第2202話、わたくし、『戦争の悪魔』よりも『正義の女神様』のほうが、よほど『悪質』だと思いますの★
「……う〜、暇ですねえ、マスター」
人間界の中規模な王国、『ミッドガルド』の王都の片隅にある、我が主人『戦争の悪魔』たるマルス様の住居兼事務所にて、午後のお茶の用意をしながら、私こと見習い悪魔のアグニは、どうにも我慢できずぼやき声をもらした。
「あはは、僕が暇なのは、世の中が『平和』と言うことだし、大変めでたいじゃないか?」
そのように、ガチで暇そうにソファで新聞を読みながら宣ったのは、見かけ上は二十代半ばくらいの年頃の、痩せぎすの肢体に眼鏡をかけた、いかにも『優男』と言った風情の人物であった。
「──何を『売れない探偵小説』の冒頭部のような、陳腐なセリフをカマしているんですか⁉ 世の中が平和だからこそ、動乱の火種をまき散らすのが、マスターのお仕事なんでしょうが⁉ さあ、平和ボケしている愚昧なる王国民どもを、核戦争の地獄に叩き込みましょう!」
「そんなことをしたら、僕たちも死んじゃうよ⁉ いいかい、『戦争の悪魔』と言っても、何も自分で戦争を起こすわけじゃ無いんだ。僕ら悪魔はあくまでも(※駄じゃれに非ず)、ここのような事務所を訪れてくれた、『お客さん』──もとい、『契約者』たちの望みを、己の特有の能力を駆使して、叶えて差し上げるのを生業としているのさ」
「そうよ、アグニちゃん。人間界は魔界とは違っていろいろと複雑なんだから、方々で戦争をたきつけている、文字通りの『害悪的存在』なんかがいたら、『勇者』のような人間の『強化種』によって、たちまちのうちに退治されてしまうのよ?」
「そんなこと、魔界のアカデミーでも、ちゃんと習いましたよ! ──それよりも、何で『戦争の悪魔』の事務所に、『正義の女神』であるあなたが当たり前の顔をして、平然とお茶を飲んでいるのですか、ユスティティア様⁉」
「あらあら、私はこの事務所の『取引先の大企業の社長』みたいなものなのよ? もっと心を込めて歓待しないと駄目じゃ無い、可愛い可愛い『メイド』さん♡」
「どうして『正義の女神』が、『戦争の悪魔』の取引相手になるんですか⁉ それに私はメイドでは無く、『見習い悪魔』です!……………確かに、メイド服を着てますけどッ」
「『取引先』が不服なら、『男と女の関係』でもよろしくてよ?」
「──なッ⁉」
思わず『爆弾発言』の主のほうを、改めて凝視すれば、
そこには『女神』の名にふさわしい、金髪碧眼の眉目秀麗な御尊顔と、すらりとした長身ながら出るところが出ている肢体と言う、まさしくこの世の『美の結晶』とでも呼ぶべきお方が、マスターと同じソファでしなだれかかるようにして座っていた。
……うぐぐぐぐッ、全然勝ち目が無え。百年以上生きてもロリ体形のままの、我が身が憎いッ!
「いやあ、『男と女の関係』と言うのは、もちろん冗談だけど、『取引先』と言うのは、あながち間違っちゃいないんだよ」
「……そうなんですか、マスター?」
「僕自身は別に、自分で戦争を起こすつもりは無いし、むやみやたらと戦争が起こることも望んじゃいないけど、それでは『商売』上がったりだよね?」
私としては、もっとやる気を持っていただきたいんですけどねッ⁉
「そ・こ・で、私の出番と、言うわけなのよ☆」
「ヘ? 何で『正義の女神』が、出張ってくるのです?」
「私のやっていることは、あなたのマスターさんのような、『戦争の悪魔』や『武器の悪魔』なんかと比べれば、『やっすい仕事』なのよ。ただ単に『迷える子羊』に対して、『あなたのやっていることは、間違いなく「正義」である』と、お墨付きを与えるだけなんだから」
「え、たったそれだけなんですか⁉」
「『それだけ』と言っても、本物の『正義の女神』が『太鼓判』を押してあげるのよ? 正真正銘『正義』と言うことになれば、宗教を起こすのもいいし、革命を起こしてもいいし、信者や同志が山ほど集まってくるでしょうね」
「……いや、それのどこが、『やっすい仕事』なんですか?」
「だって、『戦争』や『武器』とは違って、『正義』って安売りできるでしょ?」
「はあ?」
「『戦争の悪魔』や『武器の悪魔』が、現在交戦している双方の国に肩入れしたりしたら、いっぺんで信用を失い、『悪魔の称号』を剥奪されるレベルの、『厳罰』を与えられても文句は言えないけど、『正義』に関しては、そんな制約は別に無いよね? よって私は、『自分が正義であることを認めてもらいたがっている』者に、それが個人でも、宗教団体でも、反乱軍でも、国家そのものであろうとも、どんどんと認めてやって構わないわけだけど、するとどうなると思う?」
「……どうなるって、国中どころか世界中が『正義の味方』だらけになって、世の中は完全に『平和』になるんじゃないですか?」
「あはっ、『正義の味方』って、あなた本当に悪魔なの? 『正義を悪用』しようとする輩がいることも、想像できないわけ?」
「『正義を悪用』?………………そんなこと、できるのですか?」
「ガチで頭『お花畑』かよ、このお子様は⁉…………まあ、いいわ。それでは全員、一応は『善人』であることを前提に、話を進めることにしましょう」
「はあ」
「ある国において、天候不順で農作物が不足していたり、経済的に困窮していたり、戦争続きで疲弊していたりして、国家体制を立て直すためには、一時的とはいえ、庶民にかなりの負担を強いなければならなくなったとして、やはり支配者側としては国民を納得させ得るだけの、『大義名分』が欲しいところで、私のような神様に縋りついてくるわけなの。その結果自分たちの行おうとしていることが、間違いなく『正義』だと太鼓判を押してもらえれば、自信を持って国民に負担を強いることができるって寸法なのよ」
「……まあ、王国自体が立ち行かなくなっては、元も子もないんだから、国民としてもある程度の負担は、受忍すべきなんじゃないですかあ?」
「大体の国民はそうでしょうけど、中には疑問を覚える民も、少なからずいたりするのよ。……王様がやっていることは、本当に『正義』なのかと。──もしかしたら、『正義を悪用』しているだけじゃ無いかと」
「──ッ」
「そこで、密かに同志を募って、『反乱軍』とも呼び得る組織を結成していくのだけど、今度は本当に自分たちが『正義』なのか、悩み始めるわけ。何せ王様が本当に『正義』で、国民のためを思って一時的な負担を強いているだけなら、下手すると自分たちのほうが『悪』になりかねないしね。──そ・こ・で、またまた私の出番てわけよ!」
「え、何で?」
「だって反乱軍も当然、私に縋りついてくることになるでしょ? 何せ、『自分たちは本当に正義なのか』を知りたいんだから。──そこで私はご神託を下すわけ、『安心しなさい、あなたたちは正真正銘、正義なのだから』と」
「なッ⁉」
「驚くことは無いでしょ? いくら支配者にとって必要な犠牲とはいえ、豊かな時代だったら問題無く生き長らえることができた、低所得層の病人や高齢者や幼子等々の、いわゆる『弱者』から、どんどんと切り捨てられることになるんだけど、それが自分の家族や友人等の、『大切な人』だった場合、これはあくまでも『必要な犠牲』だと、割り切れることができるかしら? 王様のやっていることが絶対的な『正義』だと、認めることができるかしら? 国家に反乱を起こすことは『悪』だと、弁えて諦めることができるかしら?」
「──ぐっ」
「いわんや、『正義の女神』である私としては、自分たちの家族や友人のために武装蜂起をしようとしている人々に対して、『あなたたちは間違っている』なんて言えるはずも無く、むしろ『人道的に立派な正義ですよ』と太鼓判を押して、女神の神託を『旗印』にして、王国に不満を持つ大勢の人々を束ねて、『反乱軍』を組織して武装蜂起するのを、大いに後押ししてあげるわけ」
「──ちょっ、そんなの単なる『ダブスタ』じゃ無いの⁉ 女神としてどうなのよ⁉」
「別に『正義を安売り』しようが、いいではありませんか? 王様も反乱軍も、別に間違ってはいないし、みんなが『正義』になれば、さっきあなたが言ったように、みんな仲良く『平和』になるかもねwww」
「──支配側と反乱軍が、どうやって仲良くなれるんだよ⁉ 『内戦』待ったなしじゃんか!」
「これでやっと、『戦争の悪魔』の出番てわけですよ、めでたしめでたし♡」
「──‼」
「支配者と革命派が、宗教団体同士が、そして国家同士が、すべて『正義の女神』からお墨付きをもらって、自分こそ『正義』であり、対立する相手を『悪』だと決めつければ、どうなると思います? そりゃあ『戦争』になろうとも、己の『正義』を貫くしか無いでしょう。──この世は『物語』なんかじゃ無いのです。『正義と悪の戦い』なんて、そんなわかりやすい『戦争』なんて有り得ないのです。そう、『戦争』と言うものは、『正義と正義の戦い』によって起こされるのですよ☆」




