2-1.黒曜の使者
「――この世界は長らく恐怖に満ち溢れていました。しかし時は満ちました。今こそこの現実世界と『アルフヘイム』は手を取り合う時が来たのです」
ここ数日で耳にたこができるほどに聞きなれた演説を他所に、隼人は聖グリエルモ学院にある一際広い庭園の中心を見やる。
時刻は午前の講義を終え、ちょうど昼食の時間帯。普段であれば脇目も振らずに食堂へ向かう生徒の足は、やはりここ数日間はこの庭園へと向けられている。
多くの生徒たちの人たがりの中心に立つのは、隼人よりも1.2歳下の少年だ。
黒曜の伸びた髪は冬の肌寒い風になびき、その下の唐紅の双眸は陽の光によって微妙に輝きを変える。
エドヴァルド・フォン・ユングリング。
彼はこの学院へ来てからというもの、実に精力的に同じ演説を繰り返している。
『地底世界と現実世界が、手を取り合う時が来たのだ』――と。
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「――何故あいつを排除しないっ」
いつもの彼からは想像もつかないような荒らげた声を、隼人はヴァイスの一歩後ろから窺う。
あの雪の日。黒曜の少年と出会ったのはたったの2日前だったが、彼は週明けと同時にこの学院にも現れた。
なんの違和感もなく、まるで今までそこにあったかのような自然さで。
もちろん最初は誰もが驚いた。当然だ、彼は学生として編入してきた訳ではなく、そこらの教員や貧民街に住まう住民のように講義を聞くことも無く、学院をふらついているのだから。
彼が行う行為は1つ。――決まった時間に決まった文言の演説を行うことだけだ。
なんの前フリもない、相手が誰かも分からない演説だ。学生たちも馬鹿ではないし、当然受け入れる人間は少なかった。
しかし、長らく戦争状態と言っても過言ではない状況下において、彼の演説は麻薬のように精神に刷り込まれて行った。
陥落するのは、正直早かった。
1人、またひとりと。演説に耳を傾ける生徒は増えていく。果たしてそのうちの何人が本気にしているのかは定かではない。しかし、少年――エドヴァルドとしては恐らくそこは注目していない。
ただ、己の演説に耳を傾ける人間が1人でもいれば良いのだ。
彼の行動を、ヴァイスは暫くは黙示した。最初に出会ったあの日の様子からして、ヴァイスは彼がどう言った人間かを理解している。
そして。――とうとう我慢の限界が来たということだ。
何故ここまでの愚行を許しているのか。ヴァイスはその是非を目の前の人物に突きつける。
聖グリエルモ学院理事長にして、全調査団の頂点に立つ『タキオン』総団長、アルベルト・サリヴァンに。
アルベルトは言葉と同時に叩きつけられた机を一瞥もせず、手にした書類に目を落としている。オフゴールドの下の翡翠色は、まるでその書類以外どうでもいいと言わんばかりの無関心。
「何かと思えばそんなことか。私はお前の駄々に付き合う時間はないのだけど?」
「駄々だって?お前の学院で、部外者が好き勝手やっているんだぞ」
「それがそんなことかと言ったんだ。勝手にやらせておけばいい」
「な……、」
突き放すような物言いに、思わずヴァイスは絶句する。それもそのはずで、今までの彼であれば間違いなく涼やかに激昂する場面であるはずだったからだ。
自分の庭を好き勝手に荒らす害虫。そんな輩は真っ先に自らの手で排除するのがこの男の筈だと。
だからヴァイスの狼狽も心のうちでは共感して、しかし隼人は微動だにせずただ静かに観察する。
かつてのルームメイトであり友人の皮を被った彼と出会って、音もなく壊れ始めている青年を。
「私は最深部攻略に忙しいのでね。そのうちお前にも働いてもらうぞ」
「……それは、いいけど」
「なんだ、やけに乗り気じゃないな。お前の悲願である最深部の攻略だぞ?それとも絆されてどうでも良くなったか?」
わかりやすい挑発に、ヴァイスも分かりやすく激昴する。自分の存在理由を求め続けたヴァイスにとってその言葉は、何よりも許し難いものにほかならない。
彼がどれほど焦がれ、最深部という最奥に希望を見続けているのか。――それは何者にも否定することは出来ないのだから。
直情的な感情に飲まれそうになるヴァイスの前に、今まで隼人同様にただ静かに佇んでいた小さい影が立ち塞がる。
薄桃色の髪に白銀の。見慣れた色彩であってそれとは違う少年は、普段のおどおどとした態度を微塵も感じさせないほどの堂々とした佇まいで行く手を阻む。
「ヴァイスさん、それ以上は」
「邪魔をするな。叩き潰すぞ」
「ヴァイス」
立ち塞がった少年、アデルを無視してヴァイスは鬼の形相で振り返る。黄金の散る瑠璃の双眸には、お前も止めるのかと言う感情がありありと浮かんでいるのが見て取れる。
彼の気持ちはよく分かる。全てを打ち明けられた今だからこそ、以前よりも尚分かるつもりだ。
それでももう、今この場において彼の行動は最適解では無いのだと、隼人は理解してしまった。
眼光だけで人を殺せそうなほどの視線を、隼人は緩く首を振ってあやす。その行動をどう受けとったのか、ヴァイスは根負けしたように渋々と後ろに下がる。
彼の怒りは最もだ。そして、俺も結構腸が煮えくり返った。
だから口から滑り落ちた声は、自分のものとは思えないほどに底冷えたものだった。
「随分と、釣りを楽しんでいるようだな」
「分かるか?釣り上げたらお前にも分けてやろう」
「いらねーよ」
果たして、2人の言葉の応酬の意味に真に気づいた者はいただろうか。しかし、直感的に感じ取ったであろうアデルとヴァイスは、言葉を挟むことはない。
いや。――言葉を挟む余地すらないほどに、2人の殺気には隙がなかったのだ。
隼人は吐き捨てるように短く言って、踵を返す。少なくとも暫くは、もう彼と向き合うこともないだろう。
「――1度立ちどまることを勧めるぜ、アルベルト」
ボロボロに崩れていく。そんな自分の兄の親友の彼の姿を、もう直視していられない。
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「お前は行かないのか、オリバー」
「逆に聞くが、私があんな胡散臭い演説を真に受けると思うか?」
まぁ無いだろうな、と。問うた本人である隼人さえも愚問と鼻で笑う。最初こそお互いに犬猿の仲ではあったが、今ではこの青年も実は自分と同じ部類の人間だと気づいてからは、随分と会話も楽になった。
「それで、理事長の所へは行ったのだろう?」
どうだった?というオリバーの無言の問いかけに、隼人は頭を振って回答する。苛立ち混じりのため息が同時に零れてしまったが、正直隠す気もない。
「あいつには今回頼れない。対処するなら俺たちだけでだな」
「対処、か。いち学生である私たちが何をできようものかな」
聖グリエルモ学院、いやこの迷宮区においてアルベルトの権力は絶対だ。彼の一声でここに集まるほとんどの調査員を集めることができるし、何が起ころうとも情報操作も表裏問わず意のままだ。
その彼の権力を知っているからこそ、少々オリバーも期待していたのだろう。マリンブルーの下の紫眼には、淡く落胆と憂色が浮かぶ。
正直隼人自身、オリバーと同じくアルベルトの協力を当てにしていた分、この空席はあまりにも大きい。
それでも。
「……今のあいつには、頼れない」
「復讐の対象を見つけてしまったから、か」
スキールニル。セオ・ターナーの肉体の内側に潜む、迷宮区の番人。
――かつて『タキオン』を創設し、短いながらも心を許しあった草薙一樹を殺した相手。
己の兄である一樹とアルベルトの間に何があったのか。どんな日々を過ごしてきたのか隼人は多くは知らない。7年前にここで別れたきり、あとは自分の死の直前にふらりと帰ってきた兄からは、そんな話を聞く時間すらなかったのだから。
ただ、黒髪の親族や友人らの中で、唯一彩度のあるオフゴールドの髪を靡かせ西洋の喪服でひとり現れた当時の彼を、隼人はよく覚えている。
無感動の下に、凍てつかせてしまった本心を隠した青年の顔を見て、自分と同じだと思って薄い金の軌跡を追いかけたことも。
墓前で小さく肩を震わせていたことを、人混みから外れた隼人だけは目撃していた。
それだけしか、隼人は知らない。
誰に向ければいいかも分からない復讐心を抱えて、それでも一樹との約束を忘れずにここまで『タキオン』を支えてきた彼の前に、その精神を壊すかのように現れてしまったのだ。
――今のアルベルトの眼中にあるのは、純然たる復讐。
堕ちた兄の親友をこれ以上見ていたくなくて、隼人は目を背けてしまった。本当は引き留めるべきなのは分かっている。だけど何も知らない自分には、その役は務まらない。
草薙隼人に、アルベルト・サリヴァンは止められない。
その胸中を見透かしたからか、いつの間にか俯いてしまった隼人の隣でこぼれるため息。
「それは君が負うべき責任じゃない。お人好しもいい加減にしたらどうだと何度言わせる」
「そのお人好しに助けられたくせに」
「だからこそ、気にかける周りの人間の身にもなれ」
皮肉に返された答えに、隼人は思わず深紅の双眸を瞬く。そして僅かな身長差で見下ろしてくる紫眼とかち合って。
「え、お前が心配してるって?やめろよキショい」
「君の相方が面倒なんだ」
「そんな気配り出来るとか、お前さてはオリバーじゃないだろ。あ、ジャンヌかすみませんでした」
一瞬のうちに氷点下まで冷えた空気に、隼人は間髪入れずに謝罪する。あと数瞬遅れれば氷柱に串刺しにされていただろう。
何度も懲りない隼人の皮肉に、オリバーは荒くため息をこぼして。
「それはそうと、クサナギこそあの演説をどう思っているんだ?なにか引っかかるんだろ」
「引っかかり、ねぇ」
不意に、隼人は眼前の庭園に目を向ける。自分のそれとは微妙に彩度の異なる虹彩を、眇めた深紅に映しながら、その少年は決まり文句でこう締めくくる。
「長きに渡った争いに終止符を。二つの世界は今手を取り合って融和する時なのです――」
僅かな余韻を残して、エドヴァルドの演説は終わる。その終わりには盛大な喝采はなく、まさにオーケストラの最後のその余韻に浸るがごとく静かなものだ。
その残り香は、まるで麻薬のようだなと隼人はひとり思いながら。
「あれに引っ掛かりがない方がおかしいだろ」
「具体的には?」
「んなもん無いよ。ただの勘だ」
その返答に、オリバーは僅かに目を瞠り。
「意外だな。クサナギはそういう根拠の無いものは信じない主義だと思ったが」
「まぁな。だけど、今まで俺の嫌な勘が当たらなかった試しがないんでね」
ここで出来た友人を亡くした時も。
ド底辺な錬金術師に会った時も。
かつての戦友と話し合った時も。
――英雄だった兄を見送った時も。
オリバーの言う通り、根拠の無い形のないものを信じるつもりは無い。現実は常に確かなもので出来ていて、それは過去の積み重ねによってできているものの以上、視認できるものだから。
しかし、こと凶兆の予感全てにおいて、自分の直感が覆ったことは無い。嫌な予感ばかりが当たって、その全てに自分は置いてかれる。
だから今回もきっと――。
「……あいつの言う通り、世界規模の何かが起こるかもな」
「それは、――!」
思案に埋没していた隼人は次の瞬間に何が起こったのか、瞬時には理解出来ずに呆然と立ち尽くす。
気づいた時には左に並んでいたオリバーが背後に立ち、いつの間にか自分の左腰に佩いた鞘から抜かれた漆黒の日本刀を振り抜いていた。
右手に握られた日本刀。――『天之尾羽張剣』は、何も無いはずの虚空を確かに切り裂くようにして振り切られて、その切れ味から僅かに地面を抉る。
「っなに、」
「隠れていないで、姿を現したらどうだ」
『代行者』としての凄みのある低い声に、隼人は気圧されて疑問を飲み下す。彼の視線は何も無い虚空に、しかし確かに存在する何かを一点に睨みつける。
やがて。
くすくす。
くすくす。
くすくすくすくす。
『あれれ、おかしいな。なんで気づかれたんだろ?』
『人間に見つけられるわけないのにね』
『そういえばこの子、どこかで見たな』
『思い出した!バンシーに遊ばれてた聖女の器っ』
空間が歪み、楽しげな声と共にそれはにじみ出るように姿を現す。
手のひらサイズの人間で、その背中には虫の翅のような半透明の人間には無い器官。
――妖精。
ぱっと見る限りどうやら男女のようだ。クリクリと巻かれた髪の毛と、サラリと風になびく髪の毛の下の双眸は、双方共にアルビノを想起させる白瞳と赤の瞳孔。
二人はどこまでも楽しげに、お互いの両手を合わせながら空間を漂う。
『ねぇねっ、どうしてわかったの?』
『かくれんぼには自信があるんだけどな?』
「生憎と、貴様らの気配には覚えがあるからな」
オリバーの殺気など、まるで気づいてすらいないようにどこまでもマイペースにこてんと小首をかしげる。その仕草には一切の邪悪すら感じられなくて、だからこそ薄ら寒さを覚える。
例えるなら。――純粋ゆえの狂気。
「――こら、これ以上の迷惑はいけませんよ。ビュグヴィル、ベイラ」
手のひらサイズの妖精。――ビュグヴィルとベイラと呼ばれた2人のさらに背後からの声に、二人は全く同時に視線を向ける。
『ねぇねっ、どうしてわかったんだと思う?』
『かくれんぼは負けたことないのにっ』
「彼は長らく聖女の魂と同化していたでしょう。だからあなた達の気配も気づいたんでしょう」
声の主は先程まで演説を繰り広げていた庭園を抜け、僅かに苦笑しながら歩み寄った。
少年、エドヴァルドの回答に、ようやく妖精2人はわからなかった問題の答えが解けたようにきゃーきゃーと歓声を上げる。
どこまでも楽しげな彼らの声を遠くに、エドヴァルドもどこまでもマイペースに言葉を投げる。
「すみません、彼らはぼくにも手に負えないほどに遊びが好きで。どうか武器を納めては頂けませんか?」
そういうエドヴァルドからはどこまでも戦意は感じられない。オリバーもそれを察してか、ひとまずは警戒を解いた。
「ありがとうございます」
「さっきの言葉はどういう意味だ?」
隼人の問に、エドヴァルドはぱちぱちと唐紅の双眸を瞬く。数瞬後、ようやく隼人の疑問が何なのかを理解して。
「『聖女』と呼ばれる彼女らは、妖精達の加護を受けた女性のことなんです。聖女はその加護ゆえにただ願うことで魔法を使うことができます」
『聖女』。度々話題に上ってきた彼女らのその力の絡繰りを、エドヴァルドは当たり前のように口にする。今この世界において解明出来ていない事象のひとつを、こともなさげに。
「よくそんなこと知ってるな」
「ぼくはこの世界とアルフヘイムを繋ぐ架け橋。そのために必要な知識は知っていて当然です」
時代に隠れてしまったから、文明の利器には疎いのですが、と。少し恥ずかしそうにはにかむ表情に、隼人は僅かに瞳を眇めてしまう。
その表情が、どこかヴァイスと被ってしまったから。
それに気づいていないのか、はたまた気づいていて知らないふりをしているのか。未だ警戒心をとかない隼人とオリバーに向かって繊手を伸ばす。
「双方の世界の融和のために、貴方も一緒に目指しては見ませんか?」
ほろ苦い笑みに邪気はなく、計算や野心といった歪んだ感情は一切感じられない。
そんなエドヴァルドの心からの笑みに、歩み寄りに。隼人はただその手を見下ろして。
「考えておく」
「今はそれで充分です。それではまた」
無理やりに追いかけることもなく、エドヴァルドはそう言ってあっさりと引き下がる。踵を返す主の後を追って、2人の妖精もからからとその場をあとにした。
その背中を、曲がり角まで見送って。
「……いきなり武器振るなよ」
「ついな」
「ついじゃねぇ!というかお前、勝手に人の刀抜くなよ!?というか大丈夫か?」
隼人の言葉の意味を理解できないように、訝しげに眇られる紫眼に対して、オリバーの手にした刀を指さしながら。
「それは契約者以外の人間が触ると拒絶反応起こすんだよ。場合によってはその炎で焼かれるぞ」
「なるほど?伊達に『神の刀』と言われていないな」
「納得してる場合かっ」
どこまでも呑気に分析するオリバーは、どうやら事の重大さを理解していないらしい。その事に業を煮やした隼人だったが、落ち着けと言わんばかりに手にした刀を軽く振るう。
「たとえ神の刀だろうが所詮は火属性。私の属性は氷だぞ?飼い慣らすことは出来ずとも、相殺くらいはできる」
そう言いながら、オリバーは隼人の腰の鞘に手慣れた手つきで刀を戻す。その動作は流麗で、確かに言葉通り怪我などは負っていないように見えた。
ひとまずその事に安堵して歩き出す隼人に、オリバーは右手をポケットに突っ込みながら。
「それはそうと、えらく気に入られているようだが。その融和とやらに賛同するのか?」
「気に入られてるかなんか知るかよ」
ひらひらと手のひらを振って、言外にオリバーの発言を否定する。とは言っても現時点で、だ。
慎重に見極める。全てはその後だ。
と、そこでようやく目当てのものを見つけたのか、オリバーが逆のポケットから懐中時計を取り出すのと、隼人が食堂の扉を開けたのはちょうど同じだった。
「だいぶ道草を食ってしまったようだ」
「遅いよ2人とも〜。そんなに演説楽しかったの?」
のんびりと間延びした声音に視線を向ければ、そこには蓮とヴァイスの姿がある。先に来ていたふたりは隼人とオリバーの席も確保していてくれていて、その隣に腰掛ける。
「演説が楽しいわけないだろ」
「でも隼人は好きでしょ?小難しい論文の発表」
「多少マシなだけだ」
素直じゃないなぁ、と隼人のひねくれた態度に対しての評価を口にして。
「なんでもいいなら適当に取ってくるけど、リクエストある?」
「なんでもいいわ、ヴァイスは?」
「特にない」
「は〜い、じゃあオリバー付き合って」
「なぜ私だ」
「待たせたお詫び〜」
ジト目になった紫眼には、たった今座ったばかりなのにというオリバーの感情がありありと見て取れるが、知ってか知らずか蓮は全く取り合わずにニコニコとするだけだ。やがて根負けしたように小さくため息をついて、席を立ったオリバーの背中を見送りながら。
「……あいつって、意外に押しに弱いよな」
「レンが怖いんじゃない?」
「というと?」
「……レンは怒らせたら、多分一番怖い」
ヴァイスにしては珍しく、尻すぼみに小さくこぼされた本心に。
「……まぁ、確かにああいうタイプが一番怖いわな」
と、やっぱり納得する隼人であった。
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レンの自然な、しかしわかる人間から見れば分かってしまう誘いに乗ったのは、理由がある。
「手、出して」
簡潔で端的な言葉。しかしオリバーはそう言われることを分かっていたから、疑問を投げることなく大人しく伸ばされた手に自身の右手を乗せる。
ハヤトに言った言葉は本心だ。――『神の刀』という名は、伊達ではなかったようだ。
今までに体感したことの無いような火傷に、自分の意図と反して右手は激しく震えている。焼きただれた手のひらは、正直自分でさえも直視できない程だ。
その手のひらを診て。
「珍しい。駄々こねるかと思ったけどな」
「意味は無いだろう」
「学習してくれているようでなにより」
隠した時、言い訳した時に見せる凄みのある笑みが怖いとは、情けないので飲み下す。
「全く、何してるんだか。今日は演説聞きに行ったんじゃなかった?」
「その予定だった」
「じゃあなんでこんな怪我してるの。これ、『天之尾羽張剣』を無理に使ったんでしょ。なんで杖じゃなく人の刀なんか」
瞬時にそのことに気づくとは、さすがこの歳で二級魔法医療師の資格を持っていないということだろうか。それにレンの実家もハヤトと同じく『神刀』を祀っていると言うし、なにか共通点でもあったのだろうか。
火傷を負った手のひらの治療を行うレンの柔らかくも鋭い問いかけに、オリバーは先程の出来事を思い出す。
突然背後に現れた、2人の不可視の暗殺者。
「妖精に襲撃された。それもただの襲撃じゃない、明確な殺意のあるものだった」
「その妖精ってもしかして」
「あぁ。エドヴァルドとかいう男とグルだろう」
つまり、指示をしたのは――。
あの瞬間。向けられた殺意と空々しい笑顔を見て、オリバーの心は決まった。それは目の前の少年も同じようで、向けられた琥珀色の視線を紫眼に映しながら。
「エドヴァルド・フォン・ユングリング、あいつは。――私たちの敵だ」




