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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.2 義弟妹と合成魔獣
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1-4.錬金術と落ちこぼれ

「――無事ですか、ハンナ先生!」

そう言って、先程ハンナが来た方角から息を荒らげて駆けて来たのは、見るからに貧弱そうなもやしのような青年だ。

男性にしては長めの青灰色の髪をみっともなく振り乱しながら、ただでさえ少ない体力の底が尽きたのか、ハンナの前で膝に手を当て頽れた。

「この通り問題ありませんよ。しかし生徒よりも私の心配をするとは、先生として失格じゃありませんか?ルーク先生」

ハンナの最もな意見に、しかしルークと呼ばれた青年教師はかけた眼鏡の奥の黒瞳を眦とともに下げる。

「生徒もそうですが…。ただでさえ無断出勤の貴女がこんな所で怪我をしたとあれば、僕が総団長に殺されるんですよっ」

「アルはそんなに怖い人じゃないですよ。ただやり方が直線的なだけで」

「直線的過ぎますよ!!もっと段階を踏んでください!!」

と、自分たちよりも年上の教師の、この場にそぐわない緊張感の欠けらも無いやり取りにハヤトとレグルスはあっけに取られたように眺めているが、ヴァイスにしてみれば見慣れた光景だ。

『タキオン』本隊所属第1級戦闘調査員ハンナ・サリヴァン。

『タキオン』本隊所属第1級特殊戦闘調査員ルーク・イグレシアス。

ハンナはまだ威厳や、アルベルトの妻ということもあり第1級と言われてもなんら不自然に思われないが、このひょろひょろのもやしからはなんの気概もオーラも感じられないが、一応最前線でヴァイスと共に迷宮区を駆ける仕事仲間である。

見るからに戦闘向けではないのだがそれも当然、彼は元々聖職者で殺生沙汰は不得意なのだ。

が、魔法五大元素のうち希少種である『空』魔法の適正値の高さを見込まれ、アルベルトに引き抜かれた経緯を持つ。

『空』の魔法適性者はパッと見で判断が付きにくい。他の4元素ほど頭髪にその適正の高さが表れず、これは適正色が無彩色の黒・白・灰色が元の髪色や4元素の適正色と混じる形で出現するためである。

という判断基準から行けばヴァイスは雪白、ハヤトは紅に黒が混じった赤銅色の髪色なので『空』魔法の適正値があることになるのだがそう単純な話でもないようで、2人とも魔法適正値は最底辺という診断結果を持つ。

不確定要素を多く持つ『魔法』だが、その中でも『空』魔法の多くは解明されていない。

閑話休題。

というわけで類まれなる『空』魔法に属する『幻惑』系統の魔法を得意とするルークは、最前線で『タキオン』の最前線を支える、れっきとした第1級調査員なのである。

そのルークがこの場にいるということは。

「特戦も同じようなことやってるのか」

と、ハヤトもルークをみて納得したようだ。

ルークの受け持ちは黄色の裏地の制服。

「いざと言う時のために優秀な子を連れてきましたが、杞憂だったようですね」

ほ、と安堵した声に押され、今までルークの背後に控えていた生徒が歩みでる。

「まだきちんと挨拶が出来ていなかったのでこの場をお借りして。2年特殊戦闘科所属のマークス・クロスです」

流麗なお辞儀と共にスカイブルーの頭髪の少年。――マークスは名乗りをあげる。

「クロス家にはいつもお世話になっています。ご挨拶ができて嬉しいわ、こんな場所で失礼かと思うけど」

「お世話だなんてそんな、貴族として当然の務めです」

貴族、というフレーズを聞いて反射的に「うげ、」と小声で零したハヤトの声を耳ざとく拾ったのか、マークスの蒼の双眸がこちらへ向く。

「なんだ、落ちこぼれじゃないか」

「どーも」

なんか新鮮だなこの感じ、とハヤトはボヤくがその声は聞こえなかったのか、マークスは笑みを浮かべて歩み寄ってくる。もちろん、卑下た笑みだ。

「復学していたなんてね。春先の1件で死んだものとばかり」

「お陰様で」

死傷者リストには無かっただろうが、という言葉は言うだけ無意味と判断し、ハヤトは面倒くさいという心境を隠す気などさらさらない適当な相槌を打つ。

「たかだか迷宮生物一体相手に死にかけた、なんて聞いた時は全く驚いたよ。本当、」

春先1件は裏で『タキオン』所属の位の高い調査員の関与が疑われ、詳細な情報は開示されていない。

よって、詳細を知らされていないいち学生の彼からしてみれば、ハヤトはただ『中層域付近だったとしても、表層域の雑魚迷宮生物相手に勝手に死にかけた』という認識になるわけで。

続く言葉は当然、容易に想像出来る。


「落ちこぼれとはよく言ったものだね」

――何も知らない本当の無能が、どの面下げて。


そう反射的に腿に伸ばされた手はしかし、ハヤトがさり気なさを装ってヴァイスの前へ1歩でたことで遮られる。

しょうもないことでいちいち激情に駆られるな、と言いたげに。

「貴族様のように唯一無二の魔法も持っていない一般人なんでね。あんたもさぞご大層な固有魔法をお持ちなんだろうな?」

声音はごく自然に、しかし明らかな煽り文句をもって答えたハヤトのその態度が気に入らなかったのか、マークスは僅かに柳眉を寄せるが、それだけだった。

ハヤトの問に答えたのは、ハンナだ。

「クロスくんのご実家は学院への出資の他に、この迷宮区の貧困街に多くの孤児院を展開しているの」

しかし返ってきた言葉は微妙に外したものであり、ハヤトへと直接的な答えとはなっていない。

固有魔法はその一族以外使うことが出来ないからこそ唯一無二。それ故に基本的には秘するものであるというのが暗黙の了解だ。――誰かの目に入ったものはいずれ解明され、『特別』だったものは『凡庸』へ堕ちる。

その事を懸念しハンナは言葉を濁し、その返しに関してもハヤトは不満を零さない。

が、続くマークスの言葉は予想外のもので。

「問題ありませんハンナ先生。我が秘術はいずれは公にされ皆が使えるようになるのですから」

マークスの言葉に、ハヤトが片眉を上げる。

「それは俺みたいな落ちこぼれでもか?」

「勿論さ。万人に使えなくては意味が無い」

そう言ってマークスはポケットをまさぐると、取り出したのは細い試験管だ。

「我が秘術は錬金術。魔法とは違ったベクトルで神秘へのアプローチを、ひいては全ての人がそれを使えるように汎用化させることがクロス家の方針さ」

手にした試験管を、正確にはその中に入っていた鈍色の液体を、レグルスによって築かれたサンダーバードとブラックドッグの死骸へ徐に振りかける。

直後に銀の魔法陣、いや魔法陣のような幾何学模様が幾重にも展開。眩く煌々と光を放ったかと思うと、唐突に霧散する。


神秘のヴェールの向こう側に頽れていたのは、今までヴァイスですら見たことの無い、歪で継ぎ接ぎだらけの『ナニか』。


生物、だとは思う。僅かに上下する上体や手や足のようなものがところどころから生えているから。

しかし、生命と呼ぶには。

「…っ、」

無意識に『視て』しまったその色に、黄金が仄かに光る瑠璃の双眸が歪む。

その、あまりにも醜い色彩を見てしまって。

気取られまいと抑えようとして、しかし抑えきれずに漏れ出た声に、ハヤトは一瞬ちらりと振り返る。

「これが錬金術が確立した神秘の1つ。――合成魔獣の完成さ」

腕を広げて、まるで舞台の中心に立つ主役のようにマークスはそう告げる。

誇るように。

陶酔するように。

その場にいる誰もが息を飲む中、マークスは言葉を続ける。

「この液体には被せた対象の体組織を解析、分解しその周囲にあるものや同じ生物と連結し、全く新しい生命体を作り上げる。迷宮生物同士を組み合わせればより強力な迷宮生物の誕生というわけさ」

そして、と指揮者のように手を振ると、その『ナニか』――合成魔獣は腐り落ちながらも立ち上がり。

「しかも、製作者をきちんと識別して従わせられる。目には目を歯には歯を、という訳だ」

彼はこう続けようとしたのだろう。――『化け物』には『バケモノ』を。

それだけ見れば、確かに彼の言うことも一理ある。

迷宮生物一体に対し、人間1人が出来ることなど1部の雑魚を除けば逃げの一択だけだ。勿論ヴァイス含む第1級、準1級ともなれば立ち回りしだいでは相手取ることも出来るが、基本的には複数人で対処するのが基本だ。

その点、この合成魔獣は極めて人間に温情のある方法だと言えよう。――人間は後方で、ただ指示をするだけで良いのだから。

だけど、とヴァイスは心のうちで続ける。

その、醜く濁りきった魂の色彩を見て。


――これは魂の冒涜だ、と。


「まぁ、」

思案していると、先程とは打って変わって極めて残念そうにマークスの演説は続く。

「個体差はあれど、直ぐに壊れてしまうのが難点だけどね」

それが合図だったかのように、崩れかけの合成魔獣はその形を保てないほどに崩れ、やがてぐしゃりと地に還る。

――溢れ出た蒼い血が涙のように、眼球があったその虚ろから一筋線を引いて。

だがしかし、この悪魔の所業のような怪物を作り出した錬金術師は。

「実に素晴らしいだろう?」

ただ己の理論が証明された科学者のように、さも当然にそう言い放つ。

その言葉だけは、聞き流せなかった。

――なにが。

「一体これの、なにが素晴らしいんだ…っ」

軋んだ声は、その不気味な静寂の中に響く。

その、普段は静謐な程に整った無感情を貫くヴァイスからは想像もつかないような激情の声音に、これまで無言を貫いているレグルスさえも目を瞠る。

その注視の中心のヴァイスは、その事には気づかない。

だって、こんな。

こんな酷い魂の色を、こいつは『素晴らしい』と言ったのだから。

目の前が、チカチカする。

わけも分からず、瞳は熱を帯び始める。その理由は、ヴァイスには分からない。

ヴァイスの言葉が癇に障ったのか、マークスが口を開きかけ、しかしそれはハヤトに先手を取られ遮られる。

「素晴らしいかはまぁ、価値観の違いがあるとして、」

あくまで、自然体に。


「――非効率的」


問題に対してまるで見当違いな答えを出した生徒に対して、「落第点です」と返す先生のように。

物凄くがっかり、という表情で。

そんな飾り気なく素直に落胆した落ちこぼれの言葉に、マークスは腹立たしげに蒼の双眸を眇める。

「…なんだって」

「出資に対しての利益が割に合わなすぎだろ」

かつて最前線をかけた調査団、その参謀を務めた『軍神』は深い、深〜いため息とともに。

「少しは期待したのに」

あ〜あ、と肩を落とす。

「合成魔獣が非効率的だと言うのか?」

「それ自体はいい案だと思うぜ?けどもっとスマートなやり方もあるんじゃないかってこと」

ハヤトは嫌々と、やる気なく指を立てながら教鞭を垂れる。

その1。

「まず第一にその場で作る必要性がない。あんたの説明だと必ずひとつ生命個体が必要になるようだけど、迷宮生物と会敵した時に都合よく程度のいい生命体が他にいるか?目の前の迷宮生物から拝借するのか?その前に死ぬわ」

その2。

「第二に命令ができるって言ってたが、ただ手を振ってただけじゃ『命令』とは言わない。あんたは犬に対して手を振って反応を示しただけで『芸を覚えた』っていう口か?」

その3。

「これが最後だが、」

ハヤトは1度そこで言葉を切ると、嘆息したあとに改めて口にする。

恐らくこれが、大本命。


「――これって、人工授精させて1から迷宮生物作る方法はないのか?」


――沈黙。

ある者は絶句、ある者は呆然として様々な色の入り交じる、とにかくなんとも言えない沈黙が通路内に舞い降りた。

ただ1人その事に気づいていないのか、或いは気にしていないのか、ハヤトはあくまで淡々と続ける。

「兵器は武器としての性能以前に、生産性が伴わなければ意味がない。でもだからといって一発撃って使えなくなる大砲なんて要らないだろ。それと今あるものをさらに高次元へ至るプロセスを構築するのが錬金術だ。その思想からいえば迷宮生物の遺伝子を解析、分解して再構築した方が量産化が望めるし、何より命令の指向性もその時点で組み込めば、」

「…ハヤト、」

堪らず、ヴァイスはちょいちょいとハヤトの裏地の紅い制服の端を引っ張る。

その行動にん、と思考の海から浮上したハヤトの表情は、ややあって分かりやすく引きつった。――『やっちまった』と言いたげに。

ハヤトの顔がひきつった元凶であり、今この場で最も恥を晒されたマークスは、握りしめすぎて白んだ拳をブルブルと震わせている。もう爆発は秒読みだろう。

しかし彼が暴発する前に、暴発するものがいた。

「す、」

ルークだ。

「素晴らしい!!」

彼はそう言うとがっしりとハヤトの腕を掴み上げ、自身の胸に引き寄せる。

「素晴らしい考えじゃないか君!それが出来れば攻略率、死傷率、更には生産性や戦力値も大きく向上するじゃないかっ!そして僕のようなもやしも前線に立つ必要が無くなる!君、特戦に来ない??」

もやし、という自覚はあったのか。

ちなみに、ルークとハヤトのちょうど間に立っていたレグルスは流石の野生の勘で飛ぶように逃げ出したあとである。

「お、俺は魔法の適性はからっきしなんで…」

「えぇ〜勿体ない。それだけの頭脳を持っているんだから研究職の方が向いてるよ?」

「まぁ自覚はありますが」

「彼はあのカズキさんの弟さんですよ」

見かねたハンナが仲裁に入り、ようやく握っていた腕から手を離す。おぉ、と両の手を打つために。

「なるほど、カズキさんにはほんっっっっっっっとぉ〜〜〜にお世話になったよ。特に総団長の相手とか」

そうなの?と破天荒な兄の見当違いな評価に疑い100%の視線を寄越すので。

「…基本的にはカズキはしっちゃかめっちゃかやってたけど、アルベルトの奇行を止められるのもカズキだけだったから」

と、遠くを見ながら付け足しておいた。

基本的にはカズキが暴れてアルベルトが後始末、という構図が多いのだが、たまに生真面目故の(言い換えればタチの悪い)暴走にアルベルトが走ることもあり、そういう場合は決まってカズキが場を抑えていたのだ。

閑話休題。

ルークは「そっかそっかぁ…」ひとしきり一人感慨に浸っていたが、やがて満足したのか興味の矛先はマークスへと移動する。

「そうと決まれば次の研究小論文の内容はこれに決まりだ!マークスくんなら絶対良い研究成果を得られると思うよ。期待しているね」

「…ご、ご期待に添えるようにします」

歯切れの悪いマークスの返答に、ヴァイス含むルーク以外のその他のメンツは同情する。

何せ、一族秘法の『錬金術』の真髄を落ちこぼれごときに改めて説かれた上に、その集大成であろう『合成魔獣生成術式』の非効率性を指摘されたのだ。控えめに言っても。――メンツ丸潰れである。

だから当事者同士であるハヤトは謝罪を言わないし、マークスは渦巻く激情を押さえ込んでいるのだ。ハヤトの意見が的確なことも、後押ししているだろうが。

と、気まずい空気にその場のメンツが目を泳がせている中。

「はいは〜い、その辺のお話はまた今度にしましょう。そろそろお昼の時間ですから、帰りましょうか」

ふと時計を確認すると、確かに時刻は高等科午前の授業時刻の終わりを告げようとしていた。

ヴァイスと同じように時刻を確認したハヤトは「くわばらくわばら」と小声で言いながら、他の近接歩兵科の生徒にも就業時刻を告に行くのだろうハンナの後をそそくさとついて行く。

そんなハヤトの後を追いながらふ、と後ろを振り返ったのはただの気まぐれ。

「――落ちこぼれなんかに取り入って、どうするつもりなんだお前?」

「…なんの事?」

「まぁお前の対処については決定事項だ。今更何をしようが勝手にすればいいさ」

「そんな事より例の話、忘れないでよね」

話終わりだ、とばかりにマークスに背を向ける。そのレグルスの表情は。


――今までの破天荒な彼には似合わないほどに、憎悪に染った悲壮な面差しだった。


-----


夏の日の長い太陽が沈み、その肌を焼くような日差しをようやくおさめた星涼しの夏の夜。

聖グリエルモ学院は寄宿制の学院だ。よって授業が終わり特に用事のない生徒たちは、我が家同然の学院に隣接された宿舎へと帰宿するのが当然の流れだ。

その、普通の流れに則って同居人が居なくなり広くなって久しい、己の部屋の前で。

「…いつまで着いてくんの?」

ハヤトは引きつった表情で、開けたドアの前で立ち尽くしている。

「どこまででもついて行きますよっ!だって雑用係ですから、宿題の手伝いとか部屋の掃除とか!あ、お背中流しましょうか?」

「いらん。そもそもお前、宿舎ここに用事ないだろ」

聖グリエルモ学院は最低12歳から入学が許可されている。宿舎も当然同じ年齢から入所が義務付けられる。なので11歳で、正式には学院生ではない聖グリエルモ学院付属初頭学院生のレグルスは、ハヤトの言う通り宿舎に用事は全くない。

と、冷静に分析していると。

「お前もだぞ、エリート様」

ジト目で睨まれた。ので、隠し持っていた秘密兵器を取り出すことにする。

それは、たった1枚の紙。

「今日からおれは、君と同室になったから」

「はっ!?」

ヴァイスの言葉に一瞬のうちに青ざめた表情でばっ、と眼前に突き出された紙を奪い取り、ハヤトは穴が開くまで凝視する。

「嘘だろ…俺の唯一の憩いの場が…!?」

「ちゃんとアルベルトの許可もとってある」

「…世の中くそだわ」

先回りしてアルベルトの許可を取っておいたのは、ハヤトの逃げ道を断つためである。もとよりハヤトとかつて同室だったセオという少年は春先に迷宮区で行方不明になったきり還って来ていない。

さすがに2ヶ月も行方知れずとなれば、いち学生の生還率はほぼ零に等しい。よって許可が得られたというわけだ。

というわけで、ヴァイスは堂々と頭を抱えて唸るハヤトの隣をするりと抜け。

レグルスにだけ見えるようにふん、と鼻を鳴らしてみせる。

一方出し抜かれたレグルスはヴァイスのそんなドヤ顔に、しかし何も言い返す言葉もなくぐぬぬ、と大変悔しそうな表情で八重歯の目立つ歯をぎりぎりと食いしばっている。ざまあみろ。

「ってことで今俺傷心中だから。帰ってくれる?」

「なっ、嫌ですよ!先輩の義弟フラーテルになるまで帰りませんよ!!」

「あ〜もうじゃあそれでいいよ。明日からよろしくな」

「そうですよね、やっぱりダメですか…」

「人の話聞いてた?また明日来いって言ってるんだけど」

呆れ半分疲労半分のハヤトの投げやりすぎる承認に、一瞬ぽかんと間をあけ、ついでぱっとレグルスは花が咲いたような、見るからに喜んでいる表情で深紅の双眸を見返した。心做しか耳みたいに跳ねた桃色の髪もぴょこぴょこと動いている。気がする。

「本当ですか!?」

「これ以上執拗いと今度こそ断るぞ。孤児院の奴らも待ってるんだろ、早く帰れ」

「あ、ありがとうございます!それではまた明日っ」

勢いよくお辞儀をすると、そのままの勢いで足早に迷宮区の方へ――その表層にひっそりと並ぶ貧民街にある孤児院へ、嵐のような桃色の少年は去っていった。最後に夜の挨拶を残して。

「おやすみなさーい!!」

「宿舎内は静かになー」

見届けてぱたむ、とドアを閉めると、振り返るまもなくその場で項垂れる。

「…疲れた」

「お疲れ様」

「お前も疲れる原因のひとつだからな?」

ハヤトの言葉にこてん、と首を傾げて思案する。

「……おれはあんなに騒がしくない」

「……逆にお前があれだけハイテンションなところも見てみたい気もするけど」

言葉とは裏腹に、ハヤトの表情はげんなりとしたものだ。「あんなものが2人もいたら身が持たない」と言いたげだ。

契約主の疲労も気がかりなのだが、その前に。

「…彼、なにか企んでるぞ。気をつけた方がいい」

「まぁそうだろ。じゃなかったら落ちこぼれにあそこまで執着するかよ」

ハヤトも察していたようで、ヴァイスの忠告にあっけらかんと返す。

「まぁ俺に利用価値なんてないと思うから、死ぬような目には合わねぇんじゃね?」

というか、最近死にかけてまた死にかけるなんて死んでもごめん。

からからと笑う、しかし何もかもある程度予測がたっているのか、達観した静謐な深紅の双眸を覗き込むように見返して。

違う、とヴァイスは思う。

確かにただ巻き込まれるだけでは死にかけるまで行かないかもしれない。けれども。

ヴァイスが1番懸念しているのはそこではなく。


――もう二度とその色彩は失いたくないのに、自ら進んで自分を危険に晒してしまう、彼のそのお人好しな性格が危ういのだと、憂いに揺れる黄金の散る瑠璃の双眸をそ、と伏せた。

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