第四話、わたくし、取り巻きの皆さんの玩具でしたの⁉
「──そういえば、何で私のような『悪役令嬢』には、ここにおられる皆さんみたいな、いわゆる『取り巻きキャラ』が、必ず付いているのでしょうね」
その時私は、学院内のカフェラウンジに持ち込んだ重箱の隅をつついていた箸を止めるや、自分を取り巻く『世界観』に対して唐突に、まさしく重箱の隅をつつくようなことを言い出した。
私がいるテーブル席を中心として、一瞬にして静まりかえる、ラウンジ内。
なぜかみんな一様にどこか緊張した表情となってしまっているが、それが特に顕著なのが私のグループによって占有されている、今や半ば指定席化している最奥の窓際のテーブル席であるが、私専従のメイドのメイを始めとして、まさに私の『取り巻き』であられるやんごとなき貴族の御令嬢方ときたら、口をあんぐりと開け放ってこちらを凝視しているといった、レディにあるまじき有り様となっていた。
「あら、皆様どうなさったの? 今のは単なる独り言ですので、どうぞお気になさらずに、お食事のほうをお続けください」
「「「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!」」」
同じテーブルの皆さんだけでなく、文字通り四方八方から突きつけられる、怒濤のような生徒たちのツッコミの声。
中でも『当事者』である、私の取り巻きの皆さんは、泡を食ったようにしてまくし立ててきた。
「明らかに自分に関する話題だというのに、気にしないわけにはいかないでしょうが⁉」
「しかも何ですか? 今更になって、我々の存在理由を疑問視なさるようなことを言い出して!」
「我々があなた様のお側でご一緒していることに、何かご不審な点でもあられるのですか⁉」
必死の形相で矢継ぎ早に問いただしてくる、取り巻きの皆さん。
悪役令嬢といっても、いまだ十歳ほどの小柄で華奢な肢体をした、自分で言うのも何ですが銀白色の髪の毛に黄金色の瞳という天使や妖精そのままの超絶美少女を、高等部生のお姉様方が取り囲んで口々に糾弾しているその有り様は、傍目にはいじめか私刑にしか見えないことでしょう。
「い、いえ、ほら、別に私に限らず、悪役令嬢といえば当然のようにして、皆さんのような貴族等の上流階級のお嬢さんたちからなる、取り巻きの方々が付随しているではないですか? それこそ少女漫画とか乙女ゲーとかWeb小説においては、『お約束』のようにして。しかも結構の人数がおられて、悪役令嬢に仇なす者──特に最大の恋敵である『乙女ゲーでいうところのヒロイン的存在』に対する、嫌がらせや悪評の拡散といった、面倒かつハイリスクな行為も嫌がらずに行ってくれるし。……そこで私、不安になったのです。これほどまでに尽くしてくださっている皆様に、私のほうは今まで全然報いることができてないのですが、やはりここはこれまでの貢献度に応じて、十分なる報酬をお渡しして、更にはこれからもお側にいていただくために、定期的かつ定額のお給金をお支払いするべきでしょうか?」
「「「はあああああああああああああああああ⁉」」」
自分では至極当然な申し出をしたつもりであったが、なぜか取り巻きの皆さんのほうは完全に絶句なされて、そのまま物言わぬ案山子であるかのように棒立ちになってしまわれたのでした。
するとこれまで完全に沈黙を守っていたメイドのメイが、大きくため息を吐きながら、いかにも渋々といった感じで口を開いた。
「……何ですか、その歪んだ価値観は? 別に悪役令嬢物語における『取り巻きキャラ』の皆さんは、たとえしがない脇役であろうとも、ボディガードやエキストラ等の雇われ者ではなく、それぞれ明確な理由に基づいて自発的に、あなたのような悪役令嬢のお側におられるのですよ? しかもそれはあくまでも一見無償の献身的行為であらねばならず、報酬や対価等が発生する余地は無いのです」
「な、何ですその、明確な理由ってのは?」
「まあ、大方のところは、我が国において王家に次ぐ権力を誇る筆頭公爵家の御令嬢であられる、あなた様と親交を深めることによって覚えめでたくなるように、それぞれの親御さんから言い含められておられての、あからさまな『よいしょ』的行為でしょうね」
「……相変わらず、歯に衣着せぬ、どスレートな物言いですわね」
「お褒めにあずかり、恐縮です」
「別に褒めておりませんわ。──でも、これで納得しました。つまり私をダシにすることによって、ここにおられる皆さんの親御さんが我が公爵家とのコネを得ることで、貴族社会でより優位に振る舞っていけるようになるわけですね。うむ、安心しましたわ。まさにこれぞギブアンドテイクの関係であり、私が個人的に皆さんにお給金等を支払う必要は無いのですね」
「……いや、そんなことで悩むこと自体が、おかしいのですよ。普通の悪役令嬢だったら、自分は周りからちやほやされて当たり前といったふうに思い上がっており、そもそも疑問に感じることすらございませんから」
「阿呆ですか、その方たちは。何のメリットもなしに、他人に尽くす者なぞいるわけ無いでしょうが? そんな高潔なボランティア精神をお持ちの方々が、たとえ悪役令嬢に命じられたからって、恋敵等に陰湿な嫌がらせなんかすることなぞあるものですか」
「「「──むしろあなたのように、すべてを損得勘定によって行動している悪役令嬢のほうが、よっぽど世知辛いんですよ!」」」
あ、取り巻きの皆さんが、復活なされた。
「──でも誤解なきよう、これだけは言わせてください」
おや、取り巻きの中でもとりわけリーダー格に当たる方が、これまでになく真摯な表情になられて口を開かれたけど、一体どうなさったのでしょう?
「確かに私たちは最初、それぞれの親に命じられたから、あなた様に接近して誼みを結びましたが、今もなおあなた様のお側に侍り続けているのは、ただそれだけの理由ではございません。むしろ常にご一緒することによって、気づいたのです、──あなた様がどんなに、魅力的な人物であるかに」
え。
「あなた様の言動ときたら、悪役令嬢であったとしても、とても奇抜で破天荒なものばかりでした。最初は我々も驚いたりあきれ果てたりしましたが、その悪役令嬢らしからぬ『人間らしさ』に、どんどんと魅了されていき、気がつけばすっかり心酔していたのです。それも悪役令嬢でも公爵令嬢でもなく、あくまでも個人としてのあなた様ご自身に。──だから我々が今この時もあなた様のお側にいて、唯々諾々とご命令に従っているのは、ただ単に親から言われたからだけではなく、もはや自分の意思によるものだと、胸を張って言えるのですよ」
そう言うやにっこりと微笑む、リーダー格の少女。
うんうんと頷く、やはり笑顔の、その他の取り巻きたち。
「……皆さん」
「だからあなた様も、もっともっと自信を持たれて、我々がお側にいることを当然だと思し召されて、もっともっと我々に頼られて構わないのですよ?」
──っ。もしかしてこの方、私の不安を見抜いておられたの⁉
……いくら公爵令嬢とはいえ、ほんの十歳ほどの小娘ごときが、このように他人様から無条件に慕われるなんて、あまりにも身分不相応だと、悩んでいたことを。
「ふ、ふん、わかりましたわ! これからもせいぜい高貴なる私にお仕えになって、ご奉仕なさることね!」
そのようにあえて悪役令嬢らしく高飛車に言い放てば、更に微笑みを深める取り巻きたち。
「──さあ、皆さん、これまで以上に私のためだけに、工作活動や破壊活動に邁進し、流言飛語で人心を惑わし、学院内はもちろん、この王国全体を恐怖のどん底に突き落とし、ただの一人も悪役令嬢たるこの私に逆らえないようにするのですよ!」
「「「そこまでするつもりなんてありませんよ! 一体どこの大魔王なんですか⁉」」」
あら、だめでしたか。
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「──なあんて、きれいにまとめちゃいましたが、それをそのまま鵜呑みにするほど、悪役令嬢たるこの私は、甘ちゃんではないのですわ♫」
王都の中でもとりわけ上流階級の大邸宅が建ち並ぶ、超高級住宅街の一角のお屋敷の一室にて鳴り響く、幼い少女の涼やかな声音。
それに対して渋々と分厚い報告書を差し出す、メイド姿の少女。
「……本当に、御覧になられるのですか? 取り巻きの皆さんのプライベートのご様子を、我が筆頭公爵家が誇る隠密部隊に調査させるなんて、少々悪趣味過ぎませんかねえ」
「いいから、早くお寄越しなさい!」
有無を言わさず書類をひったくる、幼き御主人様。
それに対して大きくため息を吐く、年上の従者。
「やれやれ、後悔なされても、知りませんよ?」
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【報告書① リーダー格の伯爵家の御令嬢の場合】
その日の夕刻、彼女が同じく超高級住宅街の自宅へと帰り着けば、大勢のメイドたちが最敬礼でお出迎えする。
「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」
「うん、ただいま」
「……また今日も、大変お疲れのご様子ですね?」
「まったくよ、学院にいる間はずっと、あのわがままお嬢様につき合わなければならないんだから、もううんざりよ!」
「お察し申し上げます」
「いくらお父様やお兄様たちのためとはいえ、何なのよあの子、常識外れの騒動ばかり起こして!」
「噂でも、かなり風変わりな悪役令嬢であられると、聞き及んでおります」
「いやもはや悪役令嬢でもないわよ、あの子ったら! むしろ他の悪役令嬢の皆さんに失礼だわ!」
「どうどう、お嬢様、落ち着いて」
「……ごめんなさい、つい興奮してしまったわ」
「お察し申し上げます」
「じゃあ、食事の時間になるまで部屋で休んでいるから、誰も入ってこないでね」
「仰せの通りに」
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「………………」
「あ〜あ、だから申したでしょう、後悔するって」
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【報告書② 引き続きリーダー格の御令嬢の寝室において】
厳重にかけられた十数カ所の鍵をすべて外すや、自室の扉をほんのわずか開けて、周囲をはばかるように素早く身を滑り込ませる御令嬢。
「ただ今帰りましたわ、──私のお嬢様♡」
そしてどこか妖艶な声音で、挨拶を投げかける。
──四方の壁面はおろか、天井や床までも隙間なく張り巡らせた、己が敬愛する筆頭公爵家の御令嬢にして『悪役令嬢』たる少女の、無数の写真に向かって。
それはほとんどにおいて学院内での姿を写したものであったが、着替え中や入浴中や就寝中といった、明らかに自宅内にいる場面を写したものも存在し、しかもどう見ても本人の了承を得たものではなく、おそらくは盗撮されたものと思われた。
「うふふ、今日のあなた様の、可愛らしかったこと」
そう言ってベッドに倒れ込むようにして横たわり、
まさしく本人そっくりに精巧に作られた、等身大の『悪役令嬢』人形をひしと抱きしめる。
「ご自分が私たちから無償で慕われていて、本当にいいのかって、悩まれたりして」
そっと人形の──いえ、あのお方の、花の蕾のごとき唇へと口づける。
「いいに決まっているじゃない! 何せ私たち取り巻き連中は、みんながみんな、あなた様を心の底からお慕い申し上げているのですからね」
そして『彼女』の人肌そっくりに作られた、柔らかで滑らかなる小さな手を取り、己が胸元へと押し当てる。
「──できたらあなたと、一つに混じり合いたいほどにね♡」
その後はしばらくの間、圧し殺したあえぎ声が聞こえるばかりであった。
「……おっと、いけないいけない。つい気持ちよくて、堪能しすぎたわ。明日お持ちする、クッキーやマフィンを作らないと。──また『私の一部』を材料にして、『私』を存分に味わっていただき、『私』をご自身の血と肉としてもらうためにね」
そのようにほくそ笑むや、名残惜しそうに人形から身を離し、ベッドから降り立つ御令嬢。
「今はあなた様に対する想いを同じくする、取り巻きメンバーたちの間で牽制状態にあって身動きがとれませんが、他の者どもを全員抹殺したその暁には、必ずあなた様を私だけのモノにいたしますので、どうぞお楽しみに♡」
その独り言を最後に、明日学院に持ち込む特製のおやつを作りに、厨房へと向かっていった。
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「──????? !!!!! ⁉⁉⁉⁉⁉」
「そうなんですよ、世の中知らないほうがいいことが、山ほどあるんですよ。これでまた一つ、大人になりましたね。これ以上無理やり『大人の階段』を昇らせられないようにするためにも、これからは学院においては、十分注意することですね♡」
「こんな『狼の群れに羊が一匹』状態で、何をどう注意しろって言うのよ⁉」
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ショックのあまりすっかり茫然自失となってしまわれたお嬢様を寝かせつけた後で、私こと専属メイド、メイ=アカシャ=ドーマンの自室にて、ひっそりと密やかに鳴り響く、嘲りの笑声。
ただしそれは私の唇からではなく、手の内の愛用のコバルトブルーのスマートフォンから漏れ出ていたのだ。
『うふふふふ、あはははは。傑作だこと。もっと身近に、ヤンデレ取り巻き連中なんかよりも、えげつない「バケモノ」を侍らせていることを、気づきもせずに』
「黙れ、女神。私のことはともかく、お嬢様のことを愚弄するのは、断じて赦さんぞ」
『あら、あなただっていざともなれば、自分と刺し違えても、あの子のことを滅するつもりでいるのでしょうが?』
「あの方が、正しく覚醒されなかった場合はな」
『そんなに目覚めさせたいのなら、私が手伝ってあげましょうか?』
「まだ早い。それにあなたは、あの方を邪神として目覚めさせるつもりであろうが?」
『当然でしょう? 何せこの「なろうの女神」に伍することができるのは、この世が開闢して以来、「過去詠みの巫女姫」だけだったのですからね。その生まれ変わりが現れたとなれば、一刻も早く目覚めさせて、存分に遊ばなければ。──たとえその結果、この世が滅びようとね♡』
「……そんなことを、巫女姫の僕であるこの私が、赦すわけがないだろうが?」
『あら、僕ではなく、監視者じゃなかったの?』
「同じことだ、巫女姫の僕というものは、己が主が巫女姫として正しくあるように導き、それが適わぬ時はこの手で弑するのみ。──この世界のためにもな」
『おお、怖い怖い。さすがは歴代屈指の術者、蘆屋道満の末裔にして、アカシックレコードの守護者。結局は愛するお嬢様よりも、お役目優先というわけね』
「馬鹿を申すな!」
『ひいっ⁉』
突然スマホに向かって怒鳴りつけた私に、正真正銘神様たる少女が、初めて余裕の表情を歪ませた。
「お役目優先だと? いいか、先ほどのはあくまでも僕としての、一般的な在り方を述べただけであって、私自身においては心の底から、お嬢様をお慕い申し上げているのだ。いざとなればすべてを投げ捨てて、お嬢様と二人っきりで逃避行することすらも、やむを得んと心得ている。──その結果、たとえこの世界そのものが滅びようとな!」
『……あなたも、あの取り巻き連中と、五十歩百歩じゃん。何よ、あのお嬢様。もしかして周囲の女の子を狂わせてしまう、とんでもないフェロモンでもまき散らしているんじゃないでしょうね?』