第七十四話、わたくし、知らぬ間に二人の変態から、『二重に』狙われていましたの。
──私、前々から、不思議に思っていたの。
Web小説の『悪役令嬢』系作品って、主人公自身がやり込んでいる『乙女ゲーム』の世界に(異世界)転生するといったものばかりじゃない?
それにしては、乙女ゲーというか、ゲームそのものの特性が、ほとんど反映されてないように思えるんだよね。
小説や漫画やアニメになくて、ゲームにだけ存在する特性──それはまさしく、『選択肢』によってプレイヤーが能動的に『これからの展開』を選べることであり、その結果、ストーリー展開が『ルート分岐』されて、当然結末そのものも『マルチエンディング』となるという、他のメディアに比べて断然現実的な『流動性』を有することなのだ。
一見これだと、いくら『ゲームの知識』を持って異世界転生しても、世界の行方自体が流動的なために役に立たず、『乙女ゲーム』的世界に転生することがほとんどである、Web小説における『悪役令嬢物語』においてはやはり、いくら『御都合主義』と言われようと、『作者』がその世界観を一つに固定的に定めるべきかと思われがちであるが──
実は、まさにその『ゲームならでは流動性』を最大限に活用してこそ、転生者にとって真に思い通りの異世界転生というものを、実現できたりするんだよね♡
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「……ここは?」
気がつけば、私こと、某ブラック企業のアラサーOL姫川マヤは、見知らぬ建物の長大な廊下の中ほどにたたずんでいた。
片側の壁面のほとんどを占める窓の外が真っ暗であることから、時刻は夜──下手したら、真夜中であるものと思われた。
建物自体は異様に大きく天井も高く、とても個人の家屋敷とは思えず、かといってあまりに殺風景で単調な造りとなっており、デパートとかの店舗やホテル等の宿泊施設とも思われず、あえて言うなら、企業の事業所や病院や学校といったところと思われた。
──ただし、その全体的な意匠というか、細かい装飾類というかが、大いに違和感を覚えさせるものであったのだ。
例えばここが、かつて自分が慣れ親しんでいた中学校や高校等の学び舎としても、とても現代日本のものとは思えないほどに、年代感や重厚さを感じさせて、例えるならば、中世ヨーロッパの王侯貴族等の上流階級の子女専門の、騎士養成学校や魔導師養成機関あたりを彷彿とさせて──
「……うん? 中世ヨーロッパの王侯貴族の子女専門の、魔導師養成機関って」
もう一度、周りをぐるりと、見回してみる。
ついでに、さっきとは逆側の壁面に設けられた窓から、ちょうど中学や高校の教室くらいの大きさをした室内のほうも、覗き込んでみた。
「──間違いない、ここって乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』の世界の中の、王立量子魔術学院だ」
昼間はあんなにひしめくようにいた生徒たちがただの一人もいなくて、雰囲気がまったく違ったが、確かに廊下といい教室といい『なろうの女神』にパソコンの画面を通して見せられた、架空のファンタジー世界のホワンロン王国の王都に存在する、栄えある最高学府、王立量子魔術学院のものであった。
それに、乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』では当然『アニメ絵』的になってはいるものの、幾たびもやり込み無数に目の当たりにした光景なのである。よもや見間違うことなぞあり得なかった。
「……これが夢でないとしたら、『なろうの女神』が言っていたように、私は本当に『わたくし、悪役令嬢ですの!』の世界に、転生してしまったんだあ」
──うん? 待てよ、『転生』だって?
普通こういった場合、異世界転生ではなくて、異世界転移をするんじゃないのか?
何せこんなふうに、現代日本人がいきなり異世界にやって来るのは、あくまでも異世界転移であるはずだし、異世界転生とは読んで字のごとく、現代日本人が異世界人に生まれ変わることなのであって──
「えっ、ちょっと、待ってよ⁉」
そこでハタと気がつき、自分の身体を見下ろせば、これまたパソコンの画面越しに何度も目にした、量子魔術学院の高等部の女子用の制服が目に入った。
「あ、あの駄女神、アラサーのOLに、何ちゅうコスプレをさせとるんじゃあ⁉」
慌てて校舎の外側に面した窓のほうへと駆け寄り、鏡代わりに自分の姿を映り込ませれば、そこにいたのは、
「……え、これってもしかして、アイカちゃん?」
そうそれは、またしてもゲームのキャラ絵で何度も目にした、プレイヤーである私の操作キャラであり、押しも押されぬ『メインヒロイン』の、アイカ=エロイーズ男爵令嬢がもしも現実にいたら、きっとこんな感じだと思わせるような、高校生くらいの女の子であったのだ。
「……私、アイカちゃんに、なっちゃったの?」
ということは、これは間違いなく異世界転移なんかではなく、乙女ゲームの世界の中への異世界転生というわけか。
『──ようやく、納得してくれた?』
まさにその時、いかにもタイミングを計ったように聞こえてくる、もはや聞き飽きた感もある、幼い声音。
すかさずスカートのポケットをまさぐれば、何だかレトロっぽいというか魔術的というかの、まるで『ミニサイズの魔導書』といった感じの装飾が施された、スマートフォンらしきものを探り当てる。
「ああ、これって、このゲーム特有の便利道具、量子魔導スマートフォンか」
そしてその画面上に映し出されていたのは、現実世界においてすでにお目にかかっている、禍々しくも可憐なる漆黒のゴスロリドレスに身を包んだ、十二、三歳ほどの絶世の美少女。
「……なろうの、女神」
『ハロー♡ どうやら無事に、転生できたようね』
──っ。やっぱりここは本当に、『わたくし、悪役令嬢ですの!』の世界の中なんだ!
「だったら、こうしちゃおられないぜ!」
『ちょ、ちょっと、何よ、いきなり走り出したりして⁉』
「ここが本当に量子魔術学院だったら、アルテミス様がご自分の教室に、昼間体育の時間に使用して汗まみれになったまま彼女の香しき匂いがしみこんだ、体操着なんかが置きっぱなしになっているかも知れないじゃない! 誰かに盗られる前に、アル様の一番の僕である、この私が確保しなければ!」
『自分が間違いなく異世界転生をしたことを確認して、まず最初にするのが、それなの⁉』
「もちろんでございます! これぞ『世界における絶対真理』というものです! 誰だってもし万が一ゲームの世界にダイブすることができたのなら、まずは何をさておき、意中のキャラの体操着を『くんかくんか』することこそ、最大の望みというもの!」
『違う! 絶対に違う! ──そして今私は、確信した! 自分が史上最大の、「人選ミス」をしてしまったことを!』
女神が何だかごちゃごちゃとごねているようだが、無視! 一刻も早く、教室へ向かわなければ!
以前も述べたが、この『わたくし、悪役令嬢ですの!』は乙女ゲームでありながら、いわゆる『オープンワールド』と呼ばれている世界観となっており、メインステージである学院内を始めとして、世界そのものが完璧にリアルに構築されており、場所を移動する際にも特定の魔法を使わない限りは『ワープ設定』など施されておらず、そのつど実際に自分の足やその他の交通手段で移動しなければならず、お陰でやり込み型のプレイヤーである私なんかは、校舎内の全配置がすっかり頭の中に叩き込まれていて、自分やアル様の教室への道順なぞ、何ら迷わず全力で突っ走ることが可能なのであった。
「げへへ、ここが例の『パンチラゾーン』の大階段か。お昼休みなんかにアル様をストーキングするのが、今から楽しみだぜ」
『一心に走っているようで、結構余裕がある? しかも二重の意味で、犯行予告を⁉』
女神の更なるツッコミを当然のようにスルーしながら走り続けた末に、ついに教室の入り口の扉の前に到着する。
「体操着ちゃ〜ん、お待たせえ♡」
扉を開けるのももどかしく、教室内へと飛び込めば、
立派な意匠が施された剣を帯剣した、男子の制服姿の美少女が一人、 開けっぱなしのアルテミス様のロッカーの前にかがみ込み、忘れ物の体操着(使用済み)を、くんかくんかしていたのであった。
………………………………は?
「──ぬう? おのれ、何やつ⁉」
扉を開ける音によって気づいたのか、慌てて剣を構えて、こちらへと怒鳴りつける男装少女。
……いや、「何やつ」はむしろ、こっちの台詞だよ。
「──って、あなた、シン・オウジサマじゃないの⁉ 紛う方なきお姫様が、こんなところでこんな時間に、一体何をやっているの!」
「うぐっ、そう言う君は、アイカ=エロイーズ男爵令嬢! ──ち、違う、違うんだ! これは、そう、アレだ、ちょっとした、誤解に過ぎないんだよ!」
いや、何が違うのよ? 誤解なんかする余地、まったく無いじゃん!
「そ、その、ボクはあくまでも、大陸最大の要人たる『過去詠みの巫女姫』である、アル嬢の私物を狙って、不審人物が忍び込んでこないように、夜間パトロールを行っていただけだ! とはいえ、アル嬢自身が何か忘れ物を持ち帰るためにいきなり現れた際に、誤って彼女に斬りかかったりしないように、こうして彼女の匂いを覚え込んでいたのだ!」
匂いで敵か味方かを判断するって、軍用犬か、あんたは⁉
「……ねえ、ちょっと、女神サマ? 誰が『人選ミス』ですって?」
『何も言わないで! あんなお姫様なんて、私知らない! ──もう嫌っ、こんな変態だらけの乙女ゲーム!』
心の底からあきれ果てて、つい大きなため息をついてしまうものの、
──気がつけば、さっきまでは脂汗を流しながらすっかり挙動不審だった第一王女が、いつしかこちらを訝しげな目つきで見つめていた。
「……君は一体、誰とスマホで話しているんだい?」
──っ。いけない!
彼女こそは、異世界転生者による侵略をけして赦さないことを信条とする、『境界線の守護者』三王女のリーダーだったんだっけ!
女神なんかとスマホで話をしていて、転生者であることがバレたらマズい!
「あ、いや、急に知り合いから、音声通信が着信してね。今取り込み中だから、後からかけ直すって伝えただけだよ、あはははは……」
文字通り笑ってごまかそうとするものの、そんなことで騙される相手ではなかった。
「そもそも君は、例の反乱貴族の騒動の後処理のために、空軍基地に詰めていたのではなかったのか? それがどうして、こんな真夜中の学院なんかにいるんだ?」
「えっ⁉ そ、それは、そのう……」
「──怪しい」
そうきっぱりと断言するや、剣を手に構えて立ち上がり、こちらへと迫り来る。
「あ、あーっ! そうか、そういうことか! つまりここで私の口を塞いで、さっきの破廉恥な行為を、無かったことにする気だなあー⁉」
「……悪いが、これ以上おふざけは無しだ。ボクは『お役目』に関しては、私情をはさむことなぞ、絶対にしない主義でな。──それに、安心したまえ。この剣は『転生者の魂』のみを消滅させて、本人の身体には傷一つつけることない、我が王家伝来の『神剣』なのだから」
──知っているよ! だからこそ、マズいんじゃないか!
こうなりゃ、三十六計、逃げるにしかず!
そのように意を決し、いきなり踵を返して、出口へと駆け出そうとしたものの、
「──馬鹿め、自分から『転生者』と認めたか」
その瞬間、私の意識は、この世界から完全に、途絶えてしまったのであった。
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「……う、うう〜ん」
「おお、やっと、気づいたが」
意識が戻った時、すぐ目の前には、同性でもドキッとなるような、第一王女様のいかにも男前な憂い顔が迫っていた。
……え、もしかして私って、まさに今この時、学院内──否、王国内最凶の『レズ番長』である、シン・オウジサマに抱きかかえられている?
「──きゃあー⁉ や、やめて! 第一話から何度も何度も言っているけど、私には『そっちの気』は無いの!」
彼女の腕の中で必死の形相で暴れ始めれば、なぜかいかにも安堵した表情となり、そっと身を離す『一の姫』。
「その様子ではすっかり、『憑き物』は落ちたようだな」
「へ? つ、憑き物って……」
怪訝な表情となる私へと向かって、その少女は厳かに述べた。
「君はほんのついさっきまで、『ゲンダイニッポンからの転生者』に、その身を完全に乗っ取られていたのだよ」
──‼
「ほ、本当ですか、それって⁉」
「ああ。──でも、安心するがいい。すでに『きゃつ』は、我が愛剣の餌食となり、完全に消滅したからな」
「この私が、転生者に……」
「何か不調を感じたら、ちゃんと医療機関に相談するんだぞ? ボクはこのまま王城に戻るつもりだが、ご自宅なり病院なりに、送っていこうか?」
「あ、いえ、別に身体に不具合は無いようだし、一人で帰れますよ」
「そうか、では、ボクは先に帰らせてもらおう。君も意識がはっきりしたら、すぐに帰るんだぞ?」
そう言って、何ら疑問も持たずに、さっさと教室を出て行ってしまう、とことん間抜けなオウジサマ。
そんな彼女の後ろ姿に向かってほくそ笑みながら、私はおもむろにスカートのポケットから、量子魔導スマートフォンを取り出す。
『──ふふっ、どうやらこれまでは、完全に「シナリオ」通りね♡』
すかさず聞こえてきたのは、共犯者である『なろうの女神』の声。
「……本当だよ。まさかすべてが、私がこれまで散々愛読してきた、Web小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』のストーリーそのままに、進行するなんてね」
『いかに「境界線の守護者」といえども、「転生者」が二重に憑依しているとは、夢にも思わないでしょうね』
「しかもある意味私は、この世界にとっては、『別の作者による物語の登場人物』のようなものなんだから、『境界線の守護者』はもとより、あの恐るべき『内なる神』にだって、感知されないんじゃないの?」
『うふっ、せいぜい期待しているわよ、「愛読者」さん♡ 必ずや「魔王の目覚め」を、実現してちょうだいね』
「そしてその後に控えている、『過去詠みの巫女姫の覚醒』もね」
『──当然でしょ?』
そして完全に途絶える、女神様との音声通信。
「ふふふ、言われなくても、やってやるわよ。何せ念願叶って、自分が最も大好きな、Web小説の世界の中に転生できたのですからね」
そう。ブラック企業勤めのアラサーOLにして、乙女ゲームマニアの姫川マヤ──ならぬ、熱烈なるWeb小説愛好家である、私こと『北島アユミ』は、あくまでも異世界や乙女ゲームの世界に転生したのではなく、実は『ブラック企業勤めのアラサーOLである姫川マヤが乙女ゲームの世界の中へと転生してしまう、悪役令嬢系のWeb小説』の中へと、ありとあらゆる世界においてありとあらゆる異世界転生を司っている、『なろうの女神』様直々の協力の下に、待望の異世界転生を果たしたのであった。