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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.6 生誕祭と黒曜の使者
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1-3.極彩色の告解

「と言うわけで。本日は孤児院の子供たちの為のプレゼントの買い出しだ」

「……なんで僕まで」


明くる日。聖グリエルモ学院の正門前に呼び出されたヴァイスは、目の前のマリンブルーの青年を恨めしく睨む。

時刻は午前9時。普段休日は午後まで起きてこない朝が滅法弱いヴァイスとしては、身に覚えのない呼び出しに腹を立てるのも無理はない。

しかし、そんなことは知ったことではないと言いたげなオリバーは、どことなく張り切っているようで。

「人手が足りないのだよ」

「……知らないよ。ヘアバンドの人は」

「リュカは今私の剣を取りに、本家に戻っている」

先月の事件で叩き折った長剣のことだろうなと、隼人は思う。

ブルームフィールド家の固有魔法は『氷』。五大元素外の魔法だ。故にそれを行使する上で必要な聖石、それを刀身とした剣の鋳造は彼の実家お抱えの鍛冶師に依頼する他ないのだ。

結果として今は彼は遠方からの魔法援護に徹している。ぶっちゃけそれでも並の実力は越えるのだが、本人としてはあくまで剣を振るいたいらしい。

しかしそんなことは文字通り、ヴァイスにとっては『知ったことではない』。

「オリバーとおちびとレンがいれば十分でしょ。勝手に行ってきて」

「レグルスは戦力としては1/2しかないのでな。仕方が無いのでクサナギで補完することにする」

「おい聞き捨てならないけど。喧嘩売ってる?」

「まぁまレグルスくん、ちょっと静かに」

「……、」

「わーーバカバカこんなところで銃出すな!」

これ以上の問答すらも面倒くさくなったのか、ヴァイスはブルブルと震えながら、おもむろに腰の裏に忍ばせている拳銃を引き抜きにかかる。それをいち早く察した隼人は、オリバーとヴァイスの間に慌てて割ってはいる。

「俺もちょっと用事があるんだよっ」

「……それは今じゃないとダメなの」

「そうだな。別にお前は宿舎にいてもいいぞ」

その言葉に、ヴァイスはぴくりと反応する。自称隼人の『子守り』として、今のセリフは聞き捨てならなかったらしい。

しばらく宿舎の布団と隼人を逡巡し。

「……行く」

「うわ、たんじゅn」

レグルスの言葉を蓮が無理やり押さえ込み、一同はイタリアの街へと繰り出した。


*****


何度もくどいようだが、聖グリエルモ学院は35年前に起きた大予言の時に半壊した、サン・ピエトロ大聖堂の跡地をそのまま流用して作られた学院だ。

つまり学院があるのはかつてローマ・カトリック教会の総本山である、旧ヴァチカン市国。

そしてヴァチカン市国の所在地はイタリアの首都、ローマの中心地だ。

よって。1歩外に足を踏み出せば、そこは栄えあるローマの地となるのだ。

「おぉ〜〜!!」

「あまりキョロキョロするな。お上りさんか君は」

「お貴族様のあんたにはわからないだろうけど、その辺のスラム出身にとっては初めてなんですけど」

「夏に家に呼んだ時に通っただろう」

「まぁいいじゃん。とりあえず最初はどこから行こうか」

皮肉を言い合いながらも、オリバーとレグルスは以前よりも親しげに言葉を交わしながら、レンを含めた3人で楽しげに談話しながらローマの整備された石畳を歩く。その少し後ろを、ハヤトとヴァイスは並ぶ。

別に差し合わしてこういう並びになった訳ではなく、ただ5人で並んで歩く意味もないし、気づけば自然とこうなっていた。

ふと、自分の吐く息が僅かに白んでいることに、特に話すでもなく無言だったヴァイスは気づく。

夏はうんざりするほど暑かったのに、今は真逆に冷え込んでいる。特に今日は空も重い灰色が落ち込んで、今年初めての雪でも降りそうな程だ。

――雪、か。

そういえば、あまり現物は見たことがなかったことに、同時に気づく。今まではずっと迷宮区の、穴蔵に籠りっきりだったから、そんなささやかな季節の移り変わりなんて、気づく暇もなかった。

自分の髪と同じ色をした、ふわふわとしたものが空中から落ちてくるらしい。

正直自分の髪色になんの興味もないが、それはすこし見てみたい気もする。

『――ほらこっちよ、あなた』

僅かに綻んだ精神に突き刺さる、記憶の欠片。それは自分自身がそのことを忘れてはならないと戒めるかのように、的確に隙を穿つ。

自分と同じ白。自分と同じ見た目。

その事実が、わずかでも平和を望む自分を引き止める。

「そういえばさ、ヴァイスって寒がりなのか?」

「……え」

考え事をしていたせいで、隣からの呼び声にヴァイスの返答が軋む。その事に気づいているはずなのに、気づいていないふりをしてハヤトは続ける。

「いや、夏とかずっと『タキオン』の暑そうな団服をマントまで着込んでたから」

「そう、なのかな」

そう言って、ヴァイスは自分の手を無意識に見る。そういえば、心做しか指先も鼻頭も冷たい気がする。

と、持ち上げられた手のひらを、反射的にハヤトも覗き込んで。

「げっ、めっちゃ血色悪いなっ」

言いながらハヤトはがっと手のひらを掴む。

「ってめっちゃ冷たくなってるじゃんか。寒いなら寒いって言えよ」

「気づかなかった」

「お前って本当自分に関して無頓着な」

辟易と肩を落として呟いて、何かめぼしいものを見つけたのか、僅かに見開かれる深紅の瞳。

足早に一軒の出店に近づいていく後ろ姿を、当たり前のようにヴァイスは追う。というより、掴まれた手がそのままだったから、引っ張られてしまったのだ。

「これなんかいいんじゃね?」

おもむろに商品棚に並べられたひとつを手に取って、ハヤトはそのままヴァイスの空いた首にそれを巻く。

軽い肌触りに、しかししっかりとした厚みの、白いマフラー。

「やっぱお前は白が似合うよな。制服は黒いからその頭映えるけど」

にかっ、と笑うその笑みは自分を拾って育ててくれた恩人の面影と重なって、やっぱり兄弟なんだなと痛感させられる。カズキも同じように笑って、自分のことを気にかけてくれていた。

まるで春の陽だまりのような笑みが、唯一の喜びだったんだ。

「……指先温めるなら、普通手袋なんじゃ」

「それもそうだ。あ、見ろよヴァイス、あの耳あて!めっちゃ暖かそう俺はしないけど」

「完全に笑う気だろ」

どことなく耳の垂れた犬のような耳あてを指さして、意地悪く笑うハヤトは残念そうに口をとがらせる。

「でも暖かくするだけなら温かい飲み物飲めばいいか」

「お兄ちゃん、一度手をつけた商品はお戻し厳禁だよ」

「え、マジ?」

いいかもが釣れたとばかりに出店の店主の老婆は笑う。ひひひと笑う姿は、まるきり魔女のそれだ。

真逆にハヤトは面倒な店員に引っかかってしまったと顔を顰めながら、魔女の老婆に食い下がる。

ただの出店のはずなのに、まるで大金持ちの競りのような討論を始めてしまった2人の剣幕に、歴戦のヴァイスでさえも手が出せずに視線を泳がして。


――それが目に入ったのは、全くの偶然だった。


普段であればなんの興味もわかず、ただの風景に同化していたであろうそれに、しかし今は強く惹かれた。

理由はわからない。

しかし気がつけばヴァイスはひとりでにその建造物へと足を向けていた。

出店からはさほど遠くない、しかし街ゆく人たちの興味から外れて久しいのか、廃れて随分経つのが一目で分かるほどにひび割れた小さな教会だ。

恐らく管理している人間も毎日は来ていないのだろう。表面にはヒビが無数に走り、その上から巻き付くシダの葉。

白亜の壁は自然の土に汚れ、取り付けられた重厚な木製の扉もしっかりと閉じきられていない。その壁と扉の僅かに開いた隙間にするりと指を滑り込ませると、なんの抵抗もなくきしんだ音を立ててヴァイスを内へと誘う。

高い天井に開いた窓から差し込む曇天の隙間のささやかな日光に照らされ、キラキラと輝く空気中のホコリは、廃教会の最奥にはまった極彩色のステンドグラスを背景に神聖さを演出する。

滅多に見ることの出来ないそれは、ダイアモンドダストと言うらしいとどこかの書物で見たことをヴァイスは思い出す。

1歩踏み入れただけなのに教会の中はまるで時が止まったかのような静寂が、内と外を隔絶する。

無意識にヴァイスは一歩、また一歩と足を踏み入れる。踏む事に軋む木製の床の音だけが、止まった時の中で唯一動きあるものだ。

――本来、『教会』とは同じ信仰を持つ人間たちの集まりを指すらしい。

とある聖書の一節曰く。

『また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。』

簡単に要約すれば、その場に集う一人一人に神の恵みと祝福を与えるのだとされている。と、ここ最近聖書を読み漁っていたハヤトが言っていた。

神なんて信じていないような彼からのその言葉には、多少の違和感を感じたもののどこか神父のようだった。


『話さないなら俺は聞かないけど、でもハヤトにだけは言っておきなよ』


『そんなに大事なら、記憶を奪われた程度で忘れるんじゃねーよ!』


『彼は君のために。君の願いを遂げるために必要だから執着していたのさ』


どこまでも自分のために行動してくれた。そんな彼に自分は、何一つ返せていない。

それでも。

「……これ以上頼って、いいのか?」

「――ここに居たのか」

突然の声に、肩を震わせながら振り返る。ついさっきまでずっと考えていた深紅の双眸が、当たり前のようにそこにある。

「急にいなくなるからビビったぞ。ったくお前がマフラーそのまま持ってったから、買わされたじゃねーか」

まぁその分値切ってやったけどな、と。買わされている以上あの老婆にしてやられているのには変わらないのに、値切ったことに対して謎の自信からハヤトは鼻を鳴らす。

そしてふと、思い出す。

最初に別れを決めた時も。

『聖戦』の前も。

つい先日の記憶喪失騒動の時も。

彼に合わせる顔がないからと、いつも逃げるように雲隠れする自分を、ハヤトは絶対に見つけてくれた事を。

何度も逃げる自分を、同じくらい何度も見つけ出してくれた。その度に言いづらいことは何も聞かずに隣に立って。その無言が、不器用な彼の優しさで強さだったことに。


『どんな結果になったとしても、俺はお前を肯定するよ』


――彼はずっと、待っているんだ。僕から歩み寄ることを。

追いかけて、ただ優しい言葉をかけるだけだったら誰でも出来る。そんな誰でも出来ることを、僕は果たして信じられただろうか。

待つということは、寄り添うことよりも遥かに難しい。

相手が応えてくれないかもしれない。自分から聞きに行った方が本人からすれば楽だと知りながら、それでも彼は待ってくれている。

思えば、こんな葛藤ももう何度目だろうか。

いい加減にしないと、彼に愛想をつかされるな――。

「そろそろ戻るか。心配、はされてないだろうけど、色々と小言が面倒だ、」

「ハヤト」

廃れた聖堂の入口へ足を向けようとしていたハヤトは、呼び声に立ち止まる。真剣な話だと、今の呼び声だけで見透かしたような、しんと静まり返った深紅。

その双眸を、真逆の瑠璃で見返して。


「――僕は、人間じゃなかったんだ」


今知り得る全てのことを。自分が見たいつかの風景のその全てを、ヴァイスはぽつりとこぼす。そして零れた言葉は決壊したダムのように、とめどなく口から滑りでる。

「あの女に記憶を奪われて、レグルスに気絶させられた時に、僕は見たんだ。かつて『アルフヘイム』と言われていた楽園と、そこに住まう妖精と呼ばれる子供たちの魂を。――カズキが最深部で見た、あの白い女もいて、」

あの時見た黒い人間のようななにかは、ボロボロで見るに堪えないほどだったが、しかしヴァイスは一目で見抜いた。その魂の色彩を、黄金は見逃さない。

そして、それらと共にその場に現れたもうひとつの影。

「――自分を『フレイ』と言った男に、その女は『ゲルズ』と呼ばれていた」

「……フレイにゲルズ、か」

出てきたフレーズを、噛み締めるようにハヤトは復唱する。

『フレイ』と『ゲルズ』。そして『アルフヘイム』。ハヤトが推測した迷宮区の正体が、これでついに決定的なものになった。

北欧神話において、アルフヘイムはフレイの所有物。そしてゲルズはフレイの配偶神。神話に記されていることとなんの矛盾も無い。

でも、それが一番伝えたいことじゃない。

「僕が見たのは多分過去だ。それなのに、男は僕を見て、はっきりこう言った」

言うのが怖い。この先を告げたら、君は一体どんな顔をするのだろう。

それでももうここまで話したら話さない訳には行かなくて、震える手を気づかれないように、ヴァイスは固くにぎりしめ。


「――僕はフレイとゲルズの子供だ、と」


深海のような静けさが、聖堂を支配する。尖塔のように高い天井も相まって、さほど大きな声で言った訳でもないのに、反響する声が伽藍堂の聖堂に落ちる。

目の前の君がどんな顔をしているのか。耐えきれずに俯いた自分にはわからない。

何か言って欲しい。

でも、何も言って欲しくない。

頭の中で意味もなく廻る矛盾に、押しつぶされそうになった時。


「……そうか。話してくれて、ありがとう」


降りかかる言葉に、ヴァイスは思わず顔を上げる。その言葉が、あまりにも予想外すぎたから。

罵倒でもなく。

畏怖でもなく。

――感謝。

なぜ今そんな言葉が出てくるのか理解できなくて、あげた先でかち合う2色の色彩。

その深紅は凪いだ風のように静謐に、そして穏やかにそこにあった。

「……なんで、」

「お前が神の子だって言うんなら、俺は肯定も否定もできない。それを決めるには材料がないし、どっちかって簡単に言っちゃいけないからだ」

神と肯定すれば、それはヴァイスが人間でないと断ずる事だ。

神ではないと言えば、今までのヴァイスの葛藤を貶すことだ。

そのどちらかを選択してどちらかを切り捨てることなど出来ないと、才人は見通してその境界に立つ。

その事に、ヴァイスは少なからず衝撃を受けた。受けてしまった。

そして気づく。――自分は心のどこかで、君に否定してもらいたかったんだと。

お前は人間だと。自分と同じだと言って欲しかった。君にそう言って貰えたら、自分もそうだと思い込むことが出来ただろう。

なんて。――浅ましい。

自分の存在を、僕は君に依存してしまった。

その事が酷く恥ずかしくて、どこまでも愚かな自分が腹立たしい。

きっとその事に、ハヤトは気づいていただろう。自分が縋ってくることを。

それでもハヤトはその手を払って立ち止まった。――甘えるな、と。そう言うように。

「――でも、」

音もなく1歩近づいて、ハヤトはヴァイスの手を掴む。無意識のうちに固く握りしめていた拳は、手のひらに指がくい込んで蒼い血がぱたぱたと床に斑点を作っていた。

その手のひらを、ほぐすように優しく包んで。

「お前が神だって人間だって、化け物だって。そのどれでもないとしても、そんなこと俺にはもう関係ないんだ」

赤銅色の髪の下、深紅の瞳は揺れることもなく真っ直ぐに笑って。


「俺は、ヴァイスの味方なんだから」


神でもない。

人間でもない。

化け物でもなく、そのどれでもない。

ハヤトは『ヴァイス』の味方なのだと、そう断言して笑う。

――あぁそうか。君はもうずっと前から、そうだったんだ。

気づけなかったその事実に、ようやく気づいてヴァイスは潤んだ世界の中の深紅を見つめて。


「――ありがとう。君がいてくれて、僕は救われた」


さっきまでのモヤモヤが嘘のように、心は青空のように澄んでいて。

お互いの絆を祝福するかのように、聖堂に舞うダイヤモンドダストが星屑のごとく世界を彩った。


-----


「そろそろ本当に戻るか。昼も近いし飯だ飯」

そう言って、鼻をすするヴァイスを引きずって、二人は聖堂の外に出る。

開け放たれた扉からの猛烈な光に、ヴァイスはつい目を背けてしまう。

数瞬の後、ようやくその光になれて来た頃に、恐る恐ると目を開けて。


「――雪だ」


――そこは、一面真っ白の世界だった。

つい先程までの賑やかなローマ市街とは打って変わったその景色に思わず上がる、呆然とした声。

「あ〜やっぱ降ってきたか。天気予報もそうだったし、空の模様も怪しかったけど」

ハヤトが生まれ育ったニホンの地方は、特に雪が多く降る地域だったそうだ。そのせいからか声音からは感嘆よりも、うんざりという色が濃い。

しかしそんなことも気にならないくらい、ヴァイスは目の前の景色に釘付けになった。

空からふわりと舞い降りてくる、綿のような白の雪。

それは今まで想像の中でしか見た事のない、そして今初めて目にした光景だったから。

「まぁこれなら積もりそうも無いし、そんなに心配することないか、ってヴァイス?!」

慌てて引き止めるハヤトの声を置き去りに、ヴァイスは目の前の世界に飛び込んだ。

降り立った地面からは薄く積もった雪がそれだけで舞い上がり、今も尚降って落ちる雪を捕まえようと両手を広げて。

「っ見てくれハヤトっ。ユキだ!」

「いや、それは見ればわかる」

「僕、ユキなんて初めて見たっ」

自分でも分かるほどに弾んだ声を今更修正しようとは思わなくて。驚いたように見開かれた深紅をヴァイスは瑠璃の双眸に映して。

「――思ってた以上に、綺麗だっ」

口から滑り落ちたのは、純粋で素直な感想。想像していた『ユキ』よりも、目の前の『ユキ』は何故かキラキラと輝いて。

――美しいと、そう思った。

ハヤトは呆然とぱちぱちと双眸を瞬いて。やがてどんな感情からか、困ったようにはにかみながらため息をこぼす。

「降り始めでこれか。積もったらどうなるんだろうな」

「積もるのか?」

「いや、今日のは多分積もらないかな。今月の末とか、そのくらいになれば少しは積もるんじゃないか?」

風に吹かれれば飛びそうな程にふわふわなこの物体が積もるとは。ヴァイスは想像も出来ずにただ足元を穴が空くほど見下ろす。

「また積もったら、外に出て見てみろよ。多分楽しいんじゃないか?」

想像できないけど、想像する。一面の真っ白い景色と、そこに一緒に来てくれるであろう君を。

それはとても。


「……楽しみだな」


「――ぼくの弟は随分と、子供らしい性格をしているのですね」


闖入者の声に、先程までの緩みきった神経を研ぎ澄ます。腰の裏に忍ばせた白銀の自動拳銃の銃把を、引き金に指はかけずにそのまま抜き放つ。

そんな殺気立った空間に。――それはなんの気負いもなく現れる。


黒曜の髪に、その下の双眸を唐紅に輝かせた少年だ。


真白なこの空間において真逆の色彩の少年は、滲み出てきたかのように異様な存在感を放つ。

殺気ではない。しかし気を許せば一息にから娶られそうな、そんな異質な。

「そんなに警戒しないでください。初対面なのに傷つきます」

「……お前は?」

困ったように小首を傾げる少年は、向けられた銃口に気づいていないかのような自然さだ。そんな少年の言葉に、何も言わないヴァイスに変わってハヤトが違う問答を投げつける。

その問の答えを知っているから、何も言わないヴァイスには気づけずに。

そんなヴァイスの心境を知ってか知らずか、小悪魔のようにくすりと小さく少年は笑って。


「お久しぶりですね、弟よ。いえ、ぼくとしては初めましてですか、兄様。――ユングヴィ・フレイ・イン・フロージが末裔、エドヴァルド・フォン・ユングリング。父の遺言を果たしに遅参致しました」

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