表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/2424

第五十六話、わたくし、もう誰も、信じられませんの。

「──女王陛下、お茶のおかわりはいかがですか?」


 いつもと変わらぬ笑顔で、私に向かって伺いを立てる、女王専属のメイド長。


 そう。ここはホワンロン王国王都の中央にそびえ立つ、王城スノウホワイトの最奥部に存在している、私ことホワンロン王国現女王、シラユキ=ホワンロンのプライベートルームであった。


 いつもの面々に、いつもの会話。


 そんないつもの午後のひとときに、芳醇なる紅茶の香りが匂い立つ。


 一見すべてが、これまで通りのようであった。


 ──しかしその実、今やすべてが変わり果ててしまっていたのだ。


 なぜなら、もはや私たちの関係はけして、『女王陛下とそれにかしずくメイドたち』なぞではなく、『虜囚とその監視者』となってしまっていたのだから。


「……ふうん、私のことをいまだに、『女王』って呼んでくれるんだ?」

 いかにも皮肉っぽく問いかけた私に対して、そのベテランのメイドは、仮面のような笑顔を微塵も揺るがすことはなかった。

「もちろんでございます。何せあなた様は依然紛う方なく、このホワンロン王国の女王陛下であらせられるのですから」

「謀反人の地方貴族どもが無血入城とはいえ、完全にこの王城を支配下に置いて、私をこのような軟禁状態にしているくせに?」

「あの方たちだって、王政を廃止するおつもりも、()()()あなた様を廃位させるおつもりも、無いのでございます。ゆくゆくは()()()()()の下緩やかな王制を布き、事実上の共和制を打ち立てることこそを、最終的な目標となされているのです」

「へえ、こんな『籠の鳥』の状態とはいえ、一応今のところ私のことは、女王として遇してくれるわけなの?」

「ええ、我々に対しても、これまで通りに、何でもお申しつけください」

「じゃあ、聞きたいことが一つ、あるんだけど?」

「何なりと」

「いつから、なの?」

「は? いつとは……」


「あなたを始めとするメイドたちがいつ、薄汚い『ゲンダイニッポン』からの『転生者』どもと入れ替わって、笑顔で私に仕えながら、内心では虎視眈々と、私を玉座から引きずり下ろすことを狙っていたのかって、聞いているのよ?」


 その質問──と言うよりも『詰問』を突き付けられるや、一斉に笑みを消し去り、これまで見たこともない能面のごとき無表情となる、メイドたち。

「いつからと言われましても、()()()()()としか、お答えしようがございません」

「ほう?」

「それこそ生まれ落ちた時からすでに、『ゲンダイニッポン人』としての『記憶や知識』を持った者もいれば、この()()()()()、つい先日『目覚めた』者もいますので」

「ふん、まさに『ゲンダイニッポン』のWeb小説そのままに、すべては『作者』のさじ加減ってわけなの? 御都合主義もいいところよね。──しかし、納得したわ。一緒に城からの脱出をはかっていた、一番信頼の置けるメイド長が、いきなりあらぬ事を叫びだして、敵に居場所を知らせるものだから、びっくり仰天よ」

「その節は、大変失礼いたしました」

「つまり、あなたたちには最初から、『反乱分子としての記憶や知識』がインストールされているってわけね。ほんと、最近のWeb小説ときたら、少しは整合性というものを、考慮してもらいたいものだわ」

「生憎私は『いち登場人物』ゆえに、そのような難しいことを言われても、困りまする」


「悪い悪い、そうだったわね。──それでは、お手並み拝見とまいりますか。わざわざ()()()()()()()()()()()()()()、礼儀知らずのWeb作家──『外なる神(アウター・ライター)』の皆さんの」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──はあはあはあはあはあはあ」


 生まれも育ちも王都とはいえ、一度も足を踏み入れたことの無かった、スラム街の迷路のような路地裏を走り続けているうちに、普段の運動不足がてきめんに徒となり、今やあえぐかのように息を切らせてしまっていた。


「お嬢様、しっかり! 後もう少しで、私以外誰も知らない、秘密のアジトにたどり着きます!」


 こちらの腕を力強く引っ張りながら先導してくれている、専属メイドのメイであったが、もはや足手まといでしかないわたくしのほうは、とうに体力の限界を迎えていた。


「きゃっ!」

「お嬢様⁉」


 とうとう足をもつれさせて、石畳へと倒れ込み、全身をしたたかに打ち付けてしまう。


「……つうっ」

「大丈夫ですか、お嬢様⁉」

 その場にうずくまるわたくしをすかさず抱きかかえるメイであったが、もはや顔を上げる気力すらも残っていなかった。


 ──わたくしこと、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ。年齢、10歳。性別、女。

 ホワンロン王国筆頭公爵家令嬢であり、最高学府とも謳われる王立量子魔術(クォンタムマジック)学院高等部一年生。

 しかし今やそんな肩書きは、何の意味も為していなかった。


「……もう、嫌」


 堪らず唇からこぼれ落ちる、本心から言の葉。

「もう、たくさんですわ!」

「お、お嬢様⁉」

 心配そうにこちらを覗き込む、誰よりも厚い忠義を誇る侍女であったが、もはやあふれ出る言葉を押しとどめることはできなかった。

「どうして私の周りの人たちが次々と、いきなり人が変わったようになってしまうの? さっきまで一緒に逃げ回っていた、長年一緒に暮らしてきた、公爵家専属の執事さんやメイドさんが、急に襲いかかってきたりして! しかもお屋敷から抜け出して街中に逃げ込んでみれば、今度は立ち寄った店の店員や街行く人たちが、いきなり追いかけてきたりして! 一体何がどうなっているのですの⁉」

 ──そう、一言で言えば、何ら代わり映えしなかった日常空間が、いきなり悪夢に変わり果ててしまったようだった。

 ……そもそもの発端は、今回の謀反を主導した某貴族の使者が公爵家を訪れた際に、何と使用人に手引きした者がいて、まんまとわたくしの自室まで押し入り、無理やり連れ出そうとしたことに始まり、当然最初のうちは家族はもちろん使用人のほとんどは、わたくしのことを守ろうとした。

 しかしそのうち使用人が次々と、私を捕まえるほうに回っていき、依然(わたくし)を守ろうとする使用人との間で、小競り合いが起こってしまったのだ。

 しばらくの間は双方の勢力が拮抗し、膠着状態が続いていたのだが、()()()()が文字通り『豹変』した途端、一気に形勢が傾いてしまった。


 それも至極当然のことで、何せ他ならぬ公爵家現当主である()()()()()()が、いきなり娘であるわたくしを取り押さえるよう、家臣や使用人たちに命じたのだから。


 ──その瞬間、自分の足下が崩れ去ったかのような、錯覚を覚えた。

 ただ呆然と立ちつくすわたくしをよそに、特に父に忠節を誓う使用人たちが大勢、反乱貴族側に寝返ってしまう。

 もはやこれまでかと思われたが、専属メイドのメイを始めとするわたくしに近しい使用人たちが、完全に不利な状況となった屋敷からの脱出をはかり、少なからぬ犠牲者を出しつつも、どうにか街中に逃れることを成し遂げた。

 もちろん反乱貴族や父の手の者も追ってきたが、より恐怖だったのが、街中の見ず知らずの人たちはもとより、さっきまで仲間であったはずの使用人たちが、次々に豹変して、わたくしに襲いかかってきたことであった。


「──もう、誰も信じられないの! いくら逃げ回ろうが、どこに隠れようが、無駄だわ! だって、どこにいようと、誰といようと、結局すべてがわたくしの敵になってしまうのだから!」


 スラム街の路地裏の石畳にうずくまったままで、悲鳴のような言葉をたたきつける。


 ……転んだ時の怪我の痛みもあり、もはや立ち上がる気力は無かった。


 ──もう、いい。もう、たくさんだ。


 逃げ回るのにも、文字通り心身共に、疲れ果ててしまった。


 もうわたくしなんて──父親にすら裏切られた、惨めな公爵令嬢なんて、どうなってもいいんだ。


「──いけません、あきらめてしまっては」


 その刹那、であった。


 すぐ間近でささやかれた言葉とともに、優しく温かいに抱擁に包み込まれた。


 思わず仰ぎ見れば、こちらを見つめている、慈しみにあふれた瞳。


「……メイ」


「女王陛下もおっしゃっていたではないですか、『悪役令嬢が、己の運命と闘うのをやめることなぞ、けして赦されない』と」


「──っ」


 そうだ。


 わたくしはもはや、公爵令嬢でも、名門学院の学生でも、なくなってしまったかも知れないけれど、自分自身が矜持を持ち続ける限りは、『悪役令嬢』であり続けられるのだ。


 常に『悪』としてのプライドを持ち、誰よりも強くあろうと心して、たとえ世界そのものを敵に回そうとも、闘い続ける運命を背負いし、真の『ヒロイン』。


「──それに、たとえ世界中の誰もが、お嬢様の敵に回ろうとも、この私だけは、最後までお味方として、お側に侍らせていただきます!」


 目の前に見えるのは、並々なる決意に満ちた、可憐な小顔。


 しかしわたくしは、その言葉を、素直に受け取ることはできなかった。


「最後まで味方でいてくれるなんて、信じられないわ! だって、他の使用人たちだけでなく、お父様ですら、私のことを捕まえようとなされたのよ⁉」


「それは『ゲンダイニッポン』からの、薄汚き『転生者』に乗っ取られてしまわれただけなのです。旦那様は本当は誰よりも、お嬢様のお味方であられるのです」


「だったらあなただって、いつ『転生者』に乗っ取られてしまうか、わかったものではないじゃない⁉」


 その瞬間、わたくしの両肩が、力強く握りしめられた。


「──っ」




「いいえ、けしてそのようなことは、あり得ません」




 え?


「だって──」


 だって?




「そもそもこの世界そのものが、私がお嬢様のためだけに創り出した、『物語』であり、また同時に『牢獄』であるのですから、言わば私は最初から、お嬢様のことを捕まえているのであり、これ以上捕まえたり拘束したりする、必要なぞは無いのです」




 ………………………………は?


「な、何ですのその、『物語』とか『牢獄』とか言うのは⁉」


 いきなり登場してきた、現下の悲惨極まる状況よりも更に、不穏で意味不明な言葉の羅列に、堪らず問いただそうとした、まさにその時。


「──いたぞ、こっちだ!」


 唐突に路地裏に響き渡る、男の怒号。


 それを合図にすべての方角から殺到してくる、反乱貴族や公爵家の執事やメイドたち。


「探しましたよ、お嬢様」


「さあ、大人しく、一緒に来られてください」


「ご心配には、及びません」


「我々新()()()政府は、『()の巫女姫』様を害するつもりなぞ、一切ございませんので」


 そう言うや、いかにもにこやかな笑みを浮かべて、こちらへと迫ってくる、貴族や使用人たち。


「──くっ、かくなる上は!」


 わたくしを庇いながら、メイド服のポケットから量子魔導クォンタムマジックスマートフォンを取り出し、画面に何事か書き込むメイ。


 ──ついに、伝家の宝刀を、抜いたのね!


 一体どういった『固有能力ユニークスキル』か、知らないけれど、メイがこれをやれば、必ず『転生者』を打ち払い、人々を我に返すことができるのよね。


「……あ、あれ?」


 しかしいつまでも経っても、いつもの効果は現れず、『転生者』たちが、すぐ間近まで迫ってくる。




「──無駄だよ、今回に限っては、『内なる神(インナー・ライター)』の力は、何の役にも立たないんだから」




 まさにそのなかに鳴り響く、涼やかなる声。


 思わずその場の全員が振り向けば、そこには一人の少年がたたずんでいた。


 月の雫のごとき銀白色の髪の毛に縁取られた、あたかも人形そのままの中性的で端整な小顔に、王立量子魔術(クォンタムマジック)学院の夏制服に包み込まれた、男性にしては小柄で華奢なる肢体。


 そして、いかにも不敵な笑みを浮かべている、月長石ムーンストーンのごとき、青の瞳。


「……マリオ、様?」


 そうそれは、王立量子魔術(クォンタムマジック)学院における同級生であり、いにしえの救国の巫女姫の生まれ変わりとも噂されている、聖レーン教団枢機卿猊下のご子息、マリオ=ネット=ワタツミ様であったのだ。




「いくら量子魔導クォンタムマジックネット上の、自作の記述を書き換えても、何の意味も無いんだ。何せ、反乱貴族を始めとする『転生者』たちは、あなたとはまた()()『作者』たち──つまりは、『外なる神(アウター・ライター)』たちの手による、()()物語の『登場人物』なのだからね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ