第1946話、わたくし、二人同時に召喚されても、同じ異世界の同じ時代に行くとは限らないと思いますの⁉
「──くはははは! 人間の勇者よ、よくぞ我が魔族の本拠地である、この『魔城』奥深くにまでたどり着けたものよ! その褒美に、偉大なる我が魔族の主たる『魔女王』の娘である、この私が直々に相手をしてやろう!」
この剣と魔法のファンタジー世界に、突然『召喚』されて、早一年。
ごく普通の男子高校生に過ぎなかったはずの僕こと『桐原雅人』は、現代日本では無用の長物に過ぎない、『魔力量』が膨大であったこともあって、この世界の人類の敵である魔族退治を、魔術大国の人間の王様から直々に依頼されて、『勇者パーティ』のリーダーとして、魔族の女王討伐の旅に乗り出し、苦難の末にその本拠地である『魔城』へとたどり着き、仲間を全員犠牲にしつつも魔族の大幹部をすべて倒して、今こそ魔女王を討伐せんとしたまさにその時、驚くべき人物が現れたのであった。
年の頃は十五、六歳ほどで、マントからタイトミニのワンピースに、髪の毛や瞳の色までのすべてが黒づくめの、目の醒めるような美少女。
いかにも魔族の城にふさわしい出で立ちであったが、僕はその相貌を一目見て、思わず息を呑んだ。
「………………貴音?」
「はい?」
「──貴音! こんなところにいたのか、心配したぞ! あの時、僕同様に魔法陣に囚われてしまったから、てっきりこの世界に来ているものと思ったのに、人間の国家の召喚術士全員に聞いても、『召喚したのはあなただけであり、一緒にいた女性に関しては与り知らない』と言うばかりで、行方がまったく掴めなくて、半分諦めかけていたのに、まさか魔族の領地──しかも、その総本山の『魔城』なんかにいるとは⁉」
「──何でこの人間、一瞬で『0距離』まで詰めてきて、魔女王の娘である私の眼前まで迫り来ているんだ⁉」
「勇者だからな」
「凄いな勇者⁉ ──いや、今のはどう考えても、人間業とは思えなかったんですけど⁉」
「君に再び会えた嬉しさは、人間の限界を超えるのさ!」
「怖いよ⁉ 何ソノ血走った目つき?…………くッ、魔族のプリンセスである私が、人間ごときに怯えるなんて⁉」
「うん、このシチュエーションなら、人間とか魔族とかかかわらず、女の子なら、怯えて当然だと思うよ?」
「どういったシチュエーションだよ⁉ あんた一体何をする気なんだ⁉」
「そりゃあ、二度と会えないと思っていた最愛の恋人との再会を果たして、感極まった挙げ句、その喜びを肉体的に表現しようと思っているけど?」
「はい?」
「何せ今の今まで、ガチで『命のやり取り』をしていたんだ。生物の本能として、『子孫を残す気満々』だからな☆」
「──いやああああああああああ! 助けてえええええ! 犯されるううう! 私今から、不見不知の初対面の人間から、犯されるううう! 魔女王様! お母さん! 助けてええええええ!!!」
「何が、不見不知だ! 君の恋人の『桐原雅人』だよ! 大人しく、僕(の熱いパトスがほとばしる身体の一部)を受け容れろ!」
「やめてやめてやめて! 何が『恋人』よ! 私ホントに、あんたなんて知らないから! だから放して! それ以上私に近寄らないで! ──お母さん! 助けて! お母さああああああん!!!」
「…………雅人、くん?」
「──‼」
「あっ、お母さん、やっと来てくれた! 今すぐ、この人間をやっつけて!……………くくく、どうだ、人間? 我ら魔族の頂点、魔女王様のご登場に、言葉も有るまい?」
「…………貴音?」
「は?」
「…………雅人君?」
「はあ?」
娘の危機を、魔族特有の力で察知して、駆けつけてきたのであろうか。
一目見てわかった、今目の前にいる30代後半あたりの女性こそが、この城の主であり、すべての魔族の長であると。
何せその身の内に秘めた『魔力量』が、勇者である僕すらも、遙かに凌駕していたのだから。
──だが、そんなことは、どうでも良かった。
その時何よりも、僕の目を惹いたのは、娘そっくりの、かつて慣れ親しんでいた美しき御尊顔。
いかにも『魔女王』と呼ぶにふさわしいその、圧倒的に麗しき出で立ちは、
なぜか、何の威厳も畏怖すらも感じさせること無く、
まるで、そんじょそこらの『小娘』そのままに、
僕のほうを見つめながら、涙で瞳を潤ませていたのだ。
「──たかねえええええええええええええ!!!」
「──まさとくうううううううううううん!!!」
感極まって、ひしと抱き合う二人。
「…………え、これって、どういう状況?」
完全に置いてけぼりとなる、魔族の少女。
「貴音、ずっと探していたんだぞ⁉ あの時別々の魔法陣に囚われたのは、ちゃんと確認したはずなのに、こちらに召喚された時おまえの行方を聞いても、召喚したのは僕一人だけであり、魔法陣も一つだけだと言うし!」
「私も同じことを言われたわ! 私を妻に迎えるために召喚したと言う、最大の権力者である当時の魔王陛下を問い詰めても、やはり召喚したのは私一人だけで、それから後魔族領の隅々まで探してもらっても、けして見つからないので、もしかしたら人間領のほうに召喚されたかと思ったんだけど、魔王の話では、その時点では人間側に召喚能力は無いそうなので、もしや別の世界にでも召喚されたのではないかと、絶望してしまい、結局魔王の妻になったけど、彼の死後に全権力を手にしてからは、『あなたを探す』ためだけに、人間領すべてを我が物にしようと、長年の平和条約を破って、全軍を挙げて侵攻を開始して、瞬く間に人間領の大半を支配下においたものの、どうしてもあなたのことは見つからなかったと言うのに、何でそんなあなたが、私が召喚された時の姿のままで、今勇者としてここにいるのよ?」
「……確かに、何と言っても、同じ世界に召喚されたと言うのに、年齢が大きく違ってしまったのは、腑に落ちないよな?」
「……あー、それってこういうことじゃ無い?」
「え、君、何か知っているのかい⁉…………って、結局君って、何者なんだ? てっきり君が貴音自身かと思ったんだけど、貴音はちゃんと僕の腕の中にいるし」
「いや、大体『流れ』でわかるでしょ? 私は今勇者の腕の中にいる、魔族の長たる魔女王の娘──つまり、あなたの言うところの前の世界の恋人であった、『貴音』の娘よ! そして、あなたたちの疑問も、まさに『流れ』でわかりそうなものじゃ無い!」
「「と、おっしゃると?」」
「お母さんが魔王であったお父さんに召喚された時には、魔族側にしか召喚術が無かったので、お母さんだけが魔族領に召喚されたのは、わかるわよね?」
「「う、うん」」
「その後、お母さんがあなたを探すために、人間の領地に攻め込んで、人類滅亡の危機に陥ってしまい、彼らとしては、何とか『打開策』を講じようとするのが、当然よね?」
「「う、うん」」
「さすがに人間側にも、最大の敵である『魔女王』が、他の世界から召喚されたことぐらいは突き止めていたようで、自分たちも必死で召喚術を習得し、魔女王に匹敵する『勇者』を召喚しようと思ったとして、果たしてどのような人物を、『いつ』、『どこから』、召喚しようと思うかしら?」
「「…………基本的に、別の世界の状況がわからないことを前提にすれば、敵が「強大な力を有する存在」を召喚するに当たって選んだのと、『同じ世界の同じ時代において、召喚の対象となった人物と、最も近しい人物』こそを、ターゲットにすることなんて、十分考えられるでしょうね」」
「そう、『同じ場所の同じ時点ですぐ側にいた人物』って、まさしくあなた自身以外考えられないでしょ? ──つまり、あなたたちの視点では、同時に二つの召喚術が発動したように見えたかも知れないけど、実はその召喚術の担い手は、魔族と人間と言うまったく別々の勢力であり、しかも二十年近くのタイムラグが有ったと言うわけよ」
「「──おおっ、すげえわかりやすい解説、どうもありがとう! もしかしてあなた、『なろう系』の大ファンだったりするの?」」
「……いや、勇者さんや魔女王サマだったら、これくらいの推理は思いつけよ?」
(※次回に続きます)