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アノニマス||カタグラフィ  作者: 和泉宗谷
Page.1:落ちこぼれと死神
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0.星月夜の下にて(序章)

青少年が青春しつつ、残酷で無慈悲な迷宮区でそれぞれの『理由』を追い求める物語、

心に響くものが何かあればと思います!


「――お前に救って欲しい奴がいるんだ」


年季が入りひび割れた瓦屋根の上には、黒い影が二つ落ちている。

見上げた先には雄大に横たわる天の河がその漆黒を煌びやかに染め上げており、その光彩は夏も遠く過ぎ去り肌寒くなり始めた澄んだ空気と相まって、一段と輝きを増していた。

まるでサイリウムに囲まれた舞台の中心に立つトップスターのように、約5年振りにあのクソのような場所から帰ってきた少年のクソ兄貴は言った。

「こんな時間に呼び出して、言うことがそれってなんだよ?」

時刻は時計の短針が真上を示そうとしていた。

今年の春先に中等部最上学年になったとはいえ、育ち盛りの少年には些か瞼が重くなってくる時刻である。

それでも彼は、久方ぶりに帰ってきたクソ兄貴の話を聞きたくて、瞼を懸命に開ける。

「もう中学3年にもなったんだろ?隼人」

「3年になったからって、眠いもんは眠いだろ」

「まぁそれは確かに」

クソ兄貴は少年――隼人の最もな言い分にカラカラと笑った。

「…兄貴が助けてやればいいだろ」

クソ兄貴がひとしきり笑い、満足したであろうタイミングを見計らい、隼人は先程の問いかけに返答する。

「『助ける 』んじゃない、『救う 』んだ」

「大して変わらないだろ」

「ちがーう!ココ重要!!テストに出るぞ」

「あーもううるさいな。いいから話進めろよ」

ここで折れないと話が一向に進まなそうだったので、隼人は早々に聞き流すことを決め、話の先を促した。

「…俺に出来たら俺も良かったんだけど、あいつの隣には俺はいないようだから」

仄かに黄金に光るその紅玉の瞳は、揺れることなく真っ直ぐと天を流れる星々の奔流を見据えていた。

それはまるで、その流れに自分も還ることを知っているかのようだ。

「…縁起でもないこと、言うなよ」

そのまま目の前のクソ兄貴が消えてしまいそうだと。そんな幻想をして、隼人は空を切るクソ兄貴の右袖を強く握りしめた。

5年前には確かにそこにあった右腕は、今はもうない。

それは、隼人が短い人生で初めて犯した罪の証明。

弱々しく右袖を握りしめる隼人に、クソ兄貴は大変申し訳なさそうに、くしゃりと笑う。

「ごめんな、こんな兄貴で。お前に何も残せない」

「…っ」

そんなことは無い、と隼人は思う。

今までの人生、クソ兄貴の背中だけを追いかけて、追いかけて追いかけて、ついぞ追い抜くことは出来なかったその背中。

人のことなぞ知ったことかと言いたげに周囲を巻き込みかつ尊大。それでいて人一倍周囲の人間に気を配り、いざという時頼りになりすぎる大きな背中だ。

それは隼人にとって、道標だった。

「…さて、お子ちゃまはねんねのお時間らしいから、そろそろ下りるか」

ぞんざいな言葉とは裏腹に、右袖を掴む隼人の手を優しく解く。

登ってきた時と同じように、屋根裏部屋へ下りる梯子を目指し背を向けるクソ兄貴に向かって、最後の抵抗とばかりに隼人は長年の問いをぶつけた。

「どうして、兄貴はどうしてそんなに強いんだ…っ!!」

その悲痛な叫びは、周囲にこだますると、やがては夜の帳に消えていった。

然して、クソ兄貴は歩みを止め、隼人へと振り返る。


「――未来を繋ぐためだ」


そうして、クソ兄貴は二度と振り返ることは無かった。



*****



クソ兄貴と別れてから数日後。今度の帰郷は早かった。


戻ってきたのは彼が後生大事に右腰に佩いていた、隼人の実家の御神刀である漆黒の刀と、小さなダンボールに詰められた最低限の備品。

それが、己の死をその瞳に見た彼が、この世に残した全てだ。


齢にして二十。

神刀・天之尾羽張の使い手にして稀有な異能力者。

その中でも異端である『未来視 』の異能を持つ、多国籍最上位迷宮区調査打撃群・通称『タキオン 』本隊所属第一級戦闘調査員・草薙一樹。


――隼人の長ったらしい肩書きのクソ兄貴は、短すぎる人生を忽然と去った。



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