第九十六話、わたくし、前世の記憶のせいで、『嘘つき令嬢』と呼ばれておりますの。(その1)
「母上──いえ、女王陛下、お呼びでしょうか?」
重厚なる扉をノックした後で、俺ことホワンロン王国第一王子、ルイ=クサナギ=イリノイ=ピヨケーク=ホワンロンは、王都中央にそびえ立つ王城スノウホワイトの最上階に設けられた、女王陛下のプライベートルームへと肉親ならではの気安さで、いつものように踏み込んだ。
──しかし、天井が高く広大なる部屋の中で、豪奢な家具や調度品に取り囲まれながら、大理石の執務机の上に写真付きの薄っぺらい書類を多数ちりばめて、頭を抱えてうんうん唸っている妙齢の美女の姿が目に入るなり、思わず回れ右をしたくなったのは、仕方のないことであろう。
とはいえ、実の息子としては、知らんふりするのは忍びなかったので、つい仏心を起こしてしまい、うかつにも声をかけしまったのだ。
「……あの、母上?」
「あっ、ルイ、どうしよう〜」
すると初めて俺の存在に気づいたようにして、いつもは自信に満ちあふれているはずの、『魔龍国の女王』様が、眉を八の字に下げて見るからに情けなさげな声を上げた…………やべえ、やっぱ帰っとけばよかった。
「どうしようって、一体いかがなされたのですか?」
「それが、ねえ〜」
なぜか俺の顔色を窺うような視線を向けながら、いかにも言いにくそうに、真珠のごとき艶めく唇を開く女王陛下。
「婚約拒否、されてしまったのよお〜」
………………………………は?
「な、何ですその、婚約拒否って? 母上まさか、再婚活動でも始められたのですか?」
いやその場合でも、婚約拒否ではなく、婚約破棄だろ、『乙女ゲーム』的には。
「何言っているのよ⁉ 私が愛しているのは、今でも亡くなったあなたのお父さんだけよ! ──この大陸一の、素敵な『木こり』だったんだから!」
なっ、白雪姫の旦那さんって、木こりだったのか⁉
……あれ? あちらの世界の『グリム童話』の『白雪姫』に登場してくるのって、確か『狩人』じゃなかったっけ?
「誰よりも、ホッケーマスクとチェンソーが似合っていて、しかも身の内に秘めた魔導力も莫大で、将来は『魔王も夢ではない』と、みんなから期待されていたのよ!」
「それ、木こりと違うし! 間違いなく他の猟奇的なことに、チェンソーを使っているし!」
……そういえば、母上って、魔女の娘だったよな? ──い、いや、いかん、これ以上余計なことを考えると、他人様の作品にはまってしまう。
「──ていうか、俺の父上は、確か冒険者で、生死は不明とはいえ今もなお、大陸中のダンジョンを探検し続けているって、話じゃなかったか⁉」
「あらっ、そうだったかしら? いけない、すっかりど忘れしていたわ♡」
そう言って、いかにも『てへぺろ』といった感じで、可愛らしく舌をちょこんと覗かせる、母上殿………………息子の前で、何やっとるんだ?
まあ、父親が、何だか怪しげな木こりでなくて、よかったけどね♫
──もちろん、大陸一の大国の女王の旦那が冒険者であることも、かなりとんでもない話だけどな☆
「母上ではないとしたら、一体誰の婚約なんですか?」
やはり、この『チュウセイよーろっぱ』風の世界観からしたら、完全に婚期を逸している、姉上の一の姫か? でもあいつ、女の子しか興味がないし、男との婚約とか、絶対に認めないと思うぞ?
……まさか母上、姉上に他国の姫君をあてがおうとして、総拒否を食らってしまったんじゃないだろうな?
「決まっているでしょう? もちろん、あなたの婚約よ♡」
………………へ?
「いやいやいや、ちょっと待って! 『第一王子』である俺は、乙女ゲーのお約束的には、『悪役令嬢』であるアルテミスの婚約者ってことになっているだろうが⁉」
「そんなのとっくに、破棄してしまったじゃないの?」
「それは、現時点においてはアルテミスがあまりに幼すぎるから、いったん婚約関係を棚上げして、彼女が適齢期になったら再考するって話だったじゃないか?」
「う〜ん、でも、あなたとの──つまりは、『王子様との婚約破棄』イベントは、あれでクリアしたことになっているから、今更あなたとアルちゃんが婚約し直す意味は無いのよねえ〜」
「何その、まるで俺自身が、乙女ゲー的配役としては、すでに『用済み』になってしまっているかのような言い方は⁉」
「──え、まさかあなた、気づいていなかったの⁉」
「ちょっ⁉ ────いや、待て待て待て待て待て、もしかして、『座談会』コーナーなんかで、俺の扱いがあまりにぞんざいだったのは、まさか⁉」
「うん、『オワコンキャラ』に対しては、むしろ妥当な処置だと思うよ?」
「自分の息子に向かって、『オワコン』とか言うなあー!!!」
……そんな、半ば自虐として言っていたつもりなのに、俺って本当に、『いらない王子様』だったのか⁉
「こらこら、男の子のくせに、そんなにガチで落ち込むんじゃないの。一体何のために、私が苦労していると思っているのよ? この机の上の写真を見なさい、可愛い子ばっかりでしょうが♡」
何かキャバクラの客引きみたいなことを言い出した女王様に促されるままに、執務机の上を見やれば、確かにいかにも王侯貴族の御令嬢といった感じの、可憐なる少女たちばかりが、結構大きめの写真の中で艶やかに微笑んでいた。
「……これって、もしかして、『ゲンダイニッポン』のお見合いとかで使われている、『釣書』じゃないのか?」
まあ、一般的には、『お見合い写真』として知られているやつです、はい。
「そうよ! まずこちらからあなたの釣書を大陸中にばらまいたところ、さすがは今をときめくホワンロン王国の第一王子、各国の王侯貴族の皆様から、『是非うちの娘をどうぞ!』ということで、こうしてお嫁さん候補の釣書が殺到したというわけ!」
「おおっ、そういうことだったのかよ!」
さすがは、俺! 大陸規模で、むちゃくちゃモテモテじゃん!
そうそう、10歳児にはわからなくても、適齢期の皆さんならば、この魅力の前にはイチコロだよね☆
「……い、いや、かつてないほどのドヤ顔をしているところ、非常に言いにくいんだけどお〜」
「うん、マム、どうした? 何か問題でも?」
「イエス・マムって…………あ、あのね、心を落ち着かせて、しっかりと聞いてね?」
うんうん、何でも言ってみたまえ。このモテモテ王子様は、今や無敵モードだからな。ガハハハハ!
「確かに、親御さんのほうは、十分に乗り気だったのお。で、でもね、肝心の娘さん自身のほうが、何と全員が全員、お断りしてきちゃったのよう〜」
………………へええ、そうなの、それは愉快愉快、あはははは!
「──って、何だよ、それって⁉ 何で一応は『チュウセイよーろっぱ』風世界観にあって、王侯貴族の娘が、親の勧めている王族との婚約を、断ることができるんだよ⁉」
「あ、うん、おのおののお嬢さんたちが、それは凄まじい断り方をしたみたいで、親御さんのほうも、認めざるを得なかったらしいのよ」
「す、凄まじい断り方、だとお?」
「『ホワンロンの王子と婚約するくらいなら、修道院に行きます!』とか、『ホワンロンの王子と婚約したら、我が一族は滅びてしまいますよ⁉』とか、『むしろ私自身がすでに証拠を掴んでいる、お父様やお兄様の不正を告発してやる!』などと、泣きわめきながら訴え続けたものだから、とても無理強いすることなんてできやしなかったのよ」
「何なのその、俺に対する、絶対的な拒絶反応は⁉ いつから俺ってこの大陸で、そんな扱いになっていたんだよ? 普通は他の国の王族のことなんて、そんなに詳しく知り得るはずがないだろうが⁉」
「そ、そうね、ほんと、怖いわよね………………………………ネットって」
「ネットって…………ああっ、量子魔導インターネットのことか⁉ つまり各国の王侯貴族のお嬢様方は、ネット上のWeb小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の座談会コーナーなんかを見て、俺のネガティヴイメージが、すっかり刷り込まれてしまっているってわけか⁉」
くそう、すべてはあの、事実無根の駄作のせいだったのか!
「……わかりました、僕ちんにはもう、存在する価値なんて、まったくございません。これから旅に出ますので、けして探さないでください」
そう言って、とぼとぼとプライベートルームから立ち去ろうとした、
まさに、その刹那であった。
「──待ちなさい、むしろ話は、これからなのよ?」
凜と鳴り響いた声に思わず振り向けば、これまでになく真剣な表情となった、まさしく『大国の女王陛下』と呼ぶにふさわしい英邁なる指導者が、こちらを見つめていた。
「あなたはご存じかしら、最近下々の間で噂されていることを?」
……何だ、そんなことか。
「ああ、『魔物の襲来が近い』とか、『宇宙艦隊が攻めてくる』とか、『大地震が起こる』とか、『火山が噴火する』とか、『大陸そのものが沈没する』とかと、言っているやつでしょう? ……馬鹿馬鹿しい、まさしくこれぞ、『根も葉もないデマ』そのものではないですか?」
「それがそうとも言えないのよねえ。──特に肝心の『噂の出所』なんかが、大問題なのよ」
「へ? すでにこんなバチ当たりな流言飛語をばらまいた、張本人を掴んでいるのですか? だったらそいつをしょっぴけば、話は終わりでしょう? そうすれば馬鹿な噂も、すぐに沈静化するでしょうし」
「──ごめん、実は、話は逆だったの。その張本人たちが本当に『クロ』なのか、確かめるためにこそ、あなたとの婚約話をぶつけてみたの」
「え……、それだとまるで、各国の王侯貴族のお嬢様方が、噂の出所みたいじゃないか?」
「そうなの、なぜかやんごとなき上流階級の御令嬢たちが、ある日突然、まるで人が変わったようにして、不吉な予言じみたことを宣い始めたのよ」
──っ。
『令嬢が突然人が変わったようになり』、『親族の不正を暴き』、『家の没落を示唆して』、『王子との婚約を拒み』、あまつさえ、『来たるべき未来の大災厄まで予言してみせた』、だと?
何か、どこかの『悪役令嬢系Web小説』でお目にかかったような、シチュエーションばかりじゃないか!
「ま、まさか、それって⁉」
すっかり顔を青ざめてしまった俺の言葉に対して頷きながら、その女王様はついに、決定的な言葉を言い放つ。
「──そう、『転生者』よ。あの『なろうの女神』の使徒どもが、またしてもうごめき始めたってわけ」




