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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.7 死神と落ちこぼれ
123/132

1-1.共闘

今目の前で何が起こったのか。この目で見たはずなのに、レグルスには一切理解できなかった。

自分は今絶望の淵に間違いなくいた。エドヴァルドの計画は阻止できず、天の魔法陣が光ったと同時に世界は狂乱に包まれた。

誰もが笑顔で自害する、地獄のような光景。

何が起こっているのか、どうなってしまったのか。その理由を聞くことすらはばかれる程に、目の前の現実はリアルに事実を突きつけてきた。

自分はオリバーの言いつけを守ることすら出来ずに、計画は発動してしまった。

しかし、耳を劈くような悲鳴は今はほとんど聞こえない。鳴り響いていたクラクションもアラート音も今は遠い。


目の前に忽然と現れた、錫色の馬とダークブラウンの青年。


本当に、なんの前触れもなく現れた。むしろ今までそこにいて隠れていたと言ってくれた方がまだ分かる。しかし直前まで確かに彼らはいなかったし、今は現にここにいる。

視覚情報の処理が脳内で追いつかない。白黒する視界で呆然としている中、しかし対峙する両者の間の緊張感は張り詰めていく。

「貴方は、まさか……っ」

レグルスと同じく突然現れた闖入者に狼狽するエドヴァルドを前に、ダークブラウンの青年の動作は緩慢だ。眼下の様子を見下ろしながら、冷徹に冷えた振り返る新緑の双眸。


不意に、その青年の姿が消えた。


気がついた時には、周囲に響き渡る金属音。そのあまりの衝撃に、思わずレグルスは耳を塞ぐ。

錫色の馬に跨っていたはずの青年はその時にはエドヴァルドに肉薄していて、振り下ろされた彼の長剣はしかし、肉体に届くことなく寸前のところで黒檀の槍が受け止めていた。

驚愕に見開かれた唐紅は、彼自身にも何が起こったのか理解出来ていないようだ。それは彼の戦闘センスの賜物か、はたまた。

「…グングニルか、厄介な物を」

隠す気もなく舌打ちを零しながら、青年は差し込まれた槍諸共に長剣を押し込む。力の差は歴然で、エドヴァルドの必死の抗いも虚しく、ギリギリと音を立てながら刃が細首の皮を薄く斬る。

「っベイラ!」

初めて焦りの交じった声で、エドヴァルドが見えない従者を呼ぶ。天を染めあげる黄金と同じ粒子が彼を包んだと思うと、次の瞬間その姿は忽然と消えている。

見えなくなった訳では無い。そこにいたはずのエドヴァルドが元からその場にいないように姿を消したのだ。

それを裏づけるかのように、エドヴァルドの姿が消えた瞬間、青年は横薙ぎに一閃。その鋭い切っ先は空を斬るだけで、風を斬る軽い音だけが響き渡る。

「ブローズグホーヴィ、探し出せ」

『無理に決まってるじゃ〜ん、あの子たちが本気を出したら誰にも見つかりっこないことくらい、スキールニルが1番知ってるだろ?』

聞いているだけのレグルスが竦み上がるほどに冷えきった下知に、近寄ってきた錫色の馬が鼻を鳴らしながら答える。動物の言葉なんてわかるはずもないのに何故か言葉が脳内に響き、しかしどこかで聞いたことのあるような声。

青年はこれで何度目かという舌打ちをこぼし、手に持っていた長剣を鞘に戻す。それがこの場での仕切り直しというように、青年―スキールニルと呼ばれていたはず―は、先程のエドヴァルドと同じように虚空に向かって言葉を投げる。

「グリンブルステイ」

「ここに」

「――っいた!?」

呼び掛けと同時、その場に2度目の闖入者が前触れもなく現れる。瞬間移動のように出現した金色の髪の青年は主に傅く従者のごとく自然な動きで膝をつくものだから、一呼吸置いたもう一人分の落下音は実に騒々しかった。

派手に落ちた衝撃で上がった土煙の向こうに見える、『タキオン』構成員を表す純白と、それよりも僅かに色味がかった雪白の髪。

「ヴァイスっ?!」

「レグルス?」

お互いがお互いを認識したのは全くの同時。予定ではこの地下に広がる【迷宮区】の最深部へ向かったはずの少年の突然の出現に、レグルスは視界を白黒させる。

それは向こうも同じ様で、普段はどんなことが起きても表情筋がまるで仕事をしない、『死神』の異名を持つ少年は、雪白の下の黄金の散る瑠璃をぱちりと瞬かせる。

「ちょっと、一体全体何が起こってるのさっ!」

「そんなこと僕に聞かれても僕にもさっぱり、」

「時間が無い、ひとまずそいつを連れてこい。説教は後だ」

「御意」

「「って話聞いて!?」」

話を聞かないスキールニルに対してと、これまた話を聞かない金髪の青年がヴァイスを(文字通り)小脇に抱えて彼の後ろを追いかけ始めたことに対して、レグルスとヴァイスは全く同時に同じ言葉を絶叫した。

そしてやはり2人の意見は聞き入れられずに、ヴァイスは抵抗虚しくそのまま連行され、レグルスはそのさまをただ見送ることしか出来ずに呆然と座り込む。

何が何だかさっぱりだ。緊急事態なのは分かっているが、その危険性が段違いすぎて逆に何も考えられない。

それは『思考放棄』と呼ばれる単なる現実逃避なのだが、正常ではない今のレグルスにそのことは分からなかった。

「ごめんねぇ、君にあいつが説明している時間はないみたい。だからひとまずこの拾い物返すね〜」

「…え、ってうわっ!?」

背後からの聞き覚えのある声に振り向いて、その途中で拾い物とやらを投げつけられ、予想外の質量に踏ん張りきれずにレグルスは気一緒になって転がった。

「っいきなり何するの!?」

「じゃ、僕も急がなきゃだから✩」

「はぁ!?ちょっと少しは説明とかわぁぁあ!!」

文句のひとつでもぶつけようとした矢先、全裸の女性が恥ずかしげもなくすったかとかけていくものだから、レグルスは慌てて目を覆う。

背後にいたはずなのは錫色の馬のはずで、同じ声だったからそれは間違いないはずなのになんで女がというかなんで全裸!?

レグルスだって年頃の男の子で、さらに言えばちょうど異性を意識し始める年齢だからこそ刺激的すぎる光景に、色んな感情が綯い交ぜになって泣きそうになる。

しっかりバッチリ見てしまった、瞼の裏に焼き付いてしまった死にたい。

「っていうかなんだよ忘れ物って!結構重いし、」

自分でも分かるほどに顔面を真っ赤に染めあげながら、気を紛らわせようとわざと大声で拾い物とやらを改めて確認して。


「オリバー……?」

像を結ばない紫眼の青年の腕の中には、見知った彼の従者の首が収まっていた。


*****


資料で見た事のあるダークブラウンの青年が勇み足で向かった先は、見慣れた病院だった。

『タキオン』が運営、管理を行うその総合病院は、未だかつて無いほどに盛況していた。ここに来る道中から続く長蛇の列、ロビーに収まりきれない溢れんばかりの人々は、皆一様にして血赤に染まっている。

直前まで地下にいたヴァイスは、地上で起こった出来事を認知していない。だからこそなぜこんなに恐慌に陥っているのか理解できなくて、行き場所も相まって眇られる瑠璃。

この場所に何の用だ、この場所は彼がいるのに。

「っひゃ〜こりゃしっちゃかめっちゃかだ〜」

「貴様は服を着ろブローズグホーヴィ」

隣に忽然と現れた全裸女に流石のヴァイスもぎょっと目を見開く。見かねたステイが1目もせずに冷めきった言葉を投げつける、ナイフのような鋭利さだった。

しかし言っておきながらステイは服を貸す素振りの一切も見せないものだから、両者の間に立たされたヴァイスは居心地が悪くなって、何故か自身の羽織っていたマントをフローズに差し出す。きょとんと瞬きをするペリドットの双眸。

「えっ!?なんて紳士な子なの君は優しすぎて僕涙が出ちゃうよよよ」

「目のやり場に困るだけ。あと君のことは僕はすこぶる嫌いだ」

「僕の周りの男どもはこれだよ」

先日の、ハヤトの心臓を抜き去ったことは絶対に赦さない。視線だけで殺すつもりで怪しく光る瑠璃から、逃げるようにフローズはよこされたマントを被る。

そんなやり取りをしている最中にも、先頭を切る青年―セオは後ろをかえりみることなくずんずん進む。途中何人もの看護婦に引き止められたが、そんなものはお構い無しだ。

そして、ようやく目的の病室にたどり着いたようで、プレートを見るなり勢いよく引き戸を開く。

そこは一般の病室のように大人数のベットはなく、たった一つの専用のベットがあるだけ。そのベットの周りには、取り囲むようにして複雑な医療機器がずらりと並び、ほかの病室よりも圧迫感がある。

その中心――ベットの上には、ハヤト·クサナギの肉体が昏々と横たわっている。

様々なチューブが所狭しと繋がれ、自己呼吸もままならない身体は酸素チューブを鼻に繋がれ、直接肺に送り込む。赤銅色の髪の下の相貌は血の気の引いた白磁で、心做しか窶れているように見て取れる。

ハヤトがこのような状態になってから、ヴァイスは一度も彼の様子を見る機会がなかったからこれが初めてで、だからこそその姿に愕然とした。話に聞いてはいたが、今の彼の姿はあまりにも痛ましい。

騒々しい扉の開閉音に、中にいた看護婦が振り返る。ハヤトの様子をつきっきりで見ていたのだろう彼女は、手に持っていたカンペもそのままに入室者に向かって慌てながら。

「どっどなたですかっ。ここは面会謝絶ですよ?!誰の許可を貰って、」

「許可を取ろうにも、最高責任者が死んだのであれば誰に取れと言うんだ」

突き放したようなセオの底冷えた反論に、看護婦はそれだけで黙りこくる。しかしヴァイスとしては彼の声音よりも、彼の発言が衝撃的で言葉を失う。

誰が、死んだって?

ただの一喝で怯えきった看護婦には1目もくれず、セオはハヤトのベットに駆け寄って、そこで初めて足を止める。

衝撃のあまり立ちつくすヴァイスに振り返る、感情の凍りついた新緑。

「それを寄越せ」

『それ』が指すものを瞬時に理解して、ヴァイスは隠すように腕を覆いながら後ずさる。

「っ、何をするつもり…!」

「説明する暇も惜しい。いいから寄越せ」

「嫌だ!」

伸ばされた手を、ヴァイスは敵意を持って弾く。

「これだけは絶対に渡さないっ。だってこれは――」

フローズが奪い取り、ステイが殺そうとした。ようやく取り戻した、ハヤトの『魂』だけは――!

ヴァイスの抵抗に驚いたように静動したのも一瞬、次の瞬間セオが一気に距離を詰めてきたかと思うと、右手が両頬をサンドするようにつかみあげた。

「お前に『魂』の蘇生方法が理解できるのか?言っておくがあと数分でそれは消失するぞ。駄々をこねるのも結構だが、そんなくだらん理由でお前はまた彼を殺すのか?どうだ?」

淡々と告げる新緑はどこまでも機械的だったが、僅かにようやく感情らしい感情を露わにする。烈火のように燃え盛る、憤怒の感情。

同世代の青年の、今まで感じたことの無い程の凄みに、先程までの反抗心はなく、彼の言う通りにしないとなんか殺されそうという、なんの根拠もない感情だけが残された。

言ってしまえば、ブチギレてるレンのような。

気がつけばあれだけ敵愾心があった相手に、ヴァイスはようやく奪い返したハヤトの『魂』を差し出してしまっていて、セオはそれを手のひらからむしり取る。

……ごめんハヤト。僕はフローズにもステイにも、このセオという中身が違う誰かにも勝てなかった。

セオ·ターナーという人物はヴァイスがハヤトに出会う前に死亡しているのは既に知っていて、ヴァイスの『魂の色が視える』異能でも外見と中身のちぐはぐさは一見しただけで看破していたが、何気に今まで1度も彼とあったことがなかったので、本人としては何処の馬の骨ともわからない名無しの権兵衛にすら勝てなかったとヴァイスは捨てられた子犬のように肩を落とすが、仮称セオはそんな背後の様子など気にもとめずに再びベッドの脇へと戻る。

『――――』

どの国の言語でもない言葉を口にしたと同時、ハヤトを包み込むように魔法陣が展開。やはりどの系統の魔法でも見たことがない陣は、どことなく太陽を彷彿とさせる。

セオの手のひらからふわりと浮かび上がった『魂』は蛍の光のようにふわふわとその魔法陣を潜ると、その下のハヤトの心臓部分に吸い込まれて消える。

淡い光の粒子を残して魔法陣が消失した瞬間、今まで沈黙していたベッドサイドモニタが突如反応を示す。

心拍数が表示されたのだ。

それは、ハヤトが息を吹き返したことを如実に示していた。

その事実にその場にいた看護婦も、そしてヴァイスも信じられないものを見るようにモニターを凝視していたが、それが一定のリズムを刻み始めると疑いようもなく、知らぬ間にヴァイスはその場に崩れ落ちる。

頭の片隅で、最悪の結末だけがリフレインしていた。そうならないようにと願いながら、冷静な自分が見せるのは最悪の未来だけ。

どうにかして考えないようにしてきた。だって、考えてしまったら、少しでも認めてしまったら、それが現実になりそうな気がしたから。

だけど――。

「……っよかった…っ、」

泣き喚かないようにだけ我慢できた。知らない間に溢れる涙は止まらないし、しゃくりあげそうになる嗚咽も堪えようとして失敗して変に上ずってしまう。

こんな姿は誰にも見せたくなかったけど、それがヴァイスの限界だった。

「定着するまでは起きてこないだろう。女、生命維持は怠るな。それくらいならばここの医師でもできるだろう」

「はっはい!?」

ヴァイスとはまた違った意味で呆然としたまま座り転けてしまっていた看護婦に、セオは冷徹に指示を飛ばす。その言葉に反射的に反応して飛び上がり、看護婦は慌てて病室から飛び出した。隣接しているナースステーションに向かったのだろう。

その様をセオはもう見ていない。ここでのやることは終わったとばかりに踵を返すと。

「ブローズグホーヴィ。お前はここの守備につけ」

「えぇ〜なんで僕ぅ?」

「それがお前への罰だ」

不満げに口をとがらすフローズに、セオは冷めきった新緑を睨ませて。

「いいか?ここの、守備が、任務だ。陣地を守るんだぞ、ディフェンスだディフェンス」

「もしかして僕のことバカにしてる?そのくらいわかるわ」

「お前が指示を正しく理解した試しが1度としてあったか?」

「むっかーー!!!そこまでバカにする!?根に持つのって男としてみみっちいと僕思うなー!」

「貴様のは度が過ぎているんだよ」

「ステイだって同じことしてるからバカじゃないか」

「某は試しただけで、指示を無視した訳では無い」

「はー来た言い訳〜ちょっと頭がいいからって揚げ足とるのってどうなの?」

「「頭が悪いのは認めるんだな」」

「……はっ!!」

目の前の茶番劇を緊張の緩みから呆然と聞いていると、不意に腕を掴みあげられ立たされ、そのままずりずりと入口に引きずられていく。

「え、なに」

「間抜け面で呆けている時間は無い、行くぞ」

「行くぞって何、ハヤトの側に居たいんだけど」

「彼が目覚めるまでまだ数日あるから安心しろ」

「安心しろって何を?」

なんでこいつに連行されているのかというかそもそもどこに行くのかというヴァイスの疑問の尽くをセオは無視。ヴァイスの割と全力の抵抗にも微動だにもせず突き進むだけ突き進む。

「グリンブルステイ」

外に出ると同時の呼び掛け。強風に目を瞬くと、次の瞬間景色がガラリと変わる。

数分前までステイと死闘を繰り広げていた地下空間。厳密に言うと迷宮区内部の1番大きな入口の前だ。

つい先程と同じ展開だった。目の前には真っ黒い銃口があったはずなのに、気がついた時には外にいて、見慣れた薄桃色の少年が目をひん剥いていた。

何が起こっているのかとレグルスには聞かれたが、正直こっちが聞きたい。

同じ体験を2度もして、そのどちらとも何が起こったのか全く分からずに視界を白黒とさせているヴァイスだったが、その気配を察知して素早く身構える。

「『迷宮区』が揺れてる…?」

「聖遺物の影響で皆の気が動転してしまった。このままだと凶暴化したまま市街に流れ出てしまう」

当たり前のように隣に立ったセオは、腕の骨を鳴らしながら告げる。憂いを帯びて眇られる新緑の瞳。

「…それだけは阻止しなければならない。彼らに人間を殺戮させる訳には行かないのだから」

「迷宮生物たちは今までだって大勢を殺してきた」

「それはそちらが攻撃してきた故の正当防衛だ、土足で我らの聖域を犯したのはそちらなのだから。我々はただ、」

セオはそこで1度言葉を切り、今一度確かめるように。

「静かに穏やかに、過ごしたいだけだ」

その声音に、瞳に。ヴァイスは何故か懐かしさを覚えて瞠目する。どこかで聞いたような。

どこかで、あったことがあるかのような――。

「……君は、」

「最深部付近に人間が留まっているようだが」

「行って即座に撤退しろと伝えろ。自分らの帰り道くらい自分らで都合させろ、お前が補助する必要は無い」

「御意」

その言葉を残し、ステイの姿は最初からなかったかのようにその場から霧散する。

残されたのはヴァイスと、因縁の相手である少年だけだ。

彼の正体が何者なのか、ヴァイスは未だに分からないままだ。敵なのか味方なのか、その判断すら。

おそらくは限りなく黒なのだろう。何もかも見透かしたような発言の数々、フローズとステイを従えているような素振りから、彼らの親玉がこの少年だ。

言ってしまえば、ハヤトがあんな目にあった元凶。

「殺さないのか」

見透かしたように、目もくれずに少年が吐き捨てる。その態度がやはり気に入らなくて、ヴァイスは瑠璃を顰めながら。

「…殺したいよ」

「お前には資格がある」

「殺してくれって言っているように聞こえるけど」

当てつけのように言い返すと、どこか寂しそうにセオが笑う。自分を責めているような、自嘲げな。

「そうかもしれないな」

まるで幻想のような人だ、と根拠もなく思った。雲のように掴めないのとはまた違う、誰かの理想を、希望を体現するかのような。

その理由を問う前に、目の前の闇から脹れあがる殺気にヴァイスは拳銃を抜く。

先を考えるには、まずやることがあるようだ。

弾倉の弾数を確認し、リロードをしてスライドを引く。初弾が送り込まれたのを感触だけで確認して、ヴァイスは眼前に迫り来る気配に目を向ける。

「ハヤトの所に行かせる訳には行かないし、君には聞きたい話が山ほどある。君を殺すのは全部が終わってからだ」

その前にはまず、目の前の敵をここで全て封殺する。

宣言に、セオは満足気に笑う。何気に初めて見た笑顔は、どことなくハヤトとダブって見えてしまった。


直後。巻きあがった風の向こうにセオの姿はなく、幾分か長身の青年騎士がその場に凜然と佇んでいた。


目もくらむような金色の髪に、その下の紅玉の双眸は光の加減で散った白銀がキラと光る。白を基調とした騎士服は彼のためにあるような自然さで、中性的な相貌は、しかし無骨な静謐。彼にしては妙にこなれた耳飾りが左耳で風に揺れる。

突然現れたその青年が誰なのか。問うまでもなくその『魂』の色彩を視界に視る。

右腰の精緻な施しの鞘から手馴れた手つきで沙羅りと青年は長剣を抜き払う。

夜の明けを告げる、暁色の刀身だ。

慣れた手つきで軽く振り、別段構える訳でもなくて青年は自然体で佇む。それが彼なりのスタイルだということに、ヴァイスは気づかない。

凝視する視線に気づいてか、青年が振り返る。ハヤトともカズキとも僅かに違う、紅玉の双眸。

「何を呆けている、来るぞ。言っておくが無駄な殺生はするな」

相変わらずのぶっきらぼうな言葉はこちらを嘲ているように聞こえて、ヴァイスはむ、と口をとがらせる。こちらとていくつも死線を潜ってきた、『死神』の名は伊達では無い。

初対面のはずなのに、どうしてこうも遠慮がないのか。まぁそれ自体はそこまで気にしてはいないのだが。


「命令しないで。僕に命令していいのは――ハヤトだけだ」


その言葉を合図に、たった2人の防衛戦は始まった。

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