第六十三話、わたくし、悪の女王様。馬鹿の相手をするのは、もう疲れたの。
「──女王陛下の、おな〜り〜」
久方ぶりに『女王の謁見室』へとやって来てみれば、最上級の王侯貴族たちが、頭を垂れて出迎えてくれた。
ほんの数日前に、私からすべての権限を剥奪し、軟禁状態にした、同じ面々が。
「……予想以上に早かったわね、それほど急激な状況の変化があったわけ?」
「そ、それが、実は──」
周りの連中の、『とにかく長いものに巻かれろ! 手のひらなんて何度だって返すぜ!』とでも言わんばかりの、厚顔無恥っぷりにあきれ果てながらもこぼした一言に、すかさず何か言おうとした宰相を、
一刀のもとに、斬り捨てる。
「──ああ、言わないでもわかっているわ。うちの内戦騒ぎの隙を突いて、どこかよその国が攻めって来たってところでしょう?」
「「「‼」」」
何を驚いているのよ、これくらい政治のプロだったら、予想し得て当然でしょうが?
……ああ、そういえばこいつらの中には現在、『ゲンダイニッポン人』が憑依していたんだっけ。
ったく。現実逃避のゲーム脳野郎どもが。
「異世界転生なんて、チートスキルさえあれば、イージーモードでウハウハだぜ☆」とか、甘く見ていたんでしょうが、しょせん現実の事態の急変への対応能力なぞ持たぬ、単なる素人に過ぎないってわけだ。
それなのに『ゲンダイニッポン』のWeb小説においては、何で異世界転生してきた苦労知らずのお坊ちゃんお嬢ちゃんが、文化レベルがまったく違う剣と魔法の世界の中で、あれほど大活躍できるのだろうか?
いくらチート能力を持っているとはいえ、たとえ幼稚園児にナイフや拳銃を与えたところで、素手のプロの殺し屋に勝てるはずがないわけで、そこら辺のリアリティは、誰も考えていないのかしらねえ……。
まあ、そんなことを言っていても仕方ないから、ちゃっちゃと話を続けることにいたしますか。
「──それで、本来何をさておき率先して、外敵への対応に当たらなければならない、臨時政府の反乱貴族たちは、何をしているかと言うと」
「え、ええと、それがですねえ……」
「ああ、これも答える必要ないわ。大方主導権争いがこじれて、お互いに私兵を使っての実力行使に打って出て、外敵に対応するどころではないってところでしょう?」
「「「‼」」」
……だから、このくらいのことを言い当てただけで、さもびっくり仰天したかのような表情を、軽々しく見せるんじゃないって言っているのよ、仮にも為政者だったらさあ。
「で、近衛騎士団長が今この場にいるということは、我が正規軍は、彼らの醜き陣取り合戦には、関わっていないってことね?」
「は、はあ、陛下の前では、非常に申しにくいのですが……」
「構わないから、何でも言ってちょうだい」
心底申し訳なそうにする美形マッチョだったが、私には可愛い女の子以外は鑑賞する趣味はないので、さっさと話を進めさせた。
「そ、そのう、何せ彼らはそれぞれの領地にて、『ゲンダイニッポン』の最新技術を使っての『NAISEI』を成功させていることもあり、その手腕でもって王国そのものを大いに発展させてくれることを期待したのですが、しょせんは地方貴族や下級役人の烏合の衆といったところか、それぞれ知恵や富や人員を出し合うどころが、いつしか熾烈な主導権争いに明け暮れ始め、挙げ句の果てには王都内でお互いにテロ活動を始める始末。よって我が近衛騎士団その他の正規軍をすべて動員して、『反乱貴族』を一人残らず王都から追い払った次第であります」
「あら、近衛騎士団の現在における公式見解においても、彼らはすでに臨時的な為政者ですらなく、謀反人に成り下がってしまっているわけ?」
「ぎょ、御意」
「彼らのほうは、現在どうしているの? 自分たちの拙策を反省して、再び一つにまとまって、王都奪還を狙っているとか?」
「いえ、正規軍の追撃から落ち延びて、現在においては南部の海に面した砂丘地帯にしか居場所がなくなったのですが、すでにお互いに完全に疑心暗鬼に囚われており、もはや一致団結することなぞできず、散発的な戦闘を続けていたところ──」
「海から攻めてきた、国外勢力に襲われたわけね?」
「「「‼」」」
……いや、だからさあ(ry
「ちなみに、侵攻してきた国外勢力って、どこの国かしら?」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──まさか、このタイミングで、『メツボシ帝国』が仕掛けてくるなんて⁉」
結局所属部隊自体は一切出動をしないまま、王都解放の一報に喜び沸き立つ国防省空軍基地であったが、続いてもたらされた外敵の襲来の急報に、再び混乱のるつぼに陥っていた。
そんな中で今度こそ出撃を認めてもらおうと、空軍次官エアハルト=ミルク元帥閣下の執務室へと押しかけた、ホワンロン空軍ジェット戦闘機隊総司令にしてエース中のエース、『紅のバロネス』こと私、アイカ=エロイーズ男爵令嬢であったものの、
──この緊急時においても、口八丁手八丁で煙に巻こうとする、とても高級軍人らしからぬ、ストロベリーブロンドのウエーブヘアに縁取られた艶麗なる小顔に、タイトミニの上級将校用の制服に熟れきった豊満なる肢体を包み込んだ、妙齢の絶世の美女殿であった。
「まあまあ、落ち着きなさいって。別に空軍が慌てて出張る必要なんてないんだから」
「必要はないって、敵が攻めてきているんですよ⁉」
「あら? 攻めてきているって、その『敵』さんは今、何をやっているのかしら?」
「──っ。……ああ、ええと、大艦隊で現在南方海上を完全封鎖しているものの、陸地に対しては艦砲射撃等は一切行っておらず、艦載機の出動も偵察任務に限られているとのことです」
……あれ、おかしいぞ。
何でわざわざ大戦力で攻めてきて、圧倒的に優位な状況にあるというのに、いまだ上陸どころか、長距離砲撃や空爆等の上陸準備及び威嚇行為すら行わないんだ?
何せ現在南部砂丘地区を占拠しているのは、もはやまとまった軍隊の体をなしていない、反乱貴族たちの寄せ集めに過ぎないのだ。
大陸一の尚武の国と謳われている、精鋭揃いのメツボシ帝国軍であれば、さして苦戦することなく一蹴できるであろうに。
胸中で次々と疑問を呈するばかりの私に対して、たたみかけるようにして更なる謎めいた言葉を紡いでくる、サキュバス上官殿。
「そもそもあなたは、今回の『転生貴族』たちによる簒奪劇って、どうして起こったと思っているの?」
「ど、どうしてって……」
「我が王国は『反異世界転生』を国是に掲げる、アンチ『なろう教』の筆頭なのよ? 本来なら『転生者』の発生の予防や事後対策に関しては、周到に準備されているはずじゃない。それなのに十数年間も『転生者』たちがそれぞれ地方の領地で、『ゲンダイニッポン』の最新技術を使っての『NAISEI』によって富と権力とを培いどんどんと力を蓄えていくのを放置していて、今回こうして数人まとめて一斉蜂起して『転生者』としての正体を現したというに、『境界線の守護者』を始めとする王国きっての対『転生者』専門組織もほとんど動けぬままに、女王陛下を筆頭にして王族は全員拘束されて、王都も王城も無血占拠されてしまったわ。これってあまりにもおかしいとは思わない?」
「そ、それは、おそらくは今回のすべての仕掛け人と思われる『なろうの女神』が、用意周到にも十数年も昔に地方貴族や下級役人の家で生まれた赤ん坊に、『ゲンダイニッポン』の『ブラック企業の社畜』や『スクールカーストの底辺』や『狂的な本好き』等々の『転生体』を憑依させて、『ゲンダイニッポン人』ならではのむやみやたらの上昇志向ゆえに、ほんの幼子の頃からあれこれと狡猾なる知恵を絞って策を弄して、『ゲンダイニッポン』縁の科学技術や政治的知識を駆使しての『NAISEI』を推し進めていき、いずれ国家転覆すら可能なまでに密かに富と権力を十分に蓄えさせていたんでしょうが、なぜにこの世界で行われていることをすべて把握できるはずの、『作者』のチートスキルを有する『内なる神』──具体的には、『過去詠みの巫女姫』アルテミス嬢の専属メイドであるメイさんが、まったく気がつかなかったかと言うと、実は『なろうの女神』ときたらここでも巧妙に策を弄していて、何と件の地方貴族や下級役人の『転生者』たちがそれぞれ、別の作者によるWeb小説の主人公だったのであり、いくら『内なる神』が自作の小説を書き換えようが、『転生者』たちに影響を及ぼすことができなかったわけですよね?」
「そうそう、そういうこと。──何せそれによってこそ、我々軍部は今回の反乱劇に際して、一切手出し無用だったのであり、結果的には彼らのほうで、勝手に共倒れしてくれたんだから♡」
………………へ?
「な、何ですか、彼らが『別の作品の主人公』であるからこそ、私たちが手を出す必要なく、勝手に自滅してしまったというのは⁉」
突然飛び出してきた予想外の言葉に、思わずまくし立ててれば、むしろ更に不敵な笑みを濃くするばかりの、目の前の麗人。
「何だかあなたを騙していたようで悪いんだけど、実は『他人様の作品の主人公』であっても、十分対応は可能だったの」
「え、それってどういう……」
「確かに『他の作品の主人公』に対しては、『内なる神』がいくら自作の記述を書き換えようが何ら影響を及ぼすことはできないけど、『作者』の力や私のようなサキュバスならではの『夢喰い』の力を持っていれば、少なくとも『転生者』を集合的無意識とのアクセス経路を遮断することで、『ゲンダイニッポン人としての記憶と知識』を失わせて、いわゆる『異世界転生』状態を解消することなら十分可能だったのよ。何せ『作者』というチートスキルの本質は、何も『自作の記述を書き換えることによって世界そのものを改変すること』ではなくて、これまで何度も何度も言及されてきたように、『他者を強制的に集合的無意識にアクセスさせること』なのであって、小説の記述の書き換えなぞ必要なしに、この世界に存在している限りはたとえ『他の作品の主人公』であろうとも、『内なる神』や同じく『転生体』そのものを喰らうことで集合的無意識とのアクセスを遮断することのできる『夢喰い』であるサキュバスであったら、『異世界転生』状態を強制的に解除することだって、余裕でできるって次第なのよ」
「だ、だったらどうしてメイさんやあなたは、『転生者』たちを今日この時まで、完全に放置していたんですか⁉」
「それもまた、彼らが『他人様の作品の主人公』だからなの」
「はあ?」
「──だあって、ただでさえ『なろうの女神』が勝手に拝借してきているというのに、この作品の中で『他人様の作品の主人公』を『異世界転移者』ではなくしてしまって、事実上『物語の主人公失格』状態なんかにしたんじゃ、角が立つでしょう?」
おいおいおいおいおいおいおいおいっ!
「だからあなたはあれだけ頑なに、我々空軍の出撃要請を却下していたわけなのですか⁉」
「ええ、もちろん『他人様の作品の主人公』を物理的にやっつけるのも、もっての外だしね♡」
「そんないかにも『メタ』的な理由で、あなたは『転生者』どもの反乱を見過ごして、王族の皆様を始めとして、王国の民たちを危険にさらしていたのですか? しかも今やその結果、外敵の侵略さえ招いてしまっているのですよ⁉」
「あらん、実はこれってすべて、他ならぬ女王陛下御自らの、御下命だったのよ?」
「へ? 陛下御自身の御下命って……」
「何せ今回の『転生者』どもって、それぞれが『別々の作品の主人公』なのですものねえ。ただでさえ欲深き『ゲンダイニッポン人』が、こうして王権簒奪に見事成功しておいて、次は自分一人だけが王様になれるチャンスを目の前にしているというのに、手をこまねいておられるものですか。彼らがこうしてお互いにつぶし合って自滅してしまうのは、至極当然な成り行きに過ぎなかったわけよ」
……うわあ。
この国の女王様の深謀遠慮のほどときたら、どこまですごいんだ?
結局『反乱貴族』どもなんて、最初から最後まで、彼女の手のひらの上で踊らされていたようなものじゃないか。
……まさか初めから、今回『反乱貴族』どもに手を貸して王都や王城の無血開城を導いた、政権中枢に潜んでいた不満分子たちをあぶり出すことこそが目的だったんじゃないだろうな?
くわばらくわばら。彼女だけは絶対に、敵に回さないようにしよう。
「ふふっ、『なろうの女神』のやつ、今頃さぞや悔しがっていることでしょうね。あはは、『策士策に溺れる』とは、まさにこのことね!」
ありとあらゆる世界のありとあらゆる『異世界転生』や『異世界転移』を司っているという、文字通りWeb小説界の守護神に対して、まるで旧知の『悪友』に対するかのように、邪悪な嘲笑を浮かべながらこき下ろす、サキュバスの空軍次官閣下。
……怖え。この人にも、絶対に逆らわないようにしよう。
「──あ、でも、侵攻してきたメツボシ帝国への対応は、どうするんです? やはり空軍が出動したほうがいいのではないのですか?」
あまりに驚くべき事実の発覚の連続に、ついうっかり忘れそうになっていたが、今もなおこの王国は、存亡の危機に立たされているのだ。
しかし目の前の空軍ナンバー2から返ってきたのは、あまりにも素っ気ないお言葉であった。
「いいえ、その必要はないわ」
「え、だって……」
「ふふっ、メツボシのお嬢ちゃんも、いいところあるじゃない。自ら悪役を買って出るなんて、あの『戦神の悪役令嬢』にしては上出来よね。見直したわ♡」
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「──報告します! ホワンロン王国の『反乱貴族』たちが、こぞって我が軍に降伏を申し出てきました!」
我が帝国軍における参謀長であり己の側近でもある、ヨシュア=エフライム卿からの予想通りの報告に、私ことメツボシ帝国皇帝ヨウコ=タマモ=クミホ=メツボシは、いかにもあきれ果てたかのように、深々とため息をついた。
「……まったく、腰抜けどもが、一戦もせぬうちに降伏とは。だったら最初から王権簒奪などという、身の程知らずの暴挙を起こすんじゃないよ」
「彼らの処置は、どのようにいたしますか?」
「ホワンロン王都の近衛騎士団にでも連絡して、全員そっくりそのまま引き取ってもらえ」
「おや、ホワンロン本土を目の前にして、このまま軍を進めないわけで?」
「ふん、我々はあくまでも『演習』を行っていただけだ。実際に艦載機による偵察行為以外は、艦砲射撃一つしていないというのに、臆病者どもが勝手に降伏してきたんじゃないか?」
「ふふ、では、そういうことにいたしましょう」
「何が、『ふふ』だ。笑う暇があったら、撤退準備に取りかかれ!」
「はいはい♡ ──聞いた通りだ、総員、撤退準備!」
慌ただしく旗艦『ヤマタイコク』の聯合艦隊司令室を飛び出していく、側近の足音を耳にしながら、その時私こと『戦神の悪役令嬢』は、そっと独り言ちた。
「──ホワンロン王国女王、『毒林檎の悪役令嬢』白雪姫。『借り』は確かに返したぞ」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……やれやれ、結局今回も、収穫無しか」
どこかで少年の、諦観に満ちたつぶやき声が聞こえる。
「『なろうの女神』様としては、この失敗すらも、事前に予想し得たものだったのだろうね」
惨憺たる結果を突き付けられながらも彼の顔には、どこかすがすがしいまでの微笑みが浮かんでいた。
「まあ、いいか、僕自身もあくまでも『テストケース』としては、十分楽しませてもらったし」
そしてその身に王立量子魔術学院高等部の制服をまとうや、反乱軍鎮圧の報に沸き立つ、王都の人波の中へと消え去っていく。
「これで確実に次のステージへとランクアップするだろうから、せいぜいお手並み拝見としゃれ込もうじゃないか。──アルテミス嬢の、『異世界警察警視総監』としてのね♡」




