第六十一話、わたくし、異世界に『マヨネーズ』や『クリスマス』は、別に必要ないかと思いますの。
「──もうすぐ、クリスマスですな」
「おや、あなたの領地でも、クリスマスが祝われているのですか?」
「もちろん、あちらの世界では、一年で最も賑やかな、風物詩的イベントでしたからね」
「そうそう、この世界においても年の瀬になると、クリスマスを祝わないと、何とも物足りないんですよね」
「そういうこともあって、我々『転生者』の領地だけで個々に密かに祝っていたところ、いつの間にか他の領地にも伝播していって、いつしか王国全体の催し物となってしまったんだよな」
「……しかし、この世界の人たちは、実はこれが『宗教行事』だということなんて、知ってはいないでしょうに」
「いかにも、ただ楽しげなイベントだから、みんな参加しているといった感じだよな」
「12月24日のイブの夜に、親御さんがお子さんの枕元にこっそりとプレゼントを置いて、さも『サンタさんがやって来た』かのように装ったりしてね」
「そんなところも、現代日本そっくりなんだよな」
「そもそもこの王国も、反『なろうの女神』派──つまりは、日本同様に、『無神論者』の巣窟ですからね」
「……しかし、皮肉なものですなあ」
「ええ、見かけだけは、いかにも欧米人そのもので、クリスマスを楽しむ姿が非常にお似合いなのに、その中身の無い享楽主義は、むしろ我々日本人そのままなんて」
「「「ほんとに、ねえ」」」
──ホワンロン王国王都中央部の運河の中州にそびえ立っている、王城スノウホワイト。
その最上階の、本来なら王国首脳陣が集いし『御前会議』が行われているはずの大会議場においては、現在王国を事実上支配下に置いている、いわゆる『反乱貴族』の面々が席を埋めていた。
しかし『反乱』と言っても、王族による悪政に対して民衆の意を汲み反旗を翻したわけでも、大いなる志を持って王道を邁進しているわけでも、武によって覇を唱えんとする戦闘狂であるわけでも、外国勢力の威を借りた売国奴というわけでも、悪魔や邪神なんかに取り憑かれてこの世を闇に堕とそうとしているわけでもなかった。
むしろ今ここに集まってきているのは、「地方貴族の末っ子的穀潰し的立場から脱却したい」とか、「異世界なのになぜかスマホがあるけどやはりこだわりの紙の本を本格的に普及させたい」とか、「最終的にスローライフを満喫するためにまずは十分な富と権力が欲しい」とか、「前世ではスクールカーストの底辺やブラック企業の社畜などといった不遇の身の上だったのでこの新天地ではチート無双したりハーレムを築いたりして憂さを晴らしたい」とかいった、むしろ『憂国の士ならではの大志』などとはかけ離れた、非常に個人的でみみっちいものばかりであったのだ。
そう。実は彼ら彼女らには、現代日本からの『転生者』が取り憑いており、前世の最新技術の記憶や知識を最大限に駆使しての『NAISEI』により各々力を蓄えて、このたびひょんなことから徒党を組むことになり、その豊富な富や権力を駆使して、見事に現女王から権力の奪還を成し遂げたのであった。
しかもなぜか時を同じくして、王国の王侯貴族関係者において大量の『異世界転生』現象が発生して、十数年前の生誕当時からの転生者である『反乱貴族』たちの蜂起と呼応するかのように、一斉に王都や王城の権力機構を掌握して、女王陛下を始めとする王侯貴族のトップ陣やその他要人の身柄を拘束し、反乱軍の王都や王城への無血入城に対して大いに寄与する結果となったのだ。
そのため今や文字通りに『我が世の春』といった感じで、もはや怖い物なしに王都王城の中枢部を占拠しふんぞり返っている、各『反乱貴族』派閥のトップ陣であったが、
「──あなた方がこの世界において流行らせた、クリスマスやマヨネーズの是非はともかくとして、まずは今回の無血クーデターの一応の『ケリ』のほうを、早く着けていただきたいのですが?」
会議場に唐突に鳴り響く、いかにも場違いな凜とした少年の声。
皆一斉に最も下座の席へと振り向けば、そこにはホワンロン王立量子魔術学院の制服をまとった、銀白色の髪の毛に月長石の瞳といった神秘的な美貌を誇る、年の頃十五、六歳ほどの中性的な男子学生が、いかにも不敵な笑みをたたえながら座していた。
「──お、おいっ、発言を許可した覚えはないぞ⁉」
「あなたはただの、オブザーバーでしょう?」
「枢機卿のご子息か何かは知らんが、子供が大人の話し合いに、口を突っ込むんじゃない!」
予想以上の棚からぼた餅的大戦果で政権奪取を成し遂げて、すっかり気を抜き会議とは名ばかりのだらけきった雑談をしていたところ、年端もいかない少年に釘を刺されてしまい、ばつの悪さをごまかすように逆ギレして怒鳴り散らす『反乱貴族』たち。
……ちなみに発言者の顔ぶれは順に、『地方貴族の末っ子的穀潰し』に、『下級役人の娘で時代錯誤の紙媒体マニア』に、『元ブラック企業の社畜』であった。
「おや、いいんですか? 一応僕は聖レーン転生教団の全権代理として、今この場に列席しているのですよ? 教団の後ろ盾無しにこのまま臨時政権を維持していけるのなら構わないけれど、今後仮に国外勢力の介入が本格的に始まった際に、いまだ軍部を完全に把握していないあなた方では、うまく対応できないのではないですか?」
「「「うっ」」」
身分不相応の大快挙を成し遂げたところで、現状を維持する力なぞない、『烏合の衆』というか『張り子の虎』というかの、前世の記憶や知識任せの──つまりは他人の功績頼りの『転生者』の寄せ集めとしては、この世界において確固とした権力と軍事力とを有し、自分たち『転生者』の最大の庇護組織である、教団関係者を無碍に扱うことなぞ赦されはしなかった。
「……くそう、若造が、権力を笠に着やがって」
「だったら、その『クーデターのケリ』とは、一体何のことなのかね?」
「決まっているじゃないですか、この臨時政権の、今後の在り方をどうするかですよ」
「……我々の、今後の在り方だと?」
「このまま皆さん全員が対等なお立場であり続ける、合議制的共和制政権を打ち立てるのか、それとも皆さんのうちから誰かお一人だけ代表者を選び出して、新たな王政を打ち立てるのか──ですよ」
「「「──‼」」」
枢機卿令息マリオ=ネット=ワタツミから唐突に突き付けられた思わぬ言葉に、一斉に静まり返る大会議場。
『転生者』同士でお互いの顔色をチラチラ窺ったりはするものの、あえて自ら余計な発言をする者なぞはいなかった。
それだけ、たった今少年の口から飛び出した台詞は、非常に微妙な話題だったのだ。
「もちろんこれに関しても、我が教団は大いに力になれると思いますよ? ──では、僕からお伝えしておきたいのは以上ですので、これにて退席させていただきます。何かお話がある場合は、個別にでも構いませんので、後でご連絡してください」
そう言うやあっさりと踵を返し会議室を出て行こうとするマリオ少年であったが、彼を見送る『反乱貴族』たちの目つきには、最前の高圧的さはすっかり鳴りを潜め、今やどこか媚びへつらう色すらも見受けられた。
──それも、当然であろう。
現在一応のところ『転生者』同士で協調体制をとっているのは、いくら『前世の記憶や知識』があろうとも、自分たちが個々では王国全体を把握することなぞ到底不可能だと自覚しているからなのであったが、隙あらばこの世界を完全に自分のものにしたいと企んでいるのは、狡猾で強欲であるとともに、異世界なぞゲームのようなものに過ぎないと思い込んでいる、現実逃避的ゲーム脳の社会不適合者だらけの、現代日本からの『転生者』としての共通の思いであって、いついかなる時でも自分以外の『転生者』を出し抜くことばかりを考えているのだ。
そんな彼らにとって、この世界において多大なる権力と影響力を誇る転生教団の後ろ盾は、のどから手が出るほど欲しいのは言うまでもないことであろう。
──そのようにして、『転生者』同士の協調体制を大きく揺さぶることこそが、枢機卿令息にして『海底の魔女』の転生体である少年の、真の狙いであることも知らずに。
実のところ彼にとっては、『転生者』同士の権力争いなぞ、取るに足らぬことでしかなった。
何せ彼らの『末路』は、すでにすっかりお見通しなのだ。
どんなにあがいてみたところで、その絶望的運命を変えることなぞ、けして不可能であろう。
だから無垢な少年の皮を被った『魔女』は、あえて彼らを唆したのだ。
できるだけ今回の騒動を長引かせることによって、過去詠みの巫女姫や彼女を守護している王国の超常の力の持ち主たちが、どのような行動を起こすか見極めるために。
そのことが彼の最大の目的である、『人魚姫』の復活に、何らかの寄与を成し遂げることを、あわよくば期待しながら。




