3-1.星月夜の密会
あと一話とか言って終わりませんでした!!!次で絶対終わります【真顔←】
失敗した、失敗した、失敗した――!
多国籍最上位迷宮区調査打撃群『タキオン 』第二大隊所属準一級医療魔法士、イザベラ・カーティスはかつかつとブーツを鳴らしながら、迷宮区と聖グリエルモ学院を繋ぐ廊下を歩いている。
聖グリエルモ学院は旧ヴァチカン市国に在ったサン・ピエトロ大聖堂をそのまま流用しており、その内部は言葉で尽くすことのできない程豪奢な内装だ。
迷宮区発生時、その半分を闇へ飲み込まれ、数々の歴史的芸術品は失われてしまったが、それでも尚その威光は健在だ。
失われてしまった部分は改築、さらに迷宮区に直接向かえるよう通路などを増築し、その敷地面積はかつての市国のそれと同じとなっている。
その、広大な学院の高等科へ向かう分岐を越え、イザベラは歩を進める。
とうの昔に太陽は沈み、辺りは夜の静謐に包まれつつある。夜風は肌を撫でるようにそよりと吹き、半吹き抜け設計の通路の太い支柱の間を抜ける。
高みに昇りつつある三日月がつかの間、その姿を夜空の闇に潜む雲の向こうへ隠す。
「上手くいくはずだったのにっ、どうして、なんで――」
左薬指に嵌めた銀の輪が雲に隠れてなお届く月明かりに反射し煌めく。永遠を誓い合った片割れは、先日迷宮区で死んだ。――あの、『死神』のせいで。
一般人の枠を越えた準一級以上の調査資格を持つ調査員のみで構成される『タキオン 』においても、異質極まる切り札。
その作り物めいた空虚な瑠璃色の双眸に光る黄金は『結晶核―正確には心―の色を見る』異能を秘めた、この迷宮区において特級の異能。それに加え迷宮生物と同じ蒼い血液が流れるその身体は、迷宮生物と同等の戦闘能力を誇る。
――しかし人は、理解の範疇を超えるものに『恐怖』するもの。
本来であればテイムした迷宮生物に着用する『制御装置』の装着を、かの人形には義務付けられているのはそのためだ。
大人しくしている今はいい。しかし、彼が牙を向いた時、こちらには対抗するすべはないのだから、首輪をつけるのは当然だ。
それでも彼は迷宮区を焦がれ、その度に契約主は同行をしなければならない。リードを持つのは、飼い主の義務。
そうして無理やり何人もの調査員が連れられた先で殺された。イザベラの彼――ユウハ・カーティスも。
優しい人だと、会った瞬間に分かった。
どんな相手にも優劣なく接することの出来る、気高い人。
あの『死神』の扱いにさえ、同情していて。
そんな人が、どうして無惨に死ななければならなかったのか――。
だから、排除しようと思った。
今後自分と同じような不幸をこれ以上増やさないために、あの『死神』を迷宮区の底で人知れず。
表層とはいえ中層域ギリギリの場所では生ぬるいかとも思ったが、足でまといを守りつつ支援がない状態であれば可能だろう。
彼らには、悪い事をしたとは思っている。
昼休み終了間際に保健室へ来た深紅の双眸を持った今の契約主の少年と、そのあと苛立ちながらも謝罪に来たのであろうマリンブルーの艶やかな髪を持った誠実そうな少年を思い出す。
何も悪くない彼らを巻き込むことにはイザベラも心を痛めたが、これも運命なのだと自分を偽って計画を推し進めた。罰なら、地獄で再開した時にいくらでも受けようと。
しかし、イザベラの計画は瓦解した。
たった3人の少年たちが中層域手前から生還したのだと、今や迷宮区の入口は野次馬の巣窟と化している。その様子は、さながら英雄の凱旋だ。
イザベラにとっては、あるはずのない最悪の展開。
この復讐劇が上層部にバレでもすれば。――あの執行人がやってくる。そう気づいた瞬間、彼女の足は真逆の方向へと向いていた。
だが、とイザベラは歪に口を歪ませる。
バレるはずはない。全ての仕込みは跡も残さず葬った。流石にあの3人が目撃したであろう、下層域の階層主の報告を聞けば監査が入るだろうが、その前に外へ出てしまえばいい。荷造りも既に準備済みだ。
最愛の人を踏みにじるように飲み込んだ、こんな地獄に未練などないのだから――。
「――今夜は良い月夜だね、イザベラ」
不意にかけられた声に、イザベラはビクリと肩を震わせる。
緊張に全身を強ばらせ前方に視線を向けるのと、陰った月の光の影から滲み出るよう影が姿を現したのは、同時。
イザベラの前に立ったのは、『タキオン』総団長アルベルト・サリヴァンその人である。
「そんなに急がなくても、月は逃げたりしないよ」
オフゴールドの髪を宵に靡かせ、音もなくアルベルトはイザベラへと歩み寄る。蛇が獲物を、仕留めるように。
反対にイザベラは後ずさる。多忙な彼がここに立つ、その理由を知っているから。
その怯えた顔に、アルベルトは微笑を返す。行きあった友人と挨拶をするような、ごく自然な笑みだ。
「さて、私はこれでも多忙でね。手早く済ませよう」
言って、左腰に帯びた片手剣を抜き放つ。
夥しい数の迷宮生物を屠った、唯一特級の地位を頂く青年の半身は、月明かりに照らされ今は鈍い光を放つ。
「イザベラ・カーティス。自身の罪は自覚しているね」
翡翠の双眸に、冷酷よりも尚冷えた陰が落ちる。その眼光に射すくめられ、イザベラはその場に凍りつき、しかし此処で終われるものかと震える膝に力を込める。
「ア、アルベルト様!僭越ながは申し上げますが、あの『死神』は厄災をもたらします!準一級以上の調査員を無駄に消費させる程のメリットがあるとは思えません!」
「お前は何か勘違いしているね」
伸ばした左手から先が、消失する。
眼前に立つアルベルトが目にも留まらぬ速さで――本人にしては無造作に――手にした剣を振ったのだと、ぼんやりと気づいて。
「ここは弁解の場ではない。処刑場で罪人が口を開く時間があるとは思わないことだ」
言葉にならない絶叫をそよ風の如く聞き流し、アルベルトは嘆息する。授業で解答を間違えた生徒に対して、それを指摘するように。
「君がオリバー・ブルームフィールドに対し薬物を使ったことも、『制御装置』を渡したことも、テイム用の魔道具を使ってコカトリスを誘い出したことも。その全てが私にとっては瑣末な事だ」
言いながら無造作に、乱雑に、粗暴に手にした宝剣が振られ、その度に身体を刻まれ痛みに泣き叫ぶ。
もうやめてくれと。
もう許してくれと。
もう殺してくれと――。
言葉にならない叫びが届くはずもなく、然してアルベルトは彼女罪状を告げる。
――壇上から罪人を見下ろす、裁判官のように事務的に。
「お前の罪。それは、私の可愛い小鳥たちを汚したことだ」
振りかぶり、しかしその宝剣は振り下ろされる事はなく。
――自分が死んだことにも気づくことなく、イザベラ・カーティス第一級医療魔法士は絶命した。
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「お戯れが過ぎます、閣下」
行き場をなくした宝剣を納めつつ、アルベルトはたった今目の前の死体を作った影を見咎めた。
「秩序を乱す害虫は、私の調査団にもこの学院にも不必要だ」
既に物言わぬ肉塊になった死体には目もくれず、平然と言い放つ。
カズキが望んだこの園に、たとえ小さな穢れだろうが、アルベルトは許さない。
その狂人じみた潔癖さを何年も見ていた影は、癖々とため息を零す。この人のクサナギ至上は折り紙付きだなと。
それで、と影は言葉を続ける。
「これで、良かったのですか?」
含まれた真意にアルベルトは微笑する。
「ヴァイスの維持費をカズキの借金として、ハヤトをこの学院へ連れ戻すことは、カズキの指示だ。私は彼の意志をこそ尊重するし、私たちはそのために今日まで計画を進めてきた」
「その為に、閣下が死ぬ事になろうともでしょうか」
影の声音にはやるせない怒りと悔しさが僅かに染み出すが、アルベルトは微笑を崩さない。
カズキとこの秘密を共有した時から、己の最期は知っている。
彼の異能は偉大で、その道筋を組み立てるカズキの頭脳は弟の『軍神』にすら匹敵する。本人はそうは思わなかったようだが。
彼が『死ぬ』といえば『死ぬ』。それは確定事項である。太陽と月は同じ空に在れないように、生者はいずれ死するように、それは覆すことなどできない秩序なのだから。
だからどうしたと、アルベルトは雲がはれ全容が再び顕になった月に手を伸ばし、掴まんばかりに握りつぶした。
「当然だ。その死は無為ではなく、果ては再びカズキと再会できる救いがあるのだから」
たとえその再会の場が、地獄であっても。
己の死を前にしても決して揺るがない主君を見て、影は思う。
彼の人生はカズキと出会ったことで大きく変わったと話していた。彼亡き今も彼との約束を果たすためだけに学院を経営し、『タキオン』を率い、秩序を乱すものはその尽くを排除する『執行人』。
その生き様は主人を失ってもなお忠義を尽くす、騎士のように気高い。しかし。
もしその約束さえも見失ってしまった時、この壊れかけの騎士はどうなってしまうのだろう――。
世界のためではなく、ただ1人の約束を果たすためにその身を焦がすのだというアルベルトを案じるように、フードの下の夕暮色の双眸は憂いに揺れた。
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――見上げた先の夜空には、零れ落ちそうな程の星々が瞬いている。
足元にはひび割れた瓦屋根と、その間からは名前も知らない背の低い雑草が時々顔を出す。
その、見覚えのありすぎる景色に、隼人は気づく。――これが夢だということに。
そう気づいた瞬間に、目の前の人影が振り返る。
自分と同じ赤銅色の髪に、夜風になびく空洞の右袖。自身のそれよりも薄い、しかし黄金の星が散る紅の瞳。
ややあって、深紅と紅の双眸がかち合う。
「――よぉ、来たな」
相変わらず代わり映えのしない不敵な笑みを浮かべ、草薙一樹は弟を呼んだ。
「夢の中でくらいしおらしくしてればいいのに」
「ユメ…まぁ隼人にしてみればそうか」
含みのある言い方に、隼人は眉を顰める。そんな隼人の怪訝そうな視線を受けて、一樹は「ん~そうだなぁ」と唸り、何事か思いついたのかぽん、と手を叩く。
「木ってのは枝と幹、幹と根って全部繋がっているだろ?『未来』っていうのも横にも縦にも拡がっていて、全部繋がってるんだ。今は『俺が見ている未来』と『お前の現在』が繋がった状態だ」
頭では理解できるようで、しかし異能者ではない隼人は実感が伴わない。
頭を傾げていると、それにしても、と一樹が指を指す。なんの皮肉か、兄と同じように揺れる空虚な右腕を。
「腕ねーじゃん。お揃いにしたかったのか?」
そんなわけないだろ。
言う前に「ウケるわっ」とゲラゲラと腹を抱えて笑い始めやがった。腹が立つので、勢い任せに頭をはっ倒してやる。
「何笑ってんだよ」
「お前利き手右だろ?苦労するぞ~」
俺は左だったから良かったけどと、どうやらこれかの他人の苦労を笑ったようだ。質わりぃ。
そうしてひとしきり笑ったあと満足したのか、一樹は隣に座れと目線で促す。当時はまだ15の自分が座っていた兄の隣。
気恥しさもあったが、木造二階建ての家屋の屋根の上だ。夢だろうと落ちたら嫌だと隼人は渋々腰を下ろす。
「その様子だと、迷宮区へ戻ったんだな」
「誰かさんのせいでな。全く迷惑な話だ、死んだ後も振り回しやがって」
と言って、しまったと隼人は口を噤む。
『死んだ後も』なんて、今はまだ生きている一樹に向かって言ってはならない台詞だから。
しかしそんな隼人の心境を知って知らずか、当の本人はカラカラと笑う。
「それは俺の性分だからな~。って、弟ならそれくらい知ってるだろ?」
そんな、なんてことは無いとでも言いたげに笑って。
その笑顔の裏側を聞きたくてぽつり、と隼人は言葉を零す。
「…自分が死ぬって、いつから知ってたんだよ」
絞り出された声は、自分でも驚くほどか細くて。
崩れそうになる顔を隠すために、隼人は立てた膝に顔を埋める。
びっくりしたような一瞬の間をあけた後、隣の空気がゆるりと動く。そうだなぁ、とこれまた普段通りの声音と共に。
「5年前、いや、お前からすると7年前か。初めて迷宮区へ行って、調査団のみんなが死んだ時かな」
一樹の言葉に、隼人はやはりと思う。というかそこ以外に無いだろう。それで全ての合点がいくからだ。
反対を押し切って、一人あの地に残ったのも。
5年もの間、1度も帰ってこなかったのも。
――これが最期だと言うようなタイミングで、会いに戻って来たのも。
「未来を繋ぐため、とか言うやつ?」
本当に聞きたいのは、違うこと。
何がその目に映ったのか。
その未来には何があるのか。
どうして兄はそのために行動するのか。――その果てに、死ぬとわかっていても。
でもそれは、聞いてはいけないことなのだろうと隼人は知っている。
だってそれは一樹の選択の結果を、彼が命を賭してまで行った行動を否定することになるから。
だからと、当時一樹が最後に残した言葉を返した。これくらいの八つ当たりはいいだろうと。
「何それかっけぇ。頂くわ」
まぁ、全く届かないわけであるが。
それもーらいとばかりにぱちん、と指を鳴らす一樹に隼人は肩を落とす。アホらし。
「未来のため。そう、それいいな」
まだ言うか、と呆れながら顔を上げはっ、と隼人は息を飲む。――初めて見た、兄の悲愴な顔を見てしまったから。
いつも強気げ自信げで、夏の太陽の下で花開く向日葵のように笑う彼も、そんな顔をするのかと知ってしまって。
忘れていた、思い返せば当然の事。
例え、10振りある神の刀の1つを操ろうとも。
例え、その瞳は未来のを見渡すのだとしても。
――草薙一樹は、ただの1人のちっぽけな人間だということを。
それでも、一樹は長年の癖なのか直ぐにその表情を仕舞い込んでしまう。そして、仕切り直しだと言うようにふっ、と短く息を吸い込む。
「――お前に救って欲しい奴がいるんだ」
静謐な声に、隼人は隣を見る。2年前にも聞いた、彼の最後の願いの言葉。
そう言った一樹の視線は宙に広がる星空に向いたままで、隼人も習うように見上げる。
誰のことかは、すぐに分かった。
一樹は天を見上げたまま、訥々と話し続ける。聞いてなくてもいいから、聞いて欲しいと言いたげに。
「あいつはああ見えてもまだ2歳児でって、お前から見ると4歳児か?まぁまだ小学生にもなってない子供で、迷宮区から一歩も出たことがない可哀想な奴なんだ。迷宮区で見つけたんだが、それ以前の記憶も一切ない。世界を知らない。人間を知らない。あいつの身体は人間とは違くて、だからあいつの周りは敵だらけだ。だから誰も、自分のことも信じられなくなってる。――本当は、誰よりも純粋で縋るものを欲しているのに」
どこか『子供のようだ』と思っていたが、本当に子供だったとは、と隼人は脳裏に真白な後ろ姿を浮かべ納得する。
言われた言葉を反復したり。
変な所で駄々をこねたり。
無表情の鉄仮面の下に、隠しきれない感情の素直さを持っていたり。
それらが全部、まだ生まれてまもない子供だと知れば、成程と納得出来る。
だから、と一樹は言葉を続ける。
「あいつは誰よりも迷宮区の最深部へ行きたいんだ。――自分自身の、存在理由を知るために」
記憶もない。
親も知らない。
自分の身体は人間のそれとは違う。
その全ての答えが、迷宮区の最深部にあるのだと、一縷の望みをかけて進み続けるその姿を想像して。
ここ数日の付き合いだが、見ていればわかる。彼は自分の命をあまりにも顧みない。『死んでもいい』とさえ見えるその姿はあまりにも、痛まし過ぎた。
それでも彼は迷宮区の最深部を目指す。――人は、意味を知らなければ生きては行けないのだから。
それは、何も知らない真白な状態であれば尚のことだろう。
けれども世界は残酷で、彼に自由などなく。ヒトに付けられた足枷があり、そして迷宮区は独りで突破できるほど、易しくはないのだから。
言葉は、思いのほかするりと流れ出た。
「兄貴の望み通りの救いには、程遠いだろうけど」
ゆったりとした、けれども少し驚いたようにこちらを向く気配がする。
淡い期待を、その双眸に浮かべながら。
「あいつの行く末を、見届けるくらいはしてやるさ」
ざあ、と風にさらわれるように隼人の決意は満天の星空へと舞い上がる。
乱れる髪を押さえつつ、言って隼人は気まずげに紅の視線から目をそらす。だって思った以上に見てくるから、言ったは良いが恥ずかしい。
笑われる、と思った。いつものように豪快に。
しかし一樹は大きくひとつ瞬くと、肩の力を抜いた。
「あぁ、良かった」
これで肩の荷がおりたとばかりに、その声音は穏やかに。
その一樹の姿がたまらなく嫌で言い繕おうと思考を巡らすが、急激な眠気に襲われ、がくんと意識が飛びそうになる。
「もうユメから醒める時間か」
必死に眠気に抗う隼人の様子を見て、一樹は手を伸ばし赤銅色の髪を混ぜる。
「まぁなんだ、こんな生意気に大きくなったお前が見れて良かったよ」
これが本当に最後だろうと、一樹の顔には書いてあって、閉じそうになる瞼を必死に開ける。
だって、まだ話し足りないことは沢山あって。
言ってやりたいことも山ほどあって。
――もう二度と聞けない声を聞いていたくて。
しかし隼人の思いとは裏腹に、どうしようもない眠気はその意識を絡め取って行く。
だからと、隼人は最後にその言葉を残した。
本人の意識はもう無くて、本当に伝わったかどうかは分からないけど。
「だから安心してくれ。あいつのついでに、俺自身も救ってみるからさ――」
――草薙一樹が1番救って欲しいと願ったのは他でもない、草薙隼人の救済なのだと、隼人はもう知っているから。
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「…ったく、こんな時間にこんな所に呼び出して、なんの用だよ兄貴。…って兄貴?」
陽炎のように霞んで消えてしまった17の隼人と入れ違うように、15の隼人が屋根裏部屋から顔をのぞかせる。
しかし反応の見せない一樹を怪訝に思い、少し眠気に微睡んだ深紅の双眸を眇める。
「…いや、なんでもない。やっぱこの時期でもよるは冷えるな」
ずび、と鼻をすすりながらようやく振り向いた一樹は、いつもと変わらないなんでも見透かしたと言いたげな、強気な笑顔に戻っている。
「早くこっちに来て兄ちゃんをあっためてくれよ弟よ~」
「くだらない話なら部屋に戻るぞ」
「わぁひでぇ!?」
夜の闇も濃くなった時間だと言うのに、一樹はお構い無しに騒ぎ立てるので、隼人は「ハイハイ」と適当に宥めながら仕方なしに彼の隣へ腰掛ける。
その紅の瞳の端には、うっすらと涙のあとが残っていることに、15の隼人は気付かぬふりをして。




