第八十八話、わたくし、乙女ゲームに転生できるなら、このWeb小説にも転生できるはずだと思いますの。
「──どうして、どうしてなの⁉ この世界は、私が現代日本で散々やり込んだ、乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』の世界のはずなのに、徹頭徹尾ゲームのシナリオに則って行動している、私の思い通りにならないの⁉ 何で自意識を持たないゲームのNPCに過ぎないあなたたちが、勝手な行動ばかりとって、最後の最後まで私の邪魔をするわけ⁉」
剣と魔法のファンタジー大国、ホワンロン王国王都の中心部に広大なる敷地を擁する最高学府、王立量子魔術学院の卒業式の謝恩会の会場において、私ことアイカ=エロイーズ男爵令嬢の悲鳴のような叫び声が響き渡る。
周りを取り囲んでいるのは、私と同じくたった今卒業式を終えたばかりの同級生にして、王国選りすぐりのやんごとなき王侯貴族の令息令嬢たち。
その中でも一層艶やかな、縦ロールの銀髪とトパーズのような黄金色の瞳をした絶世の美少女が、いかにも高慢ちきな笑みを浮かべながら口を開いた。
「あら、NPCとは、酷い言われようね、アイカさん──いえ、『ゲンダイニッポン』の乙女ゲーマニアのアラサーOL、姫川マヤさん?」
──‼ どうして、そのことを⁉
「……そうか、そういうことだったの。アルテミス様、あなたも『転生者』だったのね⁉」
道理で、いくら私がこの学院内において、まさに今日の卒業式までに『逆ハーレム』をつくろうとしていたのに、彼女の婚約者である第一王子様を始めとして、王侯貴族のご子息である『攻略対象者』たちが、ただの一人もなびいてこなかったわけだ。
──つまり、私と同じく『ゲームの知識』を有するアルテミス嬢こそが、あらゆる場面において邪魔をしていたのだ。
しかし、続けざまに放たれた彼女の言葉は、私の想像を絶するものであった。
「ええ、実は私もあなたと同様に、『ゲンダイニッポンからの転生者』である、しがないアラサーOLだけど、私が現在転生しているこの世界は、残念ながら『乙女ゲーム』なんかじゃないの」
──は?
「そう。本当はここは、Web小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の中の世界なのであって、あなたは『転生者』なんかではなく、単なる『小説の登場人物』に過ぎないの」
……何……です……って……。
「この世界がWeb小説で、私がその登場人物に過ぎないなんて、そんな馬鹿な⁉」
「だったら、あなたの家族構成等の個人情報を、ここでご披露してあげましょうか? そんなことなぞ、同じ『転生者』とはいえ、本来赤の他人の私が知り得ることではないでしょう? ──『あなたを主人公にした小説』でも、読み込んでいなければね♡」
──っ。
「……じゃあ、本当に?」
「うふふふふ、あはははは、どう、今のご気分は? 散々私たちのことを、乙女ゲームのNPCだと思い込んで馬鹿にしていたのに、実はあなたのほうこそが、『乙女ゲームへの転生』をモチーフにした、『Web小説の登場人物』に過ぎなかったなんてね。ふふふふふ。ほんと、お笑いぐさだわ!」
謝恩会会場に、いつまでもいつまでも響き渡っていく、『悪役令嬢』の会心の笑声。
しかし、すべてのアイデンティティを完全に否定されてしまった私は、ただ呆然と立ちつくすしかなかったのだ。
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アグネス聖下「……何じゃ、これは?」
どくとる「何って、前回のラストで予告していたではありませんか、今回は、昨年最後のエピソードである【魔王と勇者編】(仮称)において実験的に試行された、アラサーOLの主人公が、『アラサーOLが乙女ゲームの世界に転生する』といった内容のWeb小説の中に、多重的に転生する、非常にアクロバッティングな手法について詳細にご説明するって」
アグネス聖下「それが、冒頭の文章というわけか?」
どくとる「ええ、短い字数の中で、まさしく既存の『悪役令嬢』作品全般に対するアンチテーゼと、自分一人がゲームそのままの異世界のことを何でも知っていると思い上がっていた主人公自身が、実は単なる『小説の登場人物』に過ぎなかったというアイロニィとを、見事に表現しているとは思われませんか?」
アグネス聖下「思うか! またしても各方面にケンカを売るようなマネをしおって⁉ 貴様そのうち、本当に痛い目に遭うぞ?」
どくとる「でもこれって本来なら、『悪役令嬢』作品を創っていらっしゃるすべてのWeb作家の皆様が、当然のように心得ておかなければならないことなんですよ?」
アグネス聖下「はあ?」
どくとる「だって、乙女ゲームの世界に転生できるのなら、Web小説の世界に転生できたっておかしくはないんだし、その場合、自分のことを『ゲンダイニッポンからの転生者』だと思い込んでいた『主人公』自身も、実は単なる『小説の登場人物』に過ぎなかったってことになってしまうわけじゃないですか?」
アグネス聖下「──っ」
どくとる「一応、主人公以外の『転生者』が登場する作品なら、結構あるんですがね。ただしそれはあくまでも主人公同様に、『乙女ゲームの世界への転生』にとどまっており、それに対して本作は、もう一歩進めた『新たなる可能性』を示して差し上げたわけで、むしろ感謝してもらいたいくらいですよ」
アグネス聖下「──む、そうじゃな、主人公以外の『転生者』を登場させて、『どうだ、俺の作品は他とはひと味違うんだぜ!』なんてドヤ顔をするくらいだったら、『何も転生できるのは乙女ゲームの世界だけではない』ことくらい、気がついて当然だな」
どくとる「しかも本作のすごいところは、『乙女ゲームの世界への転生』であるかのように見せかけておいて、実は『乙女ゲームの世界への転生をモチーフにしたWeb小説の世界への転生だった』という、いわゆる『多重的転生』を実現したことですな」
アグネス聖下「……いや、確かに大したものとは思うが、実際の【魔王と勇者編】における『多重的転生』とやらの描写は、何が何だかわけがわからないないほどに、非常に複雑極まりなかったぞ?」
どくとる「それはこの作品の作者自身が、あくまでも今回の【魔王と勇者編】を『実験作』と割り切って、『多重的転生』というものを様々な切り口で検証していたからですよ」
アグネス聖下「様々な切り口じゃと?」
どくとる「冒頭の例文との一番わかりやすい違いを挙げれば、【魔王と勇者編】では、『多重的転生』が同じ人物──アイカ=エロイーズ嬢の身において、重ねて行われていたではないですか?」
アグネス聖下「ああ、そういえば、そうじゃったな!」
どくとる「実はこれこそは、前回の議題であった、ゲームならではの『選択肢』によるシナリオルートの分岐と『セーブ機能』によるやり直しを最大限に活用しての、『真に理想的な結末』の実現のための、テストケースだったのですよ」
アグネス聖下「は?…………………あ、いやいや、【魔王と勇者編】の話の流れとしては、『ゲームへの転生』ではなく『小説への転生』だったのだから、ゲームならではのギミックは使用できないんじゃないのか?」
どくとる「それは『ゲームへの転生』でも同じではないですか? 『ゲンダイニッポン』でゲームをやっている時ならともかく、いったんゲームの世界に転生してしまったら、けして選択肢を選ぶことのできる『プレイヤー』ではなく、単なる『ゲームの中のキャラクター』となってしまうのですから」
アグネス聖下「えっ、それでは、いったんゲームや小説の中に転生してしまったら、前回あれだけ取り沙汰された、『リスク回避』は実現できなくなるわけなのか?」
どくとる「だからそれを試みたのが、【魔王と勇者編】における北島アユミ嬢による、『小説の登場人物をゲームのコマとして使い潰す』という、非道極まるやり方だったのですよ」
アグネス聖下「なっ⁉」
どくとる「……ええと、聖下におかれましては、Web小説を始めとする小説の類いが、実は無数の『別の可能性の小説』の集合体であることについては、ご理解いただいているでしょうか?」
アグネス聖下「う、うむ、難しいことはよくわからんが、小説というものがある意味『限定された集合的無意識』みたいなものであり、わかりやすく言えば、加筆修正したすべてのヴァージョンをひっくるめて、小説という『一つの世界』を象っとるということだったかな?」
どくとる「まあ、大体そんな感じでして、つまり作者が小説の内容を書き換えるごとに、新たに『シナリオ分岐ルート』が生まれているというわけなんですよ。──あたかも、ゲームそのままにね」
アグネス聖下「あ」
どくとる「それで件の北島アユミさんってば、この世のすべての異世界転生や異世界転移を司っている、我ら聖レーン転生教団の御本尊であられる、『なろうの女神』様との間で、Web小説の世界への転生は転生でも、単一の転生ではなく、あらゆる可能性を有する集合体としての、Web小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の世界群に何度でも転生して、トライ&エラーを繰り返すことができるように頼み込んだのです」
アグネス聖下「……それを、『面白そうだったら何でもOK♡』を旨とする、『なろうの女神』様が了承したってわけじゃな?」
どくとる「そうです、それから後は、本編をご覧の通りですよ」
アグネス聖下「おいっ、本編通りとなると、これまでの一切合切が、各話ごとの主人公が北島アユミに操られて行ったことになって、北島アユミこそがすべての黒幕であったことになるではないか⁉」
どくとる「あ、いえ、あくまでもこの世界においては、北島アユミ嬢は今回初登場なのであって、他のエピソードには一切関わっておられません」
アグネス聖下「へ? どういうことじゃ、それって?」
どくとる「彼女はトライ&エラーを繰り返すごとに、いちいち異世界転生をやり直しているのですが、実は毎回の転生に合わせて、いわゆるパラレルワールド的な『別の可能性の世界』へと、物語の舞台が変わっているのですよ。何せ一度失敗してしまった世界に何度転生したところで、まったくの無駄ですからね」
アグネス聖下「何と、言わば転生し直すごとに、異世界そのものが完全にリセットされるわけか? まさしくゲームの『セーブシステム』そのものじゃな」
どくとる「ええ、他人に『ループ』や『死に戻り』をやらせておいて、自分のほうの安全は完璧に確保して、高みの見物をしているようなものなんです」
アグネス聖下「……我ら異世界人をゲームのコマとして使い潰そうとは、何という思い上がりの甚だしいやつじゃ」
どくとる「まあ、結局彼女自身も、『なろうの女神』様の『ゲームのコマ』みたいなものだったんですけどね」
アグネス聖下「まさしく文字通りの、『因果応報』じゃな。──いや、それよりも、確かにこれって、異世界転生の在り方としては非常に革新的じゃが、問題の『多重的転生』という意味では、非常にわかりにくいのではないのか?」
どくとる「そうですね、やはり『乙女ゲームの世界への転生だと思っていたら、実はWeb小説への転生だった』ということこそを強調するには、今回新たに冒頭において示したシークエンスのほうが、よりふさわしいでしょうね。──ただし、何度も申しますが、今回の試みは作者にとってはあくまでも『実験』なのであり、あえて複雑なやり方に挑むことで、より最適な『方向性』をつかみ取ろうしていたわけで、その成果のほどは、現在準備中の新作短編のほうで生かされることでしょう」
アグネス聖下「……しかし、自分自身ではまったく気がつかないうちに、他人のシナリオの『登場人物』として、操られているかも知れないなんて、とても他人事とは思えんのう」
どくとる「──ああ、やはり、世界宗教たる聖レーン転生教団の教皇聖下ともなると、そのようにお考えになるものなんですね」
アグネス聖下「うむ、いかにも従順極まりない、枢機卿以下の幹部たちであるが、実は言葉巧みに教皇である我のことを誘導していることも、十分あり得るであろう。我もけしてお飾りの人形なぞにならぬように、常に己を律していかねばならぬな」
どくとる「えっ、いやまさか、あんなに聖下のことを慕っておられる、枢機卿の皆様が、そのような──」
枢機卿A「──そうですよ! 我々が敬愛するアグネス聖下を誘導するなんて、とんでもない!」
枢機卿B「だから、我々がやっているのは、『誘導』ではなく、『プロデュース』ですってば」
枢機卿C「つまり、何よりもアグネス聖下を『アイドル』として、輝かせるために行っているのであり」
枢機卿D「それを魂のない『操り人形』なんかに仕立ててしまったんじゃ、本末転倒ではないですか⁉」
枢機卿E「何よりもアグネス聖下は、高飛車で『のじゃロリ』だからこそ、最高なのですよ!」
枢機卿F「それを損なう行為なぞ、むしろ我々こそが、断じて赦しませんよ!」
アグネス聖下「……き、貴様ら、またしてもいつの間に、この量子魔導チャットルームに⁉」
枢機卿全員「「「アグネス聖下あるところ、常に我々もあり!」」」
アグネス聖下「それって完全に、ストーカーの犯行声明ではないか⁉ このロリコン枢機卿どもめ!」
枢機卿全員「「「やかない、やかない、ロリコン○○。やけどすっぞ!!!(○○にはお好きな名称をお入れください)」」」
アグネス聖下「──やかましい!」
どくとる「いや、どう見ても、『誘導』なぞはされておられないようですから、一安心ではないですか?」
アグネス聖下「『誘導』はされていなくても、確実に『イロモノ化』はされておるわ!」
枢機卿全員「「「いえ、我々が行っているのは、あくまでも『アイドル化』です!!!」」」
アグネス聖下「だから、そもそも教皇をアイドルにしようとすること自体が、『イロモノ化』そのものだと言っておるのじゃ!」
枢機卿全員「「「しかしこれぞ、神が我らに与えた、唯一絶対の使命ですので」」」
アグネス聖下「『なろうの女神』イ──────! 貴様が、すべての元凶かあ⁉」
どくとる「……やれやれ、とても解説を続けられる状況ではなくなりましたねえ。仕方ありません、正月元旦からスタートいたしました、【魔王と勇者編】に関する詳細なる説明コーナーは、この辺で終了ということにいたしましょう。読者の皆様におかれましてはご静聴のほど、どうもありがとうございました。また機会がございましたら、どうぞよろしくお願いいたします!」
アグネス聖下「──こらあ、我をほったらかしにして、勝手にコーナーを締めくくるんじゃない!」
枢機卿全員「「「アグネス聖下、アグネス聖下、はあはあはあ」」」
アグネス聖下「うおっ⁉ こ、こら、よせ、それ以上近寄るんじゃない! ──ひいいいいっ、だ、誰か、たすけてくれ───!」




