう装填されている銃口を、自然な動作で自分の心臓へと向け、人差し指に力を込める。


――瞬間。短い発砲音と共にぱ、と鮮血が舞う。


眼前に舞った血赤色に、瑠璃の双眸は大きく見開かれる。

次いで、心臓に向けていたはずの銃口が一樹の手のひらでそらされていることに気づく。その腕に滴った、紅い血も。

「…カズキ、死んじゃう」

その見当違いな心配に、一樹は額に青筋を浮かべて。

――奪い取った拳銃のグリップを、雪白の頭に向かって思いっきり振り下ろした。

「〜〜〜っ!?」

「いきなり目の前で死のうとするやつがあるか!バカなんですか?!」

感情の希薄な少年はこの時ばかりは効いたのか、頭を抱えてその場にしゃがみこむ。その上から容赦のない罵詈雑言を浴びせる。

「だって、」

「だってもクソも屁もないわっ」

「迷宮生物はばけもので殺さなくちゃ行けなくて、じゃあ同じばけものの僕も殺さなきゃだめで」

なんていってきやがったので。

「ア〜ル〜ベ〜ル〜トぉ〜?」

「…一言言わせてもらえば、俺もここまでやるつもりはなかった。すまない」

隣に立っていた麗人の胸ぐらを掴んで、軽めに引っぱたく。

「お前は迷宮生物じゃないだろ」

「でも同じ色の血が出る」

「人間を襲いたいとは思わないだろ」

「…今は思わない、けど」

どうやら納得はしていないようでむ、と口をひん曲げている。なんで変なところで意固地になるんだこいつは。

はぁ、と溜息をつくと一樹は腰を落とす。へたりこんだヴァイスと、目線を合わせるように。

全天の星空のような双眸と、視線が交わる。


「――じゃあ、探しに行こう。お前がばけものじゃない証明を」


痛む心臓を押し殺し、努めて明るい声音で一樹はヴァイスにそうもちかける。――これは『呪い』だと、紅に散る黄金を仄かに光らせながら。

きり、と歯を軋ませる。そうでもしないと、この真白な少年はいとも容易く自分をも殺してしまうだろうから。たった今、そうしたように。

――それは、だめなんだ。だって。

「…探す?」

「そうだ。お前自身がお前自身のために、ここでそれを探すんだ。それならお前も納得するだろ?」

ぱちくりと大きくまばたく瑠璃の瞳に映る自分に向かって、一樹は片腕しかない腕を広げる。

道化を演じる、道化師のように。

熟考するように目を伏せて、ややあってヴァイスは顔を上げる。

「…カズキも、一緒に探してくれる?」

小さな子供が1人で何かをする前の、縋るような声音。その言葉に、凍てつかせた意思が揺れる。

彼が望むのなら、一樹としてはなんだって叶えてやりたいと思う。だけどそれだけは、出来ない。

――自分の命はもう、あと数日しか残っていないのだから。

それは5年前、初めて迷宮区へ来た時から決まっていたことで、その為だけに一樹は日々を費やしてきた。

全ては、この先を繋ぐために。

弟に。――世界を諦めてしまった、隼人に繋ぐために。

だからこの場でヴァイスに贈れる言葉は、たった一つ。

目の前の子供のようなまっさらな少年に向かって、一樹は手を伸ばす。掠ってしまった被弾箇所から流れる血で汚れないように、雑に服で擦ってからぽん、と頭をかき混ぜる。

大丈夫だと。


「お前のその冒険に付き合ってくれるやつは、必ず現れる。だから、心配するな」


この後の数年。どこを見ても真っ暗闇で、疲れ果てて泣きたくなって死にたくなるかもしれない。

でも、生きることだけは諦めないで欲しい。

無様でも、歩みだけは止めないで欲しい。

だって、晴れない闇はないのだから。


――英雄は必ず、帰還する。

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