第七十一話、わたくし、アラサーOLの方も、ちゃんとお慕いしておりますの。
『──もうっ、アイカお姉様ったら、意地悪なんだからっ♡』
月の雫のような銀白色の髪の毛と満月みたいな黄金色の瞳をした、天使や妖精を彷彿とさせる絶世の美少女が、私に向かって微笑みかける。
しかも、どこかすねたような、恥じらいたっぷりなところが、堪らない。
「……ぐふ、ぐふふふ、アルちゃんたら、カワユすぎ♡ お姉ちゃんのこと、殺す気か⁉」
我ながら不気味な笑い声を上げる、他称『お姉様』の、剣と魔法のファンタジー世界のホワンロン王国男爵令嬢、アイカ=エロイーズ──否、現代日本のブラック企業のアラサーOL、姫川マヤ。
そんな私の目と鼻の先微笑んでいる、ホワンロン王国筆頭公爵家令嬢アルテミス=ツクヨミ=セレルーナのほうも、けして現実の存在なぞではなく、あくまでもデスクトップパソコンの液晶モニター上に映し出された、大人気乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』における、隠し攻略対象ヒロインでしかなったのだ。
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──あの日偶然見つけた、乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』の裏選択肢は、今やすっかり私を魅了していた。
何せ乙女ゲーにおいては絶対に不可能かと思われた、本来『ヒロイン』の恋敵要員である『悪役令嬢』を攻略できるようになったのである、彼女のことをデフォルトの攻略対象である王侯貴族の美少年キャラなんかよりもぞっこんだった私としては、まさしく文字通りに『願ったり叶ったり』であったのだ。
──だって、アルちゃんときたら、悪役令嬢のくせに、ロリなのである♡
──高飛車で女王様でツンで意地っ張りな悪役令嬢であるだけでも、すでにお腹いっぱいであるというのに、その上ロリなのである♡
──いやむしろ、いまだ御年10歳でちみっこいロリのくせに、高飛車で女王様でツンで意地っ張りなところが、また堪らないのである♡
──これぞギャップ萌えの極地であり、いわゆる『一粒で二度おいしい』なのである♡
──『悪役令嬢×ロリ』なんて、このゲームを創ったやつは、天才か♡
──何だよ、『小動物系悪役令嬢が、ヒロインを付け狙う⁉』って、そんな乙女ゲーのキャッチコピーがあるか⁉ いいぞ、もっとやれ♡
──まさかにこれぞ、『ロリこそ正義♡』を体現した、神ゲームと言えよう♡
……いや、「このパート『♡マーク』多過ぎ!」と思われた方も多いかと存じますが、これだけ♡マークを使おうとも、更に美辞麗句を並べ立てようとも、アルちゃんの可愛さも、それに対する私の熱き想いも、語り尽くすには全然足りないのだっ!!!
とはいえ、アルテミス嬢はけして最初から、私にデレてくれていたわけではなかった。
それも、当然である。
何と言っても私が操作しているのは、このゲームにおける「逆ハーなんて余裕余裕♡」な、天下無敵の『ヒロイン』キャラなのであり、自分の婚約者を奪われてしまいかねない『悪役令嬢』であるアルちゃんからしたら、『天敵』と言っても過言ではないのだ。
よって攻略開始当初での、彼女の『私』への対応は、それはそれは辛辣なものであった。
具体的に、記念すべき初対面時の会話を、再現してみると、
『──あ、あの、アルテミスさん。私転入生の、アイカって言うの。これから、よろしくね♡』
『……』(ちらっと見ただけで、そのまま無言で立ち去って行ってしまう)
──いやいやいやいや、何だよ、『無言で立ち去る』って⁉ 会話になってないじゃん。乙女ゲーとして、本当にそれでいいの? これじゃ、攻略もク○もないでしょうが⁉
思わずこちらが呆気にとられるほどの、攻略対象キャラとしては傍若無人過ぎる、アルちゃんの行動であったが、
──実はこの、『何でもアリ』のフレキシブルさこそが、当ゲームの最大の特徴であり、特長でもあったのだ。
何と当代随一の人気乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』には、最初に攻略対象の『ルート』を選んだ後には、極たまに出てくる至極簡潔な『選択肢』以外には、最初からガチガチに決まり切った『シナリオ』なぞは存在せず、プレイヤーはただひたすら攻略対象と会話を重ねることによってのみ、その好感度を上げる他はなかったのだ。
……このように簡単に記すと、いかにも何でもないようだが、ゲーム製作を始めコンピュータプログラムに詳しい人には、これがどんなにすごいことであるか、さぞやおわかりのことであろう。
──何せ、『シナリオ無しの事実上の無限選択肢ゲーム』とは、まさしく現代物理学の中核を為す量子論的には無限の可能性を秘めているとされる、この『現実世界』そのものの再現と言えるのだから。
こんなものが、たかがネット上の無料の乙女ゲーにおいて実現されるなど、「珍しい」とか「信じられない」とかいったレベルではなく、もはや『異常事態』や『奇跡』とすらも言えた。
ここら辺の文字通り神がかりな超常性も、この『わたくし、悪役令嬢ですの!』というゲームが、あくまでも正体不明の神秘性を誇り続け、ネットきっての強者の乙女ゲーマニアの熱烈なる支持を集めるのに、一役も二役も買っていたのだ。
……お陰で、アルちゃんを攻略するのに、むちゃくちゃ苦労したものであったが。
これが同じ攻略対象とはいえ、『境界線の守護者』である三王女であれば、『異世界転生者』としてうかつな行為さえとらなければ、比較的好感度を上げやすいのであるが、ゲーム的に最大の『恋敵』同士の関係にあるアルちゃんを相手取っては、彼女の当方への敵意や嫌悪のほどが凄まじく、好感度を上げるどころか、まず無視されることなく会話のとっかかりを得ること自体が、非常に困難であったのだ。
──デレない攻略対象には、存在する意味はない。
──だったら、攻略対象そのものを、変えるべきだって?
──何をおっしゃる、ウサギさん。
──それでは、筋金入りの『ロリ♡スキー』としては、失格というもの。
──高飛車ロリ、いいではないか! それでこそ、悪役令嬢♡
──むしろ、『無視』や『辛辣な態度』や『蔑むような視線』は、ご褒美です♡
──しかも、高飛車ヒロインが、だんだんとデレていく様といったら、もう♡
……このように、辛く当たられるごとに、「ブヒッ♡」、デレを垣間見せられるごとに、「ブヒッ♡」と、結局すべてにおいてブヒりながら根気強く攻略を続けていくうちに、ついにめでたくもアルちゃんの完全攻略を達成し、すっかりデレきってしまった彼女は、『私』のことを「お姉様♡」と呼ぶようになりましたとさ♡
当然のごとく、完全に浮かれて、アルちゃんとの蜜月の日々を堪能する『私』。
──しかし実はそれは、真の『ろりろり悪役令嬢、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナの完全攻略』にとっては、まだまだ初歩の初歩の段階に過ぎなかったのだ。
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『……アラサーOLが、マジで乙女ゲーにのめり込むとか、心底気持ち悪いのよ! ほんとお願いだから、早く死んでくれない?』
──うおおおおおおおおおおいっ⁉
いくら何でもそれは、『乙女ゲーのヒロイン』としては、絶対言ってはいけないことだろうが⁉
だって私を始めとして、乙女ゲーなんかに熱中しているユーザーって、クリスマスとかも毎年一人寂しく過ごすしかない、孤独で哀れなアラサーOLばっかりなんだから!(偏見)
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見事に『アルちゃん』攻略を達成し、「我が世の春ぞ♡」とすっかり浮かれて油断しきっていた私に、いきなり襲来してきたのは、ゲームの『第二段階』の始まりのお知らせであった。
それは、私がアルちゃんを完全にデレさせたすぐ後に、謎の運営代表『なろうの女神』名義のメールとしてやって来た。
曰く、『最低限の個人情報を入力していただければ、以降攻略対象は『操作ヒロイン』ではなく、プレイヤー様を直接恋愛対象として認識いたします』
──即決で入力しましたよ、個人情報!
──アルちゃんから、「マヤお姉様♡」と呼ばれることと比べたら、少々のリスクなぞ、ナンボのもんじゃい!
──さ、さあ、アルちゃん! ちょっと恥じらいの表情を浮かべながら、おいどんのことを「マヤお姉様♡」と呼んでくれでごわす!(※こんな鹿児島弁は無い)
『……何を、欲望丸出しのだらけきったブサイク面で、こっちを見ているのよ? このメス豚ふぜいが!』
………………………………あ、あるぇ〜?
『大体おかしいのよ、あんた、腐っても「女」なんでしょうが?』
『いくら隠し攻略キャラとはいえ、何で女のあんたが、同じ女である私を攻略しようとするのよ?』
『しかもこちらは、いまだ10歳ほどの幼さだというのに』
『ガチレズだけでなくロリコンだなんて、もう人間失格ね。そんなんだからアラサーにもなって、クリスマスを目前にして、恋人どころか友人の一人もいないのよ(入力済みの個人情報参照)』
『「クリスマス自殺」ってきっと、あんたのようなやつのためにあるんでしょうね?』
『乙女ゲーの攻略なんかやっている暇があったら、むしろ自分の人生を強制終了させたら?』
『……まあもっとも、潔く自殺できるんだったら、アラサーまで生き恥さらして、クリスマス目前にきてまで、一人寂しく乙女ゲーなんてやっていないかw』
『せいぜい今年も無事に正月を迎えて、冬休み中にお雑煮を食べ過ぎて丸々太って、初出勤の時に後輩のOLたちからあざ笑われるがいいわ!』
──イタああああああああああああああああああああい!!!
最愛の女の子からの、罵詈雑言の刃が、心にズブズブと突き刺さって、イタあああああああいっ!
何この、ガチのドSモードは⁉
私の痛いところばかり、的確に突いてくるじゃない!
もしかして、個人情報を入力させたのは、このためだったの⁉
画面の中では、ひたすら私に向かって、『言葉の刃』を投げつけるばかりの、ロリっ子悪役令嬢。
もうこれじゃ、攻略もデレもないじゃない。
取り付く島があるどころか、こちらの平常心を保つ暇すらありゃしない。
──いかん、このままではアラサー女の、脆弱な精神が崩壊してしまう!
いたい。
いたいいたいいたい。
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。
──だけどそこが、気持ちイイー♡♡♡
そして私は画面に向かって、思いの丈を隠すことなく、正直にぶちまけた。
「──そうです、私は豚です! 意地汚い、メス豚でございます! アルテミス様、どうぞもっともっと、私のことを罵ってください!」
それを耳にするや、凄絶に笑み歪む、悪役令嬢の幼い深紅の唇。
『あら、自分のことを、ようくわかっているじゃない? 殊勝なことね。ではご褒美をあげましょう。──あなたが今握っているコントローラの右スティックを、私の脚だと思って、舌で存分にねぶりなさい』
「は、はいっ、喜んで♡」
「……何で豚が、人間の言葉で話しているのかしら?」
「──ぶ、ぶひぃ」
『そうそう、それでいいのよ』
もちろん私は何ら躊躇なく、当然のようにしてその場に這いつくばり、別に本当にやらなくてもいいだろうに、コントラーの右スティックを舐め始めた。
それを侮蔑の笑みたっぷりに、モニターの中から見下ろしている、ロリ悪役令嬢。
──ああ、見てえ! もっと見てえ! 私のこの無様な姿を、もっともっと、あなたの蔑んだ視線で、見てちょうだいっ!
──何この、今までに無かった、絶頂レベルの快感は⁉
──高飛車お嬢様をデレさせた時なんかとは、比べものにならないではないか!
──自分よりもちっちゃな女の子から、悪し様に罵られて、見下されて、踏みつけにされる、この悦び♡
──それが絶世の美少女によるものともなれば、嬉しさもひとしおというものである。
──まさか、こんなヘブンなエクスタシーが、まだこの世にあったとは。
──そうか、そうなのか。
──私はきっと、このために生まれてきたのだ!
──このゲームと出会い、アルテミス様の奴隷となるために!
──ありがとう、神様! ありがとう、『なろうの女神』!
──私をこの、『わたくし、悪役令嬢ですの!』と出会わせてくださって!
──これでこれからは、一人っきりのクリスマスであろうが、別に寂しくはないわ!
──だって私には、『わたくし、悪役令嬢ですの!』が──アルテミス様が、おられるのですもの!
──みんなに、「メリークリスマス」!
──私に、「ハッピーバースデイ」!
「おめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとうおめでとう」
そのように、もはや私が壊れたCDみたいに、某アニメの(ただし最初のTV版の)最終回みたいなフレーズを、延々と繰り返していた、
まさに、その刹那であった。
『──ああもう、いい加減にしなさい! 別に私は、そんなことを望んだりしていないわよ!』
唐突にパソコンから聞こえてきた、やけに幼い少女の涼やかな声。
何とそれは、大人気乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』の謎の運営代表である、自称『なろうの女神』様直々の、音声通話の着信であったのだ。




