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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.6 生誕祭と黒曜の使者
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4-4.守るもの

自分はそれなりに、何か出来る人間だと思っていた。


「――この件に関しては今後、一切の手出しは無用に願おうか」

そう吐き捨てて同じ年齢の、蒼い裏地の制服姿の青年は円卓から席を外した。つい数ヶ月前に転入してきたばかりの、ごく普通の極東の学生。

本当は日本の数少ない神刀『天羽々斬剣』を現代まで奉る由緒ある古家であるが、レンは使えもしない神刀の話はしないし、ムラトも知ろうともしなかったから、彼の中ではただの一般人の1人の青年。

そんな同じ年齢の青年から発せられた、短くも淡白な言葉。――無能共が。そう、言外に言われたようにムラトは感じ取った。

逆にムラトは、男爵位ではあるが貴族の末席に連ねる人間だ。現代の貴族である以上、貴族である責務を全うする義務がある。

ノブレス・オブリージュ。――いざと言う時一般人を護る剣であり盾である義務。

幼少の頃から口酸っぱく言われ続けて、わかった気でいた。その時がきたら自分は絶対、それができる人間だと。

守れる気でいた。

それだけの力が、ある気でいた。

――無能共が。そうレンに突きつけられてようやく、それがただの虚勢だったことに気付かされる程に、自惚れていたんだ。

現にこうして、そのことに気づいたにも関わらず、ムラトはレンを追いかけられずにただ呆然と立ち尽くすばかりだ。机の上に置かれた手も、かすかに震えている。

ただ大人うえからの指示に、YESと答えるだけの子供にんぎょう

悔しいはずなのに。ただの一般人に無能と言われて否定したいのに、否定するだけの言い訳が見つからない。

どうしたらいい。

どうすることが、正しいのか――。

「……僕らって、なんだろうね」

ぽつり、とこぼれた呟きに、ムラトは顔を上げる。自分から見て右となりに着席したままの、特殊戦闘科の翠の裏地の制服の生徒。

「……クレス」

「貴族とか、監督生とかって言われてるけどさ。結局のところ、何も出来てないよね」

わざとらしく肩を竦めて、自重気に眇られるサファイアの瞳。その瞳には、今の自分と同じような迷いの色が見て取れる。

みんな同じだ。今のこの現状において、何を選択すればいいのか分からないでいる。

それはきっとこの学院に通う全生徒も同じだろうと思って、それは違うかと首を振る。少なくとも、自分の行動を決めた生徒をムラトは知っている。

『ケリュケイオン』。ただの学生の試験調査団のメンバー。彼らはきっともう、こうしている間にも進んでいるはず。

羨ましい、と思った。

どうしてそんな躊躇わずに、未来を選択することが出来るのか。そんな話を、今更ながらしておけばよかったと後悔する。

「我々は、どうするのが正解なんだ…」

「…正解、なんてきっとないんじゃないでしょうか」

クレスでは無い声音な、今度は逆隣に視線を向ける。普段あれだけオドオドとしている様子からは考えられないほどに、後方支援科監督生丁那ていなは凛とそこに座っている。

「わ、私も怖いです。私は今どうするの本当なのか、どうするべきなのか分からない。それは、ココノエさんも一緒だと思うんです」

「自信満々に口出しするな、って言ってたじゃん。俺に任せろ的なさ」

「そ、そうですけど。私には、それが正解だからって理由で行動しているようには見えなかったです」

長い深緑の前髪の下の、黄金の散る灰色の瞳がレンが座っていた空席を真っ直ぐに見据える。そこに滞留するなにかを、ただ真っ直ぐに丁那は捉えて。

「だ、だから私たちも選びましょう。怖いけど、だからここにいる皆さんで相談して、えっと…」

「ちょっと、そこまで言っておいてどもらないでよ」

「はうぅ……」

「……そうだな、俺達も選ぼう。この学院を代表する監督生として」

肝心な時にしり込みする丁那とそれを見て呆れるクレスに、ムラトは強ばっていた身体の力が自然と抜ける感覚に口調を和らげて。

自分はこの円卓の長。例えお情けで譲られた地位だとしても、だからこそそこだけは譲れない。

黒いフレームの奥、鉄色の双眸を窓枠からこぼれる夕日に濡らしながら。


「何が正解か、では無く。何がしたいかでこの先の選択を」


*****


「どういうことだ、お前たち」

『タキオン』総本部最奥部、【門】の間の入口。人の波をかき分けて躍り出るその先頭で目に飛び込んできた光景に、思わずメイナードは口にする。

今まさに【門】の前で開戦の合図を待つ大勢を阻むように立つ生徒に、メイナードは見覚えがある。

戦術立案科監督生、ムラト・ヤノフスキー。

特殊戦闘科監督生、クレス・H・グラヴナー。

後方支援科監督生、李 丁那(リ・テイナ)

メイナードが担当する中遠距離戦闘科所属の生徒ではない。しかし各々の科を代表する生徒として、それでなくとも最近は自分自身の方針で、ほかの科の生徒の指導も時間の許す限り行っていて、そのおかげで彼らとは何度か顔を合わせていた。

そんな彼らが、今大勢の前に立つ。

「何をしているんだ。早くお前たちの隊列に戻れ」

「いいえ、リネバン先生。そのお言葉には従えません」

「……何を言ってる」

あくまで自然体に返された否定に、メイナードは遅れて眉を顰める。

メイナードの言葉に、ムラトは3人を代表するかのように1歩前へあゆみ出て。

「そのお言葉には従えません、そう言いました」

「だからどうして、」

「俺たちが聖グリエルモ学院の監督生だからです」

黒いフレームの奥、鉄色を鈍色に光らせてムラトは続ける。そこには今までの言いなりだった彼はどこにもなく、どこか吹っ切れたような清々しさすら見て取れた。

「俺たちは監督生です。聖グリエルモ学院全生徒を代表し、守る義務と責任があります」

「義務と責任だと…。それならば調査員として、世界を救う義務と責任もあるんじゃないのか」

迷宮区の直上、旧ヴァチカン市国に作られた、聖グリエルモ学院の創設理由。迷宮区の謎を解明し世界に対しその報告を行うのが調査員であり、そしてその育成がこの学院の存在する理由。

だから今この場には学院生も招集されている。当たり前だろう、そのための学院、そのために通う生徒なのだから。

わざと周囲に聞こえるように声をはりあげ、「世界を救う」などという英雄譚を口にして、メイナードはムラトの首を絞める。

しかし、それでもムラトも引かない。

「それが学院生徒全員の総意であれば勿論。しかし、今この場において俺たちはそのことを確認していません」

「子供の駄々を…っ。今更何を言い出すんだ、」

「――リネバン先生。調査員はなんのために危険に身を落としてまで迷宮区へ向かうのでしょう」

言葉通りの子供の駄々に声を荒らげたメイナードに、突き刺すように言葉をねじ込むムラト。あくまで『生徒』と『教師』の立場であったが、声音は貴族同士の問答のそれ。

その殺気とも言える冷徹に、メイナードは思わず口を噤む。

「それは…。今まさに侵略されそうになっている迷宮区の驚異から、皆を守る為に」

「そうです。みんなを、世界を。未来を見るために、貴方がたは必死に戦ってきたのでは無いのでしょうか」

未来――確かにそうかもしれない。いや、そうだろう。

現在の世界を救うことはすなわち、未来を繋ぐことなのだから。

「そうだ。だから今こうして、」

「でしたらどうして、その未来を担うであろう生徒達すらも戦線へ向かわせるのでしょうか」

言葉は剣のように、メイナードの胸をえぐる。それはメイナードの懸念に、迷いに。1寸もたがわずに突き刺さった。

――そんなこと、知っている。これが間違った方法だということなんて最初から。

だけど。

「それが俺たちの、お前たちの使命だろうが!」

「違います。我々は、未来を作るために今ここにいるのです。断じて負け戦に身を投じて、無意味に死ぬことではありません!」

互いの意見は、互いが正論だと理解して、だからこその平行線。その線に終わりはきっとなく、互いの正義のぶつかり合いに他ならない。

ムラトはもう一歩メイナードに詰め寄る。その1歩に躊躇いなどどこにもなく、大理石の床を一際大きな音が閃く。

それが、メイナードが得物を抜く音を隠した。


「我々の命は、そんな軽いものではないのです――!」


目の前のムラトに銃口を向けるのと、両脇に控えていた2人がメイナードの頭に銃口を向けたのは、全くの同時だった。


「――!」

「リネバン先生が教えてくれたんですよ」

「だだだ、第2の刃をもてって…っ!」

メイナードの教えを、クレスと丁那は皮肉げに銃口と共に向ける。

銃口を向けられた事実よりも、2人がとった行動にメイナードが動けずにいると、それにと丁那が続ける。

深緑の髪の奥。相手の機微を香りで感じ取る灰色の黄金を光らせて、確信を持って断言した。

「そ、それに、先生はまだ迷っていらっしゃるじゃありませんか…っ。この行いが、本当に正しいのかどうか…!」

その一言に、歴戦の調査員の戦慄に見開かれる薄紫の双眸。

「世界を救う。そのことを忘れたわけでも恐れたわけでもありません。だけどたったひとつ、貴方と我々では守るものが違うだけなのです」

メイナード達調査員は、世界を救うために一般人を。

ムラト達監督生は、聖グリエルモ学院の生徒を。

現在と未来。同じようで全く違うものを守る、守護者たらんとして。

ムラトとクレスと丁那。3人が選んだ答えをメイナードは眩しく思う。学生の、まだ若い頃の自分にも同じような時期があったから。

それでももう、その時と同じではいられない――。

「んなの…詭弁だ!今を守らなきゃ未来も何も無いだろ!?迷宮区の最深部攻略、それはこの場の全員の、」

「メイナード、もういいよ」

背後からの声に、メイナードは振り返る。穏やかな海のような凪いだ声に、それこそ駄々をこねるように。

「副長、しかし…っ」

「彼らの意見はしかと聞いた。それにごらん」

アーサーが指を指した方向、そこには2人の生徒がたっている。1人はボロボロと大粒の涙をこぼし、もう1人はそれを支える形だ。

「っもう、ヤダよぅ…っ。こんなの、私、死にたくない…」

静謐に沈む広大な空間に、ただその嗚咽だけが虚しく響く。

嫌に耳に残るその残響を置き去りに、メイナードは改めてアーサーに掴みかかる。

「っ副長、魔法を解いたのですか!?これは明確な反逆、」

「僕は何もしていない、あれが彼女の本心なんだ。僕の精神魔法を跳ね除けてまで、吐露したかった本心だよ」

誰にも気づかれないよう、生徒たちに精神魔法をかけ言いなりにする。――最深部攻略に向け、アルベルトがアーサーに指示した非情すぎる命令だった。

ここ数日何回にも及ぶ集会は、このためにあったのだ。

もちろん『タキオン』所属の調査員は全てを知っていて、そして誰もが異を唱えることはしなかった。

これは必要な犠牲だ。

これがここにいる全員の使命なのだと、本心を冷徹で鎧って。

死んだ生徒は、自分が背負ってやるのだと、そう傲慢な言い訳をして。それが一方通行の決意なのだと気づいて、メイナードは目を見開く。

「彼らの言う通りだ、メイナード」

絶句し立ち尽くすメイナードに、アーサーはただ訥々と。


「僕らは未来のために戦ってる。それは、その未来を担う子供たちの犠牲があってはならないんだよ――」


軽く指を弾く。その一瞬の間隙に、メイナードは抜いた武器を握りしめながら。


「……俺だって本当は、そんなこと知ってたさ…知ってたんだよ…!」

それは、メイナードの鎧った仮面と、アーサーの魔法が解ける合図だった。

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