第二十一話、わたくし、魅惑の『悪役令嬢教師』になりましたの♡
「──それでは次に、前回修正した組織案(改)における、新規部署と対応職務の増加に対する、人員の確保について、幕僚府兵部人事課長の見解を」
「はっ。王都治安部隊と近衛連隊の余剰人員から、適性を審査した後に、順次補充する方針でございます!」
「わかりました、それでよろしいでしょう。──最後に、王立量子魔術学院学長殿、最大の重要課題である、『彼ら』に対抗するための、我が国古来の魔術論はもちろん、『ゲンダイニッポン』縁の量子論や集合的無意識論に則った、効果的かつ抜本的な防衛大綱の策定の進捗状況は、いかがですの?」
「は、はい。現在大学院の、古典魔術教授や現代魔術教授を始め、『ゲンダイニッポン』物理学教授に『ゲンダイニッポン』心理学教授が先頭に立ち、教員学生一丸となって、研究に励んでおり、近日中に成果をお伝えできるかと存じます!」
「それは重畳。──だが、諸君! 今この瞬間においても、『彼ら』の侵略は、人知れず進行しているのだ! 必ずや今回のプロジェクトを一日も早く発動させて、目に物見せてくれようぞ!」
「「「は!」」」
「良し! ではこれで、本日の会議を終了する! 何か質問のある者は、その場で挙手したまえ」
「……あの、セレルーナ公爵令嬢殿」
「馬鹿者! この会議の場においては、私のことは、『座長』あるいは『総監』と呼ぶように、申しおいただろうが⁉」
「こ、これは、失礼いたしましたっ………!」
「……それで、何か、聞きたいことがあるのかね? 王立量子魔術学院学長殿」
「は、はい。総監閣下は──」
「閣下は要らん」
「そ、総監殿は、その、今回のこの、畏くも女王陛下直属の臨時特別諮問機関である、対極悪侵略者防衛会議の座長を務めておられて、その博識ぶり、我々に対する指導力、現下の急を要する諸問題に対する的確なる対処能力、更には未知の諸問題に対する優れたご慧眼、そして何よりも人一倍の努力と研究への熱心さ、これらはまさしく、教育者の一員として、頭が下がる思いであります」
「……おい、悪いが、見え透いたおべんちゃらを聞いている暇なぞは、無いのだが?」
「と、とんでもございません! 私が言いたいのは、その、かくも人並み外れて優秀なるあなた様でありながら、今現在においても、我が学院の生徒でもあられることなのですよ!」
「ああ、そういう意味では、貴君には常日頃、大変お世話になっているわけだな」
「め、滅相もございません! ……そ、それで、それほど聡明で優秀なる、あなた様が」
「私が?」
「何で我が学院において、一生徒なんかではなく、教授等として教鞭を執られていないのか、不思議に思いまして」
「「「──あ」」」
その日、王城スノウホワイトの地下最深部『失楽園の毒林檎』に極秘裏に設けられている、公式書類上は存在しないはずの『第666会議場』において、座長である御年十歳ほどの銀髪金眼の絶世の美少女であるセレルーナ公爵家令嬢を始めとする、王国指折りの超エリートの構成メンバーたちは、王立量子魔術学院学長のその一言によって、まさしく目から鱗が落ちたような感慨を覚えたと言う。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──というわけで、魅惑の『悪役令嬢教師』、颯爽と登場ですの♡」
その翌日の早朝。王立量子魔術学院高等部1年D組の教室は、HRが始まるやいなや、ただならぬ喧噪に包み込まれた。
それも、当然であろう。
いきなりベテランの老魔術師教授の代わりに、臨時講師として教壇に上がったのが、ピンクのタイトミニにすらりとした肢体を包み込み、アップにまとめた長い銀白色の髪の毛に縁取られた端麗なる小顔の縁なし眼鏡の奥で、夜空の満月のごとき黄金色の瞳を煌めかせているといった、あたかも天使か妖精かといった清純な乙女が、まるで『ゲンダイニッポン』の『えーぶい』の世界から抜け出してきた、『ちょっとエッチないかにもけしからん女教師』そのままの装いをしていたのであり、その危うく妖しい色香は、思春期の少年少女たちにとっては、あまりに魅惑的な毒林檎(意味深)であったのだ。
──これよ、これですわ、やはり悪役令嬢は、愚民どものエロい視線を集めてナンボですわ!(※あくまでも個人的意見です)
……ただし、中身のほうは、言わずと知れた年の頃十歳ほどの、いまだ性的に未分化な矮躯に過ぎないのですけど。
「……毎度のことながら、何やっていやがるんだよ、もう。突っ込みどころが多すぎて、どこをどう突っ込めばいいのかわからねえ」
そのように頭を抱えながらつぶやいたのは、最前列の席に座っている、ホワンロン王家の金髪碧眼の美貌の(今や単なる『自称』とも疑われている)第一王子である、ルイ=クサナギ=イリノイ=ピヨケーク=ホワンロン殿下であった。
「うふっ。さすがはヤリたい盛りの、『思春期(まっただ中)症候群』の『かませ犬』君。初対面の女教師に向かって、『突っ込みどころが多い』とは、一体どういったプレイを妄想しているのですの? もしかして、『3Pとか』?」
「──だから! 『ヤリたい』とか、『初対面』とか、『プレイ』とか、『妄想』とか、『3P』とか、一つの台詞で、突っ込みどころが多すぎるんだよ⁉ それに『かませ犬』は俺の量子魔導チャット限定のHNだから、こんなところで明かされたら個人情報の保護的に大問題だし、『思春期(まっただ中)症候群』という言い方についても、いろいろとヤバいし、俺たち『初対面』じゃないし、何よりもそもそも何でおまえは、いきなり『女教師』のコスプレなんかしてるんだよ⁉」
「坊やには、たまらないでしょ♡」
「黙れ、誰が坊やだ。一夜漬けで見た『女教師モノ』の『えーぶい』から、そのまま抜き出したような台詞を、意味もわからないで使うんじゃない!」
「言っておきますけど、これは、コスプレなんかではありませんわよ?」
「……何?」
「学長?」
「はっ」
それまで廊下でじっと控えていた学長殿が、私の呼びかけに打てば響くようにして返事を返してから、おもむろに教室へと入ってくる。
「殿下にご説明を」
「はっ。──ルイ殿下」
「……何です、学長?」
「実はですな、セレルーナ公爵令嬢の講師就任は、我々学院側からの正式なる要請によるものなのでございます」
「なっ! ど、どうして、一介の学生を、急に講師なぞになされたのですか⁉」
「それはもちろん、彼女の知性及び実力を鑑み、我が学院の講師にふさわしいと判断したからですよ」
「知性に実力? そんなことで? こう言っては何ですが、確かに彼女は学年でもトップクラスであるとはいえ、学科によっては俺のほうが勝っているものも少なくはないのですが?」
「いえいえ、彼女には我が学院の高等部程度の成績なぞ、何の意味もないのです」
「は? 成績に、意味がないって……」
「──お忘れですか? 彼女が数百年に一人クラスの神童と呼ばれていて、我が学院には御年十歳で飛び級で入学なされたことを」
「確かに十歳というのは最年少記録かも知れないが、飛び級で高等部に入学した者なぞ、さほど珍しくは──」
「違うのですよ」
「え」
「彼女は高等部ではなく、大学院から──しかも、生徒である『院生』ではなく、将来教授の道が開かれている『研究助手』として、入学なさるようお願いしたのですが、ご本人の、他の生徒たちと一緒に学び、ライトノベル張りの学園ラブコメを堪能──もとい。青春を謳歌されたいという、たってのご要望から、高等部に編入なされたのであり、高等部における学業の成績なぞ、端から彼女を計る指針とはなり得ないのですよ」
「──っ」
学長がここで初めてつまびらかにした思わぬ事実を知ったルイ王子は、いかにも悔しげに唇を噛みしめ、私のほうを睨みつける。
「──どう、坊や、おわかり?」
「……いや、坊やって。たとえおまえに教師の資格があろうとも、年齢は十歳でしかなく、俺たち普通の高等部生よりもずっと年下なのは、変わりないじゃないか?」
「うぐっ」
「それに言うほど、おまえ、高等部での学生生活をエンジョイしていたか? なんか毎回馬鹿騒ぎばかりして、むしろ被害者的立場に立たされて、怒鳴り散らしてばかりいる印象しかないんだが?」
「う、うるさいですわ! 私はこうして悪役令嬢であること自体を、十分エンジョイしているのです! 何せ悪役令嬢になることは、前世でこの世界とそっくりな乙女ゲー『わたくし、悪役令嬢ですの!』をしている時からの、夢でしたもの!」
「ちょっ、おまえにとっての『悪役令嬢』って、生まれついてから自然に身についた属性なんかではなく、RPGしているようなものか⁉ ──つうか、おまえ別に『転生者』じゃないだろうが? …………いや、ないよね?」
「そんなまさか、むしろ私は、『転生者』とは対極に位置する者ですよ?」
「は? 何だ、そりゃ」
「おっと、いけません。これは王国にとっての、最重要機密でした。あなたのような一般人が、知る必要はありませんわ」
「──おまえら何かと忘れているようだけど、俺は第一王子であり、この国の次期国王なんだからな⁉」
顔を真っ赤に染め上げ涙目になりながら、魂の叫びを上げる、自称次期国王サマ。
当然そんなもの、完全に無視して、新任講師としての初任務を、粛々と進行していく。
「では、出席を──あら、お席は全部埋まっておりますわね。……全員出席、と」
「──ちゃんと、一人一人、出席をとれよ⁉」
また『ツッコミ王子』が何か言っているようだが、完全に無視。
……いや、何か最近ルイ殿下って、私たち周囲の者に対する、『ツッコミ』だけが役割みたいになってきているけど、本当にそれでいいのかしら。
「うん? お待ちになって、空席がない、ですと?」
思わず『彼女』の席のほうを見やると、確かにその『保健室登校常習者』は、出席なされていた。
「……二の姫様、何をなさっておいでなのです?」
そう。確かに自席に座ってはおられたが、そのお姫様は私のほうを見ながら、タブレットPCに向かって一心不乱にスタイラスペンを走らせていたのだ。
「──うひょう! ロリ美少女のタイトミニ女教師コスプレ、サイコー♡ 特にあんなちっちゃいあんよに、黒の網タイツとピンヒールと、おまけにガーターベルトまで装着済みという、まさしく『いけない♡女教師』フルセットとはっ。……尊い、何て尊いのっ! これは是非とも、あらゆる角度から書き込んで、次回の『量子魔導コミケ』の薄い本のヒロインのモデルにしなくては。──タイトルはもちろん、『悪役令嬢教師、陵辱の放課後』ね!」
……これで彼女にとっては『通常運転』なのだから、この世界における『お姫様』の定義は一体どうなっているのか、一度女王陛下を問い詰める必要があるのではなかろうか?
それにしても、なぜかこうして薄い本の題材にされるだけで、『悪役令嬢』という言葉が、古き懐かしき『日○ロマンポルノ』や『フラ○ス書院』のタイトルに使われてもおかしくないような気がしてくるのは、なぜだろうか?
あと、前から思っていたんだけど、『ゲンダイニッポン』の各種物事の名称の前に『量子魔導』を付けるだけで、まるでこの世界のオリジナルのようにしてしまうのは、いかがなものか。
学長殿に是非にと頼み込まれて、渋々承諾した臨時講師就任だが、初日からこの騒ぎでは、これからほんの一週間ほどの任期とはいえ、今から頭を抱えたくなるほど、前途多難な予感がひしひしとしていた。
──だから、気づかなかったのである。
生徒の幾人かが、私のことを、まさしく獲物を狙う野獣のような目をして見つめていたことを。




