第三十五話、わたくし、『転生大好き♡なろう教徒』の皆様から、『悪役』と認められましたの。
世界宗教『聖レーン転生教団』総本山、聖都『ユニセクス』、教皇庁地下最深部『881374最終計画研究所』。
専属研究員の他、一握りの上層部の者以外には、その存在すら秘匿された、教団における極秘中の極秘の研究機関。
まさしく現在ここでは、『人が神へと至る方法』を、本気で模索していた。
──大きな檻の中で、狂ったように暴れ回っている、巨大な蜘蛛。
──生み出されてからずっと、ただただ高速でぷるぷると震え続けるばかりの、人間ほどの大きさをしたスライム。
──文字通りただの屍であるかのように、バラバラに散らばっている、もはや何の生気もないスケルトン。
──無造作に台座に突き刺さっている、一振りの剣。
──研究員たちが真剣な表情で調査し続けている、一見何の変哲もないように思われる、極ありふれた自動販売機。
──そして、二階建ての民家ほどの大きさを誇る培養槽の中で、不気味な脈動をし続けている、なにがしかのモンスターの物と思われる、巨大な卵。
まさしく『混沌』を体現するかのような有り様であったが、これらは彼らにとっての神の国である『ゲンダイニッポン』における、『成功例』を模倣したつもりであったのだ。
「……蜘蛛とスライムは、完全に失敗だな」
「やはり、人間とはまったく異なる生物に転生させるなんて、無理がありすぎたんだ」
「しかし『ゲンダイニッポン』における『聖典』では、大成功を収めたらしいぞ」
「それは大勢の、『信者』を生み出したそうだ」
「『めでぃあみっくす』展開でも、『エンバン』が飛ぶように売れたらしいしな」
「特にこのスケルトンのやつなんか、神の国の『なろう教』の現聖典においては、トップクラスの信仰を集めているそうだ」
「……しかしここで召喚した『ゲンダイニッポン人』の若者なんて、『──おいおい、せっかく異世界転生したのに、スケルトンはないだろう? いくらハーレムつくっても、意味ないじゃないか! 何? 「魔物たちの王」にしてくれるって? 俺はエルフ娘や獣人(ネコミミ限定)娘が好みなの!』とか何とか言い出して、ごねにごねて大暴れするものだから、仕方なく『ゲンダイニッポン』にお帰りいただいたではないか?」
「聖剣や自動販売機への転生術式も、実行以来全然反応がないし」
「……いや、蜘蛛やスライムやスケルトンならまだわかるが、何で教団の上層部は、無機物に『転生者』を召喚しようなんてしたわけ?」
「『ゲンダイニッポン』で言うところの、『人工知能』の代わりにしようとでも思ったんじゃないのか?」
「聖剣に、索敵《サーチ&》警告機能や自動防御機能をつけたりとか?」
「いやいや、そういうことは、それこそ『ゲンダイニッポン』の科学技術を利用すべきでは?」
「何を馬鹿なことを! 科学でも何でも、『転生者召喚』で代用してこその、我々転生教団ではないか⁉」
「そうだ! 教団秘蔵の『創世記』の冒頭に記された、『初めに転生ありき』という、『なろうの女神』様のお言葉こそがすべてなのだ!」
「「「すべては、『なろうの女神』の、思し召しのままに!」」」
「……となると、我が教団の期待を一身に担っているのが、今や『これ』だけになったわけだな」
「ああ、これまでの失敗を踏まえて、すでに成長過程にあるこの世界の生物に、『ゲンダイニッポン』からの転生者を召喚するのではなく、まさに『卵状態のドラゴン』に召喚して、それぞれ異なった『魂』と『肉体』との完全融合をはかるってわけだ」
「例の『最終計画』の発動も、これの成功如何にかかっているしな」
「今度こそ、失敗は許されんぞ」
「………………おい」
「うん、どうした?」
「今こいつ、笑ったように見えなかったか?」
「はは、何を馬鹿なことを、いくらドラゴンでも、卵が笑うわけがないだろうが?」
「それこそ『ゲンダイニッポン』の、古き名作『あにめ』の見すぎじゃないのか?」
「……そうか、疲れているのかもな、俺。このところずっと、徹夜で研究続きだったし。久方ぶりに休暇でも取るかな」
「たわけもの! むしろ今こそ、正念場ではないか⁉」
「左様、我々の研究の成否こそに、これからの教団全体の浮沈がかかっているのだぞ⁉」
「貴様は我らが敬愛する、教皇聖下の哀しまれるお顔を、見たいとでも言うのか⁉」
「まさか、アグネスたんは、俺個人にとっても、心のアイドルであり、いつも変わらぬ笑顔でいていただきたく存じます!」
「そうだ! こんな馬鹿馬鹿しい、『ゲンダイニッポン』の各人気『聖典』の猿真似モドきなことを、このような地下の最深部の秘密研究所(w)で、阿呆みたいに真面目くさって実験したり論じ合ったりしているのも、何よりもアグネスたんのためなのだ!」
「「「すべては、我らがアグネスたんの、笑顔のために!!!」」」
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「──くしゅんっ!」
教皇庁最上階、最高幹部会議室にて響き渡る、可愛らしいくしゃみ。
それは枢機卿以上の位階の者のみが座ることのできる、大円卓の上座から聞こえてきた。
「せ、聖下、どうなされた⁉」
「まさか、風邪なぞ、お召しになったのでは!」
「誰ぞ、最高の治療術士を、これに!」
その途端大騒ぎとなる、教団屈指の重鎮たち。
「──ええい、騒ぎ立てるな、ただのくしゃみじゃ。大方誰か、我の噂でもしていたのであろう」
そんないい年したおっさんたちを一喝したのは、彼らの孫娘ほどの年頃の、蜘蛛の糸のような純白の長髪に縁取られた、精緻な人形のごとき小顔の中で鮮血すら彷彿させる深紅の瞳を煌めかせている、年の割には大人びて落ち着き払った、絶世の美少女であった。
アグネス=チャネラー=サングリア。世界数千万の『なろう教徒』の崇拝の的である、聖レーン転生教団、現教皇その人である。
「──おお、それなら納得ですぞ!」
「何せ我が聖都は常に、アグネス聖下のお噂で持ちきりですからな!」
「アグネス聖下の一挙手一投足に、信徒たちは一喜一憂しておるほどですし」
「特別会員信徒にのみ配布した、『アグネス聖下イメージビデオ』は、今では量子魔導ネットにおいて、プレミアがついているくらいですからね!」
「──人のことを、『アグネスたん』とか呼ぶな! つうか、『イメージビデオ』とは、何のことじゃ? そんな話、我は聞いたことはないぞ⁉ あ、こら、全員目をそらすな、こっちを向け!」
しつこく追求してくる美少女教皇であったが、そこは亀の甲より年の功、巧みに話題を転換する枢機卿たち。
「──ごほん、そんなことよりも、聖下。本日の主題を忘れてはなりませんぞ?」
「今回の『作戦』の失敗は、下手すれば『最終計画』の遂行にも響いてまいりますからな」
「む、むう、確かにな。──くっ、返す返すも、口惜しいことだ。せっかく後一歩で、『ゲンダイニッポン』において、巫女姫を亡き者にできたところだったのに」
「この世界の『過去詠みの巫女姫』本人ではなく、『ゲンダイニッポン』の彼女の『多世界同位体』を狙うというのは、確かにいいお考えだったのですが」
「まさか、我々が無警戒だった『かませ犬』──ルイ王子を、『ゲンダイニッポン』に転生させて、予想外の展開によって『シナリオ』を狂わされてしまうとは」
「さすがは、メイ=アカシャ=ドーマン、『アカッシクレコード』の管理者にして、『作者』の力を持つ者──と、言う他はありませんな」
「──くうっ、なぜじゃ、なぜなのじゃ! 『転生』こそこの世界に、真の幸福をもたらすというのに、異端者どもが、どこまで『なろうの女神』様のご意思に背くつもりだ⁉」
「聖下のおっしゃる通りです、転生や転移あってこその、『異世界』ではございませんか」
「仮にも『悪役令嬢』だったら大人しく、『ゲンダイニッポン』からの転生者の受け皿となり、意識を乗っ取られていればいいものを」
「まさか本気で、『なろうの女神』様の──すなわち、すべての『異世界』そのものの『意思』に対して、反旗を翻すつもりではないでだろうな?」
「そうなれば、たとえホワンロン王家がかばい立てしようと、『なろうの女神』様の代理人たる、我々『聖レーン転生教団』が黙っておらぬぞ!」
「ホワンロン王国もろとも『異端認定』を下し、攻め滅ぼしてくれる!」
「「「聖戦だ! 聖戦の発動だ!」」」
「──静まれ」
いきり立つ枢機卿たちを制する、上座からの声。
それは特段大きなものではなく、むしろ落ち着き払ったものであった。
しかしその一言で、熱気に満ちあふれていた一同は一気にクールダウンし、今やいつもの泰然自若さを取り戻した、少女教皇のほうへと向き直る。
「諸君の気概は見上げたものだが、今は何より大事な時。急いては事をし損じるぞ。聖騎士団による直接的な軍事行動をとるのは控えて、これまで通り異端審問部による裏工作を進めるとともに、『プロジェクトD』を発動させようぞ。──バイオ担当枢機卿、計画進捗状況を報告せよ!」
「──はっ! 地下秘密ラボにおける、『ドランゴンの卵』については、第一陣三十数個がすでに『ゲンダイニッポン』からの転生者と融合し、近々孵化する模様でございます!」
「──続いて、転生担当枢機卿、新規の寄生作戦『プロジェクトP』の準備はどうだ?」
「はっ! 聖都の信徒たちの信仰心と戦意は極めて高く、計画への理解も旺盛で、誰もが率先して『被験者』として立候補してくれております!」
「うむ、さすがは我が信奉者たちだ。この世界古来の魔法技術と、『ゲンダイニッポン』の最新の科学技術とが、真に融合されてこそ、我ら人間が神へと至る道、新人類『ブレイブ・ヒューマン』の誕生が成されるのだ! 諸君、この世界の全人類を『ゲンダイニッポン』からの転生者と融合させる、最終計画『プロジェクトH』の実現の日は近いぞ! ──『すべては、「なろうの女神」の、思し召しのままに』!」
「「「すべては、『なろうの女神』の、思し召しのままに!」」」
最高潮の熱気に包まれる、教皇庁最上階の会議室。
──しかし、当のこの部屋の主の少女だけが、その深紅の瞳に、暗く冷たい感情を浮かべていたのであった。
「……待っておれよ、『過去詠みの巫女姫』にして希代の『悪役令嬢』、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ。必ずおまえを、この我の足下に跪かせてやるからな」




